第五十六話「Saturation attack」②
……要するに、イフリートへ全火力を叩き込むと見せかけて、本命の超立方体へ火力集中……天霧もなかなかの役者っぷりだった。
案の定、真下はシールドも甘かったようで、ほとんど全弾が直撃し、超立方体も盛大にバランスを崩し、その形も崩れ、もはや何がなんだか解らない形状へと変わり、周囲に張り巡らされていた枝葉も盛大に崩れ、ごっそりと失われる。
まさに、クリティカルヒット!
天霧の意地を見せつけた……そんな一撃だった。
「天霧ィイイイイッ! 騙したのか! この私をォオオオオッ! 火の神を……直接撃っただと! なんと不敬な! なんたる無礼っ! 人は神の意志に従い、その薪となるべきなのに……なのに何故! ここでも、火の神を否定し、その神体を傷つけ破壊するつもりなのか! おのれ……このガラクタ船共が……もはや、微塵にも許さん! 跡形もなく消し飛べぇえええええッ!」
ハルカ提督の声で叫びながら、盛大に火の玉を生み出すイフリート。
だが、その火の玉は初霜の撃ってくる極細のレーザー狙撃で片っ端から、撃ち抜かれて、無意味に弾けていき、更に本体にも次々と被弾しているようで至るところが青い炎に包まれ始めていた。
「ああああああっ! 熱い……だとっ! バカなイフリートの無敵の身体が焼かれている? ……何故!」
「いちいちうるさいっ! お前はそこでいじけて丸まってろ! この偽物がっ!」
なお、遥か後方ではいよいよ大型空母の信濃や帝国軍が送り込んだ熱核融合炉搭載の給電艦までもが初霜に横付けして、その上で強制冷却装置てんこもりで、もはや浮砲台状態となっていた。
その上で初霜が猛烈な勢いで、正確極まりないレーザー狙撃を続けており、さしものイフリートも至るところに超高熱ホットスポットが発生しており、先程片腕を吹き飛ばしたのもそうやって作られたホットスポットを狙う撃ちにしたのだ。
「おのれっ! さっきから何処から撃ってきているんだ! 何処にも反応なんて……」
「どうやら、センシティブ系には難があるようで……認識外からの狙撃。確かにこれを避けるのは無理。そして、高収束レーザーについても、そのご自慢の耐熱性能でも、耐え続けるには限度がある……。なんだ、タネが割れれば炎の魔神と言っても、大したもんじゃないですね! 大和……今です! もう、ここで決めましょう!」
「……うむ。よくぞやってくれたっ! 時間稼ぎは十分だったぞ。全航空隊……超立方体へ特攻! 上手いタイミングで帝国軍の戦闘機隊も来たようだ……。全艦、最大火力でイフリートと超立方体へ攻撃開始! 命知らずのアホウのために、花道を作ってやれ!」
上空から、プラズマ雲を抜けて、次々と飛来する戦闘機隊。
超立方体が周囲に伸ばした枝葉のような赤い結晶体から、レーザーのようなものが一斉に放たれ、戦闘機隊も次々と撃墜されていくのだが……とにかく、数が尋常ではなく、それら枝葉も次々と打ち砕かれていく。
だが、超立方体も唐突に高速回転を始めると、今度は三重の四角錐のような形状へと形を変えて、ゴン太レーザーのようなもので、一気に空を薙ぎ払う。
もっとも、戦闘機隊も密集せずに、散開陣形を取っており、至近弾ですら一撃で蒸発するほどの威力ではあったのだが、そこまで一気に撃ち落とせた訳ではなかった。
そして、そんな大技……当然のように連射など出来ないようで、長々と薙ぎ払いを仕掛けていたものの……一休みと言わんばかりに止まってしまう。
その隙を逃さず、更に反対方向から続々と現れた帝国軍のエーテル空間戦闘機群も同様の体当たり上等の特攻戦術で迫ると、あっという間にその迎撃能力を飽和させていた。
だが、イフリートも声にならないよう叫びのようなものをあげると、その全身からハリネズミのように熱線砲を四方八方へと放つ!
あっという間に周囲に群がりつつあった戦闘機隊がまとめて吹き飛ぶのだが。
総撃墜数は、せいぜい100機程度で全滅には程遠かった。
更に上空から、ナイトボーダー隊が降下射撃を開始する。
当然のように、イフリートも超立方体も、猛烈な対空射撃で迎撃にかかるのだが。
ナイトボーダーは、猛烈な対空砲火の中で強引に大気圏を突破し、惑星地上制圧を可能とするほどには、下方向からの熱光学兵器への防御力は高いのだ。
熱線砲の直撃にも平然と耐えながら、レールガン砲撃を次々と当てて、着実に対空砲の枝や、イフリートの装甲をゴリゴリと削っていた。
そして、その瞬間を逃さず、戦艦群の猛烈なレールガン砲撃が再開される。
下手な光学兵器よりも、純粋な物理衝力こそが最強。
その昔、ユリコはそんな事を言いながら、実体兵器を愛用していたのだが。
この戦場で、もっとも頼りになっているのは、戦艦の放つ大口径レールガン砲弾であり、その言葉が偽り無しと物語っていた。
半分近くが崩壊した超立方体が、枝から千切れた果実のように、ゆっくりと下へ落ちていき、エーテル流体面へと沈み始める。
「……やったか! これで……こちらが一気に優勢に……! 皆さん、ここで一気に決めましょう!」
その光景を見て、勝利を確信した天霧が自らを鼓舞するように、声をあげる。
「いや、これは恐らく自切だな……。要はとかげの尻尾切りと言ったところだ。案の定、終わらんか……。ふざけた話よの」
すかさず上空のゲートが少し開口部を広げると、中から赤い枝が幾つも伸びてくると、赤い塊が一気に吹き出すように出てくると、不定形の赤い物体は、すぐさま超立方体を形成する。
そして、たちまちまたもや盛大に枝葉を伸ばすと、再び枝の一つがイフリートに接続される。
もはやボロボロで、息も絶え絶えのように見えたイフリートも赤い光を放ちながら、逆回しでも見ているかのように、その損傷を回復させていく。
「フハハハハッ! 今の気分はどうだ? 今の私には、神々から無限のエネルギーが供給されているのだ! いくら、火力でゴリ押されても、たちまちこの通りだ……。これが……神を敵に回すということなのだ……絶望し、打ちひしがれるがよい! そして、神へ許しを請い、ただ祈るのだ……それこそが、人に許された唯一の行いなのだ!」
勝ち誇る声。
傲慢そのものと言った言葉。
誰もが絶望する……かのように思えた。
「……馬鹿め」
「……な、なんだと? なんと言った……貴様」
「馬鹿め……そう言ったのだ。貴様のようなヤツにくれてやる言葉など、この一言で十分であるな……何が神だ……心底くだらん。だがまぁ、言ってみたかったセリフをここで言わせていただいた事には感謝してやろう! フハハハッ!」
あまりの返しにイフリートも二の句が告げられないのか沈黙する。
「へぇ、ここでそのセリフを言っちゃうんだ! ……さっすが、宇宙戦艦! あー、あー。総員に告ぐ……勝ったと思ったときこそ、やられる時! ここが勝機……怯んでんじゃない! いやはや、大佐がいたら、そんな一言で終わらせてくれただろうけど、まさにそんな感じだな。まぁ、神ならば、こちらにもいるからね……勝利の女神と呼ばれた軍神がね! さぁ、花道は整った! ユリコくん! 一気に決めてくれ!」
そんな永友提督の言葉に応えるように、上空のゲート付近の空間が唐突に歪み、虹色の鏡のようなものが出現すると、その鏡が割れたように砕け散ると、その中から何かが飛び出していくと、ゲートスレスレを一瞬で横切っていく。
そして、そのミサイルのような機体は、そのまま盛大に錐揉みを始めて、墜落のような勢いで、高度を下げながらエーテル流体面へと落ちていった……。
誰もが何が起きたのか理解も出来ずに呆然となる。
だが、次の瞬間……敵性ゲートの向こう側と、その周辺に大量の黒い球が次々と出現し、一気に巨大化し、ゲート自体を完全に飲み込んでいった。
それは、一瞬の出来事だったのだが……。
黒い球体も数秒も持たずに一気に消滅すると、そこにあったはずの超空間ゲートも跡形もなく消滅していた。
そして、ゲートの向こう側と繋がっていた一際太い血管のような赤いパイプのようなものも、上から一気に黒くなりながら、崩壊していき、それはたちまち超立方体にまで伝染すると、超立方体も回転を止めて、真っ黒になると一気に崩壊していく。
当然のように、上から吊るされたようになっていたイフリートも、為すすべもなく下へと落下し、エーテル流体面へと叩きつけられる。
「な、何が起きた! バカな……空間転移だと……貴様らにそんな技術など……」
「貴様もつくづく愚かよのう……何故、我がスターシスターズの王なのか……理解が足りんのだな。考えても見るが良い……我が幾多もの超技術を持っていた……その理由もわからないのか?」
「知ったことか! 貴様もこんな高度な技術を持っていたのならば、何故正義を為すために提供しようとしなかったのだ! 貴様は、人にも神にも見捨てられた哀れな人形に過ぎんのだ!」
「こんな松明のようなゴミのような存在が神……くだらん! 実にくだらん! 貴様もくだらんが火の神とやらも大したことなかったな。さて、イフリート……いや、ハルカ殿……実に絶好の位置に落ちてきよったな。ユリコ殿……見事! 御見事なり! そして、我はこの瞬間を待っておったのだ!」
そう……ユリコもいつ仕掛けるかのタイミングを見計らっていたのだが。
ゲートの中から、次々とラース結晶体がせり出している状況では、重力爆弾の集中投下も意味がないと判断しており、大和達が超立方体とイフリートを消耗させる事で、回復のために一気にラース結晶体を消費し、ゲート周りがクリアになる瞬間を狙っていたのだ。
その上で、絶妙なタイミングでショートワープで、一気にゲート前に飛び……相手が反応する間もなく、ゲート周辺に重力爆弾を投げ込み、瞬間的に大量のマイクロブラックホールを作り出し、ゲートを崩壊せしめたのだった。
「さ、させるものか! ゲート再起動! 火の神々よ……我に再び力をォオオ!」
イフリートの言葉に答えるように、イフリートから赤い線が伸びていくと、再びその上空に虹色の鏡が出現し、イフリートから伸びた赤い線を飲み込んでいく。
「どうだ! 神々の炎は決して消えることはありえない! 不死鳥のごとく……何度消されようが蘇るのだ! さぁ……今度こそ、絶望し、許しを請う祈りを捧げるのだ!」
先程のゲートと比べたら、明らかに小規模ながらもまだ完全に向こう側との接続が断ち切れたわけではないようだった。
「なんと! 潰されたゲートを再起動させたのか! だが、今更何をやっても無駄な事よ……貴様は打ち手を間違えた」
「な、なんだと?」
「貴様が真に恐れるべきは、我が必殺の波動粒子砲……その射線から逃げなかった時点で、勝負は決まっていたのだ! これで……終わりだっ! 波動エネルギー充填率120%……ターゲット・スコープ、オープン! 射線上オールクリア! 照準固定……発射10秒前……。総員……耐ショック、耐閃光防御! 10……ああ、もう面倒くさい! 中略っ! 1! ゼロ! 波動粒子砲……発射ァーッ!」
光条……と言うよりもか細い幾多もの爆発の連鎖と言った様子の異様な線が、大和の艦首部からまっすぐイフリートへと伸びていった。