第五十五話「超次元戦闘」⑥
――大戦艦大和艦載機収納ブロックにて――
「……これが……コスモ零式? なんだか、面白い形してるね……ちくわロケット? ホントにこれ、空飛べるの? と言うか、このお目々と牙の生えた口みたいなのはなぁに?」
ユリコが疑問に思うのも当然だった。
その形状は、太めなちくわをニ本並べたような物体に、鉛筆のような形の棒が乗り、後方に申し訳程度の羽がXの字状に4つ付き、鉛筆の先端部にシャークマウスと呼ばれるノーズペイントが施される……そんな珍妙な形状だった。
ちなみに、ユリコがちくわに例えたのは、前後に二つの穴が空いているように見えるからだった。
なお、全長は約30mと航空機としてはかなりの大型機だったが……宇宙空間拠点配備用の長距離インターセプト機あたりに比べるとかなり小さいし、艦載用の小型機よりは大きい。
全長の割には翼長は極端に短く、10mもなかった。
要するに、半端にデカい21世紀頃に使われていた空力翼付きの弾道ミサイルのような形状だった。
スターシスターズ艦の艦載機は、20世紀のレシプロ戦闘機へのこだわりが災いして、基本的にレシプロ機の魔改造機と言った調子で、どの機体もプロペラは標準装備で、その上でプラズマジェットやイオンクラフターと言った補助エンジンを取り付けた最新技術と化石技術のハイブリッド式がほとんどで、大きさも大きくても10m四方程度だった。
帝国軍のエーテル空間戦闘機は、基本的に宇宙戦闘機の大気圏内仕様と言ったところで、年月を得るごとに大きくなったり小さくなったりを繰り返しているのだが、基本的に対空迎撃機……インターセプター機が主流で、長駆戦闘などは考慮しておらず、あくまで防御兵器と言う位置づけだった。
スターシスターズ艦の艦載機群は、見た目はどれもほとんど一緒で、国籍別でアメリカ系やドイツ系、日本系など分かれてはいるが……。
性能自体はどれもこれも似たりよったりだった。
もっとも、このコスモ零式と言う戦闘機は、それらの系統からかけ離れているし、機能性オンリーで無骨そのものと言った帝国の兵器系統とも異なっていた。
細長い形状は大気圏と宇宙空間の両対応を目指したようなのだが。
エンジンにしても、それらしきものは見当たらず、下部のちくわのような物体にしても、本当に前後に穴が貫通しており、大気圏飛翔体の常識からもかけ離れていた。
「これ……どう言う原理で飛ぶの? なんか向こう側見えてるんだけど……」
巨大なエアインテーク……そう言う見方も可能ではあるのだが。
機体にこんな大穴を空けると言う時点で意味不明だった。
「ふむ、良い質問であるな。これは言ってみれば、相転移エンジンの小型版と言ったところなのだ。真空を取り込み、相転移させた上でそれを推進力とする……宇宙空間においては、とんでもない速度が出るし、大気圏中でも真空は存在するのだからな……出力は落ちるものの、十分な速度が出る。まぁ、瞬間加速は50Gくらいと言ったところで真っ当な人間ではあっという間に即死するが、お主の身体は100%機械のようだからな……その程度、問題はあるまい?」
「しっつもーん! 大気圏って、この普通に呼吸できる空気のあるとこって意味だよね? なんで、大気中に真空が存在するってなっちゃうの?」
「ふん、馬鹿者が……空気と言っても、気体である以上は酸素やら窒素と言った分子がみっしりと並んでいるわけではなく、そこそこの分子間距離という物があるのだ。ミクロの視点では、気体というものは、固体や液体と違いむしろスッカスカの隙間だらけなのじゃよ。そして、その隙間……分子の間にあるもの……それは無であり、真空と呼ばれるものなのだ。相転移機関とは、その無であるはずの真空を相転移させることで、有とする。そう言うものなのだ」
「……アスカちゃんのとこでみた反物質テクノロジーも大概だったけど、大和さんも大概だねぇ……よく解んないけど、解ったよ! えっと、後方からの質問なんだけど。相転移は理論上可能であり、極小規模の実験室再現は成功しているのも事実であるが、真空の相転移化に必要なエネルギー量は相転移反応により得られるエネルギー総量を常に上回る……その問題をどうやってクリアしたんだってさ」
「このクソ忙しいのに技術屋どもは忙しないのう。後で我の開発した負の素粒子……波動粒子の生成式をくれてやるから、それくらい自分達で解き明かせと言っておけ」
「まぁ、技術的な難しい話はよく解んないしね。とにかく、このちくわロケットはちゃんと飛ぶって事でいいんだね?」
「ちくわロケット……まぁ、いい。とにかく、そこは保証する。もっとも、基本的に大気中ではほとんど真っ直ぐ飛ぶしか出来ん。いかんせん、相転移反応と言うのは花火みたいなものでな……最大出力かゼロかのどちらかしか出来んのだ」
「りょ、両極端……オールオアナッシングとか、なかなかの仕様で……」
「まぁ、一応推力偏向スラスタくらいはあるから、動けないこともないが……。基本はまっすぐ……そう言うものだと思っておけ。一応、VRシュミレーションくらいやっていくか? いかんせん、コスモ零式に人を乗せて飛ぶことなど想定しておらんかったし、いかんせんこれも波動エンジンの開発テスト機なのでな……。すまんが、コクピットもその棺桶のようなスペースにむりやり詰まってもらうようになるな」
聞けば聞くほど、不安は増すばかり……。
大和の言葉には、安心要素と言うものが全く無かった。
もっとも、ユリコとしては、安心安全な低スペック機よりも、デンジャラスな高性能試作機の方が実戦では使えると思っているので、このコスモ零式にしても目標地点まで持てば御の字で、イザとなったら上空からのエーテル流体面へのフリーダイブで、天に運を任せるつもりだった。
なお、ユリコもアスカ達に、惑星衛星軌道からのVRフリーダイブをやらせると言う無茶な訓練をやらせるだけに、当人もそれくらいの無茶は普通に経験している。
だからこそ、そこは全く問題ないと判断していた。
閉鎖式の上部ウェポンベイのようなハッチが開くと、申し訳程度の詰め物が詰まったとギリギリ人が横になって入れるようなスペースが顔を出す。
思念操縦インターフェイス機だと、基本的に乗員はガチガチに固められて、身動きを取れないようにするのは、割と普通であり、この時代の有人機では珍しくはないのだが。
衝撃緩和システムも、乗員拘束機構も何もなしで、とりあえずそこに寝てろと言わんばかりに毛布と枕が置いてあるだけだった。
どうも本来は上下左右に4つあるガンポッドのような固定武装を上部分だけ取り外して、無理やりスペースを作ったようだったのだが、さすがこの辺りの人への気遣いのなさは、大和も人外故にと言えた。
「まぁ、なんとかしてみせる……って言いたいけど、五体満足で帰れる気はちょっとしないかなぁ……」
さすがのユリコもそう言う認識だった。
これは、恐らく戦闘機ではないのだ。
……限りなく有人ミサイル……特攻機なのだ。
この実体をゼロ皇帝が知れば、全力で止めにかかるだろうが……まぁ、ここまで来て、ユリコも後戻りするつもりは微塵にもなかった。
「すまんな。もうちとマシな機体に仕上げたかったのだが……。時間が足りんのでこれが精一杯だった。もっとも、相転移エンジンをフル稼働させるとそれだけで前方のインテークから、余剰エネルギーが溢れる事で、事実上のバリアとして機能するのだ。我が大和も波動粒子砲をチャージしている間は、その余波だけで無敵の盾として機能するようになっているのだ。なにせ、大和とは、如何なる攻撃にも屈さぬ無敵の艦なのだからな! ガミラスとの戦いでもその鉄壁の守りがあってこそ、凌げたのだ。つまり守りの硬さ……それこそが大戦艦大和の本質なのだ! 実際、我が波動シールドはあのイフリートの大火球もそよ風程度であるからな」
要するに、大和本人も艦首砲が武器としては微妙なのは百も承知なのだ。
実際、大和が言うように、今の大和はスターシスターズ艦隊の盾として、最前衛に出てきており、イフリートの攻撃もバカスカ直撃しているのだが。
彼女の言うところの波動シールドは、絶大な防御力を発揮しており、イフリートの放つ熱線砲も、荷電粒子砲はもちろん、大火球……核融合爆発の直撃にすら平然としていた。
もちろん、それらの生み出す膨大な熱エネルギーをどうやって、処理しているのか……そこにはちゃんと種も仕掛けもあるのだが。
大和も、ユリコが技術的なことにまるで興味を持たないアホの子ということは薄々理解していたので、詳しい話をするつもりもないようだった。
「ふむ、どうもヤツの大技が直撃したようだが。さすが大和……なんともないな! フハハハハッ!」
「……い、今、すっごい揺れたよね?」
ユリコも反射的に姿勢を低くして防御体勢になる……。
その程度には、なかなかの衝撃だった。
もっとも、大和の言うようにそれだけで終わり。
艦内気温が一気に上がるとか、酸素濃度の低下といった艦内炎上の様子もなければ、気圧変化による隔壁の損傷もユリコには知覚出来なかった。
要するに無キズ。
理屈は胡散臭いものの、一応鉄壁の防御については本物のようだった。
「ああ、今しがた、あの大火球の直撃をもらったからな。だが、この程度どうと言うこともない! アイドリング出力でこれなのだぞ? もっとも、何度も食らったらガス欠でヤバくなるからのう……さっさと行って始末を付けてくれんかな?」
「……うん、わかった。その波動シールドってのが凄いのは良く解ったし。このハルカ提督謹製の新型重力爆弾を異世界ゲートにお届けするのも思ったより簡単かもね! じゃあ、おじゃましまーす!」
手慣れた感じでユリコも手足を丸めて、その狭っ苦しいスペースに潜り込む。
ハッチが閉まると、真っ暗になるのだが……すぐに機体と同調し、ユリコも仮想コクピット……要するにVRコクピットに収まっていた。
「おっけー。初っ端ダイブ5完了っ! UIなんかも帝国風にしてくれたんだね」
もっとも、何の数値を表しているのか良く解らない、アナログメーターがあちこちにあったり、謎のスイッチやレバーなどもあり、どこか古臭い雰囲気も漂っているのだが。
表示言語などは帝国公用語にはなっており、仮想操縦桿や、コントロールパネルなども帝国軍の標準規格に準拠しているようで、ユリコとしては許容範囲内だった。
もちろん、それらはVR仮想イメージであり、実のところ何の意味もないのだが。
人間の精神というものは、人間の体だと自覚できないと精神に異常を来たすなど、様々な問題を引き起こすので、こうやってコクピットに収まっているとイメージできる事は、割と重要なのだ。
そこは大和もちゃんと理解しているので、わざわざユリコ用にVRイメージコクピットを実装しているのだ。
「ああ、そこは乗り手に合わせるのが礼儀であろう? だが……ユリコ殿の身体反応はすでにゼロに低下、機体意識同調に問題なし……か。ユリコ殿……貴様は、本当に人間なのか? 人間がこうも一瞬で機体と精神同化して、平然としていられるものなのか?」
「まぁ、わたし達はすでに人間の体は捨てて、いわばVR世界の住民になっちゃってるからね。こっちの方がしっくり来るんだよ……。あ、機体各所との反応係数最適化はこっちでやるね……さてさて、スタンバイ、オッケーッ! リクエスト、カタパルトオープン!」
大和艦尾の左右にはロケットブースターのようなメインエンジンがあり、エーテル流体面上を航行する際は、船体下部のあちこちに取り付けられている電磁流体加速エンジンで加減速を行う……そのようになっており、艦載機射出口はその艦尾部に設けられたハッチからとなっていた。
当然ながら、これは艦載機の発進カタパルトと言うよりも、物資搬入用の連絡挺の収容口であり、特に宇宙航行中はこんなところから艦載機の射出は無謀ではあったのだが。
今の状況は、何もかもが不足している中、出来る目いっぱいを行わざるをえない……そんな状況ではあるのだ。
出来の悪さや完成度の低さはこの際目をつぶるべきで、ユリコもその辺りは気にしていなかった。
「うむ! では……健闘を祈るぞ! まぁ、我もナビゲーターとして遠隔補佐くらいはするから、安心するが良いぞ! では……システムオールグリーン! 発艦ッ!」
無理やり設置した電磁カタパルトの加速レール上……カタパルトと言うよりも限りなく、レールガンの弾頭発射台に近いのだが。
ユリコの乗ったコスモ零式は、轟音とともに射出され、エーテル流体面のスレスレを超高速でかっ飛んでいき、ほとんど直角に軌道を変えると、そのまま打ち上げロケットのように上空へと飛んでいってしまった……。