第五十五話「超次元戦闘」②
狙われた最前衛の重巡洋艦愛宕が虹色のシールド……次元断層シールドを展開し、その火球を受け止めるのだが、火球は大きく弾けその重巡洋艦を軽く飲み込んでいく。
「……重巡愛宕……艦橋部消滅! なんて火力なのッ!」
愛宕もとっさの判断で自ら、エーテル流体に沈降することで、艦体部の損害は免れたものの、艦橋や甲板上の兵装をまとめて失い、戦闘力喪失は確実だった。
そして、それはスターシスターズ艦のブ厚い蒸散皮膜装甲を持ってしても防ぎきれない火力の凄まじさを物語っていた。
「駄目ッ! アレ相手に正面から火力戦なんて無謀だよ! フランちゃん! 急いで回頭! 戻って! わたし達もあの子達を援護しないとッ!」
ユリコも急いで、フランに回頭を指示するのだが。
フランは、まるで無視したように撤退を続けていた。
「フランちゃん! なんで、黙ってるのよっ!」
ユリコも声を荒らげそうになるのだが、続く言葉に冷水を掛けられたような思いをする。
「……それは、出来かねます。私もユリコちゃん、貴女だってインペリアル・オーダーには逆らえません。ユリコちゃん、ゼロ陛下からの直通通信です。繋ぎますよ!」
問答無用。
ユリコの通信モニター上に、腕を組んで目を閉じたゼロ皇帝が映る。
……これは、通称お説教モードとユリコが内心で呼んでいるゼロ皇帝のお怒りモードだった。
「ゼロ陛下! このままじゃ不味いよ! わたしも戻って援護する! だから、撤退じゃなくて援護を! 早くそう命令してよっ!」
ゼロ皇帝が口を開くよりも先に、叫ぶように告げるユリコ。
ユリコ以外の者なら、問答無用で皇帝反逆罪が適用されるくらいの行為なのだが。
ゼロ皇帝もいいから、話を聞きなさいとばかりに、無言で手を前に向けると、さすがのユリコも押し黙る。
「ごめんね……。キミの気持ちも解るんだけど、ここは抑えて欲しいんだ」
「でもっ! あれはわたしが惑星アスカで戦った個体よりも明らかに格上です! それに、正体不明の高次元存在まで出てきてます! いくらスターシスターズ艦隊でも、あれには勝てないっ!」
「まぁまぁ……落ち着こうか。どっちにせよ、この戦いは終わりだよ。正直、僕らの出る幕じゃ無さそうだ。どうやら、大和くんが相当やばい兵器を使うようでね……。むしろ、僕らには、この流域からの全面撤退を要請されてるんだ。彼女によると……波動粒子砲? とか言うらしいけど、恐らく相転移兵器じゃないかって、僕は見てる。そんなものを使われたら、このサブストリームも確実に駄目になるだろうけど。そこまでしないと倒せない……そう言う事なんだろうな」
「……波動粒子砲ってなに? 相転移兵器って?」
「相転移兵器……反物質兵器の次に来るであろうと言われている……要するに未来の超兵器ですわ。簡単に言うと全くの無……真空から莫大なエネルギーを取り出す、言ってみれば、局地的ビッグバンを起こすようなもの……この理解であってますかね?」
「うん、大凡それで合ってるよ。さすがフランちゃん、よく知ってるね」
「ですが、あれは完全な真空中でないと反応が続かない上に、その制御の難易度と危険度は、反物質制御の比ではない……そう言うもののはずでは? そもそも、あれって限りなく架空兵器のはずですよね?」
ユリコはこの手の技術的な話となると、さっぱりなので、フランが説明を引き継いだのだが。
アグレッサーとして、その博識さで知られる彼女の持つ知識でも、その辺りが限界だった。
「それがだねぇ……。スターシスターズの持つオーバーテクノロジーの数々の源泉って、実は彼女……大和だったみたいでね。彼女は、我々も解明出来ていないような隔世レベルの技術をいくつも所持しているみたいなんだ。その上で彼女は、独自に相転移兵器を開発し、自らの艦に実装していたようなんだよ。もっとも、艦首に砲口を持ってくるとか、よく解んないことやってるんだけどね」
「海上艦艇で艦首に砲口って……。宇宙戦艦ならまだ解るんですが、そんなのまっすぐ前にしか撃てないから、ものすごく微妙ですよね?」
なお、宇宙戦艦でも艦首に砲口はなかなかに微妙だった。
なにせ、正面を向きあって撃ち合うことを想定している宇宙戦艦は、もっとも被弾確率の高い艦首部はほぼ装甲の塊であり、その装甲厚は1km級だと最低でも50mくらいの厚みがあり、重戦艦と呼ばれる2km級の重防御型の宇宙戦艦ともなると装甲厚は300mものとてもつもなくブ厚い装甲を備えている。
そこに艦首砲を配置する。
この時点で激しくナンセンスな話なのだ。
なにせ、正面に艦首砲を搭載するとなると、砲口むきだしなぞ論外で、防御のために開閉式の装甲を備えるとなるのだが、必然的に砲口部の装甲は薄くせざるを得なくなる。
その時点で、被弾確率のもっとも高い正面にわざわざ弱点を設けるようなものであり、帝国軍の宇宙戦艦でもそんなマネはしない。
要するに、最初から防御をかなぐり捨てた攻撃専用艦……砲艦辺りでもなければ、宇宙戦艦でも艦首砲など、まず採用されないのだ。
ましてや、それを水上艦に装備するなど、衝角付き宇宙戦艦並みにナンセンスな代物ではあるのだが……。
戦艦大和の船首部には、本来ならば無いはずの所に大きな穴が空いていて、恐らくジェネレーター直結式なのは見て取れた。
……この時点で、とんでもなく危なっかしい艦ではあるのだ。
「実際、微妙みたいだけど。確かに彼女が自らのオリジナルと主張するアニメの宇宙戦艦もそうなってるんだよね……。ごめん、僕にもそこら辺はよく解んないんだ」
「アニメの宇宙戦艦? なんなんですか、それ……」
「あ、もしかして、あのさらば地球、目指せイスカンダルとかやってた古代アニメ? 確かにあれに出てきた宇宙戦艦ってヤマトって言ってたよね」
「そうそう、それ。そいや、ユリコくんは昔、アキちゃんと見たんだっけね。どうも、大戦艦大和の頭脳体は、その古代アニメの影響を思いっきり受けちゃてて、なんだかおかしなことになってるみたいでね……。まぁ、そのお陰で我々も彼女と繋ぎを持てたんだけどね」
「な、なんとも、複雑な事情がありそうだねぇ……」
「ああ、複雑なワケありなんだよ……さすがの僕も初めて聞いた時は、思わず立ち眩みがしたくらいでねぇ……。いや……そうじゃなくてさ。とにかく、そんな訳で、ここは直ちに撤収をお願いするよ。我々は、スターシスターズが破れた時……或いは、敵が逃げてきた場合の備えだ。どちらにせよ、あそこまできっちり統制を整えた艦隊と共同戦線っても、無理があるからね。もう主攻はあっちに任せて、こっちは援護に徹する……多分、それが正解だよ」
「でもっ! わたしは現時点での撤退は反対っ! あんなのが出てきた時点で、こっちの想定もなにもって状況だし、あの子達が上手くやれる保証なんて無いじゃないですか!」
「いやいや、ここで僕らが手出しする方が無茶だよ……。あそこにいる30隻ほどの大型艦群の戦力って、僕らだったら、3000隻は沈む覚悟をしないと勝ち目がない……それくらいの化け物共の集団なんだよ。いずれにせよ、あの異世界の怪物共は大和くん達が総力を挙げて倒すって言ってるから、化け物の相手は化け物に任せて、僕らはササッと逃げちゃおうよ。ひとまず、核融合弾頭装備のダイソン級をありったけ、こっちに回してる所だから、キミが体を張って頑張るような局面じゃないって事さ」
「でも、ハルカ提督は……? こんな終わり方……わたし、納得行かない!」
「納得行かなくても、これが結末なんだよ……。元々、この戦いを始めた時点でハルカ提督の同化結晶化は始まってて、早いか遅いかの違いでしか無かったんだ。キツイ言い方をするようだけど、時間が残されてないハルカくんをむやみに振り回して、その貴重な時間を浪費させたのはキミじゃないのかい?」
「けどっ! 陛下だって、可能なら生け捕りをって……」
「ああ、確かにそう言ったよ。でも、先程大和から送られてきたハルカ提督のバイタルデータの推移では、彼女は結晶化しながらもキミとの戦いを続ける……その一念で持ちこたえてたんだよ。ああ、僕の判断ミスも認めるよ。だからこそ、キミに責任を押し付ける気は毛頭ない。ひとまず……もういいから、帰っておいでっ!」
「……ううっ! でもっ! ここで退くわけには……」
「キミも聞き分けないねぇ……どのみち、白鳳Ⅲの操作権限は元々フランくんをプライマリーに設定してたからね。なら、この場はフランくんの判断次第としよう、どうだい?」
「陛下もお人が悪いですねぇ……。ユリコちゃん……悪いけど、私の判断はこの場は撤退一択ですわ。すでに核融合炉のエネルギー収支も赤字ライン入ってますし、蓄電セルもカラッケツで、残弾だってゼロ……壊れかけた実剣一本であんな訳の解らないのに挑むなんて、無謀ですっ!」
「で、でも! この実剣なら、イフリートの高温装甲だって、軽く打ち砕けるし、ここで逃げるのは……」
「見てくださいよ……400mm口径のレールガン弾頭ですら、撃ち落とされてますからね。アレを潰せるとしたら、対km宇宙戦艦用のダイソン級の重核融合弾頭の飽和攻撃くらいですよ。もしくは、流体面上に叩き落した上で、大和の波動粒子砲? それを使えば倒せるんじゃないでしょうかね。どのみち、ここが我々の攻勢限界です……ユリコさんもここが引き際って解ってるんじゃないですか?」
……火力集中による火力の封殺。
大和の取っている戦術はまさにそんな戦術で、半包囲陣を展開した上で、戦艦群によるレールガン砲撃、荷電粒子砲、そして艦載機群による集中攻撃とあらゆる火力を投射することでのゴリ押し……なのだが。
イフリートも熱耐性には限度があると、すでに証明されており、荷電粒子や核弾頭による放射熱が徐々に蓄積して行っている上に、防御態勢に移行した結果、反撃もままならず、一方的に撃たれる展開となっていた。
効果が出ていないことは早い段階で解っていたようだったが、構わずゴリ押しと言う戦術を選んだ辺り、的確な判断と言えた。
もっとも、上空に浮かぶ超立方体と言うもっと厄介そうな敵もいるのだが。
ゲートから出てきているのは、ほんの一部だけのようで、ゲートが狭くて完全に出てこれない……それが実情のようで、いずれにせよ差し迫った脅威ではないと判断されていた。
「……けど、だからと言って……人任せにはしたくないっ! アレは……ハルカ提督だったんだよ? わたしが……引導を渡すって決めてたのに……モタモタしてたせいで、みすみす……」
「けど、この状況でキミに何が出来るんだい? 大方、死なば諸共の特攻戦術とか考えてるんだろうけど、いくら死んでも大丈夫だからって、ここでキミが死んだら、国民の皆に与える衝撃が大きすぎるんだよ。キミがこんな戦いで死ぬようなことは絶対にあってはならないし、この僕だって許さない。ここまで言えばさすがに解ってくれるよね?」
ユリコの不敗神話。
帝国の人々にとって、それはもはや、信仰の域に達しているのだ。
事実、かつてユリコと共に戦い散っていった人々も、ユリコになら後を託しても構わない。
そう信じていたからこそ、己の生命を投げ出すことすらも厭わなかったのだ。
ユリコが敵に背中を向けるのは、いつもの事ではあるのだが。
敵と戦って死ぬ……それだけは、誰にとっても受け入れがたい事なのだ。
帝国の最終防衛ライン。
帝国の守護神。
だからこそ、後を託すに足りる。
だからこそ、生命を捨ててでも繋げるに値する。
ユリコは帝国軍の軍人にとっては、そう言う存在であり。
帝国軍の源泉と言うべき存在なのだ。
ゼロ皇帝もそれが解っていたからこそ、いつも必ず生きて帰ることを最優先とするように命じていたし、今回もまた同様だった。
「まぁ、待て……そう結論を急ぐな。我が君……銀河の王たるものよ」
唐突に割り込み。
帝国でも最高機密に属する皇帝直通ラインに割り込む……この時点で尋常ではないのだが。
大和はそれをしれっとやってのけていた。
帝国ですら、追いつかない超級テクノロジーの源泉。
その謳い文句に偽りなしと言ったところだった。
「……えっと、お狐様? 尻尾いっぱい……」
大和の頭脳体を見たユリコの感想はまさにそれだったが。
確かに、見た目はそんな感じで、世にいうケモミミ娘そのものだった。