第五十八話「青天の霹靂」②
「まぁ、言いたいことは解る。だが、無ければ無いなりに創意工夫を重ねればいいのだ。実際、大和殿もこんな厳しい現実にもめげずに、まぁまぁな丸太船を完成させ、私を大海原に連れ出してくれたのだ。実際、この海の上というのはなかなかに気持ちのいいものだな。水平線の果てまで、何もない……ひたすら、海だけ。まるで我が帝国が聖地……エスクロンのようであるな」
「エスクロンか……あの惑星は、海自体は悪くなかったが……。いかんせん、重力がキツすぎて、我々の技術ではまともに浮かぶ船を作れんかったからな……。もっとも、他にあそこまでの規模のちゃんと陸のある海洋惑星ともなると、そうそう無くてなんとも歯痒い思いをしたものよ。だが、こんな形であっても、ちゃんと海に浮かぶ船を一から模索して建造する……こう言うのもなかなか悪くないものだぞ」
ああ、その辺は聞いたことあるな。
今もエスクロンの海底には、かつてスターシスターズ達が持ち込んで、海底魚礁にしてしまった船体が何隻も眠っているらしい。
当然ながら、当時の技術者達も無理臭くね? と警告していたのだが、彼女達は警告を無視して、そのまんま地球仕様で出港し、当たり前のようにズブズブと海に沈めてしまったらしい。
「まぁ、嫌々やっているようでないのは、見ていて解っていたが。やはり、専門家がいると違うな……。ここまでスムーズに話が進むとは思っていなかったぞ」
「うむ、さすがに艦なしでは、我らもただの愛玩動物と変わらんのでな……早急に形にする必要があったのだ。そして、この惑星も……何もかもが懐かしいと枕詞を付けて語るべき星……かつての地球のようで、確かに実にいい惑星だ。アスカ陛下がなんとしても欲しいと言う訳もよく解るな」
懐かしいかどうかは、知らんが……確かにこの惑星の海洋は海洋環境としては秀逸で、比重や組成も地球の海と酷似していて、地球の海棲生物などをそのまま移植できるかも知れない……そんな研究結果報告が届いていた。
もっとも、本来は硫化水素など有毒物質が盛大に溶け込んでいたようなのだが。
長年にわたり、お母様由来の海藻やら、環境改造ナノマシンのような植物性プランクトンなどが、その生息範囲を広げることで、環境改善が進み、まともな生き物が住めるようになったと言う話だった。
もっとも、まともな生き物と言うのはあくまで、この世界の人類種や、私から見てと言う意味であり、お母様がやっていた事は惑星改造の一環であり、この惑星本来の生態系にとっては、侵略的破壊行為に近かったのは容易に予想できる。
まぁ、だからと言ってそれが問題とは思わないのだがな。
「そう言うことなのだ……本来、宇宙では居住可能な海洋惑星となると滅多に無いのだからな。しかし、私も21世紀の地球の変わりようについては知識として、知ってはいるのだが、実際には何があったのだかな……大和殿は何か、ご存知かな?」
この時代まで伝わる記録に残っている限りでは、地球という人類発祥の惑星については、21世紀の初頭辺りまでは海洋面積が極めて大きく、その外観も水の惑星……青と緑の美しい惑星だったのだが。
21世紀後期のエーテル空間の発見による銀河進出時代を迎え、22世紀初頭に地球退去宣言がなされた頃には、すっかり海が干上がってしまい、緑もごっそりと削れ……まるで、赤茶けた岩石惑星のようになっていた。
その間に何があったのかは、実のところ誰にもわかっていない。
空白の半世紀の間に何か碌でもない事があったのは事実なのだろうが、当時の生き残りなどAIを含めて、誰一人生き残っていない上に、記録情報にしても正確かつ詳細な情報がほとんど残っておらず、当時何が起こったのか……解っていないのだ。
まぁ、ただ一人の例外……例のアマカゼハルカがその時代の生き証人だと言う話なのだが。
彼女は、空白の半世紀についての情報を一切語らず、知らない方が幸せなこともある……等と嘯いていて、一切の情報をよこそうとしていなかった。
なお、今の時代……地球については、「アースガード」と言う系統の銀河連合超AIの生き残りが管理しており、人類の太陽系内への立ち入りを一切合切拒絶している。
アースガードの目的自体も、過去になされた地球退去命令に基づき、人類種を一切地球へ立ち入れさせず、地球環境を再生させるという事が目的にして、その存在意義であり、1000年近くもの長きにわたり、その系統AIは頑として太陽系と地球への人類の不干渉を守り抜いてきた。
まぁ、実際のところ一時期は観光や調査上陸も許していたのだが。
近年は、地球崇拝主義者のテロやら、地球の不法占拠未遂などが横行するようになり、一切の例外を認めなくなってしまった。
なんともはた迷惑な話なのだが、確かにテロリスト共は例外措置というものを巧妙に突いてくるので、その対応は効果的ではある。
もっとも、その自然環境はジワジワとながら、確実に再生しつつあるようだった。
もっとも、宇宙の共通の困りごと……水が足りないという問題があるようで、太陽系外周部などから氷塊アステロイドなどを引っ張ってきては、投げ込むことで水の補充に努めてはいるようだったが……。
まぁ、かつてのような青い惑星には程遠いのだが、長年の努力でそこそこ水たまりも出来て、徐々に緑色の惑星に変貌を遂げつつあるようだった。
もっとも、そうなるに至った原因についても、アースガードも知らされておらず、結局誰も解らないという事には変わりなかった。
「いや、地球に何があったかは我にも判らんのだ。我の知る地球とは、20世紀の頃の青き大海原と……そして、今の大陸の形すら解らなくなってしまったジャングル惑星の二つの姿だけなのだ。もっとも、21世紀の空白の時代に何があったかは予想は付いておる……」
「ふむ、心当たりがあると? あの時代の出来事はトップシークレットと言うよりも、現代に正確な情報が伝わっておらんというだけでな。状況的になにか大きな戦争か、文明崩壊……カタストロフィに近い何かがあったのだろうとは言われているのだが……。データもいい加減なものばかりしか残っておらず、何が起きたかは、今の我々には解らんのだ」
大凡、2100年代以降……。
ちょうど、地球人類がエーテルロード経由で、銀河系へ進出を始めた頃で、このあたりから今に至るまでは、割と正確な歴史記録情報が残っているのだが。
それ以前から、西暦2030年代辺りまでの期間の歴史記録は、実に怪しくなっており……この空白の半世紀、正確には、およそ70年ほどの期間の出来事は、何があったのかは、諸説あり過ぎで実のところ、ほとんど何も解っていない。
なにぶん、リアルデータ……当時の歴史遺物もほとんど残っておらず、さりとて現地調査や発掘調査をしようにも閉鎖されていて、誰も行くことが出来ず、当時の記録情報についてもツギハギだらけで虚実入り交じった微妙な情報しか残っていないのだ。
そして、その間の出来事を想像すると言っても、その100年にも満たない期間に、軽く一回人類滅亡したんじゃないかと思えるほどには、派手に地形が代わり、都市が消え……文明の有り様からして大幅に変化と、本気であらゆる物が大化けしているのだから、それで何があったかを解れという方が無茶な話だった。
地球にしても、間違いなく人類人口が半減くらいしていても不思議ではないような有様だったが。
当時の記録は、その手の事に一切触れていないのだ。
そして、その70年足らずの間に人類は、一つの惑星上に百カ国以上の60億だか70億もの人々がひしめき、相争い合うカオスそのモノのごった煮状態で、二〇世紀の頃から惑星環境悪化がジリジリ進み、誰もそれを止められない……。
そんな割と絶望的な状況から、一気に宇宙どころか銀河にまで進出するという恐るべき長足の進化を遂げていたのだ。
本来は、1000年、2000年かけてゆっくり進化すべきところを色々端折って100年足らずで、惑星文明以前の状態から、一気に星間文明にまで進化してしまった。
何かが……何かがあったのは間違いないのだが。
その何かが解らない……むしろ、意図的に解らないようにしていると言う可能性が高いと言われてはいたのだ。
『過去の事は気にせずに、君達は前を向いて生きろ』
と言わんばかりの過去の人々からのメッセージを感じる……その程度にはかなり徹底した情報操作の痕跡があり……これが意図的なのは間違いなかった。
地球人類種の歴史ミッシングリンク……そんな風にも呼ばれ、数多くの歴史学者やアマチュア研究家などが、様々な持論を展開することで、この時代の出来事について、様々な説が流布しているのだ。
第三次世界大戦の勃発……この説がもっとも実しやかに語られているのだが、これについては誰と誰の戦いだったのか。
要するに、争いあった相手がよく解っていないと言う致命的な問題がある……。
なにせ、2060年代には、地球人類は急速にまとまっており、地球連合の前身となる「アマテラス条約機構」と言う主要国による統一国家連合を結成していたのだから。
そして、それはもはや完全に惑星規模の統一国家と言えるものであり、それに匹敵するような敵対国家や反体制派などの名は一切出てこない。
もっとも、地球どころか太陽系をまたにかけた当時としては最大規模の大戦が起きたのは明らかで、勝者が地球……アマテラス条約機構側ということは解っているのだが。
要するに、その対戦相手の名前が歴史から、抹消されているのだ。
一体何をやったら、その存在どころか名前まで消されるのやら。
まぁ、間違いなく歴史の闇なのだが。
実のところ、我々はこの闇に葬られた歴史について、少なからず知る立場にあった。
要するに、我が銀河帝国と、この地球側と派手に争った側とは、深い関わりがあるのだ……。
まぁ、ここは深く掘り込むと藪蛇の危険もあると言う事で、我が帝国は地球の歴史の闇には触れないと言うのが、不文律となっている。
その関係もあって、我が帝国としては、いい加減な話を大量に流すことで、その辺りを誤魔化すという方針であり、おかげで却って混乱に拍車がかかってしまっており、結局……歴史は時の彼方と言う深い闇の中……そんな結論に落ち着いてしまっている。
要するに、銀河の過去の歴史観が訳がわからないものになっているのは、我々もその原因のひとつなのだ。
我々帝国の歴史認識は、一般的に知られる銀河史とは些か異なっており、我々の先祖は人類統合体……インテグラルと言う反地球組織の一員だったのは間違いないと言われている。
その人類統合体という組織自体は、非主流派……はみ出し物やあぶれ者の寄り合い世帯といった調子で、我々の祖先に当たる者達は、21世紀の後半辺りに、混迷が続く地球圏をいい加減見限って、発見されたばかりのエーテルロードに真っ先に飛び込んでいき……約束の地、エスクロンにたどり着き、独自文化を築いた……そんな経緯があるのだ。
そして、頃合いを見て、シレッと銀河連合の一員として紛れ込み、商業国家エスクロンとして、繁栄し……。
そして、幾度かの戦乱の果てに、おまえらにはいい加減、付き合いきれんとばかりに、今度は銀河帝国を建国して、銀河を席巻し今に至ると。
要するに、歴史は繰り返す……なのだ。