第五十八話「青天の霹靂」③
我々は地球と銀河連合と二度も人類の主流派を見限って、自分達だけ新たなステージにさっさと進んで、繁栄を手にした人類の裏切り者……それもまた事実なのだ。
そして、今回もまた、いよいよ銀河という枠組みをも飛び越えて、勝手に大マゼランにまで進出を開始した……その主犯は間違いなく私だ。
なんと言うか、これはもう我々、帝国の国民自体が、そう言う性なのだろう。
混沌の民……そんな言葉がしっくり来るのが、我々の国民性のようなのだ。
もっとも、我々の先祖たちは22世紀になるだいぶ前……2070年代くらいには、すでに地球圏を後にしていたようで、幾つか残っている記録では、当時の地球はまだマシな状態だったらしい。
なにせ、記録映像としてシリウスから観測した太陽系だの、木星から見た地球など独自資料が残っているのだが……それに映る地球は、ちゃんと青かった。
そして、2080年代頃になると、我々の先祖達は、太陽系を離れてしまっており、その後地球圏がどうなったかは、地球側の視点でしか知るよしもないのだ。
まぁ、勝手に内乱でも始めたとか、資源の争奪戦で勝手に滅ぼしあったかとか、そんなところじゃないかとは言われているのだがな。
なお、どう見ても失敗の歴史……。
泥縄でのエーテルロード進出と、その計画性のなさが招いた大規模食糧不足問題は、2100年頃の話で、普通に後世の笑い話になる程度には、みっともない話だったが。
この情報は何故か、後世にも割と細かく伝えられている。
まぁ、マズメシっぷりに定評ある合成食料が誕生してしまった理由と、こんな風にはなるなと言う後世への教訓。
……何よりも、反省してますと言う意志で残された記録なのかもしれない。
なお、2030年代は、我々の記録によるとVRダイブ技術やAIの高度化、核融合技術の実用化など、複数のテクノロジー革命が同時に押し寄せた年代であり、同時にアナログデータのデジタルデータへの置き換えが急速に進んだ時期でもある。
もっとも、その後、2070年代辺りに起きたデータ集積衛星の喪失により、それ以前のデジタル情報の多くが失われてしまったようなのだ。
今の世に残る20世紀以前や、21世紀初頭の情報については、後年になってから、断片的に保存されていたデジタルデータと、あちこちに所蔵されていた書物の記述……要するにアナログデータをつなぎ合わせることで、長い時間をかけて、地球人類の歴史記録を再編した結果のようで、実際のところ、なんとも怪しげな記録ばかりになってしまっているのが実情なのだ。
……なんと言うか、こうやって振り返ると、我々人類の歴史というのも結構怪しげで、ロクでもない歴史を歩んできているのだなぁ……。
「地球か……やはり、大和殿達にとっては、特別な惑星……いつか帰るべき場所なのであるかな?」
「まさか。地球とは、さらば地球よと言い残し、遥か銀河の果てを目指し、旅立つべき惑星なのだ。要はタダの出発点であるな。まぁ、どのみちガミラスの放った遊星爆弾で、海も消えてしまったような惑星、もはや何の価値も興味もない……あれは墓標だな。何よりももはや待つ人もおらぬ星など、帰る理由もないであろう?」
なるほど、墓標か……言い得て妙ではあるな。
……だが、遊星爆弾とはいったい?
ああ、例によって、それもガミラスの仕業ということになってしまったのか。
まったく、ガミラスの罪状が次から次へと増えて行っているようだが、地球環境の壊滅的破壊もガミラスの悪事……と言うことだったのか……おのれ、許せん! ガミラス!
……なぁんて、大和殿の戯言を、皇帝たるこの私が鵜呑みにする訳がない。
まぁ、これは彼女の患っている病気のようなものだと私は解釈している。
大和殿にとっては、その謎の異星文明……ガミラスとやらが自らの宿敵であり、地球や銀河に起こった災厄は概ね、そのガミラスの仕業という設定になっているようだった。
まぁ、その辺りのぶっとび理論については、本気で意味が解らんのだが。
私もいちいち反論したり、根拠を求めたりするのに、いい加減疲れたのだ。
ガミラスの仕業なら、仕方がない。
それが、最近の私の方針である。
この調子では、ラースシンドロームもガミラスの仕業になってしまいそうで……。
いや、実際のところ……大和殿はそう思っているようだった。
まったく、もしもそのガミラス人とやらが実在するとしたら、なかなかの風評被害者だと思う。
だがまぁ、あくまで実在すればの話なので、架空の宇宙人がこの世のありとあらゆる罪を背負わされたとしても、別に誰も困らんのでな。
故に、私も生暖かい目でそうかそうかと笑って聞き流すのだ。
なんとかとハサミは使いよう……そんな格言もあるのだからな。
下手に論破などして、泣かせてしまったり、関係性が悪化するくらいなら、適当に話を合わせておくのも悪い対応ではなかろう。
なお、地球という惑星については、私自身はあまり良い印象は持っていない。
と言うか、歴代皇帝で地球と言う惑星に良い感情を持っている者の方が少ないだろう。
地球教団に、ブルーアース……テラホーム。
かれこれ何百年も前から続く地球崇拝狂信者団体共の代表格であるのだが……とにかく、コイツらが諸悪の元凶。
なお、似たような感じの宗教団体や自称自然保護団体は、銀河各地や帝国内にも無数にあって、その信者はうんざりするほどたくさんいる。
連中、地球=神とかなんとか言って、聖地巡礼に行く為の聖戦と称しては、アースガードに挑んでは鏖殺されているような自殺志願者のような連中なのだが……。
まぁ、そんな死に方でも殉教者と言う事で、箔が付きその名も残るらしいので、勝手に崇めて、勝手にバンバン殺されてくれと言いたいところなのだが。
連中、帝国こそが地球を誰も住めない惑星にした悪しき破壊者達の末裔であり、それ故に帝国に誅罰を与えると称して、年中行事のように帝国各地で、意味不明のテロやら海賊行為を仕掛けてくるのだ。
まぁ、皇帝のみが知り得る過去の歴史……インテグラルの末裔と言う情報を知る身としては、あながち的外れな言い分とは言えないのだが。
別に帝国が地球を封鎖しているとか、そう言う訳ではないのに、言いがかりのようなイチャモンを付けられ、絡まれるこちらの身にもなれという話だ。
もっとも、我が帝国は、殴られっぱなしで黙っているほど、大人しい国ではない。
その都度、報復でアジトにしている小惑星を問答無用で消し飛ばすとか、市民に紛れている信者を捕縛して、地球崇拝者と判断され次第、片っ端から現場射殺するなど、地球崇拝者をこの世から根絶やしにするくらいの勢いで弾圧して来たのだ。
近年では、その辺りについても、随分と恨まれるようになったようで、いずれも完全に帝国の敵対組織と化していたのだが。
割と最近……私の代に変わる前に、先代の第三帝国皇帝が、代替わり前に帝国の大掃除をしておくと称して、他の帝国の皇帝達とも呼応して、連中の拠点や構成人員を派手に吹き飛ばす……大粛清により、帝国内に浸透していた大半の組織と人員を失い……銀河連合の領域に逃げ込んでいた幹部達や教祖なども、国際犯罪者として捕縛の上で公開処刑……とかなり徹底して、始末したのだ。
そして、数年ほど前に、大粛清を生き残った信者たちを結集して、もう何度目か解らないほど繰り返している地球奪還作戦に挑み、ものの見事に失敗したことで、もはや息をしていないような有様だった。
まぁ、そのうち復活するとは思うがな……何故か、あの手合は決して絶滅だけはしない。
どうも、帝国に対し不満を持つ者達にとっては、この地球崇拝と言う考え方は、ある種の拠り所になっているようで、忘れたころにいつの間にかその数を増やしていて、定期的に色々とやらかしてくれるのだ。
いっそ、その心の拠り所……地球を跡形もなく消し飛ばすくらいしないと駄目なような気もするのだがなぁ……。
「そうか……あれもガミラスの仕業だったのか。ならば、仕方あるまいな。だが、地球の再生も進んでいるようではあるし、アースガードには色々と貸しもあるのだ。情勢が落ち着いたら、帝国の民を招待してくれるとも言っているので、少しは期待しても良いかもしれん。なにせ、地球に命の木……お母様の同類が生き残っている可能性もあるのでな……。可能であれば、ヴィルゼットあたりに地球の調査を命じたいところなのだ」
実のところ、アースガードと帝国は、地球崇拝主義者達の共通の敵のようなものなので、意外とその関係は悪くないのだ。
敵の敵は味方……そんな打算的な関係ながらも、時々太陽系産の物資や歴史的遺物を進呈してもらったり、こちらも定期的に太陽系ゲートのメンテナンスや、太陽系ゲート防衛艦隊のエーテル空間戦闘艦や、太陽系防衛宇宙艦隊用の宇宙戦闘艦の更新等もしているので、割りと持ちつ持たれつの仲と言った所ではあるのだ。
実際の所、地球を狂信者達に奪われその拠点とされてしまうと、地球を中心に反帝国勢力がまとまってしまうのは目に見えており、そうなるとこちらも色々と面倒なので、さりとて地球をぶち壊してしまうと、今度は帝国が目の敵にされる大義名分を与えることになって、これもやはりめんどくさい事になる。
要するに、我々にとっては、地球と太陽系は永遠に宙ぶらりんで、人類立入禁止で居てもらった方が好都合なのだ。
「うむ、我はあれは遊星爆弾による被害だと見ている。ガミラス共も実に酷いことをする……。だが、地球を何人たりとも立ち入り禁止にしたのは、正解であるぞ。ガミラスという者達は、どこにでも居て、人類種に紛れ込みながら、常に人類種の平和を脅かそうとしている……そういう存在なのだ。あの荒れ果てた環境もガミラスにとっては最適な生存環境のようだからな……下手に立ち入りを許すと、人知れずガミラスの巣窟にされてしまうやもしれん」
はいっ! 新たな設定来ました!
今度は、人類に紛れ込んでいる……そんな風になったか。
……こんな調子で、次から次へと新たな設定が増えていくので、もう気にしたら負けなのだ。
「うむ、確かに……そういう存在なのだったな。しかし、16万8000光年離れたこの地にガミラスがいるとは、流石に思えんのだがな……」
「いや、ガミラスの本拠地とこのアスカ星系はかなり近いはずなのだ。恐らく、この惑星にもガミラスの手のものが潜んでいるのは間違いないのである」
ああ、そうか。
そう言えば、そういう設定だったのだな。
まったく、そんな16万光年を平然と行き来するような星間文明が存在するなら、ぜひその技術を分捕ってやりたいものだな。
技術開発で一番手っ取り早い方法……それは敵性技術を分捕って、自分たちのモノとしてしまうことなのだ。
我が帝国の技術者たちは、伝統的にそういうことをやらせると抜群に上手く、エーテル空間戦闘艦なども、スターシスターズの技術を盗んで、分捕った結果、自分達のものとしている。
300年前の異世界銀河との接触の際も、随分と色々な技術を盗み出したようで、今では基幹技術として使われている技術もあるくらいなのだからな。
「なるほど、そうなるとこの惑星での戦いは熾烈なものになりそうだな。して、どうだ? エーテル空間での戦いと同じようにはいかんだろうが、なんとかなりそうなのかな? 戦とは戦う前の準備の積み重ねで決まる……そう言うものなのだ」
「そこは任せておけ……と言いたいところだが。この惑星の海はエーテル空間とは違い底がある……しかも、どこも割りと浅いようなのだ。正直、これは……思った以上に面倒な戦術ファクターになりそうではあるのだ。ちなみに今、涼月と冬月にやらせている作業は海底地形マップ作成の準備作業なのだ。何とも地味な作業ばかりやっているようですまんが、海洋制覇とはこう言う地道な情報収集の繰り返しこそが、その第一歩となるのだよ」
……涼月と冬月。
大和殿の腹心ということで、同じ様に意識転送されてきた者達で、本来は防空駆逐艦の頭脳体らしい。
なお、やっぱり狐耳と狐尻尾が生えていて、大和殿同様の巫女装束と呼ばれる古代日本の伝統装束を身に纏ったモフモフなチビスケ共だった。
この大和殿も含めて、スターシスターズは、こちらの世界のヴィルデフラウのブランク体に意識転送をすると、どう言う訳かその外観も自由にカスタマイズ出来るようなのだ。
私には、そんなことは出来なかったのだが……どうも、ブランク体の初期設定時に何も考えずにデフォルト設定にすると、こんな感じになるらしい。
なお、連中は、普通に向こう側の身体と大差ない身体となっており、大和殿達の姿は向こう側と全く同じらしい……素直に、羨ましいぞ。
二人は海水に沈めた鉄の棒に耳を当てながら、もう一人が定期的に手に持った鐘をチリーンと鳴らすという謎の儀式のようなことを先程から行っていた。
そして、定期的に大和殿のもとにやってきては、やりきった顔で紙っ切れを手渡し、大和殿もそれを難しい顔をして眺めては、艦の位置を少し移動させ手元の地図のようなものに書き込みを加えていた。
その紙っ切れには、折れ線グラフのような線が描かれているのだが、それが何を示しているのかはさっぱりだった。