第五十七話「邂逅」⑤
「……まぁ、確かに悪い話ではないのだが。私としては、貴公の動機が気になるのだ。遠い異世界同然の惑星に、自分の意識体を飛ばす……最悪、片道切符の可能性すらあるのだぞ。そんなギャンブルのような真似を好き好んでする……その動機が解らん。いかんせん、貴公と私の間には、信頼関係など何一つ無い。その上で利害関係も理念もない助力など信用には足りん……そう考えるのだ」
「ごもっともな話であるな。いいだろう、ならば聞かせてやろう! ……よいかっ! 我が望みは唯一つ! 大マゼランにあると言う重連惑星イスカンダルへの旅路を実現することなのだ! その惑星は七色星団を超えたその先にあると言う……約束の地であり、我が宿敵ガミラスの本拠地でもあるのだ。その為ならば、我はすべてを捨て去る覚悟がある……。そう……魂ですら喜んで売り払う所存なのだ」
さすがに、こっちが呆気にとられる番だった。
……イスカンダル? なんだそれは? それに宿敵ガミラスってなに?
そんな重連惑星など、少なくともこの星系にはないし、そんな名前の惑星聞いたこともない。
だが、七色星団と言う星団があるのは、どうも事実らしい。
定期的にアップデートされ、私のもとに届くようになった銀河帝国ニュースにも、銀河系最外辺部からの光学観測で、タランチュラ星雲の七色星団の色彩識別に成功した……等と言う話がニュースになっており、どうもこのアスカ星系からも距離にして10光年くらいの所にあるようなのだ。
まぁ、今の所、惑星地上視点より精度の高い、大気圏外からの天体観測情報がほとんどないし、銀河側からの観測情報にしても16万光年も離れていると、惑星の識別は困難を極める上に16万もの時差があると、参考情報程度にしかならないので、そんな惑星が絶対に存在しないとは言い切れないのだが……。
どうも、コヤツはそのイスカンダルとか言う惑星の存在を確信している……そんな風に思える。
だが、ガミラスと言うのは、一体何なのだろう? ニュアンス的には敵対的星間文明のように思えるのだが……そんな文明と接触したと言う記録などあったか?
助けを求めるように、ゼロ陛下に視線を送ると、苦笑される。
恐らく、似たような話をされて、すでに存分に困惑した……そのようだった。
「……あはは、君もそう言う反応になったか。大和くん、駄目だよ……ちゃんと順を追って説明しないと。一応、代わりに説明するとイスカンダルってのは、彼女が本来の悲運の戦艦大和の代わりに、自らのアイデンティティモデルとした古代アニメの宇宙戦艦が目指していた星でね。彼女はそれの実在を確信していて、まずはその足がかりとして大マゼラン……君がいる所に、配下として直接行きたいんだそうだ」
……なるほど、さっぱり解らん。
だがまぁ、スターシスターズのアイデンティティモデルという概念は解る。
敵を知り己を知れば百戦殆うからずと言うからな。
スターシスターズの研究資料などは、昔から割と数多くあったので、私もその辺りはよく理解しているのだ。
一言でいうと、アイデンティティモデルとは、スターシスターズ達が自らのモデルとした古代地球に実在した軍用海上艦艇の事を指す。
彼女達スターシスターズは、艦艇AIが自らをその軍艦の転生体だと思いこみ、同様の船体を建造することで、自らのアイデンティティとする……そう言うものなのだ。
もっとも、それは第二次大戦中の主要参戦国の軍艦が大半と実に偏っているのだが。
その辺りは、彼女達が誕生したきっかけとなった研究に使われた資料とAIの基礎育成環境がそもそも偏っていたからだと言われている。
なお、一体どんな資料を参考にしたのかは全く解っていないが。
第二次世界大戦は、地球人類最後の戦争とも言われており、当時の海上戦闘の集大成とも言える戦いが繰り広げられ、21世紀初頭に戦争の記憶を風化させない為にと、若者たちの間で戦史研究ブームのようなもの起こり、その関係で比較的多くの資料が残されていた為、AI育成環境としての仮想世界化が難しくなかったからだとも言われている。
もっとも案外、結構適当に決めたのではないかというのが、後世の我々の評価ではある。
なんと言うか、検証したと言う割には、あまりに雑なのだよ。
むしろ、300年前の黒船との戦いを通じて、彼女達は各々個性化し、進化していった感は否めず、最初の一歩のきっかけ程度だったのではないかと思う。
だが、さすがに架空の古代アニメの軍艦をアイデンティティモデルとしたと言うケースは初耳で、そもそもそんなんでいいのか? という素朴な疑問もあった。
「すまない。ゼロ陛下……私にはさっぱりだ」
「やっぱりそうなるよね? 僕にもさっぱり解んないんだな……これが。まぁ、とりあえず……彼女の要望としては、僕らが大マゼランにいる君と深い繋がりがあるって事を知って、僕らの仲間になった……それが彼女がここにいる経緯ってところだよ。まぁ、イスカンダルって惑星が実在するかどうかは何とも言えないけど、それでも君の所に行けば夢に近づいたって事で、少しは満足する……そう言うことだよね?」
ゼロ陛下が軽い調子で、的確な解答をよこすと、大和殿は大きくため息を吐いた。
「ゼロ陛下よ……すでに何度も言っているであろう? 約束の地……イスカンダルは必ず存在するのだ! いいか……ゼロ・マツモトの未来視は絶対なのだ。陛下も我が波動粒子砲の力を目の当たりにしたはずだ。その上で、まだそんな事を言っているのか……いいか? まずは心から信じる事なのだ……全てはそこから始まるのだ。でなければ、話にもなるまい?」
「まぁ、そうなんだけどねぇ……。アスカくん、実に済まないと思うんだけど、そう言う事情でね……。と言うか、すでにマスター認定されちゃったんだから、毒を食らわば皿までって言うでしょ? 僕もさすがに彼女に大きな借りが出来ちゃったから、断り切れなくてね……この通り! 頼むよ……この子を引き取ってやってくれ! たぶん……いや、絶対に役に立つと思うからさ」
そう言って、ゼロ陛下が立ち上がって、深々と頭を下げようとするので、慌てて手を向けて止める。
さすがに、あの……伝説の皇帝ゼロ陛下が、私風情に頭を下げるなどあってはならん!
「う、うむ……。ゼロ陛下に、そこまで頼まれてはさすがに無下にも出来ぬからな。仕方あるまい……大和殿、貴公のその意気、その覚悟……見事なり! では、我が覇道の助勢となることをこの場にて誓うのだ……さすれば、そのイスカンダルへの旅路の輩となる事を私もまた誓おうではないか!」
「……ふっふっふ! さすがは我が見込んだだけはあるな。いいだろう、いいだろう……実にいい返答であるぞ! ……ああ、誓わせていただこう。我こそ汝の忠実なる下僕にして、汝が剣たらんと。まぁ、別の身体……それも有機体への意識転移など、さすがに未経験だが……そなたは、古代銀河文明の神々の一柱を味方につけているのであるよな? ならば、そこら辺……なんとでもなるのであろう」
古代銀河文明の神というほど、アレが大仰な存在か?
いや、それくらいの存在ではあるのか。
ちなみに、お母様にもせっかくだからゼロ陛下に挨拶くらいするように言っていたのだが。
イケメン過ぎて、顔を見せるのが恥ずかしいと来た。
……正直な所、お母様は徹頭徹尾……訳が解らん。
AIに近いような思考だと思えば、まるで10代の小娘のような反応をするのだからな。
そう言えば、考えてみれば私も10代の小娘ではあるのだよな……。
まぁ、それでも皇帝は皇帝とされるのが、我が帝国なのだが。
「なんとも他力本願な話であるが……お母様……話は聞いていたな? この大和殿を我々の世界へと招待する事となった。向こう側での受け皿となるヴィルデフラウ体を用意した上で、彼女の意識転送を行って欲しいのだが、可能か?」
「……聞いているぞ。ふむ、これは中々強烈な意識体だな。お前、人間ではあるまい? 幾多もの人々の思いや願い、本来そうあるべきと言う思いが集まり、強固なる意識となった……そして、そこから更なる上のステージへ自らを書き換えることで進化した。なるほど、そう言う存在か……実に興味深い」
「ほぉ……お主が星の世界の神か? 流石に我の本質が解るのだな……。ああ、人はそれこそを神と呼び定義する……つまり、我もまた古の神の一柱なのだよ。そして、それ故に我が刃は神にすら届いた……そう言うことだ」
「……なるほど、神殺しの神か。向こうの世界は色々と面白い世界のようだが、そこまで届いているのか……。娘と言い、やはり侮れん文明なのだな……。まぁ、悪くないぞ」
なんだかよく判らん存在同士が、ワケの解らん理由で解り合う……。
すまんが、私は置いてけぼりだ。
「悪くない……か。まぁ、褒められたと思っておくか。して、どうだ? この私に夢にまで見た大マゼランへ導いてくれんかのう。今の我ならば自力でも行けなくもないのだが……いかんせん通常亜光速航法では、あまりに時間がかかりすぎてなぁ……」
光の速度でも16万年……亜光速航法で、20%光速で巡航したとしても、80万年か……。
途方もない年月ではあるな。
「まぁ、そうだな……私としてはむすめが認めたのであれば、一向に構わん。だが、お主の意識体はあまりに巨大すぎて、すべてをこちらに転送するとなると、その受け皿も相応のものを用意せんといかんからな。ひとまず、その意識の欠片程度なら、連れて行ってやろう。お主の持つ力……どうやら、あの火の神々を殲滅しうる力のようであるからな。娘よ……こいつは使えるぞ!」
……良く解らんが。
お母様は、私達以上にこの大和殿を理解しているようだった。
「まぁ、使える使えない以前に、私はすでに決定しているのだ。その意思が覆ることなどあってはならんのだからな……では、滞り無く進めてくれ!」
「了解したぞ。まったく、むすめは本当に引きが良いな……。まぁ、大和殿……すべて私に任せておけ……。むすめの願いであるからには、その願い叶えるのが我が勤め……!」
「さすがであるな! いやはや、ゼロ陛下……この機会を設けてくれた事を素直に感謝しよう……! アスカ陛下……今後ともヨロシク頼むぞ!」
「……良く解んないけど、交渉成立なのかな? まぁ、連れていけるのは欠片程度とか、言ってるけど、大和くんはそれでいいのかい? と言うか、自分の意識を分けるってどんななんだい?」
「ふん、我くらいの上級艦になると、マルチコアくらいは当たり前に実装しているのだからな。その一つを託し、我の意識の多くはこちらに残る事になるが、向こう側の受け皿を少しづつ大きくしていくことでいずれ、すべて統合するまでの話だな……。どのみち……こちらで、路頭に迷っているじゃじゃ馬共の導き手役もせねばなるまいからな……。あのバカ共、帝国に負けたのが悔しいとか言ってて、リベンジなども企んでいるようでな。まぁ、我の意識の欠片であっても、定期的に同期を取っておけば問題もない。それで結構であるぞ!!」
かくして、こんな調子で話はまとまった……。
そして、私は大和殿と言う新たな配下を得た上で、惑星アスカの大海原進出の切符を手に入れたのだった。