第五十四話「激突ッ!」⑥
「……いつ何時も自分を全肯定してくれる存在がいること。それが私と君の違いなのかもしれないな……。君は、今や帝国の守護女神のような扱い……本物の英雄。私達なんて、いくら戦い続けても誰からも感謝などされなかったし、今の私はかつての戦友たちに見捨てられ、長年の腹心にすら正気を危ぶまれている……いや、とっくに正気なぞ失っていると言うのが実情だ」
「……」
ユリコは何も答えなかった。
実際は、そう言われてもねぇ……と言った所で……。
そもそも、別にユリコは自分を肯定してもらいたいなんて、これっぽっちも思っておらず、英雄願望もなにもないのだ……。
ユリコは、あくまで自分がやりたい事をやりたい時にやっているだけ。
そして、ハルカ提督もまた……やりたい放題やってきたとしか、思えなかった。
……何言ってんのか解んない。
それが偽らざるユリコの思いであり、よほど言い返したいとも思っていたのだが。
フランから良いから、とりあえず黙って聞いとけと言われたので、敢えて黙っていた。
「守るべき者達……銀河連合の統治者達は……揃いも揃ってクズだった。あんな奴らはむしろ滅ぶべきだ……。民衆達も誰もが思考停止状態で奴隷のような生活をしながら日々を過ごす……。あんなものが……あれが、私達の望んだ……理想の未来だったのか? 何故だ? 何故、ああなったんだ……」
なお、通信回線の向こう側では、ユリコがそんなもん昔からじゃないの……と半ば呆れながら、ちょうどいい休憩タイムとばかりに高カロリー携帯食のチョコレートバーをかじりながら、ドリンクを飲んで、ヘルメットのバイザーを開けて、汗を拭ったりしていたのだが。
マイクはミュート状態で、ハルカ提督の見ている映像は、生真面目な顔をしたユリコの静止画に差し替えられていて、ハルカ提督の怒りに燃料追加……とはなっていなかった。
「そして、そうやって多くの者達に見捨てられ、顧みられることもなく、勝利の果てに、最後の最後で敗北を喫しつつある……。実に私らしいな……。私もあの時、君のように心から信頼し、命を掛けるに値する主君を見つけたと思っていたんだがな……。ははっ、笑ってくれていいぞ」
……今に始まったことでもあるまいし……。
ユリコはそう思っていて、言わばハルカ提督は一人で空回りして、絶望にまみれて沈んでいくようなものだと断じていた。
けれども、一応空気を読んで無難な返答にとどめる事にした。
「ま、まぁ……感謝されたり、英雄になりたいからとか、そう言うのが、私が私である理由じゃないしね……。と言うか、そんな戦争するのにそんな御大層な理由なんていらなくない? ムカついたから、ぶん殴る。それの何処が悪いの? ハルカ提督はもう少し無責任に生きてよかったんじゃないかなぁ……」
「ああ、君の言うとおりだ。ついカッとなったからやった……それも本来の人類の姿なんだ……。君は何一つ間違ってない。事実、人々が争わない仕組みを作った結果、地球連合の末裔は活力を失いゴミのような存在に成り下がってしまった……。アマテラスの唱えた人類は満ち足りるを知り、保護者が必要だと言う考え方……それこそが正しい思想だと思っていたのだがな。けど、私自身は実のところ……あの人の掲げる理想に惹かれ憧れてもいたんだ……」
「あの人の掲げる……理想?」
「ああ、君達銀河帝国の根底思想……そのものだ。だからこそ、本来は君達銀河帝国が支配するこの銀河も……あの人の理想の果てと言う事で祝福すべきなんだろうな」
「よ、よく解んないんだけど。結局、ハルカ提督は何処を目指してたの?」
「ああ……カール・ミラー総帥……やはり、貴方こそが正しかったんだ……。それに気づくまでずいぶんと長い時間がかかってしまった。貴方がもっと長生きしていれば……きっと銀河はもっと……あの時、なんで私は……あの人の背中を見送ってしまったんだ? そうか、やっぱり私が……あの時、間違っていたんだな……。一体、何度過ちを繰り返したら、私は気が済むんだ……! 私が……私が……」
うわ言のように呟くハルカ提督。
ユリコも「だからカール・ミラー総帥って誰?」と言う先程から引き続きの疑問もあったのだが、ラースシンドロームの末期症状で幻覚でも見ているのだろうと片付ける事にした。
「……なんかもう、面倒くさくなってきたよ。昔のこととか言われても、訳解んないしっ! もういい! お話終了! さっさと決めさせてもらうよ!」
なんとも酷い返答もあったものだが、戦闘中のユリコはこの手の情緒的な判断力や、他者への感情移入能力が極端に低下し、いわば戦闘マシーン同様のメンタルになるのだ。
それ故に、こう言う場面では、こんな風に面倒くさい事はどうでもいいやとなってしまいがちなのだ。
もっとも、リアルタイムの後方では、アキが「それ重要っ! ちゃんと最後まで話聞いてあげてー!」等と絶叫して、ユリコとの緊急回線をつなげようとして、ゼロ皇帝が邪魔しちゃ駄目だよ……と言って、押し留めると言うやり取りが行われていたのだが、前線のユリコはそんな事知る由もなかった。
けれど、ハルカ提督はもう長くないのだと自然と理解し、敢えて手にしていた実剣を鞘に納めるという行動で一時休戦の意思を示した。
「……ハルカ提督……大丈夫? 鎮静剤のオーバードーズ気味? 今のフルパワーモードで押しきれなかった時点で、ちょっとその機体じゃ「白鳳Ⅲ」の相手はキツいと思うよ。ほら……格闘技なんかでも、周りがもう駄目って思ったら誰かがタオル投げて、試合終了ってやるじゃん。さすがにもう無理でしょ?」
実際の所、天霧からデスサイズ・ドライのコンディションデータは、帝国側に意図的にリークされていて、すでに機体限界を超えているのは明らかだった。
そして、天霧がここまでする時点で、タオルを投げているようなものだったのだが。
この戦いを止められるのは、両者が戦意をなくした時なのだ。
ユリコは早くもこの戦いに飽き始めてきており、さりとて殺す気もなく、対照的に死ぬ気で挑んできているハルカ提督は軽くあしらわれていた。
……要するに、互角どころかこの時点ではもはや勝負にならなかった。
「ははっ、馬鹿を言え……パワーもジェネレーター出力もこっちが上なんだぞ? それを軽くあしらう君がおかしい。ゼロ距離の攻防なら勝機があると思ったんだが……。確かにこれはキツいな……だが、だからと言って、諦めはしないぞ! ……私はなんとしても勝たねばならんのだ!」
「……なんかもう、わたしが悪役になった気分だよ。でも、勝ちを譲る気なんて無いよ? わたしに勝ちたかったら、本気でかかっておいで……まぁ、負ける気はしないんだけどね! さぁ、来るなら来いっ! そろそろ……決着を付けましょう!」
ユリコも不敵な言葉と共に再び実剣を抜くと、ハルカ提督も一瞬向かっていく素振りを見せるのだが、敢えて踏み込まず、そのまま一定の間合いを取って、向き合うに留めていた。
「……これも駄目か。まったく、一撃当てられるイメージがまるで沸かない。……認めるよ、私では君に勝てない」
二人だけに解るイメージ上の戦い。
この僅かな間に、ハルカ提督は100回は打ち込んで、100回返り討ちにあっていた。
歴然たる実力の差がそこにあった。
「でも、降伏はしないんでしょ? 悪いけど、本気で向かって来るのを斬るならともかく、やる気のない相手を斬る趣味はないよ。死にたいなら、本気で私を殺しに来なよ……諦めてちゃ、勝てるものも勝てないよ?」
「悪いけど、さっきからずっと、本気で君を殺すつもりで挑んでいるんだがな……。未来予知……いや未来を確定する異能……か。実際に、やりあってみるとよく解る……これはとても勝ち目がない。しかし、ラースシンドロームの根治の可能性か……。今の私はその話を聞いて、心底良かったと思う反面、許しがたい行いだと言う怒りの感情に支配されそうにもなっている。もはや、私はもう手遅れなんだ……」
「みたいだね……。けど、だからと言って本気で来るなら、もう手加減はしないよ!」
「ああ、上等だ……むしろ、この期に及んで手加減されるなんて、屈辱以外何ものでもない。それにしても、大した機体のようだな。まさか、精密重力制御を君達も実用化していたとは……。それもこちらから盗み出したのかな? 可能な限り技術漏洩は抑えたつもりだったのだがな……」
「ぶっぶー! これは、異星文明ヴィルデフラウ技術の模倣なのですよ。まぁ、オリジナルには遠く及んでないけどね! 一応言っとくけど、あっちから見たら、この「白鳳Ⅲ」も、ハルカ提督の「デスサイズ・ドライ」もただのオモチャなんだからね! 宇宙は広いのだよ……わかる?」
「……そうか。帝国は異星文明を味方に付けているとの情報があったのだが、それも本当だったのだな。銀河連合の者達は頑なに地球人類以外の文明は存在しないと言い張っていたんだが、そんな訳はないだろうと我々も思っていたよ」
「人類以外の星間文明は存在しないのだから、進歩を捨てて引きこもってても安心安全って話だっけ? けど、実際……ヴィルデフラウ文明もだけど、ラースシンドロームの媒介も星間文明っぽいしねぇ……。何より、帰還者って実例がいるんだけど、あの人達って、まだそんな事言ってるの?」
「……彼らはそう信じないとこの宇宙で生きていけないのさ。言ってみれば、幻想の中で生きているんだ。そうさせたのは……多分、私達だ……」
「見て見ないふりをすれば大丈夫って考えは、いい加減頭おかしいんじゃないって思うけどね……。事実、帝国の近隣星系調査の結果、惑星文明はいくつも確認されてるし……帰還者以外の星間文明も銀河系周辺だけでも二桁どころか三桁とかもっといるんじゃないかって話になってるんだけどさ」
「……耳が痛いな。今のままでは、銀河連合の民はいずれ尽く消えゆくだろう……幻想にすがって生きていけるほど、この宇宙は甘くない。それに引き換え君達は、自らの変革を許容し、異星文明すらも取り込み、変質しながらも、立ちはだかる敵は全て蹴散らす覚悟……か。確かに、君達の変化は我々の想定を遥かに超えていた。だが、君達は気付いているのか? その異星文明に君達は確実に影響されているし、君達も変質は免れないのだぞ?」
「かもしれないねぇ……。でもさぁ、上には上がいると解った事で、停滞気味だった帝国に大いなる進歩の道がひらけたって、技術者の人達も言ってたし、時の流れとともに何もかも変わりゆくのは当たり前なんじゃないの? 進化ってのはそう言うものだと思うよ」
「確かにそうだ……。だが、進化の道を邁進するとなると、取り残される人々もいるし、明日もあさっても変わらない日々を望む人達だっている……。君達帝国の考えは昔からそうだ。君達は前に進むことしか考えていない……。それに何よりも……この永遠の存在となることは君達が思ってるほど、甘い道ではないぞ!」
「なんで、そこで上から目線? あのさぁ、ハルカ提督って……自分が悲劇の主人公だと思ってたりしない?」
たった一言。
けれども、その容赦のない言葉はハルカ提督から一瞬で冷静さを奪い取った。
「クスノキ……ユリコォオオオッ! 貴様ァアアアアアッ!」
激昂と共に、雪崩のような剣戟。
けれども、ユリコはその連撃を容易くさばくと、デスサイズ・ドライの背後に回り込み、容赦のない突きを仕掛ける。
だが、それをハルカ提督も前に向かって、全力加速することで回避する!
かろうじて躱したものの、ユリコの放った一撃は、ジェネレーター諸共コクピットを串刺しにする殺意に満ちた一撃だった。
まさに、一撃必殺の神速の一撃。
そして、その一撃はハルカ提督が今まで見た中で間違いなく最速の一撃で、限りなくユリコの本気に近い一撃だった。
「……くそっ! やはり、こんな平攻めでは……案の定、紙一重だったか……いや、三番スラスター損壊……投棄……。だがどうだ? 今の一撃……本気だったのだろう? 今までと気迫が違ったぞ!」
「マジ? ……今のを避ける? 絶対、串刺しにしたと思ったのに……。定まった未来を捻じ曲げるなんて……! 正直、ハルカ提督のこと舐めてたよ! うん、こりゃヤバい! 帰還者のトカゲキングなんかより、よほど凄いよ!」
心からのユリコの称賛の言葉。
ユリコの未来予知も絶対ではないのだが、ユリコの見た未来を覆すとなると、限りなくゼロ%に近い。
そんな限りなくゼロ%の結果をここに来て引き出したハルカ提督の執念。
まさに人類最古の戦士の面目躍如と言ったところだった。
「そうか……。私は……確定された死の未来を乗り越えた……のか? ははっ……今頃になって、鳥肌が立ってきたが、キミの本気を受けきったのなら、むしろ誇るべきだな」
「いやはや、ここから先の未来はわたしにも見えない。これだから、面白いよね……! うふふ……こうなったら、目一杯楽しもうっ!」
「ああ、そうだな……。ここから先はボーナスゲームのようなものだ。心ゆくまで楽し……」
ハルカ提督の言葉が唐突に切れると、デスサイズ・ドライも、デスサイズを振り上げようとしている途中で、凍りついたように固まっていた。
「ハ、ハルカ提督? いきなりどうしたの? ここからが本番じゃないの! もしもーしっ! 返事してよっ!」
……通信回線は沈黙したままだった。
通信ステータスは『disconnect』……回線途絶状態。
エーテル空間用の軍用通信回線は幾重もの冗長性を確保しており、基本的には双方合意の上で切断操作をするか、通信機器のトラブルでもない限りは、簡単には途絶状態にはならない。
それが一方的に途絶となると……通常は機体撃墜など、一瞬で通信回線断絶となるようなケースに限られる。
いずれも、ただならぬ事が起きたのは明らかで、ユリコも迂闊に近づくような真似はせずに、ジリジリと後退する。
……そして、戦いが始まってから沈黙していたフランが唐突に、モニターにエマージェンシーアラートを表示させる。
「ユリコさん! すぐにここから全力退避ッ! デスサイズ・ドライの周辺エネルギー偏差が急速に増大中ッ!」
「な、なにが? この気配! よく解んないけど……凄いのが……来るっ!」
それまで、どこかお気楽な様子だったユリコですらも焦りを隠せなかった。
何らかの未知の現象が……起きようとしていた。