第五十四話「激突ッ!」②
「おおっ! いいねぇっ! ガチンコ決戦仕様じゃないの……相手にとって不足なし! まぁ、そう来ると思ってこっちもガチンコ決戦仕様にしたんだからね。これであっちは逃げ待ちスナイプ仕様とかだったら、ちょっとタンマって言って、出直すところだったよぉ……」
「戦場でちょっとタンマで出直しって……そんな事やってるから、私達が死ぬ気になってフォローに奔走したり、陛下が心労で卒倒しかけたりするんですよ……。まぁ、いいんですけどぉ……。えっと敵機……機体識別コード名「デスサイズ・ドライ」とのこと、なんと言うか、敵艦隊上空なのに対空砲火ゼロで、全艦、全機、IFFタグ垂れ流しとか、正々堂々も良いところですね。おっと、おまけに通信要請まで……つなぎます? 決戦前のご挨拶ってところですかね……。一応、オープンプロトコルですが、攻勢電子ウイルスの仕込みの可能性もありますので、念のため電子フィルタリング処理を行いますね」
「さすがに、この期に及んでそんな狡い真似はしないでしょ。何と言っても一騎討ちの前に、名乗り合いはお約束だしね! 要請受領……顔合わせるのも250年ぶりくらい? 同窓会気分って、こんなかな? わくわくっ!」
「せめて、緊張感くらい持ちましょうよ。向こうはユーリィと違って、絶対マジなんだろうから、あんまりヘラヘラしてると相手に失礼ですよ? どうぞ、回線繋がってます」
デスサイズ・ドライとの通信回線接続。
けれども、接続先モニターは「No Image」の表示だった。
「おりょ……映像来てないよ? ハルカ提督、ここはお互い顔見せて、名乗り合いくらいする場面でしょ! せっかくだから、お約束くらい守ろうよっ!」
「……すまないな。もはや、私は人様にお見せ出来るような姿ではないから、映像なしで失礼させて頂く。クスノキ・ユリコ……実に久しぶりだね。まさか、生きて君と再会し、殺し合う日が来るとは思ってなかったよ……」
「……そう? 私はいつかこう言う日が来ると思ってたよ。その程度には、ハルカ提督の理念はわたし達にとっては、相容れない思想だったからね……。アマテラス主義だっけ? あれって……うちには絶望的に合わないのよね……。むしろ、300年間良く激突しなかったって思うよ」
「そもそも、この銀河で身内争いなんてやってられるほど、余裕なんてなかったからね……。君達が安寧に平和を貪ってきた裏で、我々が人知れずどんな敵と戦ってきたか……君は知るまい?」
「銀河守護艦隊の活動って、情報公開してなかったし、徹底した秘密主義だったから、わたしらにも知りよう無かったからねぇ……。と言うか、帝国が平和を貪ってたって、その言い方は無いと思うよ……。それ言ったら、帝国が銀河外周部でどれだけ帰還者の残党と戦ってきたか知らないでしょ? うちもいちいち、情報公開なんてしてないしね……要はお互い様! 恩着せがましく、調子のいいこと言わないでくれる?」
「……ああ、恩なぞ着せる気もない。この話はこれで終わりだ……。さて、すでにこちらも君を射程に捉えた。おしゃべりも程々にして始めようか! 私は1000年前から人類のために戦い続けてきた生粋の戦士であり、君の大先輩だ……先手くらい譲ってやろうじゃないか!」
「ぶーっ! 上から目線とか舐めないでくれます? んじゃ、お言葉に甘えて、とりあえず、これは名刺代わりよっ! 受け取って!」
その言葉とともに誘導型レールガン弾頭が立て続けに放たれる。
もっとも、ハルカ提督のデスサイズ・ドライはそれを軽く回避し、すかさずカウンターの荷電粒子砲を放つっ!
けれども、ユリコはそれを微動だにせずにまっすぐ前進を続け、その一撃はまるで見当違いとなり、随分と離れた所を粒子砲の残滓が通り抜けていった。
ハルカ提督もカウンターの牽制射を放ち、減速したところを偏差射撃で当てるつもりだったのだが、ユリコは、カウンターの時点でその意図を察して、相対位置と速度を一切動かさないという選択を取ったのだ。
そして、ハルカ提督も再照準の上で再度砲撃を放ったのだが、撃った瞬間にはすでに白鳳Ⅲはハルカ提督のレティクルからは、消え去っていた。
傍目には一見地味で、ハルカ提督が立て続けに外したようにしか見えないのだが。
実際は、恐ろしく高度かつ、熾烈な読み合いの末の結果だった。
「やれやれ、必殺のフェイントだったのに、かすりもしない……か。そして、相変わらずの勘の良さ。帝国史上最強の戦士……そして、その力の源泉……か。ふふっ、私が相対しているのは、帝国そのもの……という事か。あまりに強大に過ぎるな……その力っ!」
「と言うか、銀河連合が雑魚すぎるんじゃない? 保護者が居ないと死んじゃいますって、どんなお子様よ! その点、うちなんて300年間、守護者たるわたし達なんて一度もお呼ばれなし! 保護者なんていなくても、何ら問題なかった……ハルカ提督が要らないちょっかいさえ出さなかったら、ラースシンドロームだって独力でなんとかしてたと思うよ!」
「……はっ! 戯言を……貴様ら帝国はそんな事を言って、百億もの銀河連合の民を虐殺したのではないか! あれは紛れもないジェノサイドだ……それを潰すのは紛れもなく正義だ!」
「な、なんか知らないうちにカウント増えてるし! それ絶対うちの国民の犠牲者数も足してない? 言ってること、意味解んなくない?」
「……貴様ら帝国が犠牲にした人々の総数だ……間違ってはいまい! それとも、自分達の国の人々の犠牲は、ノーカンだとでも言うのか? 敢えて言おう……貴様ら帝国は屍で舗装された地獄への道を突き進む……そんな愚か者共の集まりなのだ!」
「ああっ! もうっ! まだそんな事言ってるの! 信じられない……この石頭のバッキャローッ! こっちが愚か者なら、そっちは石頭の懐古主義のポンポコピーなんだからっ!」
「い、石頭とはなんだ! そもそも、ポンポコピーってなんなんだそれは! 悪口なのか!」
「しーらないっ! でも、言われるとなんかムカつくっしょ? そこのポンポコピーなハルカちゃん! んな、グダグダ吠えてばかり居ないで、もっと果敢に突っ込んできなさい! カモーンッ!」
「ああ、意味は全然解らんが……小馬鹿にされているのは解る。と言うか、さっきから逃げてるのはそっちだろ! いきなり、それかっ! いいから、真面目に戦えっ!」
ハルカ提督はこう言っているが……始まって早々のユリコの変態機動にハルカ提督のデスサイズ・ドライが全く追従できいないだけの話で、ユリコが逃げ回っているのではなく、単に翻弄されているだけなのだ。
もっとも……傍から見たら、確かにユリコがうろちょろと逃げ回っているようにも見えるのだが。
相手の間合いを外しながら、まともに射撃ポジションすら取らせない時点で、どうみてもユリコのほうが上手だった。
「この化け物が……っ! こうなったら、意地でも当てて見せるっ! いくぞっ! グラビティターンッ!」
ハルカ提督が絶叫すると、上昇下降を繰り返し、猛烈に加速した上で鋭角的な機動で強引にショートカットすると、ユリコの機動を超えるほどの急速ターンの連続で一気に間合いを詰めていく!
「おおっ! アクロバットターン! でも、化け物とはなによーっ! この1000歳超えの仙人おばあちゃんっ!」
「おまっ! いくら事実だからって、それだけは言っちゃいけないだろ! それ言ったら、お前だって、300歳超えの妖怪だろうが! この戦争バカの妖怪ウォーモンガーがっ!」
罵声を浴びせ合いながら、付かず離れずと言った距離で、複雑な軌跡を絡み合わせながら、撃ち合いを続ける二人。
どちらも当てられるなんて思ってもいないが。
先に弾が切れた方が不利になるし、どちらも必殺の念を込めて、あわよくば撃墜するべく撃ち合っていた。
本来、話などしている余裕などないはずだったが。
二人は平然と言い争いながら、撃ち合いを続けていた。
「誰がウォーモンガーよっ! って……ごめん、それってどういう意味だっけ?」
……戦闘の真っ最中のこの一言に、その会話をモニターし、固唾を飲んで見守っていた人々の誰もが脱力する。
だが、それはもちろん、対戦相手も同様だった……。
「はぁっ? それはまさか、私に聞いてるのか? ああもうっ! そんな事はどうでもいいだろっ! 誰でもいいから、この子に教えてやってくれよ……! ったく、こんな調子じゃやってられんぞ! なんなんだ……お前は! ええい……仕切り直しだっ!」
そう言って「デスサイズ・ドライ」のブースターが点火し、急速に距離を離すと、ユリコも合わせて一旦距離を取る。
見かねたフランが「戦闘狂」と書いてウォーモンガーと読むとユリコに伝えると、やっと通じたみたいで、ユリコも今更ながら憤慨し始める。
「ひっどーいっ! それって絶対女子に言うような罵声じゃないよね! それ言ったら、ハルカ提督も同類じゃん! このうぉーもんげーっ!」
「……もんげーってなんだよ。ウォー・モ・ン・ガーだっ! ま、まぁ……確かに、私も同類なのは認めるけどな……。はははっ! 実際、今のはなかなか楽しかっただろう? 私も今……この瞬間も感じている君の本気の殺意と、ギリギリの刹那の攻防が楽しくてならない! どうだっ! ここがお互い最終ステージ! まさに最高の晴れ舞台じゃないかっ!」
「た、確かにそうだねっ! このゾクゾク、キュンキュンする感覚……久しぶりかもっ! うんうんっ! ハルカ提督も本気でわたしを殺す気なんだね……いつかのあの人みたいにっ! ふふっ……ふふふふっ! うん、この本気の殺意……いいねぇ! 確かに最高かもっ! ハルカ提督もキュンキュンしてる?」
そう言って楽しそうに笑うユリコ。
「ああ……そこはお互い様だろう。まさに、この瞬間……魂が痺れるっ! この全身の震えも恐怖故のものではなく……紛れもなく歓喜だっ! 君の本気の殺意……ああ、これはもう前代未聞の鋭さだっ! だが、むしろ楽しくていけないな……いや、最高の気分だなっ!」
そんなユリコに対し、まるで旧友と語らうように、ハルカ提督も心からと言った笑い声で応える。
「うん! これ最高だねぇっ! いやはや、いい加減衰えてるっぽいから秒殺かと思ったら、戦闘中にギア上げてくるなんて……さっすが! ハルカ提督!」
言いながら、交差軌道で立て続けにレールガンを放つユリコ!
そして、すれ違いざまに至近距離で放たれたそれを軽く躱し、一気に下降しながらも、振り向きざまに牽制射を放つハルカ提督!
「……剣を交え、殺し合いながらも、心の底から楽しそうに笑い合う……か。いつぞやの君がそうだったな……。そしてあの時……こんな風に互いの生命を燃やし合い、本気で殺し合う君たちが羨ましくてならなかった! ああ、いいな……実に良い! ツクヨ提督……ようやっと、君に並び立てた! そうだな……こんな人類最強レベルの強者と戦い己の生命を燃やし尽くす……確かにこれは、戦士としては本懐だっ! だからこそ、君達は最後の最後まで笑っていたのだな……」
「ふふふっ! それはお互い様だねぇ……。ツクヨ提督……ふふっ! 確かに、この感覚久しぶり……あああっ! もうっ! 生きてるって素晴らしいねっ! さっきはああ言ったけど、また会えて良かったーっ!」
まるで旧友同士の再会……事実そうであるのだが。
二人の間には、一切の容赦も手加減もない、必殺の砲弾が飛び交っていたのだが……もはや完全に二人の世界に突入していた。
「まったく、こんな距離を取って撃ち合ってても埒が明かないか……。まぁ、当然の話か……だが、こちらもあまり時間がない。悪いけど、ちょっと派手にやらせてもらうよ! 簡単に落ちてくれるなよ!」
そう言うなり、ALマントの裏に隠していた多弾頭誘導弾ポッドから、凄まじい数の光学誘導弾が放たれる。
それらは複雑な軌道を取り、あっという間に100発以上の弾頭に分裂し、容赦なく「白鳳Ⅲ」に襲いかかる!