第五十六話「Saturation attack」③
「……な、なんだこれは! だが、遅いっ! 一体何かと思えば、目で追える程度……話にならないほどの鈍足ではないか! まさか、これを避けられぬとでも思ったか!」
「御託は良い。まぁ、どのみち、もう貴様の命運は決まっているのだ。せいぜい、足掻くが良いぞ」
「図体が大きいからと侮られては困るな……なんとも大仰な物言いだったが、こんなものに当たるわけがない! 神の力を……舐めるなっ!」
イフリートも、エーテル流体面に沈み込みかけていたのだが……大きく飛上がり、その図体の大きさに似合わぬ身軽さで、流体面上をまるで地面の上を走るように軽々と移動し、その場から離れることで、その連鎖爆発を避けようとしていた……。
「ほぉ……その巨体で、その俊敏さ……なるほど、足元にライデンフロスト現象を起こすことで、エーテル流体面に沈まずに移動できるのだな……なるほど、正直侮っていたな! それに、その重力を感じさせぬ動き、やはり重力操作技術くらいは持っているのだな……重畳、重畳っ!」
明らかに、当たりそうもない位置関係となっているのに、大和は余裕を崩さない。
イフリートもまだ何か仕掛けてくるのではないかと、動きを止めるのだが。
大和の放った連鎖爆発の線は途切れること無く進み、そのまま真っすぐ進むと思われたのだが。
唐突にイフリートのいた場所へたどり着くなり、まるで誘導されるように、鋭角的に曲がると速度を上げながら、イフリートの後を追っていく。
「な、なんだと! 追ってきただと! なんだこれはっ! まさか誘導ビーム兵器なのか!」
「……ふむ、そう来たか。なるほど、貴様の動いた軌跡を辿って行っているようだな。言っておくが、貴様如きのスピードでは、いつまでも逃げ切れるようなものではないぞ。どうせ、破壊されても再生できるのであろう? そんなビビって大避けなどせずに、雄々しく真っ向から受け止めてみるが良いぞ!」
大和の言うように、その動きは先程のイフリートの動きをそのままトレースしており、その速度も最初の頃に比べると大幅に加速されていた。
大和も何が起きているのか、大凡理解できているのだが……。
これは、彼女にとっても予想外ではあったのだ。
もっとも、イフリートはこれがどれほどの脅威なのか、全く理解していないようだった。
だからこそ、大和も敢えて挑戦的な言葉を選び煽ったのだ。
……なお、これを防がれるとは大和も微塵にも思っていない。
当たれば最後……その確信は何ら変わらなかったのだから。
「言ったな! ああ、それならば最大防御で正面から受け止めるまでの事よ! この程度の熱量……炎の力で逆に飲み込み封殺するまでよ! 小細工……そして、虚仮威し……そんなものは我ら火の神には通じぬと知れっ! 神の威光を……思い知るが良いっ!」
なお、この波動粒子砲……まるで意思を持つように、イフリートを追尾しているのだが。
当然ながらこの波動粒子砲には意思などない。
冷静に観察すれば、イフリートの移動した軌跡を辿っているだけと解るのだが。
挑発されたことで、イフリートは完全に冷静さを失い、そして何よりも自らの能力を過信していた。
なお、スターシスターズ艦には、誘導型荷電粒子砲と言った装備もあるにはあるのだが。
あれはちゃんとタネがあって、ステルス仕様の荷電粒子誘導体を先行で射出し、その誘導体の設置した磁場レールに導かれるようにして誘導する……要は有線ミサイルのような仕組みなのだ。
だが、こんな波動粒子ビームそのものが、まるで意志を持つかのようにイフリートを追尾していくのは、明らかに大和の予想外であり、一体何がそうさせているのか……大和にもはっきりと解らなかった。
もっとも、大和自身は「まぁ、いいか……結果オーライである!」と軽く流すことにして、両腕を組み、不敵な笑みを浮かべた大物感たっぷりのポーズで、内心のハラハラ感を完全に誤魔化した上で、結果を見守ることとした。
なお、大和が結果が見えていると断言するのも実のところ、根拠があるとは言い難かった。
なぜなら、オリジナルの波動砲は、撃ったら必ず当たり、撃たれた敵は必ず消し飛んでいたのだから……。
必殺の兵器……つまり撃った以上は相手は死ぬ。
半ば狂信のようなものなのだが、そんな信仰に近い思いが大和にここまでの超級テクノロジーを実現させるに至ったのだから、まんざら馬鹿に出来るものではなかった。
かくして、大和の中では何があっても、波動粒子砲は必ず当たる……そこは、何が起きても動かないと確信していたし、実際、イフリートも避けるのは諦めて、敢えて受け止めようとしていた。
それ故に、この時点で大和はイフリートと火の神とやらが消し飛ぶのは、もう当然の結果だと確信していたのだ。
イフリートも、全身を隠せる大型のシールドのようなものを生成し、片膝立ちのような姿勢で接地面積を稼ぐことで、衝撃にも耐えうる体勢となり、正面から防ごうとしていたのだが。
……その判断は明らかに間違いだった。
赤い赤熱シールドに、波動粒子の連鎖爆発が触れた瞬間、急速に連鎖爆発が広がり、シールドどころか、イフリートも一瞬でその連鎖爆発の渦に飲み込まれる。
断末魔の叫びも、悪あがきの一つも何もなしで、問答無用でその連鎖爆発の渦に飲み込まれ、イフリートが居たところには、沸騰する溶岩の塊のようなものが残されていた。
……まさに一瞬だった。
無限の再生力も、一万度に耐える耐熱装甲も……まるで、意に介さず、イフリートは一瞬で消滅した。
あまりにもあっけないイフリートの最期に、もはや誰もが言葉を失う。
そして、更に連鎖爆発はイフリートが頭上へと伸ばしていた赤い線に、まるで導火線に点火したかのように燃え移り、真上へと超高速で突き進み、ゲートから湧き出すように徐々に再生しかけていた超立方体をも飲み込むと、そのままゲートの中へと飛び込んでいった。
そして……戦場に静寂が訪れた。
あれほど、猛威を振るったイフリートも、高次元立方体も……文字通り、一瞬で飲み込まれてしまったのだから。
だが、その沈黙も大和の呵々大笑で妨げられる。
「ハッハッハ! ハーハッハッハ! この大バカ者共がっ! 大方、我が波動粒子砲を大出力荷電粒子砲だとでも思ったのだろう? そうか……波動粒子の連鎖相転移反応は、より高エネルギーの存在する場へと導かれる……そう言う性質があったのか!」
「や、大和様……何が起きたのですか! 今のは一体!」
理解を超えた光景に空いた口が塞がらなくなっていた天霧が慌てて、大和に呼びかける。
この光景を見ていた者達にとっては、帝国の者達も含めて、当然のように誰もがその理解を軽く超えていたのだが。
天霧のツッコミに、ナイスツッコミと誰もが思っていた。
「いやはや、我も予想外だったのだが……。こいつは愉快よのぉ……奴ら、波動粒子の連鎖爆発反応を自分達の庭に引き込みよったのだ! こいつはもしかすると、もしかしたかもしれんな」
「……今のイフリートを一瞬で飲み込んだ連鎖爆発が……奴らの世界へと燃え移ったとでも? だとしたら、向こう側は一体どうなるのです?」
「はっ! あんな奴らの世界が連鎖相転移で焼け野原になろうが、知ったことではないが……まぁ、連鎖相転移の大暴走……それに近い大惨事になっているであろうな。少なくとも奴らの言う火の神は、今頃その本体が火達磨になっているであろうな……はっはっは! この戦……我らの完全勝利ぞ!」
確信に満ちた大和の言葉通り、イフリートが繋げたゲートは、二度三度とプロミネンスのような炎を放ちながら、見る間に縮小していき、やがて消失する。
大和の艦首から伸びていた連鎖爆発も徐々に細くなっていくと、ゆっくりと途切れ途切れになって消えていき、イフリートの居た所で沸騰した溶岩の塊のようになっていたものも、まるで水をかけられて鎮火するようにじわじわと縮小していき、やがて跡形もなくなってしまった。
ゲートの向こう側がどんな世界だったのだかは、もはや誰にも解らなかったが。
ゲートを発生させていた存在も、ゲートを維持できなくなるほどの損害を受けて、その損害は今も増大中なのだろうと、大和も予想していた。
連鎖相転移反応はそこが真空に近ければ近いほど、そして高エネルギーで満たされた空間であるほど、激しく連鎖反応を起こし、絶大なる破壊を振りまいていくのだ。
そして、その進路に高エネルギー体があろうものなら、それを飲み込みながら、それに沿って連鎖反応を続けていく……そんな性質があったのだ。
この結果を見て、大和も彼女なりの分析を続け、そう言う結論に達した。