第五十八話「青天の霹靂」①
まぁ、そんな感じの経緯で大和殿と言うワイルドカードを手に、大海原の覇者への道を邁進……はしていなかった。
「……エルレイン殿。すまんな……コヤツもデカいこと言っていた割には、この程度だったからな。このような丸太船……普通にあるのであろう?」
「アスカ様? ルペハマの港を見ての通り、我々の船は人力で漕ぐか、帆を張って風に乗って進む小さな帆船くらいなんですよ。こんな帆も貼らずに、誰も何もせずとも勝手に進む……。そして、なんなんですか! この大きさは……これって、軽く100人くらい乗れますよね? おまけに、さっきからちっとも揺れない……。確かに、見た目は雑に組んだ丸太船ですけど、この時点で確実に世界最大、最高の素材と技術で作られた船ですよ……これ」
……あまりにローテクな見た目に、こんなものかと思っていたが。
そこまでの物なのか?
確かに、もっとも栄えている港湾都市と言われるルペハマにあった船舶類は、丸太を組んだだけの筏だの、丸太を削って数人乗れる程度のボート。
大きい船と言っても、確かに見当たらなくこじんまりとしたものばかりだったな。
私は、海上船舶には詳しくないのだが。
どうも、この世界の船は応力を一点に集中させる竜骨方式と呼ばれる構造ではなく、全体に分散化させるモノコック方式とか、和船と呼ばれる船舶に近い構造で作られているらしい。
前者は、フレーム構造とも言い大型化や高い耐久性を求められるようなケースにむいており、工程は複雑で素材も厳選する必要があり、高コストになりがちという問題点があり、要するに職人芸の一品物と事情は似ている。
後者は、大型化が難しいものの、構造物全体の強度バランスなどで応力分散する為、あまり素材を気にしなくて良く、建造工程もそこまで複雑ではないと言う利点があり、大量生産に向いているという利点がある。
竜骨式は、竜骨が割れたり、ダメージが入ったらどう修理しても、元の性能には戻らないと言う問題点もあるのだが、モノコック式は壊れたところを交換すれば済んでしまうなど利点も多く、一般人向けの地上車両なども、このモノコック構造が主流で、フレーム式を採用している地上車両となると、大型の重機や戦闘車両と言ったヘビーデューティーな使い方をされる車両に限っていた。
まぁ、どちらも一長一短で、宇宙船も同じような二種類の構造に分かれているのだが。
キール式と呼ばれる剛構造船は、重水素タンカーや重防御戦艦のような頑丈さを求められる艦艇に多く採用されており、モノコック式は小型艦や意外なことに宇宙戦艦への採用事例が多い。
そうなると……この惑星では、モノコック構造が先に進化してしまって、大型化の限界により、沿岸から沖合への移動が妨げられてしまっていたのかも知れない。
何よりも今でこそ、沖合に青い海が広がっているのだが、かつては鈍色の死の海だったという話で……沖合に出る理由もなく、大型船も作る必要性がなかったのだろう。
なんと言うか……この世界のあちこちで起きている進化の袋小路。
その一端がこんなところにもあった。
まぁ、確かにあの小舟が標準的だとすると、この丸太船もまぁまぁの船……と言うことだと思うが……世界最高と言うのは、いささか誇張し過ぎではないだろうか?
本格的な外洋航法も発展しておらず、方位磁石のようなものと風の匂い?
……要するにヤマ勘で、測位を行うとかそんな調子らしいからな……どうも、この自分の常識とこの惑星の常識の技術ギャップにはいつまで経っても慣れんな。
なお、さすがに陸はとっくに見えなくなっているのだが。
ルペハマ上空に定位させている飛行船からはこちらが見えているし、エルレイン殿も飛行船の観測情報を元に、現地での観測データを集めつつ、いい機会とばかりにちゃっかり海図を作っているようなので、迷子になって遭難する可能性はほとんどなかった。
「この程度の代物で世界最高とか言われてもなぁ……。エルレイン殿、この船はまだまだ試作品程度なのだぞ? いかんせん素材もそちらに用意してもらった流木やら丸太を組み合わせたあり合わせのハンドメイド船であるからなぁ……。大型精密3Dプリンタや高圧縮プレス鍛造機、重機やらがあれば、もう少し凝ったものが作れるのだが……。まぁ、贅沢は言えんか」
大和殿としても、これは不本意な出来なようではあった。
一応、帝国側とデータ的な接続が可能になったからには、銀河帝国の持つ科学技術を使って、この惑星にもハイテク機材などを持ち込むことも可能になったと思っていたのだが。
いかんせん、データがあってもそれを形にする工作機械が無いというのが、目下の問題だった。
なにせ、工作機械を作るには、まず工作機械の部品から作成せねばならんのだ。
そして、その工作機械の部品を作るためには、その為の工作機械が必要で……。
とまぁ、要するに、ハイテク機器を製造する……その為にはその部品を製造する幾多もの製造装置という物が必要となるのだ。
最新科学や工業技術と言うのは、要するにそう言うもので、様々な技術や機材が複雑に絡み合って構成された、複雑な進化ツリーの果てに、最新技術というものが構成されているのだ。
それらはおよそ数千年にも及ぶ人類の叡智の結晶とも言えるのだが、その技術ツリーについては、もはや複雑怪奇な代物となっていて、その全容となると恐らく誰も把握はしていないと思うのだが。
別に、そんな裏側の諸々を知らずとも、科学技術は誰でも使える……それが常識ではあるのだ。
最近の帝国軍の宇宙戦艦あたりになると、オールインワンパッケージ化された工廠ユニット一つもあれば、素材がある限り、モジュール単位で次々パーツを製造し、それらを組み合わせるだけで、容易く建造出るし、工期を短縮……規模を拡大しようと思ったら、工廠ユニットを最初の一台に作らせれば、もういくらでも増やせる。
だが……目下のところ、そんな便利な工廠ユニットなど、この惑星の何処にもない。
ちなみに、工作機械のような少数ロット機材のパーツ生産は、金属素材を積層化させて形作る精密3Dプリンタを所持している工作業者などに注文して、オーダーメイドするか……別の工作機械に設計データを入力して生産させる事になるのだが。
こちらの惑星に、そんなものは無い。
その手の工作機械を形作るパーツも手作りくらいしかやりようがないのだ。
たった一台の工廠ユニット。
最小クラスだと10m四方程度で、帝国の宇宙戦艦ではもはや標準装備であり、民間船にだって搭載されているくらいには、ありふれた装置。
それさえあれば、数多くの問題が解決するのに、そのたった一台が手元に無い。
それこそが、問題だったのだ。
かくして、鳴り物入りで我が惑星アスカに乗り込んできたヤマト殿も同じ問題でつっかかっており、目下のところ結構な役立たずだった。
銀河系との物理的な距離……16万光年の距離がまったくもって恨めしい。
そして、この惑星の工業技術では、ハイテク機材の製造に要求される技術には程遠く、そもそも素材の冶金技術も話にならんくらいには低い。
なにせ、市場に出回っている基軸通貨……銀貨などもその銀純度は50%程度で色も銀ピカには程遠いのが実情なのだからな。
もちろん、お母様の持つ植物テクノロジーと組み合わせ、工業化を進めるという手もあるのだが。
事はそんな簡単なことではないのだ。
まぁ、こちらの世界の高度工業化は将来のことを考えると、必須ではあるのだが。
今のところ、帝国の科学者や技術者達が頭を捻って、ローテク世界でも始められる工業化進化ツリーを考案しているという話なのだが……まぁ、なかなかに難儀しているようだった。
以前、私自らが対応した未開文明惑星の近代化については、帝国宇宙軍の多機能工作艦が使えたので、それらについては、3Dプリンタや工廠ユニット類なども揃っていて、素材さえあればいくらでもハイテク機材も提供できたのだが。
だが、この惑星アスカには、そんなものはない。
お母様に頼めば、飛行船やナイトボーダーのようにある程度、代用品が用意できるのだが。
お母様に機械を作る機械を作ってくれとリクエストしても、言ってる意味が解らんのだーと言う応えが返ってきて、話にもなっていない。
まぁ、ナイトボーダーは順当にウッドゴーレム→巨神兵→ナイトボーダーというように、段階的に進化をすることで、再現できたのだが。
機械を生産する工廠ユニットともなると、その内部構造などは私でも解らんし、機械の概念をいまいち解ってくれないお母様に、理解させられる気がしない。
要するに、現状……お手上げなのだ。
大人しく銀河帝国からの応援を待つか。
いっそ、割り切って、銀河系とは別の技術体系でも立ち上げ、独自に進化させる……それくらいしか、道はなさそうだった。
なお、大和殿も惑星アスカに降り立ち、最初はのんきに構えていたのだが。
割と早いうちに、その事実に気づき、随分と頭を悩ませていたようだったが。
それでも、お母様と相談しつつ、現地の者達の力を借りながら、試作艦艇ということでこの丸太船を作り上げたのだ。
まぁ、私の視点では、なかなかの泥舟だったが……現地の海の専門家、漁民たちやエルレイン殿も揃って、神の船とまで呼んでいたのだから、やはり侮れん。
と言うよりも、現地で独自技術を立ち上げる……それ、私がやろうとしてた事ではないか?
確かに今も派手に端の方に波が被っているのだが、微妙にふわふわとする程度で、ほとんど船体の揺れも感じないし、飲み物が溢れるということもない。
確かに、安定性という面ではなかなかの完成度のようだった。
「なるほど、私としてはこの程度、普通だと感じているが。こちらの素材や技術でこれを作り上げるのはなかなかの偉業……エルレイン殿が言いたいのは、そう言うことかな?」
「そうですよ! あの……大和様、この船の動力が後ろに水を吹き出す力で動いていることは先程のご説明で解りましたが。なんで、あんな荒波被って、どっしりと安定してるんですか? こんな船……初めてですよ!」
「ああ、その辺りは色々ノウハウがあってだな。我々スターシスターズは、アクティブ・フィンスタビライザーと言う独自技術を持っているのだ。本来は各種センサーで流体挙動予測をして、先行リアクションドライブシステムで、船体動揺を最適化するものなのだが。その仕組みを機械的に再現……まぁ、綱を張って、歯車で動力のベクトルを変えた上で、センサーフィンとフィンスタビライザを連動させる……そんな仕組みを作ってみたのだが。一応、想定通りに機能しているようだな。もっとも、本来のものと比べると20%くらいの性能だとは思うのだがな。案の定、さすがにそれなりに揺れておるな……」
話を聞いてもよく解らんのだが。
電子機器もセンサーも使わずに、ロープやら木切れを組み合わせたローテクだけでここまでの船体安定化をさせる。
考えてみれば、結構なことをやっているのだな。
実際、エーテル空間船についても、過去の我が帝国は随分と苦労して、戦闘艦を完成させている……。
その際も、一番の問題となったのは流体面上に浮かぶ艦船の挙動安定化だったそうだからな。
なにせ、終始ゆらゆらと揺れる艦艇から、レールガンのような実体弾を放つとなると、どうやっても命中率は話にならないほど低くなる。
砲塔も下手な所に設置すると、撃つだけで船体が派手に傾いて、砲弾は明後日の方向へと飛んでいくことになるのだからな。
もちろん、各種センサーで環境情報を収集し、演算を繰り返すことで、限りなく予知に近い予測演算は可能であり、予測演算に基づいたリアクションシステムの動作により、船体動揺は最低限に出来る……と言うのが理論上の話なのだが……。
現実の環境というものは、そんな理論やら、事前の思惑など軽く覆すもので、計測誤差程度の誤差が積み重なることで、無視できないとものとなってしまうのだ。
かくして、我が帝国軍の長距離レールガンの命中率は、未だにスターシスターズ艦には程遠く、それらの問題点をカバーすべく数で勝負……そんなことをやっているのだ。
宇宙空間では重力がないぶん、船体挙動の安定化は船体の大質量化の上でなら、そう難しいことではなく、その手のノウハウや技術に関しては、帝国軍は間違いなく銀河最高峰だったのだが。
エーテル空間は、宇宙と比較すると、劣悪な環境も良いところで、惑星環境と違い、常に微妙に変動を続ける重力偏差に加え、前後左右に波打ち、猛烈な風やプラズマの塊のような雷鳴すらも打ち付ける……そんな荒ぶりすぎた環境では、艦体をビタッと安定化させるのは、本来至難の業なのだ。
その辺り、さすがにスターシスターズは人類以上に、数多くの独自ノウハウを持っているようで、プラズマの風が吹き荒れて、10mもの高さの波が打ち下ろすこともある地獄のような環境でも、平然と直撃弾を当ててきて我軍将兵の度肝を抜いてくれたりもしたものだ。
まぁ、彼女達もその黎明期には、相応に苦労はしたようだったが。
こんな工業機械もろくに無いような環境でありあわせの素材で、容易く船体動揺を制御する艦艇を作り上げる辺り、かつての経験が存分に生かされているようで、確かにそこは評価せざるを得なかった。
「……ふむ。まぁ、これは実験艦と言っていたし、これでも十分上出来なのだな……確かに、快適な船旅ではあるからな。さすが、大和殿であるな。だが、今回の航行の目的としては試運転程度だと言っていたが。もう、これくらいで十分ではないかな?」
「ほほぅ、少しは我の凄さを理解したか? しっかし、まどろっこしい話ではあるな! 銀河人類の様々な先進技術を知っていて、それらを凌駕するほどに進歩していても、それを再現できぬとは……。だが、言っても詮無きことか。一日でも早く……向こう側とこちら側の接続航路を確立せねばならんな」
なお、今のは大和殿の弁であり、先に話したのが私であり、答えたの大和殿だ、
……あまり言いたくはないのだが。
この大和殿……いちいち、口調が私とよく似ているのだ。
私も皇帝の頃の癖で、横柄な口調が抜けていないのだが。
大和殿は、元々こう言う横柄な口調が素らしいのだ。
おまけに、元になったヴィルデフラウ体も同じだから、声とかもよく似ているのだ……。
要するに、キャラ被り……実に困った話だった。