第五十四話「激突ッ!」③
だが、ユリコはシールドの対空レーザーを乱射すると、それらを一気に迎撃し、弾幕に穴を開けると、木の葉が落ちるような降下機動で躱し切り、挙げ句に本命の不可視ミサイルをユリコはレールガン狙撃であっさり撃ち落とす!
そして、お返しとばかりに雷鳴のような鋭角的な上昇軌道で一気に「デスサイズ・ドライ」に迫った!
その様子を見て、ハルカ提督は驚愕する。
「なんで、120発の多弾頭ミサイルに紛れた不可視ミサイル弾頭を見切れるんだ! おまけになんだその機動力と反応速度はっ! くっ! この間合い……やらせるかーっ!」
堪らず、ハルカ提督も近接武装のデスサイズでユリコの渾身の一撃を受け止める。
ゼロ距離白兵戦……お互い、それを想定した上だったのだが。
先手を打ったことで、明らかにユリコ優位であった。
そして、武器の選定もユリコは巧妙だった。
レーザーや荷電粒子砲の熱破壊に耐える超高融点素材……300年も前に帝国はそれを実用化しており、それは当時よりも進化しており、必然的にコストも下がっていた。
もっとも、それを10mのヒートソードに仕立て上げると言う注文は、この時代の帝国軍の技術者にとっても結構な無茶振りだったのが、それでも彼らは無事にやり遂げていた。
もちろん、銀河守護艦隊側でも似たような素材は完成されては居たのだが。
超高熱で溶解しないと言う時点で、精製も加工も極めて難しい素材であり、せいぜい装甲材の表層コートや砲身素材として採用する程度で、こんな使い方はまるで想定していなかった。
デスサイド・ドライのデスサイズのプラズマ部では、当然のように質量の塊と言えるユリコのヒートソードを全く止めることも出来ず、その柄の部分で受けるのがやっとだった。
当然ながら、そんなものでは反撃もままならず、たちまち防戦一方となっていた。
デスサイド・ドライの方が倍近く大型故に、鍔迫り合いのパワー比べともなれば有利なはずだったが、ユリコもそんなものに持ち込むはずがなく、ゼロ距離で一撃当てて、回り込んで別の場所を狙いにいき、踊るように付かず離れずの攻防を繰り広げる。
ハルカ提督も明らかに、ユリコの勢いに圧倒されていた。
そして、続けざまに容赦なくコクピットやメインジェネレーターと言った致命傷となる部位目掛けて連続で突かれ、紙一重の回避の連続になってくると、たまらずハルカ提督も一気に降下し「白鳳Ⅲ」との距離を取る。
「……シンプルな実体剣かと思ったら、超耐熱素材ウラヌスⅤか……。天文学的なコストがかかる上に、加工も精錬も極めて難しい素材だと聞いているが。それをまるごと剣にするとか、君らは正気なのか?」
「……そうね。一本作るだけで、ものすごい予算がかかったって言ってたけど。そこら辺は帝国ですからねぇ……。それでも宇宙戦艦10隻程度のコストで、思ったより安く付いたって言ってたよ! 多分これが人型機動兵器の白兵戦用兵器の最適解じゃないかなぁ……」
要するに、ちょっとやそっとでは壊れない棍棒でぶん殴っているようなもので、そんなものが人型機動兵器の最適解と言っている時点で、ユリコも大概なのだが……。
こんなゼロ距離レンジでは、そのくらい雑な使い方が出来る武器こそ、もっとも信頼できると言うユリコの理屈もごもっともと言えなくもなかった。
……当然ながら、デスサイズ・ドライも無キズとは行かず、左側の脚部や背部のウェポンパックが破壊されており、ハルカ提督もすかさず、それらを投棄する。
当然ながら、機体の重量バランスも狂うのだが、その辺りは重力コントロールに補正を加えることでなんとでもなる。
故に、破壊された箇所は潔く投棄する……ハルカ提督もよく解っていた。
「……まったく、接近戦なら勝機があるかと思ったが。むしろ、こっちはまるで追いつかない……か。敵に回すとつくづく化け物だな……君ってヤツは! そして……今のでこちらの必殺の策も外したと言うことか」
ALマントで隠し持った背部のマルチプル多弾道ミサイルと、ほんの数発だけ混ぜ込んだ不可視の光学ステルスミサイル。
白兵戦を挑むと見せかけて、白兵戦レンジの直前で、飽和攻撃を放つ……これがハルカ提督の対ユリコ戦の切り札にして、必殺戦術だったのだが。
ユリコは、それすらもあっさり攻略してしまった。
「おっかしいなぁ……。今ので四肢断裂くらい持っていくつもりだったのに……。左足一本とウェポンラックかすっただけとか……。やっぱ、反応鈍いなぁ……これ」
「何を言ってるんだかな。思考制御システムでも、ギリギリ反応できる速度域なのに、それが鈍いなんて、君のポテンシャルはどれだけなんだ? と言うか、一体何と比較してるんだかね……」
「……軽く絶望した? けど、そんな事言ってるから、駄目なんだと思わない? こんなものでいいとか、これくらいでちょうどいい。そんな考えじゃ、戦争だって勝てない……だからこそ、ハルカ提督は追い詰められてる……そう思わない?」
「なんとでも言え! 際限なく兵器を進化させ、人間すらも兵器として扱う……。インテグラルの奴らと同様に、お前たち帝国はどうかしているっ! 黒船が消え、帰還者が滅び、平和な時代になったのだから、お前たちも少しは平和に馴染んで、微睡んでいればよかったのに……案の定、銀河の秩序を破壊し、侵略戦争を始め、宇宙に混沌を呼び出しているではないかっ! いつか言ったはずだ……お前たちはいつか銀河人類の脅威になるとな!」
「……うーん、わたし達も銀河人類だし、今や銀河の人口の三人に二人が帝国臣民なんだけど……。残り3分の1にとっての脅威って理由で、人類の敵扱いはどうかと思うよ? 銀河連合の基本は多数決って事らしいけど、そう言う事なら全銀河で投票でもしてみる? 多分、そっちが脅威だって結果になると思うけど?」
「くっ! そ、そうだ……そう言うことだ。銀河を席巻し、銀河連合を有名無実とし、圧倒的多数となる……! そんなものが……そんな現実が認められるものかよっ!」
……300年前の銀河総人口は凡そ1200億超だったのだが……。
今の銀河人口は900億と300年前と比較すると300億も目減りしているのだ。
なお、帝国は300年前の時点で色々あって、元々150億程度で銀河の一割強だったのが、戦乱のドサクサで250億になって、その後雪だるま式に国民が増えて、あっという間に500億近くになって、300年の間に更に100億ほど増えていて、今に至っていた。
300年前の時点で銀河連合諸国は1000億近くもの大人口を誇り、銀河人類の圧倒的主流派と言えたのだが……今の時代、銀河連合諸国の総人口はすでに300億を切っており、要するに、300年の間に銀河連合諸国はその人口を半減以下にまで減じさせていたのだ。
この300年の間に、戦乱や疫病による大量死が発生した訳でもなく。
なんとなく、年寄が増えていって、年寄りがよく死ぬように思えてきて、気が付いたら、人がまとめて消えて、幾つもの国々が消滅したり、吸収合併したりと……そんな有様だったのだが。
活力を失った人口減退社会というのは、そんなもので、過疎化の進んだ農村のように、ある日を境に空き家や荒れ畑が増えていって、最後には誰もいなくなってしまう。
ある程度成熟した社会は半ば必然的に少子高齢化すると言う事は、21世紀の頃に実証されていて、こうなったのは仕方がないことではあったのだが。
この流れにあがらうには、政府が強権でもって強引に流れを変える……そして、帝国のようにデザイナーベイビーのような遺伝子合成人間を大量に生み出して、社会システムに組み込む。
逆を言うとそこまでやらないと、人口と言うものはある程度で頭打ちになって、後は右肩下がりに減っていってしまうのだが……。
帝国は100年単位の長期視点による人口増加政策に長年多大なリソースを投入していた事で、300年間常に人口を増加させ、国力とその領域を増やしてきて、今や銀河の人口の2/3を占めるほどの最大勢力となっていた。
この少子高齢化と言う遅効性の毒のような社会問題に対し、無策でいた銀河連合諸国は今や老害ばかりがのさばるようになっており、それ故に状況は悪化の一途で、もはや時間の問題で消滅する……そんな有様となっていた。
「……うーん、それ? 別にわたしらは悪くないよね? 気が付いたら、銀河の多数派になってたってだけだし、少子高齢化なんてヤバい問題から目を背けて、場当たり的な年寄優遇政策とかやってるんじゃ、そうなるよ。そんなの黙ってみてたとか、ホント、政治的な問題には疎いよね……」
「だ、黙れっ! そもそも、何故我々がそこまで面倒見ないといけないのだ! そんな政治だの人口政策の問題など、我々軍人が面倒見れる訳がないだろ!」
「いや、面倒見るべきだったんじゃないかなぁ……。国家の守護者を名乗るからには、全部まとめて100年単位で気長に面倒見るくらいのつもりでないと。要所要所でスポットテコ入れとかやっても、結局一時凌ぎにしかならないんだよね……」
要するに、百年単位での国家戦略を考えること出来るものがいなくなった。
それが最盛期では、1200億の人口を数えた銀河連合の没落の理由ではあるのだが。
帝国もあの手この手で、銀河連合の力を100年単位の計で、削ぎ落としていっていたのだが……それ故に、その逆転劇は緩やかに……そして、確実になされていた。
「……黙れ! 何を偉そうに……貴様らが、銀河連合の超AIを狩ったから……! 銀河連合は保護者を失い、短絡的な考えしかできない無能な政治家共により、失敗に失敗を重ね……滅びに瀕しているのだ! どう考えても貴様らが悪い!」
「はいはい、解りましたよーだ。悪の帝国の悪の女王様で結構! さて、もう休ませてなんかやらないんだから! 次々ギア上げてくよ! くだらない愚痴を言ってる暇があるなら、わたしに追っついて見せてよ! こんなもんじゃ、全然物足りないよっ!」
そう言って、また空中で周囲をグルグルと軽快に駆け回りながら、ジリジリと距離を詰めて実剣で削って行く……ユリコはそんなやり方でデスサイズ・ドライを確実に追い込みつつあった。
「おのれ、好き放題言って! 帝国のやり方は際限なく拡張を続ける拡張主義そのものじゃないか! 実際、この銀河宇宙の人類生存領域は限りがあるんだ……お前達もいずれ限界を迎えるはずだ!」
「……まぁ、間違ってないよね。確かにエーテルロードの接続先星系はもう100年単位で新規星系が発見されてない……限界が見えたことで、帝国にも影が落ちてきてるのは事実みたいなんだよね……。でも、エーテル空間の外側には無限の宇宙が広がってるじゃない! 人類は……自らの可能性に蓋をしちゃいけないのよ!」
そのユリコの言葉にハルカ提督も動揺を見せ、手を止める。
そして、その隙を逃さずユリコが一気に踏み込んで、神速の突きを放つのだが、それすらもハルカ提督はデスサイズの柄だけで、真正面から受け止めてみせた。
「……うそ、今のを止めるんだ……さっすが、やるねっ!」
「冗談……ギリギリだったぞ。だが、待て! 今の言葉……どこで聞いた? あの人の言葉をなぜ君が?」
唐突に毒気も殺気も抜けたハルカ提督の言葉に、ユリコも思わず一歩下がって、構え直す。
ユリコの言葉が、彼女の琴線に触れたのは確かなようで、一瞬で怒りも殺気も霧散していた。
「なにって……。これ帝国じゃ普通の考え方なんだけどさ。強いて言えば、ずっと昔から伝わってる言葉……「人は自らの可能性を信じ、自らに蓋をせずに、どこまでも広がっていくべきだ。何故なら、この宇宙に果てなど存在しないのだから」……確か、こんな感じだったかな? 中学の頃、通信教育の銀河史の授業で習ったよ」
帝国の歴史観では、自分達は地球連合の末裔ではなく、早い段階で荒廃した地球と、無意味な争いを続ける地球人を見限って、誰よりも早くエーテル空間へ進出し、やがて惑星エスクロンにたどり着いた人々の末裔だという話になっていた。
なお、何があって地球と地球人を見限ったのかとか、どうやって木星のエーテル空間ゲートを真っ先に見つけたのかとかは、そこは伝わってないので、誰もその辺りの経緯は解っていない。
そこは、預言者と呼ばれる偉大なる人物の導きによって……と言った曖昧な表現でボカされていたのだが。
その預言者の言葉として、ユリコの言葉は帝国の人々にとっては有名なものだった。