第五十四話「激突ッ!」①
「……これが「白鳳Ⅱ」のスペックデータ……。ねぇ、これはホントに人類の乗り物なの? ジェネレーター出力なんて軽くうちらスターシスターズの戦艦クラス……いや、それ以上よね?」
「だよねぇ? 技術者の人達からもこんなもん再現できるか! って怒られちゃった……」
対消滅反応リアクターは出来ないのではなく、割に合わない。
対消滅反応の制御とは、それほどまでに難易度が高く、今の帝国でもほんの僅かな分子レベルの大きさの反物質を生成し、ごく小さな対消滅反応を実験室レベルで再現できる……その程度なのだ。
それが今の最新技術の限界で、そんなものをジェネレーターとして、機動兵器に搭載するとか何の冗談と言うのが、この時代の技術者達の見解ではあったのだが。
反物質と通常物質のいずれとも対消滅反応を起こさない中性物質ニュートロニウム……それを安定化精製する事が可能だと言う事実は、アスカが言っていたように極めて大きな事実だったのだ。
対消滅反応を御すべく日々奮闘を続けながらも、その終わりの見えない戦いに……半ば諦めの境地に陥っていた技術者や研究員達も、中性物質……安定化ニュートロニウムを再現すると言う明確な方向性が出来たことで、大いに盛り上がりを見せており、近い将来対消滅反応炉の実用化も不可能ではない……そんな機運が生まれてきていたのだ。
「うぇ……これって、まさかのニュートロン対消滅反応炉? うわぁ……私達でもそんなの作れてないのに……。実物がこの世に存在するんだ……。なんかもう、とんでもないね! そっか……そうなると、例の第三航路を本気で切り開くって話も本当なんだね……。その……16万光年彼方で、アスカ陛下がラースシンドローム相手に戦ってて、おまけに新たなるエネルギー革命すらも起こしうる可能性もある……そりゃ、誰も君らを止められないわ。でも、そうなると、いよいよ私達の時代も終わりってことよね……」
「まぁ、そう言わないでよ。実際の所、祥鳳さん達スターシスターズの出番もまだまだありそうだしさ。じゃ、そろそろ戦闘エリアに入ったから、後はもう黙って観戦してて! 終わったら、永友提督のスペシャルご飯でも食べながら、皆でゆっくりとお話しようっ!」
「ん、解った……あと、初霜ちゃんから伝言。「出番なしって事で、ストレスがマッハだし、いつぞやかの借りを返したいので、あとで実弾演習にでも付き合ってください!」だって……。あの子、まだあの時のこと……根に持ってたんだ」
初霜相手の実弾演習……それはユリコにとっても普通に命がけで、出来ることならあまりやりたくなかったが。
初霜にとっては、演習で数少ない黒星を付けた相手がこのユリコなのだ。
彼女は、未だにその時の敗北を根に持っていたし、いつかリベンジを……くらいのことは思っていたようだった。
「あはは……まぁ、そこは気が向いたらって事で! その前に一緒にスイーツ巡りでもしようって言っといて! あ、フランちゃんも一緒どう?」
「……はいはい。そうですね……これ終わったら、有機義体に意識転送して、久しぶりにユリコちゃんとデートでもしますかね! と言うか、そろそろマジになってもらえませんかね? まもなく敵艦隊防空圏内ですよ。すごっ! レーザー照準の槍衾って感じだけど、ここで、当ててくるおマヌケさんは流石に居ないようですわね……」
搭載AIならぬ、コパイロットのフランセスから返答。
なお、彼女はユリコ同様、帝国永世近衛騎士の一人で、ユリコ同様のデータ生命体と化しており、今回のユリコの出陣に同行していた。
もっとも、今回はあくまで機体運用の補佐としての役割ではあった。
なにぶん「白鳳Ⅲ」も本来一人乗りのスタンドアロン機として設計されていたのだが、隔世レベルの差異のある「白鳳Ⅱ」に少しでも近づけるために、極めてピーキーな設計になっており、一般的な戦闘支援AIではとても機体性能を引き出しきれないと言う難儀な機体として仕上がっていた。
それが可能なAIとしては、長年ユリコの補佐を務めたエルトラン卿がいたのだが。
あいにく彼女は、無人艦隊の引率役として、艦隊指揮に回る事になっており、その役目を果たせそうになかった。
なにぶん、ハルカ提督の電子攻撃に対抗するとなると、桁違いの情報量と経験値を持つ古参AIでもないととても対抗できないと想定され、それを可能とするエルトランのような歴戦の最古参クラスともなると、帝国でも数えるほどしか居ないのだ。
それ故に、エルトランは同じく歴戦の猛者……オーキッド卿と同様に、2つの作戦グループの指揮を取りながら、遊撃艦隊の殲滅に当たっており、ユリコの補佐に回れるような余裕はなかった。
そこで、補佐として、ユリコの操縦の癖を知り尽くしていてかつ、ユリコクラスの腕利きパイロットが必要……という事となり、ユリコとエレメントを組める程の腕利きであり、「白鳳Ⅲ」のテストパイロットでもあった帝国永世騎士の一人フランセスの出番となったのだ。
ユリコのように有機素体に意識転送するのではなく「白鳳Ⅲ」自体に意識転送することで、コパイロットとして搭乗しており、出番としてはむしろ、戦いが終わった後のフォロー役を果たすようにゼロ皇帝からも命じられていた。
現実世界の身体に一切こだわらない……この辺りはアキ同様、彼女もデータ生命体故にハードウェアとしての身体があっても、無駄が多いだけだと割り切っており、当たり前のようにそれを受け入れていた。
「了解したよ! なんだか、あんまりにも静かだから、すっかりお気楽になってたよ。ところで、向こうはなんて言ってるの? めっちゃ大人しくない?」
「……敵艦隊からは、全艦待機命令厳守中に付き、むやみに近づいたり、撃って来たりしないように要請が来ていますわ。自衛行動以外の行動は、プライマリーコードにより禁じられているとのことです。ついでながら、戦艦大和より暗号化通信にて入電……いつでも後ろから撃てるから、気軽に命じてくれて構わない……とのことです」
「……オッケ! 皆、一騎討ちの邪魔はしないってことね。大和さんには、ここで裏切りとかなんか感じ悪いから、もう黙って見ててって言っといて」
「まぁ……そうですよね。この状況では私も含めて、余計な手出しはむしろ不要でしょう」
「……しっかし、ハルカ提督も大仰なのを出してきたね。フランちゃん、スペックデータ解析、出来てる?」
「……20m級の大型人型機動兵器。データベースに無い機体ですし、スターシスターズはあんな人型機動兵器は使いませんからね。恐らくワンオフ機……スペックは悪くないみたいですわね。精密重力制御の白兵戦仕様機のようですわ。図体が大きいから、機動力ではこちらが上でしょうが。火力やパワーは向こうが上……もっとも、ジェネレーターは従来型の常温核融合炉と蓄電セルの組み合わせ。目新しかったり、化け物ってほどじゃない……要するに見た目の大仰さの割に、堅実で面白みのない機体ですわね」
「デスサイズ・ドライ」
銀河守護艦隊の持つ技術の粋を集めた人型機動兵器で、帝国のナイトボーダー戦を想定した機体であり、以前の帝国軍のナイトボーダーであれば、まるで勝負にならない程の高性能機で、ハルカ提督の専用機だった。
もっとも、ハルカ提督自身が最前線で、戦うようなケースは今まで一切なく、高性能と言ってもあくまで、今の銀河の水準での話で、機体自体はAI設計による堅実かつ、無難な設計となっているのだが……白鳳Ⅲのような怪物という訳ではなかった。。
もっとも、急造機で、限りなく実験機レベルの白鳳Ⅲよりも完成度としては上だと思ってよかった。
そして、対するユリコの「白鳳Ⅲ」
……白い四角錐を複雑に組み合わせたような鋭角的なデザインの細身の機体だった。
見た目からして、機動力重視の機体なのだが、ユリコが「白鳳Ⅱ」の圧倒的な高レスポンスに触れた事で、その点に強いこだわりを見せた結果、質量軽減の為、極力軽く作られた結果、こうなった。
構造的にも酷くデリケートな機体で、高価な軽量高強度素材や一品物のワンオフパーツもふんだんに使った被弾どころか、一戦するだけで、オーバーホールが必要になるほどには脆く繊細な機体なのだが。
当たらなければどうと言うことはない……そして、一戦持てば十分。
……ユリコ自身がそう言う考え方の持ち主で、ワンオフスペシャル機である以上、量産機と違ってメンテナンス性や量産性やコスパなど度外視で良く、そこは問題にしていなかった。
基本的にユリコにとっては、戦闘中に致命的レベルの問題が起きなければ、どうと言うことはなく、実験機レベルの機体での実戦も別に始めてではなく、そこは気にもとめていなかったし、恐らく白鳳Ⅲはこの一戦で確実にスクラップになるだろうと、予想はしていた。
なお、たかが機動兵器一機なのに、その投入予算は軍神ユリコの専用機と言う事で、技術者達も大いに奮起し、コスト度外視で今の技術で可能な銀河最強のナイトボーダーを完成させるという目標で作られた事で、そのコストは宇宙戦艦が100隻は作れるほどにまで膨れ上がっており、平時では考えられないほどには、贅沢な機体だったのだが……。
軍神ユーリィ専用機の開発と言う事で、あっさりその膨大な予算承認は降り、開発リソースもこれでもかと言うほどに、景気よく注ぎ込まれており、まさに帝国軍の総力を結集した機体となっていた。
なお、ユリコ自体は一ヶ月近く眠っていたことで、最初にざっくりとしたリクエストを出した程度で、出撃前のダメだしくらいしか開発に携わってはいないのだが。
白鳳Ⅲのテストパイロット役はフランが努めており、ユリコの好みを知り尽くしている彼女が開発陣が泣きを入れてくるほどに、徹底して調整させたので、ユリコとしてもそれなりに満足が行く機体に仕上がっていた。
なお、武装はボードシールドと実剣と呼ばれる高融点金属素材製の10m近くある長剣と120mm口径のロングバレルアサルトタイプレールガンのみと言う割り切った仕様だった。
ボードシールド自体にも一応、自動迎撃レーザーくらいはあるのだが、それ以外の武装は搭載していない。
シールド自体も惑星大気圏降下までは想定しておらず、本来のボードシールドと比較すると装甲も薄く、耐久性も高いとは言えなかった。
もっとも、未来予知能力持ちのユリコを射撃戦で落とすのは、ほぼ不可能と言えるので、この紙装甲仕様は間違いなく最適解だった。
ユリコの基本は撃たれるよりも早く動く事で必ず回避する……なのだ。
要するに、相手がどんなに狙い澄ませて、その機動を予測しきっていたとしても、撃った時点ですでに当たらない事が確定する。
何とも理不尽な話だが。
ユリコの持つ未来予知能力とはそう言うもので、彼女が見た未来が現実となるのだ。
そして、未来を確定するのはユリコ自身なので、都合が悪い未来が見えたなら、それを行動により都合の良い未来に書き換えてしまう事も容易だった。
だからこそ、彼女はいついかなる戦いからも生還し、彼女と相対した敵は確実に滅ぼされるのだ。
ハルカ提督もそれは承知で、ユリコに一撃を当てられる可能性があるとすれば、彼女の未来予知を上回るほどの速度域……白兵戦レンジでの攻防でのみ勝機があると考えていた。
そして、その辺りもユリコも同様だった。
相手が白兵戦レンジで挑んで来るとなると、同様に白兵戦で応じないと絶対に勝てない。
これは過去の戦訓でもあるのだが。
何よりも、ハルカ提督は1000年もの長き時の幾多の戦場を超えてきた人類最古の歴戦の戦士と呼ぶべき古強者であり、戦士の勘とでも言うべきもので、ユリコの予知能力にすら対抗しうる……それは過去の戦いでも実証されていた。
つまり、双方射撃戦で決着が付くとは考えておらず、近接白兵戦に勝負をかける……。
だからこそ、ユリコも極限まで機体を軽量化する為に武装を実剣一本と、気持ち程度のレールガンに絞っていたのだった。
対するハルカ提督の「デスサイズ・ドライ」も同様で、彼女も相手がユリコだと想定し、始めから近接白兵戦以外は潔く捨てていた。
「デスサイズ・ドライ」も20m級の大型機ではあるのだが、同様に徹底して軽量化を施した機体で、その武器も死神の鎌を模したプラズマブレイドと呼ばれる白兵戦武器一本と、制御球と呼ばれる重力制御システムの内蔵電磁シールドとその固定武装の全周型プラズマキャノン程度だった。
……奇しくも図ったように、同じようなコンセプトの機体同士の戦いになったのだが。
それは双方、相手に勝つと言う目的のために、同じような発想に至った……それだけの話だった。