第七話「初めての文明、街の訪れに」①
「ほぉっ! あれがシュバリエ市の門か……あの壁は……! まさか、城壁というモノかのう? なかなかに立派な物ではないかっ!」
ソルヴァ殿達が拠点とする城塞都市シュバリエ市。
私はその門前を間近にして、私らしくもなくはしゃいでしまっていた。
盗賊団を皆殺しにし、ソルヴァ殿達の元へ向かった私は、全員から満面の笑顔で歓迎され、普通に受け入れられてもらえた。
まぁ、その理由としては、私の依代として、私の意識を受け入れてくれたファリナ殿は、私の下僕状態となってしまい……。
同時に、神樹を神として崇める神樹教会の信徒のイース嬢も、似たようなもので、むしろ崇め奉られてしまった事も大きかったのだが。
ソルヴァ殿あたりは、もっと巨大で恐ろしい化け物か何かだと思っていたようで、実際に現れたのは葉っぱを服代わりにした緑のちみっちゃい女の子だったので、むしろ拍子抜けしたようで、ファリナ殿に憑依して喋ってた時はすっごい恐縮してたのに、今では「アスカの嬢ちゃん」呼ばわりであった。
なんとも気安いんだけど、生まれてすぐに死んでしまった娘さんが生きていたら、私くらいだったとかで……なんと言うか、まるで子供でも相手にするような調子で、優しくしてくれている。
まぁ、モヒカン偵察兵のモヒートさんから、その辺こっそり教えてもらって、事情を知ってしまったので、邪険にも出来ず……。
何より、私は年上好みであるからな。
殿方は……三十代を超えてからっ! 異論は認めません。
髭ダンディーなオジ様とか、最高であるぞよ?
一応、このパーティのリーダーはソルヴァ殿らしいのだが。
女性陣二人に逆らうようなつもりは一切無く、本人も私のことはすっかり気に入ったようで、無条件で受け入れられていた。
モヒート殿もむしろ子供好きだとかで、ちぃとばかり手荒かったが歓迎はしてもらえた。
それ故に、レディの頭をボサボサにした罪はゆるそう。
そんな訳で、私の近くに街があるなら行ってみたいと言う要望もすんなり受け入れられた。
ビックリするほどのトントン拍子、すってきー♪
足の長いイノシシにしか見えない馬と称する謎の騎獣に引かれる、屋根のない荷車で揺られて、丸一日かけて森を出てから、さらに丸一日かけての到着。
街まで丸々二日もかかったのだが、この世界の長距離移動とは、何処もこんなものらしかった。
そもそも、移動自体も夜明けと共に出発して、お昼過ぎたら、ハイここまでと早々に移動終了。
基本徒歩の旅だから、無理しないってのが基本らしく、2-30kmくらいが一日の移動距離のようだった。
なんでも、お隣の都市まで行くとなると、どこも三日ほどかかるし、この辺り最大の都市王都ともなると、往復で一ヶ月くらいかかるような長旅になるらしい。
……三日もあれば、エーテル空間経由なら、銀河の反対側に余裕で行って、帰ってこれるのだがなぁ。
まぁ、この距離感覚のギャップには慣れるしか無いと思うのだが。
私単独なら、どうも時速4-50kmくらいで走れるようで、最初ソルヴァ殿達のところまで行くのも走ったり、樹と樹の間をジャンプで駆け抜けながら、夜の森をかっ飛ばしたのだが。
この身体の試運転としては、なかなかに有意義だったのだ。
なお、新しい能力として、手足からゴムのような伸縮性を持つ蔓を伸ばせると言う能力があることを発見してしまった。
これを打ち出して、木の枝に絡ませて、地面を蹴れば逆バンジーのようにドンと加速されて、超スピードで移動できるようになった。
森林地帯や山岳地帯向けの局地戦用三次元機動パワードスーツには、そんな感じの装備があって、垂直の岩壁や樹の幹などにアンカーを撃ち込んで、一気に巻き込みながらスラスターを吹かすことで、尋常ならざる速度で縦横無尽に動き回るのだが、ちょうどそんな感じだった。
もっとも、向こうからすれば、とんでもない速さの到着だったようで、めちゃくちゃ驚かれてしまった。
ああ、もちろん服装については、ファリナ殿たちが手持ちの麻袋や布切れなどを使って、そこそこ見れるワンピースのようなものを作ってくれたので、葉っぱ服からは卒業しているぞよ。
肌の色の問題も、陽の光を直接浴びていたら、日の当たっていた所の緑色がどんどん抜けて、肌色っぽくなってしまった事で解決してしまった。
そういえば、ヴィルゼットも恒星光のスペクトルや強さによっては、過剰に光合成が働きすぎてしまうので、自己防衛機構のような働きが起きて、光合成の効率調整で体表の色が変わる事があるというような事を言っていた。
要するに、日焼けしたら肌色になった。
そう考えて、良さそうだった。
なるほど、であるならば、全裸日光浴をせねばなるまいっ!
もちろん、殿方が見ている前で、そんな全裸で日光浴などするはずがないので、服の下の肌色は相変わらず緑なのだがな。
服脱がなきゃいい話なので、そこは問題にならない。
種族本能の欲求としては、陽の光の下で水に浸かって全裸フルオープン……と言う欲求は相変わらずなのだが。
そこは敢えて、我慢して押さえている……私は文明人なのだから!
今だって、遮るもののない日差しの下で、イース嬢とかはフード被って、あっつーとか言ってるんだけど。
私としては、むしろスパーンと脱ぎたいっ!
いや、駄目っ! 脱ぐなっ!
ううっ! やっぱり、訳の判らん種族なのだなぁ……。
欲求と理性がちぐはぐすぎて、嫌になるわ……。
ちなみに、下着もイース嬢の新品の予備をいただけたので、ノーパンからも卒業している。
図らずも彼女と下着がお揃いになってしまったが、背丈もいい勝負なので、サイズもピッタリ。
物自体は、ズロースとか言うパンツのご先祖様のようなもので、タボッとしてはいるが、履き心地も悪くなく、その辺、イース嬢も拘っているようだった。
ついでに、髪型もファリナ殿が櫛で丁寧に梳かしてくれて、両サイドできゅっとまとめたサイドツインテールと言う可愛らしい髪型にしてくれた。
ちゃんと鏡で顔を見せてもらったが。
前世とは似ても似つかない顔ながら、美少女の範疇には間違いなく入っている程度には美少女だった。
まぁ、フルフラットなのはいただけないのだが、イース嬢と一緒に水浴びをしたところ、彼女も似たようなものだったので、別に慌てなくとも良さそうだった。
なお、ファリナ殿は……服を着てても解るくらいにはご立派様だったので、そこは触れないようにした。
イース嬢も、たゆんたゆんと揺れるそれを見ながら、死んだ魚のような目をしていたので、気持ちは同じのようだった。
なお、私も恐らく同じような目をしていたと思う。
うむ! イース嬢……君は間違いなく同志だぞっ!
今はフルフラットでも、明日の希望があるのだ! まぁ、実際はイース嬢もぺったんこながら、私よりはマシのようなのではあるのだが……。
……まったく、早いところ、こんなフルフラットなど卒業したいものだな。
言葉なども普通に通じるようになっていて、ちゃんとした服も着て、肌色もほとんど違和感なくなったようなので、街へ入るのも問題ないとのお墨付きを頂いていた。
いやはや、やはり現地人の協力者がいると、話が早い。
惑星文明との接触でも、大変なのは現地人と接触し、意思の疎通を図るファーストコンタクトに至るまでがいちばん大変なのだが。
その一番大変な過程をファリナ殿と言う信奉者のおかげで、すっとばせたのは大変な僥倖だった。
そして、いよいよ待望の市街地入り。
目前には高さ10mほどのなんとも立派な城壁が長々と築かれていた。
石造りの城壁……レンガや切り出した岩を積み重ねて、かなりの労力を費やしたであろうことは容易に見当が付いた。
まさに文明の象徴……そう思って、感心していたのだが……。
「ん……そうだな。確かに立派に見えるかもしれんが……。実は、あの城壁こっち向きのが完成してるだけで、あとは未完成なんだわ……」
……ソルヴァさんから伝えられた衝撃の事実。
「はぁ? 城壁と言うものは周囲を囲ってこそ意味があるものではないのか? そもそも、城塞都市とか言っておらんかったか?」
太古の防御施設……城塞というものはそう言うものではないのか?
上がガラ空きなのは、空からの敵を想定していないと言うことで、そこはまだ理解は出来るのだが。
一方向に壁を作って終わりと言うのは、さすがに理解できない。
「そうだな。野戦築城の砦なんかでも、後ろや横から攻められないように、空堀掘ったりくらいはするもんだからなぁ。この城壁が何の意味もないなんてのは、皆解ってはいるんだ」
「……では、これは一体、何を守るつもりで築かれたのだ? 一方しか壁がないのでは、側面や後ろに回られたら、なんの意味もなかろう。私もこのような地上城塞については、それほど詳しくはないが。それくらいの事は解るぞ」
確かに、目で追っていくと、城壁は途中で終わっていて、あとは申し訳程度の木の柵になっていた。
これでは、街の外と内の境界線くらいの意味しかないようにみえる。
「ああ、ごもっともな話だ。当初予定ではお前さんの言うように全部ぐるっと壁で囲う予定だったんだが……途中で金がなくなったんだとさ! バカバカしい話だと思われてもしゃあねえが。街の守りについては、超強い装甲騎士がいるから、城壁なんぞいらんだろって話になっちまったんだわ」
……よ、予算不足……せ、世知辛い話であるのう。
だが……なんと言うか……。
まさに、駄目公共事業の見本のようだった。
予算が当初見積もりを超えてしまうのは、ある程度は仕方があるまい。
だが、中途半端に作って、そこで中断して放置というのはどうかと思うぞ?
そこまで、建造に関わってきた人々の労力も、費やした資金も何もかもをドブに捨てるようなものだ。
こんな結果になるくらいなら、なにもしない方がまだマシなのだが。
帝国でも、開発中にやっぱり無理と開発を諦めてしまった惑星や衛星などは無数にあったし、兵器なども失敗作は大量に生まれてきた。
要するに、失敗や計画の中断は、どこにでもある話ではあるのだが。
肝心なのは、それを如何に今後の糧にするかと言うことなのだがなぁ……。
失敗を失敗として、ゴミ箱に捨てるのではなく、次に活かせるように努力する。
そうでなくては、失敗もただ徒労に終わってしまって、何の意味もなかったと言うことになってしまう。
この城壁の場合はどうなのだろうか?
こんな一方だけの城壁では、ハリボテのようなものでしかない。
せめて、有効活用する方法くらい考えていてほしいのだが。
だが、装甲騎士? なんとも聞き慣れない単語が出てきた。
なんなのだ、それは?
「なるほどのう……まぁ、確かによくある話ではあるな。しかし、装甲騎士とはなんだ? 兵器か何かの事か?」
「装甲騎士も知らんのか? 馬に騎乗した騎士に重装甲を施して、最新式の機械弓……ボウガンで武装させた遠近万能かつ、その重装甲で大抵の武器も魔法も効かない上に、高い機動力も兼ね揃えた……要するに、おっそろしく強い騎士共だ。10年ほど前から各国に配備されるようになって、人族の主力決戦兵器……なんて言われるようになっててな。最近はどこにいっても、軍といえば装甲騎士が主力なんだぜ」
……馬とは言っているが。
この世界の馬とは、今もこの荷車を引いている、足の長いイノシシの事だ。
なお、本物のイノシシは私はもちろん、銀河時代の人間は誰も見たことはない。
古代地球の原生生物の一種で、貴重な天然食材でもある豚のご先祖様とのことで、その姿はそれなりに有名で、名前や姿くらいは私でも知っていた。
もっとも、私が知る動物の中では、イノシシが近いと言うだけで、生物学的には全く別の生き物だろう。
割と何でも食べる上に力もあって、持久力も高く、とにかく頑丈。
この世界では、古代地球の馬と同様の扱いを受けているようだった。
ちなみに、馬はちゃんと知っているぞ? 帝国でも自然保護区などでは、リニアカーのようなハイテク車両が走っていては、風情がないので、古代地球の馬車を再現したり、優雅に馬に乗って闊歩すると言うような事をやっていたからな。
まぁ、実際は四足歩行ロボットにガワを被せただけの馬型ロボットだったのだが、パッカパッカとのんびり揺られて、なんとも風情があるとのことで、妙に人気があった。
「そうねぇ……。あの重装甲相手じゃ、エルフの弓も魔法も効かないみたいだし……絶対に敵には回したくないわね。南の蛮族も装甲騎士の大群に蹴散らされて、慌てて逃げ出したって話ですからねぇ。幸いエルフは人間達と不戦不干渉の相互協定を結んでるから、敵に回ることはないんですけどね。むしろ、日夜、皆の平和を守ってくれてれる……そう思えば、頼もしいって思えません?」
ファリナ殿が補足説明してくれる。
なるほど、概要は理解できた。
要するに、全身甲冑の騎士を騎獣に乗せて、飛び道具を持たせると言う発想の兵種なのだろう。
確かにこのレベルの文明なら、それだけでかなりの相当の脅威となると思う。
パワーアシストもない全身鎧なんぞ、自力で歩くのもままならんだろうが、騎乗するとなると、話は別だ。
おまけに飛び道具まで持っているとなると、騎兵というより、むしろ初歩的な戦車のようなものなのかもしれん。
そうなると、兵器カテゴリー的には能動攻勢用の兵種……。
数を揃えての集団電撃戦で、敵の戦線を食い破り、その指揮系統を粉砕する……そんな運用なのだろう。
確かに、それは侮れないな。
戦場においては、機動力は有用な要素となる。
エーテル空間戦闘でも、重装甲、重火力の重装戦列艦が駆逐艦に沈められるくらいはしょっちゅうだったからな。
まぁ、それは多分に相手が悪かったとも言えるのだがな……。




