第七話「初めての文明、街の訪れに」②
「なるほど、そのような兵器か……。確かに、それが数百騎程の数を揃えた上で、一斉に突っ込んできたら、生半可な戦線など容易に粉砕されてしまうだろうから、十分脅威であるな。……この世界の人間にもなかなかの智慧者はいるのだな」
「おいおい……そんな装甲騎士が数百騎なんて、どこの国がそんな贅沢な真似出来ると思ってんだ? ここシュバリエ市でも装甲騎士はせいぜい20騎程度が常駐してるだけだし、他のとこも似たようなもんだ。言っただろ、決戦兵器って……。さすがに装甲騎士を練成するとなると、結構な時間と金がかかるし、この馬共ってのはとにかくよく食うから、維持費だって馬鹿にならんし、とにかく扱いが難しくてな……。そんな気楽に数を揃えられるようなもんじゃねぇんだよ」
「……20騎だと? それっぽっちの兵力で何が出来るというのだ……。まさか、この街の軍備はそやつらしかいないのか?」
「まさか、一応従士隊って言う歩兵もいて、人数もざっと100人はいる。数的にはそいつらがシュバリエの軍の主力ではあるんだが……。ここの領主はとにかく、金にうるさくてな。街で見回りとか門番とかやってるような奴もいるが、基本的には普段は別の仕事をして、たまに訓練ごっこをして遊んでるような奴らばかりだからなぁ……。あれでいざって時に役に立つかと言えば、正直微妙だな」
歩兵100人……。
しかも、常備兵ですらなく、有事が起きてから招集する応集兵……だと?
ソルヴァ殿の話を聞く限りだと、そんな感じのようで、どうやら、それが事実のようだった。
いや、どうみても軍備としては、話にならんレベルだぞ、それ。
よくそれで、侵略されないものだな。
この世界は、よほど平和なのだろうか?
だが、総兵力が120人?
常駐戦力に至っては、50人も満たないだと?
それでは、良いところ地上降下兵団の一個中隊程度なのだが……。
この世界の軍勢が我が帝国の降下兵と戦えるとはとても思えないので、戦力としては話にならないと判断してよかった。
そう考えると、やはりこの街の防衛力は物凄く頼りないようにしか思えない。
装甲騎士とやらがどれほど強いのかは解らないが、それとたった100人の応集兵で何が出来るというのだ?
……このシュバリエ市の人口は周囲の農村部も入れると一万人ほどらしい。
この街は、神樹の森の最寄りの街で、本来神樹の森は魔物の巣窟だったとかで、言わば最前線の街のようなもののようなのだが。
それだけの人口が居て、守り手としては、100人足らずの兵しか居ないと言うのは、やはりどうにもいただけなかった。
「アスカ様、何か気になることでも? それともどこか具合が悪かったりしますか? 街までもう少しですけど、ちょっと休んでからにします?」
訝しげにしている私の様子が気になったのか、イース嬢が私の顔を覗き込んでくる。
なんと言うか、何かと気遣いも出来て、ホントいい子なのだ。
ちんまりしてて、私よりちょっと大きいだけなのだが、なんとも可愛い。
あんまりにも可愛かったので、昨夜は一緒に抱き合って寝た。
私は皇帝陛下だったのだぞ?
そんな添い寝をしてくれるものも居たにきまっておろう?
もっとも、いわゆるアンドロイドなのだがな。
それだけに人の温もりに包まれて眠ると言うのは、なんとも言えぬ安らぎを得られて、心地よかった。
まぁ、傍目には幼女同士が仲睦まじくと言った様子だったようで、大人三人はとてもあたたかい目で見守ってくれていたようだった。
敢えて言おう!
私は小さい、それは認めよう。
だが、私こそ正義なのだ。
つまり、小さいは正義なのであるっ!
なにせ、私は身の回りの世話用のアンドロイドについても、私とほぼ同サイズのミニメイドロボを配備していた。
基本的に、私は小さくて可愛いものが大好きなのだ。
何よりも、世話係が自分より大きいと言うのは、どうかと思ったので、皇室御用聞き業者の営業マンを呼びつけて、お前の所で一番小さいメイドロボを寄越せと言ったら、そんなのが来た。
なお、そのミニメイドロボは市販されている家事サポート用ロボット……通称メイドロボの中でも、各種スペックはぶっちぎりのワーストで、省燃費と省スペースくらいしか取り柄が無い割に、何故か市場一番人気モデルで、営業マンのオススメで猫耳と猫しっぽオプションを付けてもらった結果、ヤバいくらいに可愛くなった。
いやはや、実にお世話になった。
着替えもだが、お風呂に膝枕、添い寝までな!
皇帝たるこの私がいつも連れ歩いていたことで、どうも人気に拍車がかかったようで、各社で似たようなミニメイドロボが販売されるようになり、第三帝国では、猫耳ミニメイドロボがちまちまと通りを闊歩するのは、もはや日常の光景となっていたのだ。
さすが、私であるのう!
なお、近衛兵もミニマムロボにしようと提案したのだが。
近衛連隊長が引きつったような笑顔で、仰せのままにと言いながらも、翌日辞表を提出しようとしたので、慌てて取り下げたのだがな……。
「うむ! イース嬢の可愛らしさについて……ではなくだな。この街の防衛戦力について少しな。兼業兵士が100人足らずでは、常備戦力としては、いささか少なすぎるのではないか? イース嬢はどう思う?」
「わ、私の可愛らしさ? いえいえ、アスカ様もむっちゃ、ちっちゃ可愛いですって! あ、今夜も寝る時、ご一緒します?」
「よいな! イース嬢の添い寝は安心して眠れて最高だったぞ。あ、いや、そっちの話じゃなくてだな……」
「あ、防衛戦力のお話ですか? うーん、どうなんでしょうね? あまり、考えたことも無かったので……」
そう言って、イース嬢がソルヴァ殿の方をチラッと見ると、任せろとばかりにソルヴァ殿が話に乗ってくる。
「ははっ! そんな事が気になるってのか、たしかに……たかが100人でこの規模の都市国家を防衛するとなると、頭数としては明らかに足りないんだが……。装甲騎士ってのは、さっきも言ったが、維持するのにも練成するにも莫大な金と年月がかかるんだ。まぁ、その代わりこの辺の魔物や盗賊程度が相手なら、20騎もいれば、余裕で蹴散らせるほどには強い。だからこそ、それくらいの戦力で十分って領主達は考えてるようなんだがな……」
……ソルヴァ殿も同じような認識のようで、実際は呆れ返っているののが見て取れた。
「また、その装甲騎士か……。だが、少数精鋭といえば聞こえがいいが、たった20騎しか居ないのでは、とても役に立つとも思えんぞ。そもそも、正規軍がいるなら、何故にソルヴァ殿達はたった四人で、盗賊団退治になど出向いたのだ? しかも、相手は25人……本来ならば、守備隊100人総出で対応してもおかしくない状況であろうし、森の中でそんな騎兵が使い物になると思うのか? 些か考えが甘いとしか言えんな」
実際問題、拠点にこもった25人の相手に歩兵同士の近接白兵戦で勝つとなると、本来ならこの街の100人の守備隊総動員でもしないと厳しかっただろう。
『敵と戦う際は、常に多数で当たれ、多い分に越したことはない』
これは……帝国地上軍の軍事教練書にも、記載されており、基本的に敵の倍の兵力がない限り、攻勢は厳禁とされている。
消極的かもしれないが、これが帝国地上降下兵団の基本戦略で、偵察の結果、彼我の戦力差が倍以上でない場合は、後方に増援を要請し来援を待つか、敵が攻勢に出てきた場合は後退防御に移り、後方の味方と合流し、数的優位を確保の上で、包囲殲滅により撃破する。
これが我軍の基本戦略とされていた。
なにせ、例え、戦闘に勝って相手を全滅させても、自分達も死屍累々等というのでは、それは勝利とは言えないのだからな。
基本的に、軍事に於いては、3割の損害を受けた時点でその部隊は全滅と判定される。
これは、地上の歩兵部隊だろうが、宇宙艦隊でも同様だ。
3割程度の損害で全滅扱いと言う点については、逆を言えば7割も残っているのだから、そこからでも、まだなんとでもなるように思えるかもしれないが。
残念ながら、どうにもならない。
兵力の三分の一が消えてしまった状況と言うのは、部隊指揮官にとっては、まさに悪夢のような状況で、その時点でもはや組織的な戦闘などとても望める状況ではないのだ。
……実のところ、軍事的に許容可能な損害の範囲としては、大目に見て10%程度までなのだ。
損害がその範囲に収まらなかったとなると、勝利とはとても言えないのだ。
その場合は例え敵を退けて、傍目には勝ったように見えても、戦略的には敗北、或いは痛み分け……ドローと判定される。
まぁ、戦場とはそんなものなのだ。
基本は倍、可能なら三倍、四倍の兵力で当たるというのは、もはや軍事の常識だった。
それくらいの兵力差なら、多少練度や装備が劣っていようが戦術的に劣っていようが、大抵ほとんど損害を受けずに圧倒できる。
実際、この辺りはランチェスターの第二法則といって、古くは二十世紀には理論化されていたもので、宇宙時代の万単位の宇宙戦艦同士の艦隊決戦でも、似たような結果となると我が国でも模擬戦などを通じて立証されていた。
戦いとは数なのだ! 戦場でより多くの兵力を集めたほうが勝つのは当然の話なのだ。
……まぁ、それでも私は負けたのだがなっ! 納得いかんぞ!
銀河守護艦隊……奴ら、色々おかしいぞっ!
何にせよ、その兵力の集中運用により、理想的な勝利を各戦線で実現し、最終的に軍勢を勝利へ導くのが戦略と言うもので、戦いとは、銃砲弾の撃ち合いが始まる前にすでに決着がついているようなものなのだ。
これが戦術が、戦略を覆すことは決して無いと言われる最大の理由なのだよ。
帝国軍のドクトリンは、基本的に戦いは数だよ、アニキ! です。(笑)




