第五十六話「Saturation attack」④
完全に、発想が研究職のそれなのだが……今の彼女は、戦い勝利することにはあまり興味を持っておらず、如何に古代アニメの宇宙戦艦に自分を近づけていくかが、その目的となっているのだ……。
その過程で、一端の技術屋根性とでも言うべきものが身に付き、こっそりと帝国の科学アカデミーのネット文字掲示板などに潜り込み、熱い議論を交わしたりもしていたのだ。
なお、お互い解っていないのだが。
ヴィルゼットと大和は仮想空間で何度か論戦を交わした間柄でもあり、彼女が使うネット世界の仮の名前「ダイワたん」は美少女科学者説も流れており、結構な有名人であったりもするのだ。
(なるほど……真空の相転移自体がより高いエネルギー場を持つ真空と、より低いエネルギー場による真空のエネルギー落差と言うべきものを意図的に発生させることで起きる現象であるのだからな。奴らはいわば、動きまわり思考する高エネルギー場……言ってみれば、相転移反応の燃料のようなものなのだろうな……)
真空を沸騰させる……そんな表現が定番となっていることが、この相転移理論を分かりにくくしているのだが。
むしろ、どちらかと言うと真空を燃やしながら広がっていく炎と表した方がまだ解りやすいだろう。
真空が燃えると言われると、ますます解らなくなるだろうが。
起こっている現象として、それが一番近いのだ。
そして、炎を自在に操り、恒星規模の超高熱に平然と耐えるエネルギー生命体は、それ故に高エネルギー場でもあるのだ。
だからこそ、彼らは相転移の炎の前には、ただの燃料にすぎないと言うのは皮肉な話だった。
(どうやら、この大和……奴らにとって天敵のようなものなのかもしれんな! うーむ、さすがであるな……我! ゼロ陛下……見ておるか? ユリコ殿も頑張ったが、我も頑張ったぞ! さて……後でめちゃくちゃ褒めてもらって、ご褒美でも要求するとしよう!)
はやくも、取らぬ狸の皮算用を始める大和だったが。
彼女もスターシスターズの例に漏れず、結構チョロいのだ。
今も、ゼロ皇帝にお褒めの言葉とともに、頭を撫でられる光景を想像し、なんともだらしない顔になっていたのだが。
首をブンブンと横にふると、キリッと生真面目な顔を作って見せると、またもやブツブツと独り言を言い始める。
彼女の研究は、ここでようやっと実験成功と言ったところであり、まだまだ検証や再現など、やることは山盛りなのだ。
なお、この銀河で帝国を始め、一般的に知られている相転移反応とは、真空中に高出力レーザー集中を行うことで絶対零度の真空中に、強引に超高熱スポットを発生させ、大きなエネルギー落差を発生させる事で、真空の相転移……炎上させる事で、瞬間的に爆発的なエネルギーを生み出す……そんな方法が知られており、実際この方法で実験室レベルの再現に成功しているのだ。
だが、この方法は、無数のレーザー集中により、真空という何もない空間に超高熱スポットを発生させる……。
それは良いのだが、真空に火を点ける所までいく為だけに、莫大なエネルギーを消費する上に、発生した連鎖相転移も長くは続かずに、ナノ秒と言う極めて短時間で、あっという間に収束してしまうのだ。
要するに、火種は点くのだが、さっぱり燃え広がっていかない……。
例えるなら、マッチ棒の炎で炭に点火しようとするようなもので、いくら炙っても火力不足で燃料である炭を燃やすほどには至らない……それとよく似た話だった。
この問題の解決には、着火剤……炭に着火するほどのより大きな熱量を持つ炎を生み出す事なのだが……。
連鎖相転移反応も同じ理屈で、よりエネルギー落差の大きい強力な相転移反応を起こすことで、連鎖反応を起こしやすい環境を作り出す……それこそが、連鎖相転移を実現させる方法だったのだが。
現代の人類の技術では、先程の例えになぞらえるなら、マッチの炎程度のエネルギー落差を瞬間的に起こすのがやっとだったのだ。
そして、長年の研究にも関わらず、この問題の解決には、瞬間的に桁違いに大きなエネルギーを発生させることが要求され、その実現には反物質による対消滅反応でもないと、とても追いつかない。
そして、その対消滅反応も今の人類の技術では実現できておらず、それ故に相転移反応炉は、未だ到達できない遠い未来の技術とされていたのだが。
大和が独自に開発した相転移反応炉は、それとはまるで真逆の発想……超高エネルギーで満たされた真空中に、エネルギーを吸収する負のエネルギーを持つ素粒子を解き放つことで、高エネルギー空間に極めて大きなエネルギー落差を同時多発的に作り出すことで、爆発的な連鎖相転移反応を引き起こす……そんな方法なのだ。
核融合反射循環炉……核融合で生じたエネルギーを融合炉内で幾度となく反射させることで、増幅効率化する……そんな最新式の反応炉があるのだが。
その内部は、当然ながら余計な物質は存在せず、いわば高エネルギー空間と言うべき空間となるのだ。
そして、そんな中にマイナスのエネルギー場を持つ素粒子を放つことで、意図的に高いエネルギー落差を生み出す……これが大和式相転移反応炉なのだ。
この方法であれば、投入エネルギーについても従来式よりも遥かに少なく済む……。
つまり、省エネ……実際、核融合の余波程度の高エネルギー場を発生させる程度で、十分だったのだ。
何故、そんな低いエネルギー場で、相転移反応が起きるのか?
その理由は簡単で、負の素粒子はそれ自体がエネルギーを吸収する……いわば、マイナスのエネルギー場を生み出すのだ。
大きなマイナスとほんの小さなプラス。
足し合わせると、そのエネルギー落差は極めて大きなものとなる。
そして、その結果……真空が燃える。
つまり、連鎖相転移反応が起きるということなのだ。
激しくインチキ臭い代物ではあったのだが、発想の転換とも言える手法で大和は、相転移反応炉の問題点をあっさりクリアしてしまったのだ。
さて、ここでキモとなる負のエネルギーを持つ素粒子。
当然ながら、そんなものはこの時代でも発見されてすらおらず、ダークマター同様理論上存在する事は確実視されながらも、いかなる手段を用いても観測できず、また採取や合成も出来ない……それ故に存在しない……そんな代物であり、一応「アクシオン」とも「コールドダークマター」とも呼ばれているものに近いのだが。
それらは、あくまで理論上の架空素粒子であり、どうやって観測するか……その存在を証明する為の観測手段の確立が主な議論となる……そのような代物ではあるのだ。
この辺りは二十一世紀の頃から議論されてきたのだが……千年かかった今もそれら架空素粒子の観測は未だに出来ていなかった。
だが、大和はもはや妄執としか言いようがない執念深さで、独自に研究に研究を重ね、その負のエネルギーを持つ素粒子こそが、相転移反応のカギでありと理解した上で、ついにその素粒子の合成に成功し「波動粒子」と勝手に名付けたのだ。
性質的には、ダークマターの一種……冷たい暗黒物質とも呼ばれる物質が持つと言われている性質に近いものであり、エネルギー場を冷やす効果にしても、副次効果のようなもので大和が意図して作ったオリジナルと言うわけでもないのだが
大和はそれが、自らの独自手法の産物である以上、命名権も自らにあると言う事で、それらについては完全にガン無視の構えだった。
過去、負の暗黒物質について、研究を重ねその存在を理論上証明した素粒子物理学者が聞いたら、ちょっと待てやと、ちゃぶ台をひっくり返すような話なのだが……大和本人がそれを観測するどころか、合成にも成功し、「波動粒子」と呼んでしまった以上は、もうそれはそう言うことなのだ。
なお、その素粒子は別に怪しげな波動を放つわけでもなければ、トンデモエネルギー触媒でもない。
ただ、その場のエネルギーを吸収しながら、まるで氷が溶けるように、あっという間に崩壊し蒸発してしまう……それだけの素粒子なのだ。
いわゆる陽電子や反物質と似たような性質ではあるのだが、波動粒子はそれらと違い対消滅反応を起こすこともなく、周囲からエネルギーを奪いながらゼロに近づく……つまり、減衰し最後には消滅する。
言ってみれば、冷たい真空とでも言うべき代物なのだ。
そして、その波動粒子を、荷電粒子砲とほとんど同じ仕組みの艦首砲から、波動粒子に指向性を与え凝縮し解き放つ……それが大和の波動粒子砲の正体だった。
だが、その極限まで凝縮され解放された波動粒子は、大きな場のエネルギー落差を発生させながら、与えられた指向性に従い突き進みながら、その軌跡に沿うように相転移反応を連鎖的に引き起こしていく。
それが大和の放っていた連鎖爆発であり、大和の言う波動粒子の軌跡なのだ。
そして、この波動粒子砲は、負の電荷を持つ電子が陽の電荷を持つ分子に引きつけられるように、指向性に従いながらも、より高位のエネルギーを持つ空間や物質へと、導かれるように連鎖相転移反応が連ねていく……。
誘導する事など、本来ありえないはずの粒子ビームが、イフリートが避けようがお構い無しで追尾していたのは、これが原因であり、正確にはイフリートを追尾したのではなく、イフリートが移動の際残したエネルギーの残滓に沿っていたのだ。
この残滓……エネルギーの軌跡については、通常の物質の移動では決して起き得ない現象……あるいは起きても計測不能なレベルの現象であり、エネルギー生命体の移動でのみ観測される現象のようだった。
大和の言うように大和式相転移は、エネルギー生命体にとっての災厄であり、彼らをこの宇宙から滅ぼしかねないほどに凶悪な兵器と言えるのだ。
なお、通常の環境では、波動粒子自体は十秒程度で崩壊してしまう極めて寿命の短い素粒子であり、波動粒子砲によって放たれた後は、あっという間に消えてしまうのだが……元々波動粒子自体はただの火種に過ぎないのだ。
一度、点火して燃え広がってしまえば、燃料がある限り……つまり、大きなエネルギー落差があるかぎり、果てしなく燃え広がっていく……そして、猛り狂った炎が燃え広がるのと同様に、本来は相転移を起こさない程度の低エネルギー場にも、連鎖相転移反応により、より高位のエネルギーを与えることで、落差が生まれ、それは果てどもなく連鎖していくのだ。
それこそが連鎖相転移反応の真骨頂であり、真空を燃やすようなものと例えられ、反物質以上に危険だと言われる由縁ではあるのだ。
もっとも、大和はこの相転移反応の暴走と言う恐るべき問題もあっさりクリアしていた。