第五十五話「超次元戦闘」④
「おっけー! 大和さん! この場はユリに……お任せだよ! ブイッ!」
要するに、決定。
その気になってしまったユリコを止めるのは、ゼロ皇帝でも難しいのだ。
一応、皇帝命令を出せば、不可能ではないのだが。
命令で強引に抑え込んでも、今度は不貞腐れて、口も聞いてくれなくなったユリコを宥めると言う大変面倒くさいことになるのだ。
「……はぁ。じゃあ……ユリコくん、もう好きにして良いから。で……大和くん、とりあえずそのなんとか零式って奴のスペックデータこっちに送ってくれる? そもそも、なんなの? その超時空戦闘機って……」
自分の意見が通ったことで、ユリコの顔もあからさまに明るくなる。
未知の敵に対しての事実上の特攻戦。
限り無く逝って来いと言われているに等しいのだが。
ユリコにとっては、そんなものは関係なかった。
「ゼロ陛下……王者とは常に余裕を持つべきであるぞ? そして、何よりも配下を信じること……。それこそが肝要なのだ」
「キミ、無駄に偉そうだよね。まぁ、そう言うのは別に嫌いじゃないけどね。忠言痛みいるよ……どっちにせよ、僕はここでハラハラしてるしか出来ることも無さそうだ。大いにやってくれ……バックアッププランくらいは用意しておくよ」
「ふむ、負けても後があると言いたいのだな。結構、結構……我も負けられない崖っぷちの戦いなど御免被りたいからのう。ちなみに、コスモ零式は……短距離空間転移を可能とするコスモワープドライブ搭載型の宇宙戦闘機なのだ。まぁ、本来宇宙空間戦闘を想定した代物だから、少々オーバースペックかもしれんがな」
「ショートワープだって? そんな技術までも実現してるってのかい?」
「陛下……確か、ユリちゃんが三百年前に戦った第二世界の宇宙駆逐艦には、そんな装備が搭載されていて、一瞬で二十天文単位くらいの距離を跳躍してましたからね。不可能じゃないんですよ……単に割に合わないってだけで……」
第二世界のドイツ系の流れをくむ星間国家シュバルツ・ハーケン。
ユリコはその軍勢と深い因縁があり、その国家戦略を事実上一人で崩壊させたと言う前科があるのだが……。
それだけに、その短距離空間跳躍と言う技術がどれだけ、空間戦闘で有用かも理解していた。
「……それ、完璧じゃない! ワープで超立方体の目の前まで行って、重力爆弾放り込んで、ビューンってワープで撤退! まさに、一撃離脱ね!」
「いや、コスモ零式のショートワープは、まだまだ欠点があってな。短時間で連続では飛べんのだ。現状は、行きか帰りのどちらか……。まぁ、ここはよりリスクの少ない方を選ぶべきだな」
「ふーん。なら、行きをワープですっ飛ばして、重力爆弾放り込んだら、全速力で離脱……それでよくない?」
「いや、ショートワープは離脱時にすべきだよ。ハルカ提督の作った重力爆弾は、なにげに超高性能だったみたいでね……こっちでもまだ完全に解析は出来ていないんだが……。天霧くん、危害半径とかのデータって寄越せる?」
「あ、ハイッ! そ、それと良いのですか? 私はあくまでハルカ提督の腹心であり……ゼロ皇帝からみたら仇敵なのですよ? 何より私は大和の呼びかけにも応えなかった……要するに、裏切り者なんですよ!」
「……そこは気にするな。貴様は、貴様なりの信義にもとっただけの話なのだからな。我らは本来そうあるべきなのだ。この戦……むしろ、依代とされたハルカ提督を救うための一戦……そう思ってくれんかな?」
「救う……為の戦い?」
「ああ、ハルカ提督はあれでも、精神侵食に全力で抗い、ユリコ殿と戦いでも最後の最後まで正気を保っていた。アレは、そんなハルカ提督の最後の思いを踏みにじるような存在だと言えるだろう。ユリコ殿もそれは何となく分かるだろう?」
「そうね……あれは、ハルカ提督じゃない。だからこそ、許せないって思ったの……何より、あんな終わり方……絶対に納得できない!」
「……わ、解りました……そう言う事なら! ユリコさん、大和様……! ハルカ提督……いえイフリートは、この私に任せてもらえないですか? 私に……考えがあります! あれがハルカ提督の成れの果てなら、この私が……我が身と引き換えにしてでも、引導を渡します!」
覚悟を決めたような様子の天霧に、ユリコは彼女が何をしようとしているのか気付き、止めようとするのだが。
ゼロ皇帝が首を横に振るのを見て、何も言えなくなる。。
大和も呆れたように小さくため息を吐くのだが……。
それだけだった。
「まぁ、死中に活ありと言うからな。何をするつもりかは知らんが、無駄死にはするでないぞ?」
「ええ、解ってます。私とて、生命の使い所は弁えていますから」
「あいや分かった。あれを引きずり降ろして、30秒ほど足止めしてくれれば、それで十分なのだ。それ以上は求めんし、ここは死なば諸共と言う考えは捨ててくれ……。ユリコ殿もだ」
「うん、大和さんが犠牲を前提に作戦を考えてるわけじゃないって解ったから、それで十分だよ。陛下……どう? うちの作戦参謀はこの作戦の成功率はどんなもんって言ってる?」
「不確定要素が多すぎるから、今のところ半々ってところだってさ。あまり、分の良い賭けとは言えないよ。そもそも、そのコスモ零式だっけ? ちゃんとリアルテストとかやってる? そもそも無人機じゃないの? それ」
「うむ! それを言われると弱いのだ。なにせ、コスモ零式は、ハルカ提督にも黙ってこっそり作っていたのだからなぁ。もっとも、ユリコ殿が残した戦闘データを拝借して、VRでの仮想実験は何度も繰り返しておるぞ。そう言う訳で、ユリコ殿に最適化された機体……そう思ってくれて良い」
「うわぁ……。この戦闘データって三百年前のじゃない。よくもまぁ、後生大事に持ってたねぇ……。アップデートはされてるの?」
「しとらんが……。貴様の戦闘データは三百年前のデータですら凶悪すぎて、ハードが互角だと我々の戦闘ドライバではどうやっても勝てんのだ。ええいっ! むしろ誇るが良い!」
「えへへぇ……それほどでもぉ」
「……僕はますます不安になったよ。もう少しマシで安全なプランは無いのかい?」
「時間があるのなら、我ももうちとマシなプランを提案するのだがな。とにかく、時間が足りん! ああ言うほっとくと、どんどん強化されるような奴を叩くのは、速攻で根っこを潰すしかなかろう? と言うか、こんな崖っぷちの状況もゼロ陛下なら幾度も経験しているのではないのか?」
「そりゃあねっ! おっしゃるとおり、僕らはいつも崖っぷちの戦いばかりだったよ……。今回こそは、想定内で楽勝だと思ったのに……ナニコレ? さすがに、いい加減やってられないよ」
「色々とすまぬなぁ……。まぁ、突破口が見えているだけ、まだマシであろう? 以前の帰還者との戦いは、そりゃあもう酷いものだったからな。貴様ら帝国が盛り返してくれなかったら、本気でどうにもならんかった」
「あれ? そっちの認識って、ハルカ提督たちが踏ん張ったから勝てたとか、そんな感じじゃないの? 実際、恩知らずとか色々言ってたらしいじゃない」
「はっ! 我らが出来たのはいい所時間稼ぎ程度だった……それくらい弁えておるわ。あの戦いを勝利に導いたのは奴らの主攻ルートを断ち切って、増援を片っ端から叩き潰してくれた帝国のおかげに決まっておるわ」
……当時の戦いの推移は、まさにそんな調子ではあったのだ。
帝国軍は、エスクロン中継港を奪還し周辺流域を抑えたことで、帰還者の侵攻ルートを入り口で閉鎖してしまったようなものだったのだ。
そして、そんな状況を目にして、退路確保の為に慌てて取って返してきた大部隊が長蛇の列となったところで、各所で分断し各個撃破の餌食とした……。
質では圧倒的に劣りながらも、狂ったように尋常ならざる数の無人兵器戦力を増産し、途中から数では圧倒していた帝国軍ならではの戦術だったのだが……。
その長所を最大限に発揮させた戦闘と言えた。
ハルカ提督達スターシスターズ艦隊もやろうと思えば似たような事も出来たのだが。
とにかく、後が無いということで、正面から侵攻を食い止めることに固執しすぎて、それ故にセントラルストリームなどと言う防御に向かない流域での戦闘に持ち込まれ、苦戦していたのだ。
ちなみに、この戦いではグエン提督やハルカ提督は戦死回数は軽く数十回を超え、対照的に決して主攻に立とうとせず、あくまで側面や後方からの神出鬼没の戦いを繰り返していた永友提督は、最後の最後まで一度も戦死すること無く、その艦隊もほとんど損害ゼロで乗り切っていた。
もっとも、この戦いでは大和は単艦特攻を仕掛けて、集中砲火を浴びて轟沈リタイアと言う無惨な結果に終わっていたのだが……。
その再建後あたりから、宇宙戦艦要素がミックスされたようで、以降微妙におかしくなっていき、今に至っていた……。