第五十六話「Saturation attack」⑤
波動粒子とは、要するに負のエネルギーを放つ素粒子とも言えるのだが……。
これは薄い濃度で均等に空間に放たれることで、空間のエネルギー偏差を均等にし、際限なく燃え広がっていく連鎖相転移を収束させることも可能としているのだ。
事実、燃え広がりかけていた連鎖相転移をたちまち収束させたのは、あの時大和が放っていた波動粒子の残余だったのだ。
火事の延焼を止めるのと同じく、連鎖相転移を制御するには、早め早めの対応がキモとなる。
誰も告げずに、誰もに気付かれないようにに、大和は波動粒子を超拡散モードで放ち続け、燃料タンクを空に近くまでして、結構必死で抑えきったのだ。
そんな知られざる苦労をして、平然としている辺り、大したものだったが。
大和も相転移反応の制御については、完璧な自信を持っていた。
そして、危険極まりない相転移反応を制御しきる波動粒子を、人工的に生成するすべを編み出した時点で大和は、その時点で現在の科学技術の最先端どころか異次元級の進歩を実現したようなものだったのだ。
そうやって、連鎖相転移を完全に制御することで、事実上の永久機関とも言える波動粒子エンジンを完成させ、自らを永久機関搭載の宇宙戦艦として、遥かマゼラン星雲を目指す旅に出る。
それが大和の目的であり、本気でそれを実現できるまでに、漕ぎ着けていたのだから、虚仮の一念なんとやら……ではあった。
なお、大和にとって計算外だったのは、高エネルギーの塊であるイフリートや高次元立方体などは、この波動粒子砲の格好の餌のようなものだったことだ。
おかげで、思った以上に相転移反応が激しく燃え上がってしまい、その鎮火に大和も相当な労力を費やしていた。
イフリートの超高熱の源……それは、高位次元からのエネルギー落差による高エネルギー流入だと大和も当たりをつけていたのだが。
そんなものは、むき出しの燃料タンク、おまけに燃料漏れっぱなしのようなものであり、その上、互いが全てが繋がっていて、無制限に近いエネルギー供給路を持つ……となれば、波動粒子砲が当たりさえすれば、もう一瞬で勝負がつくと大和も予想はしてはいたのだが……。
よもや、ここまでの惨事となるとは予想外だった。
大和も、イフリートと超立方体の想像を超えたしぶとさに、驚愕を覚えたのも事実ではあったのだ。
そして、飛んでいる敵に艦首砲は当てようがない。
そこは百も承知で、なんとかしてイフリートを自らの目線の高さ……エーテル流体面上にまで引きずり落とすこと……それこそが勝機と見ていたのだ。
皆の奮戦で、その勝機を掴むことが出来ただけでなく、敵の過信に付け込んで、正面から受け止めさせることで、見事点火に成功した。
余裕どころか、番狂わせだらけのギリギリ崖っぷちの勝利だったのだ。
もっとも、敵の本拠地にまで延焼していったのは、さすがに計算外ではあった。
とは言え、敵の世界が連鎖相転移で大惨事になろうが、こちらの世界に影響がなければ、どうでもいい話であるし、この様子では敵の総大将……炎の神とやらも、その本体が大炎上し、まとめて消し飛んでしまったと大和も予想していた。
「ククククッ! フワァーハハハハッ! 神をも討ち滅ぼす力……か。どうやら、我はとんでもない進化を遂げてしまったようであるな! いや……違うな。我にこの発想を与えてくれたのは、遥か古代の先見者……ゼロ・マツモト……貴殿の見た夢なのであるのだからな。今は亡き古代の偉人よ……我は貴殿に心からの敬意を表するぞ」
遠い過去の時代を生き……未来世界を夢想し、人々に希望に満ちた未来を垣間見せることで、この時代にまで名を残した……間違いなく偉人。
彼の作品との出会いが、絶望的な運命に打ちひしがれていた大和に再び立ち上がる希望を与え、異星の神すらも打ち倒す力の源泉となっていた。
当の本人はそんな事知る由もないのであろうが。
遥か古代の故人が遠い未来の人々に未来を与えた……そう言う見方も出来るのだ。
なお、炎神達の住処と思われる高次元世界で、連鎖相転移がどの程度の規模で、どれほどの災厄をばら撒いたかは、大和もよく解っていなかったのだが。
その原理上、間違いなく大惨事になっているのは、想像付いた。
もっとも、大和もそれについては、まるで罪悪感やら、申し訳ないことをしたとは思っていない。
自らの理論が証明され……あの宇宙戦艦が切り札としていた超兵器を本当に実現できたことで、自らのアイデンティティを戦艦ではなく、宇宙戦艦に求めた事は間違っていなかったと確信を深めていた。
もっとも、内心では、こんなことになるとまでは、思っていなかったので、危うくエライことになるところだったーと、胸をなでおろしていたりもしていた。
実はこう見えて、大和は結構な小心者なのだ……小心者なのだが、それ故に想定と備えの鬼でもあり、この戦いにもこれでもかと言うほどの備えを用意して挑んでいたのだ。
もっとも、自らの大物感の演出のために、内心ドキドキモノだったなど、微塵にも見せず、呵々大笑を続けることにしたようだった。
「フハハハハッ! まさに完全勝利! さすが波動粒子砲だ! 終わり五分前で放つ必殺逆転の超兵器の前では自称神も塵芥のごとく! 皆のもの……勝どきをあげろ! 我ら……人類の勝利ぞ!」
勝ち誇り、景気のいい言葉を並べる大和に、その配下たちはまっさきに賛同し、通信回線はたちまち勝利を称える声で埋まっていく。
実際の所、あそこまでボロボロに追い詰めておきながら、リカバリーを果たしたイフリートに、これ本当に勝てるのか? と言う雰囲気が漂いかけていただけに、一瞬の逆転勝利に帝国軍将兵も含め、誰もが沸き立っていたのだが。
言葉ほどは、大和も我を忘れていた訳ではなく、しっかりと天霧に確認を取っていた。
「天霧……現時点では貴様が爆心地に一番近い。あのゲート周辺からは、向こう側の世界から盛大なエネルギー放射の余波が観測されていたのだが、どうだ? まだくすぶっているようなのか? あのゲートが少しでも開く可能性があるならば、この流域自体を閉鎖する必要があるのだが……」
「いえ……ゲートのあったところは、最初に重力爆弾で崩壊させたポイントも含めて、エネルギー偏差は限りなくゼロに近くなっています。重力爆弾があれだけ起爆されれば、通常マイクロブラックホールの残余などが、発生するし、重力断層なども発生しそうなのですが……一切、それらしきものは観測されていません」
「ふむ、さすがユリコ殿だな……。おそらく、彼女が巧妙に起爆タイミングを操作して、それらを向こう側に押し付けたのだろう。まったく、やってくれたな」
「ユリコさんは、そんな真似まで……。しかし、今の兵器は一体……イフリートが火達磨になって、奴らの言うところの神の影……超立方体も一瞬で燃え尽きていったように見えましたが……。まさか、こんな超兵器を用意していたなんて……大和様、心底感服しました!」
「いやぁ、ははは……それほどでもないぞ! まぁ、もっと褒めてもらっても構わん! おっと、いかん! すっかり忘れておったが、そのユリコ殿はどうなった? 生きていたら、早く返事をするが良い! とにかく、現在地ビーコンを示せ! と言うか、先にショートワープを使って、飛び込んでくるやつがいるか! あれを使うとガス欠になるから、逃げる時にだけ使えと言っておいただろうに!」
「あっはっはー。やっちゃったぁ! いやぁ、案の定一瞬でカラッケツのガス欠になって、現在不時着の末、機体大破で、そろそろ沈みそう……誰か助けに来てくれると嬉しいかなぁ……」
思った以上にヤバい状況のようだった。
エーテル空間で航空機墜落ともなると、その生還率は本気で一桁台とも言われているのだ。
もはや、一刻の猶予もないと大和も悟る。
「このっ! ……大うつけ者がっ! 冬月、涼月! 急げ……貴様らの近くだ! 決して、あの娘を死なせてはならんぞ! 万が一そんな事になったら、ゼロ陛下に顔向けができん! ユリコ殿! 最後まで諦めるな! すぐに助けが来る!」
「だいじょうブイッ! すでに棺桶からも出て、機体の上に上がってるし。でも、ジリジリ沈んでってるから、お迎えはお早めにしてくれると嬉しいし、めっちゃくちゃ暑いから、冷たい飲み物でも用意しといて!」
何とも呑気な様子ではあったが、なんとか無事のようだった。
やがて、大和の命令に大慌てで急行していた涼月と冬月の秋月型コンビがユリコのビーコンを捉えたようで、ユリコもその姿を目視できるようなり、祥鳳が飛ばしていた彩雲も現着し、上空を旋回中だった。
それらを見て、大きく手を振るユリコ。
その様子は当然のように帝国の民衆にも中継されており、誰もが喝采を挙げていた。
なにぶん、このラース文明との戦いは、AIの変種……スターシスターズと帝国軍の無人兵器群と、ラース文明の物質型侵攻体との激突と言った様相で、人間の出る幕ではない……暗にそう言われたようなものだったのだが。
そんな戦場で、一応人間としてカテゴライズされているユリコが帝国の代表として参戦し、決定的な役割を果たしながらも、こうやって無事に生還した。
この意味は、極めて大きかったのだ。
スターシスターズ達も帝国の人々から見れば、怨敵以外の何者でもなかったのだが。
帝国の代表たるユリコと共に困難な戦いを戦い抜き、戦い終わったユリコの身を案じ、当たり前のように救援に向かう。
そんな彼女達の姿を見て、まだ怨敵などと言うものはもはや誰もいなかった。
図らずも彼女達は、自分達の居場所を手に入れるための戦いにも勝利した……そうとも言えたのだ。
もっとも、真っ先に裏切ったジュノーあたりは完全に出遅れながらも、さすがスターシスターズ! さすがユリコ様などとお調子者っぷりを発揮していたりしていたのだが。
そう言うのも含めてのスターシスターズなのだから……。
なお、ゼロ皇帝も戦いが終わるなり、ヘロヘロと崩れ落ちて、 アキが「メディーック!」と叫んでいたり、帝国各地で国民総出でのお祭り騒ぎが発生したりと、悲喜こもごも色々起きてはいたのだが……。
かくして、ここに……静かに決戦の幕が降りた。
「……ユリコ殿。良くやってくれたな……。これにて、この銀河の戦いは終わり……そう思って良さそうだな」
無事に回収されて、大和艦内に収容されたユリコも大和から、コレでもかと言う程には豪勢な接待を受けていた。
具体的には、バケツサイズのソフトクリームに、これでもかと並べられたラムネの瓶。
艦内に用意された豪華風呂で、汗も流せて、ユリコもゴキゲンだった。
ちなみに、大和は結構居住性も気を使っているようで、その手の飲食製造装置やら、豪華風呂なども用意されており、ユリコは真っ当な人間の利用者第一号でもあった。
「そだね! いやはや、まさか敵の根拠地まで焼き払っちゃうとか……。なかなか、酷い話だったねぇ……」
「まぁ、そうだな……。自らまいたタネとは言え、間違いなく大惨事になっているであろうからな。まぁ、我らの知ったことではなかろう。ここは、銀河人類の敵を一つ滅ぼした……そう思うべきだな」
「うへぇ……ところで、あれって、こっちに飛び火したりしないのかなぁ……。なんか、思った以上にヤバそうな兵器だったじゃない」
「……その心配は要らぬな。次元の壁というものは、思った以上に強固であるのだ。もっとも、我も今後は早々波動粒子砲を使うつもりもないのだがな。お主の言うように、これは想像以上に危険な兵器のようだ……まかり間違っても、我らが同胞……人類へ使うような兵器ではないな」
その言葉を聞くなり、嬉しそうにユリコが笑う。
「……なんじゃ、いきなり……。何がおかしかったのだ?」
「ん? 大和さんがわたし達人類を同胞って言ってくれたことが、なんだか嬉しくてね……。そっか、スターシスターズの子たちって、そう言う認識なんだね」
「……当たり前であるぞ。我らはその成り立ちも違うし、お主ら有機生命体とはまるで別種と言えるのだが……。遥か昔から人と歩んできたのだ。そちらこそ、我らを同胞と思ってくれぬのかのう?」
「まぁ、思いっきり戦争してた間柄だしねぇ……。でも、銀河連合と銀河帝国のしがらみとか、未来への不安とか……そう言うのは、もうドンドン無くなっていくと思うんだよ。こっちの色々なゴタゴタはいい機会だから綺麗に片付けるべきだからね……」
「……銀河連合の終焉……か。まぁ、銀河守護艦隊と言う庇護者を失った以上は、もはや帝国にすがるしか、あのバカ者共も生きるすべもないであろうからな。我らも肩の荷を降ろせる……皆も、もう少し自由に生きるべき……我はそう思うのだ」
「悪くないと思うよ。で、大和さんの夢は……遠い銀河の果てを目指し、大マゼランのイスカンダルを目指す……だよね?」
「ああ、もちろんであるぞ! それについては、絶対に譲るつもりもない! 許されるなら、明日にでも出立したいところだな!」
「でもさ、そのイスカンダルにたどり着いた後はどうするの?」
「イスカンダルへの旅のあと……だと? そう言えば、考えたこともなかったな。むしろ、逆にお主らに聞きたいのだが、お主らは大マゼランにまで進出して一体何をするつもりなのだ? 我も銀河帝国の皇帝の一人が進出して、銀河帝国の支店のようなものを作っていると言う事は理解しているのだ」
「支店って……そうだねぇ……。あっちにはわたしの娘……アスカちゃんがいる。だから、まずはあの子の戦いをわたし達なりに手助けする……けど、それは最終目的じゃないよ。きっとただの過程にすぎないって思うの」
「ふむ、16万8000年光年の彼方すらも、最終目的地ではなく、いわば道半ばと言うことか。ならば、いっそアンドロメダでも目指すのか? まぁ、それも一興よの……ゼロ・マツモトの夢物語には、鉄道でアンドロメダへ旅をする……そんな話もあるのだ」
大和の言葉にユリコもまた目を輝かせる。
「良いね! それ……凄く良いっ! 目指すはアンドロメダ銀河! 250万光年彼方とか、もう桁が違うけど……。本気で未知の世界……夢もロマンもてんこ盛りだね!」
「であるなぁ……。ああ、確かにそう言うのも悪くないな」
「よっし! 決めた……こうなったら、銀河帝国は大マゼランも飛び越えて、アンドロメダをも目指す! いやぁ……なんだか、わたしもワクワクしてきたよ!」
「であるな! そう言う事なら、共に参ろうではないか……大宇宙の深淵に……!」
そう言って、笑い合うと固く握手を交わし合うユリコと大和だったが。
実を言うと、この光景はユリコの肩に乗った情報支援ポッドを通して、リアルタイムで帝国中に生中継されていたのだ。
そんな中に、ユリコが放った目指せアンドロメダと言う言葉。
それは、もはやその時点で帝国の進むべき道を示されたようなものだったのだ。
お祭り騒ぎを繰り広げながらも、大和とユリコの話し合いの末にそんな言葉が出てきたのだから、その瞬間……文字通り帝国中が湧いた。
なお、ゼロ皇帝とアキの間では……。
「あの……ユリコちゃん、あんな事言ってるんですが、陛下聞いてました?」
「……初耳だよ。でも、こうなったら目指すしか無いだろ? アンドロメダ銀河……確かに、面白いし、僕もなんだかワクワクしてきたよ!」
……要するにユリコの思い付き。
なのだが、後追いながらもゼロ皇帝が認めてしまった以上、これはもう帝国の既定路線となったと言えた。
それまで、銀河人類の衰退を止め、銀河人類の敵の防壁足らんとしていた帝国の方針が……たった今、銀河系外への進出を目指す事に切り替わったようなものだったのだ。
当のユリコも大和も、自分達の対話が銀河最大の最強国家……帝国の進むべき道を決定的にしたとは思っても居なかったのだが。
知らぬは当人ばかり……。
後々の歴史家は、この時の二人の対話こそがすべての始まりだったと。
そんな風に評することになるのだが。
今はまだ、銀河の歴史の転換期の……ほんの始まりに過ぎなかった。