第五十七話「邂逅」②
「……お母様! も、もう一度言ってくれ……だ、だ、だ……誰が……謁見を希望していると?」
「う、うむ……ゼロ・サミングとか言う若造であったぞ。ユリコお母さんのお願いで、向こう側に送った私との接触点ノードへ娘指名で、例の向こう側の精神空間にて、会談を執り行いたいとのメッセージをその若造が送ってきたのだ」
……不意にお母様から告げられた我が銀河帝国からの連絡に、さしもの私も驚きを隠せなかった。
なにせ、その人物の名はその名を呼ぶのも恐れ多い……銀河帝国初代皇帝……帝国の神とも呼ばれた偉大なる伝説の人物の名だったのだから。
もちろん、私もユリコ殿から、あのお方……ゼロ陛下もこの時代に再臨されたと言う話は聞いていたし、間接的ながらそのお言葉は頂戴しており、その時点で身に余る多大なる名誉と思っていたのだが。
当人からの名指しでの会談希望と言う話ともなれば、もはや私もどうしていいか解らなかった。
いっそ、誰かお供の一人でも……とも思うのだが。
皇帝、及び皇帝経験者同士の話し合いにおいては、当事者以外の立場の者は列席すらも許されないというのが我が国の慣例なのだ。
記録も残されない密室会談……と言えば、なんとも聞こえが悪いが。
皇帝同士の対話とは、国家の命運がかかるくらいの重大案件となるのが通例なのでな。
情報リークなど万が一にもあってはならんし、そもそも、皇帝同士の話し合いともなると、誰も口出しなど出来ぬのだから、当然の話しだった。
「……私と会談? いったい……何事なのだ? 待て、そもそも……それはどう言うことなのだ!」
「うーん? わたしに聞かれてもなぁ……。とにかく、今後のお互いの方針についての相談と、むすめに紹介したい者がいるとかなんとか。まぁ、会えば解るんじゃないのかなぁ……。とりあえず、今すぐにでもオッケーって伝えとこうか? それとも、一眠りでもしてからにする? もう夜も更けきっているぞ。夜更かしは感心しないのだ」
……お母様が言うようにそろそろ、夜更け過ぎで、些か眠気を感じていたのも事実だったが。
こんなんで、ぐーすか眠れる訳がなかろうっ! 眠気なんぞ、もう一発で覚めたわっ!
「だから、頼むから、そんな「了解オッケー」などと、軽々しく対応しないでくれ! 相手は……我が帝国の神に匹敵する人物なのだぞ……私のような皇帝の中でも序列最下位の木っ端皇帝などとは立場が違うのだ!」
「むすめがそんな風にわめくなど珍しいな。皆、何事かと思ってしまうぞ」
言われて、はたと冷静になる。
確かに、私としたことがすっかり、狼狽えてしまっていた。
まったく、精進が足りんな。
「すまぬ、問い合わせが来ていたら、何でも無いと回答してくれ」
「解ったのだー。だが、向こうはむしろ話がしたいから、会わせて欲しいとペコペコと頭を下げておったぞ。そんな風に恐縮したり、取り乱すなど、娘らしくもないな……。ここはいつもの通り、デカい顔して、「そんなに私と会いたいなら、会ってやらなくもないぞ!」とかなんとか言うところだろう?」
ま、まぁ……この王国の王の使者が来た際は、確かにそう言う対応をして、使者殿を随分と怒らせてしまったのだが。
あれは力関係を明白にするための演出のようなものであり、あれとこれは話が全く違うのだ。
もっとも、その辺りをお母様に理解させるのは、困難なのは言うまでもない。
「……そんな失礼な対応など出来るものかっ! ……では「謹んでお受けする故、会談日時は、そちらに委ねる」と解答を送ってくれ。よいな? 一字一句違えてもいかんし、くれぐれも失礼のないように頼むぞ!」
「良く解らんが、娘がそう言うなら、そうしよう……。あ、先方からは即座に解答が来たぞ。「了解した……そう言う事なら、今すぐ直ちに会談を行おう」とのことだ。何とも忙しない御仁であるなぁ……」
……噂には聞いていたが。
本当に、拙速を尊ぶ方なのだな……。
こちらが返答を返して、秒で決断し、即決定。
そして「ならば、すぐに会おう」と来たか。
忙しないとか、もっと慎重に判断すべき……とかそんな事はこれっぽっちも思わない。
銀河帝国の皇帝とは、いかなる時も即時に決断を行うべき存在であり、あれこれと迷って決断を先送りにしたり、決断にみだりに時間をかけるようでは、その時点で皇帝失格と言えるのだ。
この秒速レスポンスはむしろ、我々にとっては常識と言えた。
何と言っても、銀河帝国の神と言える方が、この私と会談したいと言ってきたのだから、私も即時で了承の返事を返すのが当然の話なのである。
「……返答は「了承した」の一言で良い。では、向こう側との接続や意識転送は、お母様にお任せするぞ!」
「うむ、任せるが良いぞ。では、すまんが……急ぎのようなので、その場で精神世界への意識転送を行うぞ。まぁ、精神世界では基底現実のように時間の概念もないからな。そこの執務机に座ったままで身体が抜け殻状態になっていても、別に不都合はないだろう」
まぁ……そんなものではあるからな。
本来、ヴィルデフラウと言う種族は脳に当たる思考器官も複数あって、並列思考や複数意識によるマルチタスクも可能らしいのだが。
私も所詮、元人間であり、単一思考と単一意識しか持ち得ないのだ。
現状、せっかくのマルチブレインも恐らくバックアップシステム程度にしか機能していないだろうが、そこはそれという奴よの。
どのみち、今は書類仕事も一段落ついており、夜明けまでは時間もある。
お母様が事情を解っているのであれば、誰かが来て抜け殻状態の私の身体を見て、騒ぎになっても問題にはなるまい。
目を閉じる。
……一瞬の酩酊感の後、クッションの効いたソファの上に座り込んだのが解る。
目を開けると、茶菓子と紅茶のカップの乗ったマホガニーウッドのテーブルと、簡素な向かいのソファに腰掛け、ティーカップを掲げた長い銀髪で白い背広を着た見目麗しい青年と目が合う。
そして、彼は優雅な仕草でティーカップをテーブルに戻して、静かに席を立つと、両手をまっすぐ揃えて、直角に腰を曲げる……最敬礼をよこしてくれる。
私も大慌てで、ソファから立ち上がると、同様に最敬礼を捧げる。
この世で唯一、銀河帝国皇帝たるこの私が、死者以外で無条件でそうするべき相手……そんなお方が目の前に居るのだから、これは当然だった。
そして、相手が顔を上げる気配を感じたので、合わせて私も姿勢を正す。
さすがに、緊張する。
手を腰の前に持ってきて、組もうとするのだが、アタフタとなってしまい手を右へ左へとよく解んないことになるのだが……。
そんな私の緊張とプチパニックを見透かしたように、彼はヒラヒラと手を振って、柔和な笑みを浮かべる。
「やぁ……やっと会えたね! 一応初めましてかな? クスノキ・アスカ陛下……僕の理想の理解者にして後継者たる君と、こうして相まみえる事を僕もずっと楽しみにしていたんだ……。まぁ、いいから座って! 座って! ……この場は僕と君の二人きりなんだからね。お互い、堅苦しいのは無しにしよう」
そんな軽い調子で、先に座られてしまったので、カチコチになりながらも優雅にスカートを広げつつ座ると、スカートの裾を丁寧に織り込んで、背筋を伸ばして、一礼する。
「……こ、この度は……私如き小物との会談を所望とのことで……こ、光栄の至りで……あの……その」
我ながらガッチガチである。
我ながらこれはひどい……初陣に挑む新兵だって、もうちょっとマシだろう。
「ははっ、緊張してるようだね。ひとまず、先輩後輩だの、立場や身分の差とか、そんな事は一切気にしないで良いよ。この皇帝会談ってのは、そう言う席であり、なによりも、今の君は名実ともにこの僕よりも格上なんだからね……そんな小物だなんて、とんでもない話だよ」
「ま、まさか……この私がゼロ陛下より、格上などと……そんな恐れ多い……」
「いやいや、君は七帝国最後の皇帝にして、たった一人の現役の銀河帝国の皇帝陛下なんだ。僕は所詮、遥か昔に隠居した身……格で言えば、君の方が上なんだよ。悪かったね……。君も色々と忙しいだろうに、一方的に呼びつけるような真似をしてしまって……。なにぶん、君も僕も、お互い暇な時間なんて早々ないだろうからね」
「……な、なるほど。そうなると、私は未だに銀河帝国の皇帝だと言う事なのか? 今のところ、戻ろうにも戻るすべもないのだが……いや、戻るすべもありませんの……だが……」
「あはは、別に無理はしなくていいよ。お互い、肩の力を抜いていつも通りで行こうよ。しかし、今の君のVRイメージ……そのまんま、ユリコくんの子供時代の生き写しなんだね」
そう言われ、その場に手鏡を生成し、じっくりと自分の顔を見てみる。
確かに、惑星アスカの凪いだ水面や、映りの悪い鏡で見たのとは随分違う……ユリコ殿は、何も言わなかったが、この姿は確かに慣れ親しんだ本来の私の姿だった。
何も言わなかったのは……あの方は、そう言う細かいことを気にしないタチなのだろうな。
「言われてみれば、確かにそうだな……。前回、この空間にユリコ殿に招かれた時は、気にもとめてなかったが。今の私は……本来の私の容姿だな……ふふっ、何とも懐かしいな」
……ここ最近、すっかりヴィルデフラウの身体の見た目に慣れてしまっていたが。
このVR空間では、私の本来の容姿の仮想体になっているようだった。
こうして見ると、確かにユリコ殿の生き写しそのものだ。
と言うか、そもそもクローンである以上、オリジナルとの容姿の違いなど、後天的なもの……髪の毛の長さやホクロとかそれくらいであり、総じて誤差程度の差しか生じないのだ。
まぁ、私の場合はテロメア劣化で、正真正銘劣化クローンでしかなかったのだがな。
「……アストラルネットワーク空間では、なんでもありの作り物……VR空間と違って自己の容姿はその魂に刻まれた……自らそうあるべきと思っている姿となるからね。君は、遠い異世界同然の惑星でも、自分が銀河帝国皇帝だと片時たりとも忘れていない……そう言うことなんだろうね。なにせ、衣服からして七皇帝の正装を選んでるくらいだからねぇ……。まぁ、黒基調に蘇芳色の縁取りとか、スゴく悪の帝国の皇帝っぽいイメージだけどね! なかなかカッコよくて僕も好きだよ……それ!」
……ゼロ陛下の指摘通り、今の私は皇帝正装と呼ばれる衣服だった。
別に衣装など気にしていなかったのだが……。
どうも、私のお気に入りだったから……そう言うことのようだった。
なお、ゼロ陛下の指摘通り、まるで悪の秘密組織の頭領のような黒い詰め襟で、ご丁寧に暗いくすんだ赤……蘇芳色の縁取り入りだった。
まぁ、これ自体は銀河連合諸国が、その非難声明に枕詞のように毎度毎度「悪しき」だの「悪の」だの付けるので、むしろ初代を見ならって、開き直るかということで、国民に呼びかけて、皇帝の正装として「悪の帝国の皇帝」にふさわしいデザインを皆で考案して欲しいと公募をかけたのだ。
その結果、思った以上の反響で、なんだかとんでもない数のデザイン候補が集まってしまい。
例によって、お祭り騒ぎの末に最終候補が決まったのだが。
この悪の秘密結社の頭領のようなデザインが選ばれたのだ。
まぁ、我々皇帝も揃いも揃って、そう言うノリは大好きだったので、皆嬉々として、この正装を纏い、それに合わせて帝国各軍の軍服も黒っぽくなったりと、色々あったのだが。
……国民には普通に好評で、私もなかなか気に入っていたのだ。
なお、カラーリングは同一ながらもデザインはそれぞれ微妙に違っていて、私ともう一人いた女性皇帝は、下は膝丈スカートになっており、彼女は嬉々として着ていたのだが……私としては、微妙に恥ずかしかった。
もっとも、なし崩し的に開催される運びとなったお披露目会で、仮面無しで素顔をチラ見せしたら、地面が揺れるくらいの声援を頂いてしまった。
うん……まぁ、あれはちょっと楽しかったな。
そして、背中と胸には赤い刺繍糸で、我が第三帝国の紋章が描かれているのを見て、やはりこれでなくてはという気分になる。
我が第三帝国の紋章は、銀河系を模した紋様上に、七つの星を散りばめて、辺境銀河七帝国……「Seven's Empire of Frontier Universe 」の略号「S.E.F.U」の上にローマ数字の「Ⅲ」が大きく描かれた……そんな紋章ではあるのだ。
なお、他の六帝国は、描かれている数字とクローズアップされている自国を表す七つ星の星の一つの位置が違うだけで、どこもほとんど同じ紋章を掲げている。
現状は、七帝国すべてを統一させた統合銀河帝国と名乗っているようだが、ユリコ殿から聞いた話だと、どこもかつての所属帝国の紋章に愛着があるらしく、主要軍用艦艇なども紋章を変えたりはせずに、そのまま運用されているらしいし、各帝国の中継ステーションなどの紋章も相変わらずらしい。
まぁ、そこら辺は無理に変える必要もないし、根っこでは皆同じなのだから、問題も起きようもないと言えるだろう。