第五十八話「青天の霹靂」④
「……あの者達、何やら鐘を鳴らして、鉄の棒に耳を当てるとかやっていたが。そんな方法で、海底地形の把握など可能なのか?」
なお、どう見ても、鎮魂の儀式か何かにしか見えない。
二人の服装が古代日本の宗教的な装束だけに、余計に……だった。
ちなみに、冬月と涼月の二人も最初は、未知の世界という事で、楽しそうで明るい笑顔をみせていたのだが。
ここ最近は、大和殿の無茶振りの連続や、ガミラスの与太話ばかり聞かされているようで、何と言うか、日に日に目が死んでいっている……。
なんとも言えんが、大和殿の病気……こちらに来て、あからさまに悪化したらしい。
私は立場的に上司のようなものであるのだが、ああしろ、こうしろとか命令も特にしていない。
昔から、やりたい事があるなら、好きにやってみるが良いと言う放任的な対応が、この私の部下に対する基本スタンスなのだ。
だが、下っ端となるとそうはいかない。
中間管理職が半ば妄想の世界に生きているとなると、最底辺の下っ端はモロにその影響を受けることになる。
実際、今も死んだ魚のような目で、ひたすら目の前に作業に集中しているようで、リズミカルにチリーン、チリーンと鐘を鳴らしながら、床を踏み鳴らしたり、石ころをいくつも海に落としてみたり……。
やっぱり、これ……謎の宗教儀式だな。
「ふん、甘く見るでないぞ。近年では、我らスターシスターズ艦には、潜航機能が標準装備化していたからな。エーテル流体は、見通しゼロ、電波も殆ど通らない……要は宇宙の深淵よりも暗き暗黒の世界なのだ。それ故に我々は音波探査と言う索敵手段を高度に発展させているのだ」
まぁ、そう言うものだと私も聞いている。
帝国軍は、エーテル空間流体面下……海で言うところの海面下での戦闘については、表層階層……浅い深度における、対潜航艦防御のための索敵技術や、防御兵器などの研究や、拠点攻略戦用の潜航揚陸母艦などの研究は行っていたが……。
そのあまりにも面倒かつ、危険な環境故に、我が軍のエーテル空間潜航艦は、潔く割り切って潜っても20m程度の深度での運用を想定した表層潜航艦に限定していたくらいだからな。
「なるほど、唯一音波のみが届く暗黒の世界……そう言う世界なのだったな。ともなれば、音を見て、音から気配を感じる。その程度はこなせないと話にもならない……という事か」
「左様、特に駆逐艦ともなれば、眼下の敵……潜航艦との戦いに備えるのは、もはや必須スキルなのでな。こんな底がある海に出るなど、我々も久方なのぶりだが……。あんなチャチな道具しかなくとも、エコーで海底地形を探る程度なら、その身一つでも十分こなせるのだ」
まぁ、なんとも珍妙な宗教儀式にしか見えないのだが、そう言われてみると、なかなかに理には適っている。
恐らく、あれで反響音が返ってくるまでの秒数を測定し、水深を測っているのだろう。
そして、それを繰り返すことで海底地形も把握できる。
なんとなく、理屈はわかるが、同じことをやれと言われても、とても無理な話ではあるな。
恐らく、彼女たちは、単体でその手の情報を処理し、データ化するノウハウを身に着けているのだろうが……何と言うか、大変だなと言う言葉しか思い浮かばん。
もっとも、海上戦闘を想定する際、その海底地形を把握するのは、彼女たちにとっては基本中の基本らしい。
特にこんな浅くて、デコボコと複雑な地形をしていると、場合によっては座礁の危険があるだけでなく、海底地形に紛れ込んだ潜航艦辺りを相手にすると、普通に見逃しが発生して、まんまと懐に飛び込まれ手痛い損害を受ける……と言うのが、彼女達が古代の戦争で得た戦訓であり、眼下の敵こそ最大の脅威……そう言う認識らしい。
まぁ、見えない敵ほど厄介な敵はいないと言うのは解るし、真っ先に海底地形の調査を行うのも理解は出来るのだが。
そんな、いきなり潜航艦との戦いを想定するというのは、どうかと思うぞ。
あれはあれで、相応の高度な技術を要求するのだからな。
特に深く潜るとなると、そんな簡単ではない。
実際、我が帝国軍が真面目に潜航艦の研究をやっていなかったのは、想定敵のスターシスターズの駆逐艦を相手取ると、100mや200mくらい潜っても、そんなの関係ないとばかりに見つかって、あっさりやらてしまう……。
そんな事実が、対抗演習やVRシュミレーションで判明したため、潔く割り切って表層用の潜航艦だけにしようという話になったからだ。
その程度には、スターシスターズ駆逐艦の対潜航艦能力は際立っている。
そこは理解するのだが、そんな我が帝国軍の潜航艦のような敵がこの惑星に存在するとは思えないのだ。
脅威に備えるのはいいのだが……リソースの使い方を間違っていないか?
等と、思ってしまうのは私が、海上戦闘の素人だからなのだろうか。
もっとも、巨大な魚や水中ドラゴンの類ならば、可能性はあるのと思うのだが。
そうなると、対策は全く別物となるのではないだろうか?
何よりも……もしも、今、これで敵を見つけたとして、どう対抗するのだろう?
一応、この丸太船……丸腰で海に出る戦艦はいないとかで、武装として電磁草の大型版……コイルガンと、γ線凝集光砲などもあり、丸太を打ち出す巨大バリスタのような兵器もあるのだが……。
どれもこれも陸戦想定兵器であり、この丸太船並みの大きさの艦艇や大型生物と戦うことは想定していない。
……一応、ジェネレーター自体は例の対消滅機関であり、エネルギー供給は十分以上なのだが……何と言うか、宝の持ち腐れ感は否めない。
リンカのナイトボーダーもこの船では、乗っただけで転覆しそうになったので、陸に置いてきているし、海上戦闘用の巨神兵もまだまだ検証段階で、実戦に出せるようなものではなかったのだ。
一応、護衛と称して20隻ほどの漁船が同伴しているのだが。
彼らは水先案内と漁場調査を兼ねているとのことで、どちらかと言うとこちらが守るべき者達だった。
まぁ、実際気の良い者達で、普段はこんな沖までは出てくることもなく、ここまでの移動についても、戦艦大和(仮)にロープを繋げて、数珠つなぎになって、ここまで曳航してきていた。
ちなみに、漁法としては投網でまとめて採ったり、素潜りと槍で仕留めたり、釣りをしたりとなかなか楽しそうではあった。
ちなみに、採った獲物はせっせと戦艦大和(仮)の中空部分……資材庫に次々と積み込まれており、普段は船が獲物でいっぱいになったからと言う理由で、引き上げていたのが今日に限っては、いくらでも採り放題と言う事で、皆張り切って漁に勤しんでいるようだった。
生の魚介類の保存についても、周囲の熱を吸収し活動エネルギーに変換する宇宙植物「凍氷華」……冷気を発する植物を資材庫内のあちこちに生やしてもらっており、冷蔵庫のようなものになっており、外気温もなかなかの暑さのようだが、鮮度も十分保たれており、エルレイン殿も驚嘆していたのものだ。
ちなみに、甲板上には資材庫の冷気が漏れ出してくるので、日差しさえしのげば至って快適……という訳なのだ。
まぁ、科学技術……と言うには、いささか語弊があるのだが。
お母様の植物テクノロジーの有効活用の好例ではあるな。
エルレイン殿が同行してくれたのも、彼らの統率と監督も兼ねているようだったが……。
このところ、沿岸部では、いまいち不漁続きだったとかで、久しぶりの大漁が期待できそうだということで、護衛と称してついて来ておきながら、漁に夢中なっていることについては、許してやって欲しいとのことだった。
まぁ、色々と懸念事項はあるのだが。
未知の領域への進出と言うこともあるし、餅は餅屋……専門家達に任せるとしよう。
なお、私は大和殿達の監督……要するに、見張り役であり、それ以外は特に仕事もない。
先程も、暇そうにしていたら、エルレイン殿に釣りを勧められて、糸を垂らしてみたのだが……先程から私の竿は微動だにしない。
まぁ、別にいいのだ。
別にボウズで何も釣れなくても、海の幸ならこれでもかと言うほどには、採っているのだからな。
一応、昔取った杵柄と言う奴で、釣りについては相応の知識もあるし、経験もあるのだがな……いきなり、未知のフィールドで釣れるほど、釣りと言うものは甘いものではないのだ……。
「……なんとも、実に平和な光景であるな。大和殿もなんだかんだで、寛いでいるようだが。そんなに油断していていい状況なのかな? まぁ、この私が言うのも何だが……配下にばかり苦労をさせて、自分は楽すると言うのはどうかと思うぞ」
なお、大和殿も巫女装束はいい加減暑苦しくなってきたようで、薄い布地の肌着姿になっていて、ちゃっかり傘の下に避難して、ゴロリと横になりながら、ルペハマで買っていたらしい、煎餅のような食べ物をパリポリ食っていた。
配下には、炎天下の中、謎の儀式をやらせておいて、命じた本人は、ダラダラと横になって、煎餅食って、らくがき帳の書き込みに余念がない……。
まぁ、調査活動だと言うことはわかったが。
さすがに、これは苦言の一つも言いたくはなる。
「ふむ、休めるときは休む。これも戦に及んで、為すべき事であろう? 忙しく働いているものを横目に楽をしたり、休むことが悪いことの様に思えるのは解るがな。それは「Bad Obsession」……悪い脅迫概念以外の何物でもない。さては、お主……24時間だの48時間だの……果てることなく、延々戦い続けたような経験がないのであろう? 長丁場の戦いで、休めるときに休まんヤツは、真っ先に力尽きてくたばる……戦場とは、そういうものなのだよ」
……とことんまで、偉そうだった。
だが、ごもっともな話だった。
一見、自分のサボりを正当化しているように聞こえるが。
周りが仕事に追われる中、余力の出来た者が体力を温存するために休むと言うのは、長丁場では確かに正しい判断だ。
休めるものが休まずに無駄に力を使ってしまったら、今仕事に追われている者達が力尽きた時、一体誰がフォローするのか……そう言う話だからな。
戦場においての余力を維持した予備戦力の存在。
その重要さを解らないほど、私も愚かではない。
「……どうやら、お見通しか。そうだな……皇帝たる私がそんな休む暇もない最前線の戦いに巻き込まれるとしたら、それはもう戦略的に詰んでいるのだ。では、その言葉……激戦をくぐり抜けた歴戦の猛者の経験談として、肝に銘じさせていただくとしよう」
「……なんとも、生真面目な返答であるのう。アスカ陛下も、実にからかい甲斐がない……。だがまぁ、敵意を持つ敵が近くに居たら、そう解る……そういうものだからな。そもそも、そんなやる気満々の奴が居たら、魚の群れも散ってしまうだろう? おお、アスカ陛下……さっきから、引いているようだが、竿を立てんでいいのか?」
言われて気付いたのだが、私の傍らにあったほったらかしの釣り竿が大きくしなっていた。
「おおっ! まさか本当にかかるとは! こ、これは結構な大物だぞっ!」
竹のような植物から、ルペハマの職人が手作りしたバンブーロッドと言う高級釣り竿で、職人たちからの心からの贈り物ということで進呈され、せっかくだからと針を垂らしていたのだが……まさかのフィッシュオンである。
しかも、根本からギュンギュンに曲がっていた。
この私……実を言うと釣りに関しては、それなりのうんちくがある。
古代地球……英国伝来の由緒正しいスポーツフィッシング……フライフィシングを少々嗜んでいるのだ。
ただし、VRと言う枕詞が付く。
だが、素人とは言わせない。
なにせ、大会に主賓として招待されていたのに、一般選手枠に紛れ込んで、忖度抜きで腕自慢の釣り人達と熾烈な争いを勝ち抜き、優勝の栄誉を勝ち取ったのだからな。
まぁ、実際のところは主催者の手違いで、選手と勘違いされて、ど素人感丸出しでワタワタとやった事もないフライフィッシングに挑戦する羽目になったのだが。
親切な教えたがり紳士達が寄ってたかって、コーチしてくれて、あっという間に上達し……事もあろうに、主催者側の用意していた「これ釣り上げたら、優勝確実」と言われていた「ゴールデン・レインボー」と言う隠しキャラのような魚を釣り上げてしまって、まさかの優勝を遂げてしまったのだ。
当然ながら、主催者側も、主賓として招待したはずの私がいつまで経っても、やってこずしょげかえっていたようなのだが。
私が選手として参加していたなど、誰も気づいておらず、表彰台に立って初めて、その場の誰もが私の正体に気づく……。
……そんな誰にとってもサプライズな優勝劇を決めて、さすが陛下の歓呼と共に讃えられた記憶は割りと新しい。
今にして思えば、あれは回りくどい接待だったような気もしないでもないのだが……。
私としては存分に楽しませてもらったのだから、とやかく文句を言うつもりはない。
もっとも、リアルでの釣りなんて、まるで経験ない……。
だって、そんな水資源を贅沢に浪費し、貴重な天然魚類を放し釣り上げる……そんな贅沢な趣味をリアルに楽しめるような場所など、何処にもなかったのだから仕方あるまい。
まぁ、今の時代……釣りや狩りのような娯楽は、VRで楽しむものなのだ。
だが、竿を手に取ると、ビクンビクンと言うライブ感……何らかの生き物が糸の先にかかっているのは言われずとも解った。
おお、これよ! これっ!
うむ、あのVRフィッシングはあれはあれで、結構再現度は高かったのだな!
だが、そう言う事なら、第三帝国VRフライフィシング大会……永代チャンピオンにして、帝国フライフィッシング協会名誉会長の腕前……存分にみせるまでよっ!