第五十五話「超次元戦闘」③
「ほほぅ、我のこの九つの尻尾に目をつけるとはなかなか、見どころがあるな! まぁ、機会があれば、心ゆくまでモフらせてやっても良いのだが……。ゼロ皇帝……すまんが、其奴を下げるのはチョット待ってほしいのだ」
なお、その尻尾はそれぞれが意思を持っているかのように、複雑にウネウネと動いている。
生え際とか、服はどうなっているのだろうと言う疑問を誰もが抱いていたのだが。
さしものユリコもそんなどうでもいいことをこの場で聞くほどには、空気が読めない訳ではなかった。
「……理由は? 悪いけど、あんな地獄の釜みたいな戦場に、うちの大事なユリコくんを投げ込むなんて、全力でお断りだよ。あんなの宇宙戦艦同士の殴り合いに生身で割り込むようなものじゃないか。どのみち、すでに戦いは火力消耗戦に移行してるんだ。君らが時間を稼いでくれさえすれば、うちのダイソンがこれでもかってくらいに核融合弾をブチ込んで決める。元々、そう言う手はずでいく予定だったじゃないか」
「まぁ、確かにそうなのじゃが。ちと、雲行きが怪しいのだ。ユリコ殿……貴殿も何か感じるものがあるのではないか? だからこそ、頑なに退くことを拒む……違うか?」
大和がそう告げると、ユリコも生真面目な顔で頷く。
「……う、うん。確かにダイソン級の2400mm重核融合弾なら、弾頭正面装甲も分厚いし、アレ使えば、なんとかなりそうなんだけど。なんか嫌な感じが消えなくて……気のせいかもしれないけど、あのイフリートって、消耗するんじゃなくて、ジリジリと強化されてるよね? 陛下……増援到着までどのくらいかかるの?」
ユリコのその言葉を聞いて、ゼロ皇帝、それにフランや、モニタリングに徹していたアキも凍りつく。
ユリコの嫌な感じ……それを軽視するほどには、彼らは愚かではない。
実のところ、帝国軍自体は、すでに全軍撤退が既定路線で、帝国軍はすでに撤退を開始していたのだが、ユリコのその言葉を聞いた時点で、アキから帝国軍全軍に撤退中止の上で、逆に全軍集結の命令が出されていた。
なにせ、ユリコの嫌な予感について、ちゃんと聞いておいて正解だった事はあっても、失敗だったことなど、一度もないのだから。
「……各戦線に配備したダイソン級をここに呼び集めて、展開させるまでは、恐らく最速で一時間はかかるね。大和くん……それくらいなら、凌げるよね?」
ゼロとしても判断が難しいところだった。
ユリコが頑なに戦線復帰を望む……何かあるかとは思っていたのだが。
彼女の直感がそれでは不味い事になる……そう言う事だとすれば、状況はそんなイージーではないということだった。
だが……ここでユリコを投入するのは、あまりにリスクが大きすぎた。
それに大和がユリコに何をさせたがっているのか? そこも懸念点だった。
「さすがにそりゃちと厳しいぞ。なにせ、弾薬もエネルギーも限りがあるのだ。誰かさん達のせいで、我が主力艦隊も物資がカツカツなのでなぁ……。あれだけ景気よくぶっ放していては、すぐに弾切れになる。まぁ……元々我々は少数精鋭の考え方故に長期持久戦には弱いのだ。正直、これだけ火力を集中しても倒せんかったのは計算外だったな」
……燃料も物資も明らかに心もとなく、量も質も足りていない。
そんな中、明らかな劣勢になりながらも、戦略的に妥協もせず、短期決戦思考のまま空回りを続けるハルカ提督を、大和は随分と前から見限っていたのだが。
ハルカ提督の失敗がここに来て響いていた。
せめて、永友提督が残留してくれていて、弾薬充足率も7割を超えていれば、まだ何とかなったかもしれないのだが。
主力艦隊は特に大飯ぐらいの大型艦艇が集中している関係で、各艦の物資充足率はすでに五割以下と言う有様だった。
現状としては、火力集中による足止め等と言う贅沢を長々と続けられる状況ではなかった。
「なるほどねぇ……。なら、ここは素直に一度皆で逃げちゃおう。どうせ、敵は一体だけ……。いつぞやかのドラゴン退治と同じ状況だよ。ユリコくんもこう言えば解るだろ? あの時も、キミは一人で無理して、危うく死ぬところだったじゃないか。エネルギー生命体の弱点は、エネルギー消費が実存生物の比較じゃないことだからね……ここは、燃え尽きるのを待つって戦略が正解だと思うな」
エネルギー生命体とは、要するに意思を持った炎に近い。
そう言うものだと考えられていた。
だが、炎が燃えるのに可燃物が必要なようにエネルギー生命体の生存には、エネルギーの消費が必須なのだ。
だからこそ、アスカ星系では恒星の光を至近距離で浴びたり、マグマの中に浸かったりしていたのだ。
イフリートにしても、数千度の熱を放射し続けるとなると、そのエネルギー消費は桁違いに高い。
つまり、エネルギー生命体の弱点はその燃費の悪さであり、エネルギー供給を断つことがその対策としては極めて有効と考えられていた。
「そ、それは……確かにそうなんですけど」
「いや、ここで退くのは勧められんぞ。見てみるが良い……あれは超空間ゲートのように見えるが。その実、より高次元の異世界に接続されているように思われる。このまま、放置してしまえば、あそこから何が出てくるか、我も予想はできんし、恐らくあの超立方体は燃料タンクで、あの赤い筋は燃料補給ラインと言ったところなのだろうな。つまり、時間をかければむしろ、状況は悪化するであろうな」
そう言って、大和がハルカ提督だったイフリートの拡大映像を表示させると、確かに大和が言うように、燃料ラインがつながっているように見えていた。
それに、超立方体からも火の粉のようなものが大量にバラ撒かれ、エーテル流体面に降り積もっていた。
「それに、エーテル流体面に次々と落ち込んできておる火の粉のようなものも気になるな……。恐らくヤツらの兵隊の種……そんなところだろうな。さては奴ら、エーテル流体へ侵食するつもりなのだな……。よいか? ゼロ陛下……現状、時間は味方ではなく、敵……そう心得るべきだぞ」
大和の言葉にゼロ皇帝も、ボリボリと頭をかきながら、瞑目して考え込む。
状況はあまりに不確定要素が多すぎた。
すべてが、かもしれない、かもしれないで、要するにこれからもっと悪いことが起こるのは確実なのだろうが。
具体的には、何が起こるのか誰も解らないのだ。
今起きているのは、未知の現象であり、その答えは誰も持ちようがない。
それ故に、ここは様子見が正解なのではあるが。
歴史を鑑みると、動くべき時に傍観していたことがすべての失敗……そうなった事例も多数存在するのだ。
だが、ゼロ皇帝は、そんな誰もが決断できない状況でこそ、決断を下すのがその役割なのだ。
ここで、決断を下さず先送りにするという贅沢は彼には許されていなかった。
「ああ、解ったよ。確かに、このまま逃げに入ると状況は悪化の一途……つまり、ここは瀬戸際……そう言う事なんだね」
「如何にもだ……察しが良くて助かる。だが、現状手持ちの戦力では少々心もとないし、向こうはすでに橋頭堡を確保しつつある。こうなるとせめて、あのゲートを遮断せねば、我々とて勝機はないであろうな」
「キミがそこまで言うとなると、そう言うことなんだろうね。解った……こうなったら、僕らも覚悟を決めよう! アキちゃん撤退は無しっ! ……全軍に通達、総員覚悟を決めろってね! それと大和くん、欲しい物資を言ってもらえれば君らの補給物資を用意して、我々が提供することも可能だ。僕らとしては程々に相手をして、一度下がった上で補給を受けてからの後退防御戦術を推奨したいんだけどね」
「まぁ、確かにそりゃ魅力的だし、可能ならそうしたいところなのだがな。時間は敵なのだと言ったぞ。普通の人間相手の戦争ならば、貴様らのやり方は確かに悪くないが。ここで長期戦になると、奴らも己等の拠点を構築したり、兵隊を揃えたりで、手に負えん事になるであろうよ。何よりもこのエーテル空間は閉鎖空間なのだ……またぞろ妙な感染因子なんぞバラ撒かれたくはあるまい?」
エーテルロードを異界のエネルギー生物に占拠される。
それは、考えうる限り最悪と言え、なんとしても阻止すべきだった。
「橋頭堡を築かれ、拠点化される前に水際で撃破するのベター……そう言うことか。だが、どうするんだい? 恐らくあのイフリートはゲートの守り手と言ったところだろう。あれは、君達の全力攻撃すらも凌いでるじゃないか。例の波動粒子砲も今の状況じゃとても使えないだろ?」
「そうであるなぁ。拡散波動粒子砲の使い時は、いわば極め技! つまり、ピンチの時か勝ち確の時であるからな。まだその時ではないのだ。なぁに、イフリートもいわば、ゲートからぶら下がっているようなものだからな。あの大仰な燃料タンクを潰せば、真下に落ちてくるであろうからな。そこを我が拡散波動粒子砲で一撃で仕留めるのだ! どうだ? 少しは勝ち目も見えてきたのではないかな?」
「なるほど……。だが、どうやってあのゲートを潰すんだい? ゲート崩壊なんて、それこそ重力爆弾でも使わないと無理がある。でも、重力爆弾ともなると、そもそもエーテル空間で使うことなんて想定していないからね。うちも宇宙兵器の重力爆弾内蔵型の宇宙機動爆雷や破壊工作用の仕掛け爆弾仕様くらいならあるけど……。アレをそのままエーテル空間に持ち込んだって、兵器としては使い物にはならない。やはりここは時間が欲しいところだねぇ……」
備えが足りない……準備不足。
戦争でそれは、当たり前のように起こる。
帝国もそんな戦いは珍しくもなかった。
だからこそ、九十九回の敗北をも許容して、百回目に勝つ。
帝国軍はそれを基本戦略としており、この戦いも一度退いて長期戦に持ち込む事で勝機が見えてくる……ゼロ皇帝もそう考えていたのだが。
大和はあくまで短期決戦で、ここで水際撃破するのが最善と考えているようで、要するに二人の意見は真っ向から対立しているのだ。
「確かに、あの手のゲートも、重力爆弾でも放り込んでやれば、一発で崩壊するであろうな。そして、時間さえあえば、お主ら帝国は上空炸裂型の重力爆弾くらいは軽く用意できる……と言うことなのだろうな。だが、今ここで、あのゲートを破壊せねばならぬのだ。ユリコ殿もそこは同意いただけると思うのだがな」
「そ、そうだね! 大和さんの言うように、あのゲートが広がるともっと不味いことになるよ! エーテル空間が火の魔神の眷属に呑まれたら、多分取り返しがつかない事になる! だから陛下……ここで退くのはない! と言うか、わたし一人でもなんとかするから、お願い! やらせて!」
ユリコ自身、上手く説明できていないようだったが。
相当の危機感を感じているというのは、ゼロにも理解できた。
内心では止めたいのだが、ここはユリコに賭けるしか無い……。
そこは解っているのだが……。
「……キミも、ここは短期決戦で行くべき……そう主張するんだね。だが、正直これはこちらも想定外なんだ……。今の我々の手持ちカードも情報もあまりにも不足している。そもそも、重力爆弾はエーテル空間に置くには危険すぎる……ストックはもちろんあるんだけど、そのほとんどが通常宇宙側にあるから、今から取りに行かせないといけないんだ。それから、エーテル空間用兵器として改造するにしても、相応の時間が必要なんだよ」
「ふむ、そもそも使える重力爆弾がない……とな? まったく、備えがなっとらんな。のう、天霧……お前の所に例の新型重力爆弾のストックくらいあるであろう? えらく高性能な代物のようだからな……あれを使わせてもらうぞ」
問答無用と言った調子で、この遠隔会議に天霧も呼び出される。
流石の天霧も、ユリコにゼロ皇帝、そして大和と言う濃すぎる面々にたじろぐ。
「あ、ありますが……。ですが、あれは設置型ですよ? あんな上空のゲートを破壊するとなると……無人機あたりに積み込んで特攻でもさせるんですか? 途中で迎撃されるのが隻の山って気がするんですが」
「やかましい! お主の意見など、聞いておらんわ! 今の貴様に我に意見する権利など無いわ! だが、要するにあると言うことだな。ならば、よろしい……問題は一つ解決だ。確かに無人機では、あのイフリートの極悪な灼熱結界による迎撃網をかいくぐって、上空の超立方体にたどり着くのは不可能だろう。だが、ユリコ殿……お主ならば、我が考えた宇宙最強の艦載機……超時空戦闘機コスモ零式も乗りこなせるであろうからな。つまり、決して不可能ではない。我は……そう見ているのだ」
大和の言葉にゼロ皇帝が思わず、頭を抱える。
そんな事を言われて、ユリコが大人しくしているはずがなかった。
現に目を輝かせて、大和の話に前のめりといった調子だった。
そして、こう言う場面でユリコが身体を張る事を厭わないはずが無い。
それもよく解ってはいたのだ。
ついでに、コスモ零式等と言う謎の艦載戦闘機の名前が出てきた時点で、ゼロ皇帝はなんだかもうよくわからなくなってきていた。