第五十四話「激突ッ!」⑤
「……は、はぁっ? ま、待てコラッ! クソっ……お前ら帝国お得意の逃げるが勝ちって奴か! どこの世界に、逃げるのが当たり前なんて軍隊がいるんだ! そもそも、一騎打ちの真っ最中に普通、それをやるか! この卑怯者が!」
「ふっふーん! 我が帝国はドクトリンからして、逃げ撃ち上等! 正面から互角の兵力で戦うな……正々堂々と倍以上の兵力で包囲殲滅せよ! 卑怯じゃなくて……戦略と言ってよ! 確か、昔のちゅーごくの偉い人も言ってたよ! えっと、そうっ! 枕草子っ!」
「全然違うしっ! それ孫氏三十六計っ! と言うか、こんな場面で普通、それをやるか? ふっざけんな! いいから止まれーっ!」
……タイミリミットありのハイパーモードで一気に攻めるつもりだったのに、全力逃走を選ばれる……ハルカ提督にしてみれば、たまった物ではない。
しかも、一騎打ちの最中にそんなマネをする辺り、味方も失望すると思われるだろうが。
この戦いを見守る帝国軍の将兵達は、ナイス判断! とばかりに喝采を挙げていたのだから、世話無かった。
「やーだーよっ! いやぁ、帝国軍士官学校の特別講師としてお呼ばれされて、見せてもらった戦術教本にも、相手が強いと思ったら迷わず逃げろって、そんな風に書いてあったんだよね! まるで、わたしの戦い方を見習ってくれたみたいな感じでびっくりしちゃったよ」
……見習うも何も、帝国軍の戦術ドクトリンは、元々ユリコをどうやって集団でフォローするかと言う考えの元に作られたものなのだ。
そもそも、ユリコからして毎度毎度、単騎駆けで後先考えずに、真っ先に先陣きって敵中へ突っ込んで行くのだが。
ユリコは、いかなる時も限界ギリギリまで戦うことは決してなく、敵が思った以上に手強かったり、雲行きが怪しくなった段階で、さっさと逃げ帰ってくるのが常だったのだ。
彼女はその辺りの見極めが抜群に上手く、基本的に無理をしないのだ。
何よりも戦に及んで彼女にとっての最優先事項は、ゼロ皇帝の「必ず無事に帰ってこい」と言う命令なのだ。
だからこそ、ユリコは黄色信号が点った時点でさっさと逃げを打つのが常で、それ故に作戦帰還率100%を誇っていたのだ。
そして、ユリコが逃げ帰ってきてからが、帝国軍にとっては本番。
ユリコを追ってくる敵を全力で足止めをしつつ、全軍挙げての後退防御での時間稼ぎをしつつ、ユリコを休ませながら、時には機体乗り換えや新型装備を持たせるなど、全力でフォローし、頃合いを見て、ユリコ共々一斉反撃に移る。
ユリコが関わった戦闘は毎回、そんな調子だったのだが。
相手をする側としては、たまった物ではない。
いきなり、最大限のパンチを食らって、尋常ならざる被害を受けた挙げ句、ようやっと反撃体制が整ったところで、さっさと逃げ帰られて、頭に血を上らせて迂闊に追った結果、散々振り回された上で、援護に出てきた帝国軍にゴリゴリ地味に戦力をすり減らされる。
そして、すっかり消耗した状態で、補給と支援を受けて元気になってパワーアップしたユリコを先頭に、わさっと四方八方から押し寄せる帝国軍の前に、為すすべなく粉砕……と言うのが常だった。
そして、その後退包囲戦術と言うべき戦術は、ユリコ抜きにしても普通に通じてしまい、帝国軍は、先制攻撃からの一斉後退防御、そして、然るべき後の戦力集中総反撃を基本戦術規範として、長々と伝え続けてきたのだった。
けれども、ハイパーモード化したデスサイズ・ドライを振り切るのは、白鳳Ⅲでも容易なことではなく、さすがに今回は一騎打ちだけに足止めや援護してくれる味方もいない。
ハルカ提督も白鳳Ⅲの背中を捉えると、怒りに任せたデスサイズの一撃を見舞う。
だが、ユリコは背中に目がついているように、絶妙なタイミングで振り返ると、真正面からその一撃平然と受け止める!
そのまま、空中でデスサイズ・ドライに押されるように、共々に天空彼方へと舞い上がっていく。
「甘い! 甘いっ! 生クリームのように甘いよ! そんな力任せの一撃なんて、風にそよぐ葦の如くふわっとサラッと受け流しーっ!」
「……くっそ! お前は後ろに目でも付いてるのか! おまけにタイミングを合わせて、勢いを殺すこと無く反転逆ブーストだと? 器用な真似を……だが、くそっ! さすがに吹かしすぎたか……。いよいよ……機体がオーバーヒート気味か……。まさか、これが狙いだったのか? 巧妙なっ!」
「まぁねぇ……真正面から、ハイパー化した機体とやり合うとか、危なっかしいしね。敵が押してきたら迷わず下がる……これがわたし達の戦い方なんだよ。少しくらい負けたって、最後に勝てばそれで良いってね! 今回の戦いだって、一緒だったじゃない」
「……そうだな。我々は常にお前達……帝国相手に勝利し続けてきた。そして、最後の一戦……たった1つの敗北で、敗者となることが確定してしまった……。何故、勝てない! 何故、この期に及んで貴様らが出てくるのだ! ユリコ……お前とゼロ! お前たちさえいなければ……」
「……だから、ハルカ提督たちは負けるんだよ。銀河を守るなんてお題目を掲げて、実際に生きてる人達から目を背けて、わたし達帝国に勝つことしか考えてない……。それがハルカ提督達なんじゃないの……? むしろ、要らなくね? そんなの……とぅわっと! わぁあああっ! ちょっとタンマ、タンマ!」
ハルカ提督の怒りに任せた至近距離からの粒子砲の乱射!
白兵戦レンジで飛び道具はないと油断していたユリコの「白鳳Ⅲ」の鼻っ面を掠める一撃に、さすがのユリコも慌てふためいて、下降軌道で距離を取る……。
「……クスノキ・ユリコォッ! お前にだけは! お前だけには否定されたくないっ! 我々は遊びで戦争やってんじゃないっ! お前はいつもそうだ……ヘラヘラと不真面目に、お気軽に戦場をかき回して、すべてを薙ぎ払う! そんなやり方がいつまでも通じると思うな!」
ハルカ提督の怒りを体現させたかのように、まるでシャワーのように、フローティングユニットから拡散粒子砲が放たれる。
だが、それすらもユリコは容易く回避し、デスサイズ・ドライへ迫り、すれ違いざまに抜刀し、一撃を加える。
……もっとも、その一撃をハルカ提督もデスサイズで受けとめると鍔迫り合いになる。
「……いい加減、機動パターンを読み切ったと思ったんだがな! ここに来てまだ上があるのかっ! 何だ今の動きは……あそこから更に反応速度を上げるのか!」
「いや、今のはびっくりしたよっ! でも、思ったよりも理性的みたいだね。ラースシンドローム罹患者ってもっとキレっぱなしのバーサーカーみたいになるって聞いてたけど、弾幕をかいくぐって、死角に回っての居合抜きをカウンターで受けるなんてヤルじゃん……キレたふりしたフェイクってとこ?」
「……これでも、必死で抑えてるんだよ。怒りに身を任せた所で君には絶対に届かない……私は明鏡止水の境地に達する程度には精神修行を積んでるからね。君との戦いを終わらせるまでは、理性を持たせてみせる……と言いたいところだが、あまり煽ってくれるなよ? 今もうっかり怒りに飲まれそうになってしまったよ……」
「まぁ、わたしとしてはどっちでもいいんだけど。で……釈明があるなら、聞くよ? こんななんの意味もない馬鹿げた戦いを起こして、帝国を滅ぼそうとした……。今の銀河宇宙は経済、情報、物資も何もかも全て帝国が支配してるようなもの……帝国が消えたら、銀河人類なんて滅亡まっしぐらってのは明らかじゃない。なんで……帝国の……わたし達の邪魔するの?」
「釈明だと? 邪魔をしただと? ははっ! それを私に言うのか! クスノキ・ユリコ! お前達こそ、銀河人類の異物ではないか! 全国民をマインド・コントロール下に敷き統制し、戦争と侵略行為を肯定し、際限なく増長する! ……そんな混沌と秩序が同居したような異様な専制国家が銀河の覇権を奪うだと! 馬鹿も休み休み言えっ!」
「まぁ、な、なんかさっきと言ってること違わない? カール……なんとかさんの理想の果てが帝国だって……そう言ってなかった?」
「ああ、確かにそう言った! だが、違う! 違うのだ! あの人が夢見た未来はこんなものではなかったはずなんだ! だからこそ、帝国は……滅ぶべきなのだ! これは……神の……いや、宇宙の意志なのだっ!」
もはや、何を言ってるのか解らないくらいだったが。
ハルカ提督もラースシンドロームの精神汚染の前に、半ば錯綜しており、凡そまともな精神状態ではなかった。
「はい、滅ぶとかお断りでーすっ! やりたきゃ、実力でどーぞ! っていうか、実際実力で挑んで、軽く負けてるじゃない! と言うか神の意志ってなにそれっ? 神様なんて何処にも居ない! こんなの宇宙時代の常識じゃないっ!」
「……そ、そうだ。この戦い……我々の負けだ。この戦いも単なる余興にすぎない……。そして、この宇宙に神は居なかった……。ああ、そんな事は百も承知だ!」
「さっきも言ったけど、ここで降伏するってのなら、受け入れる準備があるって言っとくよ? ラースシンドローム罹患者もコールドスリープ処置を施せば、症状の進行は止まるし、治療の可能性だって、将来的には充分ある……。ハルカ・アマカゼ……貴女には、この戦いを引き起こした責任を取ってもらう必要があるのよ……。まぁ、なんなら一度、記憶を書き換えて、VR世界で帝国臣民として生涯を過ごす体験でもしてみる? 絶対、楽しいって!」
その言葉を聞き入れたように、デスサイズ・ドライは唐突に退き、一息つくように動きを止める。
ユリコもちょうどいいインターバルとばかりに、一度距離を取って相対する。
まさに息ピッタリと言った様子で、お互い以心伝心の様相ではあった。
「ははっ……それが心からの善意の言葉だって解るんだよな……。君も大概だな……だが……面と向かってそう言われると、なんとも複雑だよ。本音を言うと私は君が羨ましい……。あのお方……ゼロ皇帝は君のすべてを許容する……相変わらずそうなんだろ? 無責任な立場で好き勝手やれるってのは、さぞ気持ちいいだろうな……」
「そだねー。だからこそ、私は皇帝陛下の剣であり、小難しいことなんて考えず、とにかく、とりあえず帝国の敵を討つ……帝国の守護者ってのはそんなものなのだよ。でもなんか知らないけど、わたしのやる事なす事、陛下は全て肯定するって断言してるんだよね……。でもまぁ、わたし的にはやり過ぎやら下手こいた事もあったけど、そこら辺まとめて許すの一言でおしまいだったし……。でも、そこら辺は昔からだと思ったよ?」
ハルカとしては、嫌味のつもりだったのだが。
ユリコにはまるで通じていなかったが、同時にゼロ皇帝の思いも理解したような気もしていた。
すべてを許容し、すべてを許し、すべてを理解する。
それは間違いなく愛されているというのだ。
ハルカ提督もそれを理解し、ゼロ皇帝は間違いなく苦労人なのだろうと、思わず同情すらしていた……。