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第五十八話「青天の霹靂」⑤

 とりあえず、船のヘリまで移動して、竿を立てて、木の枝をTの字に雑に組み合わせたハンドル付きの糸巻きに次々糸を巻いていく。


 穂先と竿のあちこちに付けられた輪っかに糸を通すことで、ショックを分散する仕組みになっていて、VRフィッシングのルアーやフライロッドと大きく違いはない。

 

 基本は、竿をクッションにしつつ、糸を糸巻きに巻いて、寄せる……要するに、完全マニュアル操作なのだ。

 

 なんというか、ハイテクも何もない原始的な仕掛けではあるのだが。

 VRフィッシングでは、道具は決まっていて、基本的に見た目くらいしか違いもなく、差が出るとしたら純粋に腕前の差……そこが魅力的だったのだ。


 特に、フライフィシングは、タックルについては原始的な英国流のフライリールとフライロッドを使うという縛りがあり、概ねフルマニュアルなのだ。

 

 この仕掛けも……ロッドは悪くないのだが。

 リールについては、限りなくただの糸巻き……。


 確かに、これはフライフィッシング同様、手に持った糸を直接繰りながらの、魚との一対一の勝負といった調子でなんともアツい。


 そして何よりも、この身体では明らかにウェイト不足。

 今も、勢いよく引っ張られ、たたらを踏む……。


「おおおっ! なかなかのパワーだな! だが、この程度……!」


 膝を使って、ショックをいなし、ロッドをしならせて、魚の動きをコントロールする……大物相手の立ち回りは、VRフィッシングで何度も釣り上げて、自然と覚えたのだが……一応、身体が覚えているようだった。


 だが……いかんせん、リアルな魚相手はほとんど初めてなのだ……。

 そして何よりも、この魚……走り出すタイミングが読みづらく、明らかに振り回されている。


「ふむ、助太刀が必要かな? なぁに、我は泳ぎも達者なのだ……取り付いてしまえば、どんな大物だろうが、仕留めてみせるぞ!」


 大和殿が自信満々と言った調子で、何故か最後の一枚をスパッと脱ごうとしていたのを尻尾を掴んで止める。


 割と効果てきめん……大きくビクンと身体を震わせると、プルプルとこっちへ振り向く。


「し、尻尾を掴むのは駄目なのだぁ……」


 潤んだ目でこっち見られてもなぁ……いかんせん、こっちも手が離せんのだ。


「……い、いや、なぜ脱ぐのだ? そもそも、大和殿は泳げるのか?」


「泳ぐのに服は邪魔であろう? 泳ぎなら、任せろ……VRなら軽く12万時間くらいは体験しているぞ……ふふっ、身体一つで異世界の謎の魚型モンスターとの死闘……か。腕が鳴るのう……」


 ああ、そうか。

 このヴィルデフラウ体……基本的に、全裸最高っ! になるんだったな。


 私はもう慣れたので、この全裸衝動を抑えることも出来ているが、大和殿はしっかり、その影響を受けていて、全裸になるチャンスを伺っていたのだろう。


 なお、12万時間の経験……日数にすると凡そ5000日。


 ……これは、24時間延々と言う前提なので、実際はもっとだ。

 軽くその道、数十年くらいの経験はあるということのようだった。


 だが、VRではなぁ……それに、これは私の勝負なのだ。


 ここは、ビシッと言う必要がある!


「……否っ! 手出しも脱衣も無用っ! ……これは真剣勝負なのだ! これは私一人で釣り上げねばならんのだ!」


 冬月と涼月がこちらに駆け寄ってきたので、肌着半脱げで、限りなく全裸な大和殿を指差すと、二人共頭を抱えながら、その辺に脱ぎ散らかしてあった服を着せていく。


 ……実に手慣れたものだった。

 服を脱ぐことに躊躇いがない主人だと、配下もいちいち着せるのも手慣れていくのだろう。


 ん? それ何処かで聞いたような話のような……。


「ふむ、手助けはいらんか。だが……引きがなんとも変な感じではないか? 本当に魚なのか……これは?」


 確かに、言われてみれば先程から妙な手応えだった。

 

 突然、ギューンと一気に引いたと思ったら、ちょと一休みとばかりに大人しくなって、しばらくするとまた一気に引く。


 パワフルかつ、重量級な獲物なのは確かだったが、やたらと緩急が激しいのだ。

 

 VRフィッシングで大物釣りを体験したときは、ずっと暴れっぱなしで走りっぱなしで、向こうが力尽きるのをひたすら待つ……そんな感じだったのだが。


 この謎の獲物は、力尽きたと思ったらまっすぐにかっ飛んでいっては、すぐに力尽きる……そんな奇妙な動きをしていた。


 もっとも、もはや時間の問題と言った様子ではある。

 

 かっ飛んでいく時間は確実に短くなっていっており、海面上にその姿も見えるようになっていた。

 だが、その姿は明らかに魚とはかけ離れていた……。


「どうやら、イルケリオンの幼体のようですね。でも、なんでこんな沖合にいるのでしょう?」


 海面を覗いて、獲物の姿を目にした地元民のエルレイン殿の言。


 なるほど、要するにイカか。


 確かに、イカと言う生き物は、魚と違って、水をジェット噴射のように吹き出して、推進力とするらしいからな。


 だから、こんな風にビヨーンビヨーンと引いたり、引かなかったりするし、まっすぐにしか泳いていないのも、そう言う事なら納得だ。


「こんなところにいるのは珍しい……と言うのはどう言うことなのだ?」


「あ、はい。イルケリオンは、特にその幼体は比較的、浅いところ……沿岸部に好んで集まるようで、こんな海底まで距離があるようなところをフラフラと泳いでいるようなものではないのですよ。それになんだか色が普通と違うような……」


 確かに、色がちょっと違うような。

 前に砂浜で見たのは、黒っぽかったのだが、この個体は割と鮮やかなグリーンで、半透明な身体と相まって、割とキレイに見える。


 ……今、完全に目があったのだが。

 何やら訴えているように感じたのは気のせいだったか?


「見たか? ……今の目線、知的生命体の特有の視線であったな……。向こうは完全にこちらを見て、相手が何なのか、認識していたようだぞ」


 大和殿もつぶやく。

 そうか、今のは気の所為じゃなかったか。

 

 だが、知的生命体だと? それもイカ型のだと?


 ……いや、待てよ。


 惑星トラバーンにて、王族認定したトラバーン人もその実態は、イカ型異星人であり、進化したイカが知性を獲得する可能性は、すでに実証されているのだ。


 だが、どうするのだ?

 思いっきり針ぶっ刺して、引き回ししまくっているのだが。


 状況を察したエルレイン殿の配下の漁師たちがモリを持って、その知性体と思わしきイルケリオンを各々の船で包囲する。


 それを見て色々諦めたのか、そのイカ型知的生命体はもうどうにでもしろとばかりに、完全に抵抗を諦めたようで、力なく波間をプカプカと浮かんでいた。


 そのイルケリオン……要するにイカなのだが……。

 

 この個体は、浜辺で見たものとは、体色が明らかに異なり、鮮やかな緑色をしており、その瞳もまぶたのような器官で、ぎゅっと閉じられているのだが、時々目を開けてチラッ、チラッとこちらに視線を送ってきては、身体をフルフルと震わせて、まるで恐怖に打ち震えているかのように見えた。

 

 そんな行動をしている時点で、何と言うか……。

 こちらを知的生命体と認識した上での、命乞いの意志というべきものを感じさせた。


「……その……なんだ。多分なのだが、それは知恵持つ生き物のようだ。殺すのもなんなので、リリースしてやるがよいぞ」


 そう……食う為の、生活の糧を得るための漁ならば、それは仕方がないのだが。


 今の私は、別にコイツを食いたいと思った訳では無い。


 スポーツフィッシングとはそういう物であり、熱き戦いを終え、力尽きた獲物に対しては、その敢闘精神に経緯を表し、キャッチアンドリリース……それで良いのだ。


 なお、VRフライフィシングでは、獲物を乱暴に扱って死なせてしまったり、傷を負わせてしまうとむしろ、大幅減点とされる。

 

 如何に獲物を傷つけず、優しくリリースすると言うのも加点要因なのだ。

 伊達に英国紳士のスポーツなどと言われては居ないのだ。


 故に、ここはリリース一択なのである。


 別に、面倒ごとの気配を感じて、なかったことにしようとはしていない。

 ……していないのだがな……。


 トドメの銛を打ち込むべき、待機していた漁師たちもなら仕方ないと言いたげに、頷き合うと銛をしまって、緑の巨大イカから針を抜いてやると、その周囲から離れていく。


「うむ……良き戦いであったぞ! さぁ、遠慮せず大自然に帰るが良いぞ!」


 まぁ、私としても久々に釣りの楽しみというものを思い出させてもらったのだ。


 ここは温かい気持ちで、見送るのだ……なにせ、そこまでがセットなのだからな。


「……おおおっ! もはや、妾もこれでおしまいと思っていたが、まさかの助命! 人にも心優しきものがいるのだなぁ! 実に気に入ったぞ!」


 なんと言うか、どこかで聞いたことあるような偉そうな口調が脳裏に響いたことで、私の面倒ごとの予感は見事的中したのだった。


 そして、器用にバチコーンとウィンクとか……。

 ああ、間違いなくコレ……知的生命体であるな。


 なぜ、イカなのかは知らんがな!

 だが、これだけは言わせろ。


「……なぜ、お主のようなイカが、我々の神樹通信に平然と割り込みをかけてこれるのだ? まずはそれを問おう! 一体何なのだ……貴様は!」


「んあ? 割り込みも何も、さっきから陸と忙しく、ガチャガチャとやり取りをしておったではないか。いい加減、やかましくてな……。苦情の一つでも言おうかと思ったのだが。なんとも、美味そうな肉が浮いていたので、つい食べてしまった……。おかげで、酷い目にあった」


 ……要するに、お母様の通信システム結構、ガバガバ。

 だが、お母様を経由する仕組みになっていることで、割り込みや盗聴などは出来ない……そう理解していたのだが。


 事実、この緑イカは平然と割り込みをかけてきていた。


「ふむ、それについては謝罪をしよう。痛い思いをさせてすまなかったな。して、お主は何者ぞ? 知的生命体で、言葉を操り、お母様と我々の通信網に割り込める……それでただのイカなどとは言わせんぞ」


「妾は、ナスティちゃんなのだ。生後三年目のピチピチの個体なのだ! じゃあ、そう言うことで……妾は予定通り陸を目指すとしよう……騒がせたな!」


 イカの三歳がピチピチなのかどうかなど、知らん。


 だが、そう言ってスイスイと泳ぎ去ろうとしたところへ、その足を回収したばかりの釣り針をぶん投げて引っ掛ける。

 

「……ちょっと待つがいい! そんななんだか訳の判らん生き物をはい、そうですかと見過ごせるものか! 構わん……皆の衆! あのイカを捕獲するのだ! だが、傷などは付けるなよ……」


 漁師たちが手慣れた様子で、網を投げ込み、ロープで巨大イカをふんじばっていく。

 見事な手並みだな。


「なしてーっ! 痛いっ! 痛いのだ! 今のは無罪放免、キャッチ・アンド・リリースの流れだったではないかーっ! 妾は食っても別に美味しくないのだー!」


 ……ご尤も。

 だが、ここで逃してはならんと私の勘が囁いたのだ。

 許すがよいぞ!

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