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第五十三話「提督の決断」③

「ところで、N提督もしばらく会わないうちにすっかり、老け込んでしまってません? なんだか、見るからに、すっかりおじいさんみたいになってますよね?」


 彼女の言葉にモニターの向こうのN提督は苦笑するとガックリ項垂れる。


「相変わらず、はっきりモノを言う子だね……君は。でも確かにそうだね。私も時々休眠を挟みながらももう三百年は生きている。昔の頃のような情熱も気概もすっかり色褪せてしまったし、時々酷く無気力になってしまう事もあるし、昔の記憶もなんだか怪しくなってきてる。君の言う通り、私もすっかり老人みたいになってしまったのだよ。でも、同じ不死者となった君達が、昔と変わってないのは、どう言うことなのだろうね?」


「……苦労ばっかりしてたからじゃないですかね。だから、気張り過ぎだったんですよ。せっかくだから、N提督も少しお休みして、どこかの地上世界の市街地で、こじんまりとしたスイーツ屋さんでも開いてみてはどうでしょう? そうなったら、私……週三くらいで通いますよっ! もうねっ! 大繁盛確実で大行列出来てぇ……二時間、三時間待ちとかそんなになりますって! と言うか、いい加減、昔みたいに普通にナガトモ提督って呼んでいいですか? なんで、こんなコードネームみたいな呼び方に拘ってるんです?」


 その言葉を聞いたN提督は膝を打って大笑いを始める。


「……はははっ! そりゃいいな! まったく、本当に君は変わってないんだなぁ……こんな時でもお気楽そのもの! それにナガトモ提督か……考えてみたら、その名で呼ばれたのも久しぶりだ。そうだね……君の前では、こんな無粋なものはもう要らないか」


 そう言って、N提督ことナガトモ提督が、目元を隠していたバイザーを取るのだが。

 バイザーの下から出て来たのは、どこにでも居そうな少し疲れた顔をした目の細い壮年の男だった。


 銀河守護艦隊の重鎮、最強艦隊の指揮官と言う勇名に似つかわしくないあまりに普通のおじさんだった。


「ふふっ、変わってないですねぇ……。でも、髪が白くなって、薄くなった? 昔はもっと頭、フサフサしてましたよね?」


「ユ、ユリコくん? そう言う事は気づいても言わないのっ! まったく、若い子に言われると結構堪えるんだぞ? まぁ、人間年をとるとこんなものさ……」


「……んー。あんま言いたくないけど、わたしも一応、実年齢とか言ったら、軽く300歳とかなっちゃうから若くは無いと思いますよ。そもそも、わたしらって外観とか別になんとでもなるじゃないですか。ゼロ皇帝も20代の頃の姿にしてるし、わたしも見ての通り、ピチピチの10代の頃にしちゃってますよ。いやぁ、惑星クオンでの高校生生活……めっちゃ楽しかったし、今となっては懐かしい思い出ですよ」


 ……今でこそ、帝国の軍神のような扱いのユリコであるが。

 彼女もかつて、300年前はごく普通の高校生達に混じって、女子校での青春時代を過ごした事があるのだ。


 ほんの数年足らずの本当に平凡な取るに足らない日々……少なくとも彼女はそう思ってはいるのだが……。


 その後の彼女の人生の非凡さから見たら、確かに平凡な毎日ではあったのだが、一般的な観点だと、どこが平凡? と聞き返したくなるような日々ではあった。

 

 だが、それ故に、彼女にとってはそのほんの数年間の思い出は、大切な思い出であり、決して忘れ得ぬ記憶であり、その記憶が今の彼女を形作っているのも事実だった。


 と言うよりも、今のユリコの原点とも言うべき日々が、その女子高生時代の日々であり、彼女自身も過酷な戦いの最中で、幾度となく自我崩壊を起こしながらも、その度に精神をその原点まで巻き戻すことで、正気を維持していたのだ。


 だからこそ、彼女はこんなにも無邪気であり、当たり前のように自らの抱える矛盾をも許容できるのだ。


「惑星クオンか……何もかもが懐かしい。あの広い青空の下で、直火で鍋を振るい君達の心からの笑顔を見た……。戦場に生きる事になった私にとっても、アレはとても貴重で眩しい時間だったよ。あの時間を共にした人達ももう時間の彼方へ消えてしまった……。そう思っていたんだがな……君は何も変わっちゃいなかった。ああ、君と戦わずに済んだことを心から嬉しく思うよ」


「じゃあ、この戦いが終わったら、どこかの惑星に降りて、美味しいご飯作ってください! わーい、楽しみーっ!」


「そうだね……。私も久しぶりに鉄鍋を振りたくなってきたよ。この戦いが終わったらとか、死亡フラグみたいだけど、それは実にいいっ! ああ、久々にどこかの惑星に降りて、直火で思う存分料理でも振る舞ってみるか……。皆も喜ぶだろう!」


「おっしゃ! 約束ですよ? と言うか、ナガトモ提督も身体自体は有機素体なんだから、経年劣化に任せて、そんな老け込んだ姿にしなくても、義体換装して、いっそ若かりし頃……20代くらいの姿にでもなってみればいいんじゃないですかね。絶対、女子にはモテモテですよ!」


「……君達、帝国の人間は身体改造も、老化遅延も当たり前のようにやっているんだったね。だからこそ、君は不死不滅の存在になっても、そんな女子高生の頃の姿のままで、中身も昔とほとんど変わってない……。つまり、ユリコ君はいつまで経ってもユリコ君って事なんだね」


「良く解んないけど、多分1000年経ってもわたしはわたしだと思うな。昔から、あんまり難しく考えないようにしてるし、自分で言うのも何だけど、相当ヘビーな人生送ってるって自信はあるかなぁ……」


「……そうか。キミを見てると疲れたとか言ってる自分が情けなくなるね。ああ、そうだともっ! 私は宇宙最高の紳士の中の紳士! N提督改め、永友魁一郎なのだっ! 美少女愛、すなわちそれは紳士道っ!! ふふふっ、永らく忘れていたけど、それでこそ私なのだからな! ええいっ! 年寄りキャラなどもう廃止でいいさ! 銀河に平和と食の革命……そして美少女に愛をっ! んんーっ! ちょっと燃えてきたよーっ!」


「おお、良く解んないけど、元気になりましたね!」


「ああ、ここは笑って君を送り出す……そう言う場面だったな! ハルカくんの事は気にしないでいい。後のことは、この私がなんとでもしよう。この無意味な戦いに……終止符を打ってくれっ! ……きっと、彼女もそれを望んているだろう」


「……そうですね。向こうもその気みたいですし……。ほぅほぅ、律儀に人型機動兵器で一騎討ちってところかな。ならば、これに応えてこそ、武人の誉っ! と言うか、ラストバトルはこうでなくちゃっ! じゃ、ナガトモ提督……行ってきます! この様子だと敵の主力艦隊も手出し無用で見守る構えみたいですよ。良かったですね! お仲間と相討つとかそんな展開にならなくて……」


「そうだね……。これは、ハルカくんの最後に残った良心なのかもしれない。ああ……そうだ。もしも彼女が降伏の意思を伝えてくるようだったら、受け入れてやってくれると嬉しい」


 ……永友提督らしい言葉に、ユリコもどう返答すべきか迷うのだが。

 その可能性は恐らく皆無だろうと、さすがのユリコもそこは良く解っていた。


 彼女なりの直感で、ハルカ提督が一騎打ちに応じてくれたのは、いわば介錯を求めているのだと、悟っていたのだ。


 だからこそ、この一戦……一切の手加減無用で、容赦なくハルカ提督を仕留める心積もりだったのだが……。


「……可能な限り……そうとしか応えられませんね。それでは、お見送りに感謝します。祥鳳さん……すでに所定の位置に着きましたので、発艦シーケンス最終段階……よろしくお願いします」


「祥鳳了解。「白鳳Ⅲ」発艦シーケンス最終段階に入ります。ジェネレーター出力規定電圧に到達……電磁カタパルト固定完了……カウントダウン開始。あの……ユリコさん」


「なんです? 祥鳳さん……いきなり、内緒話モードなんて……」


 秘匿個人回線通信……要は内緒話をしたいとそう言う意味だった。


「ユリコちゃん……提督は、ああ言ってましたけど……。ハルカ提督の状態は私も知ってます。悲しいことですが、彼女はもう取り返しがつかない所にいます。戦場では迷いも情け容赦も不要です。だからこそ存分に……最後の戦いを……っ!」


 祥鳳が危惧したのは、ナガトモ提督がこの期に及んで、ハルカ提督の助命を願っていた事だった。

 けれど、祥鳳はそう言う迷いが致命的な結果を生みかねないと知っていて、それ故にユリコに迷うなと告げたのだ。


 もっとも、それは杞憂だった。


「……委細承知。なんにせよ、手加減なしで本気でやる事には変わりないよ。では、クスノキ・ユリコ! 推して参るっ!」


 空母祥鳳の電磁カタパルトより、大気圏内飛行ユニットを接続した白いナイトボーダー「白鳳Ⅲ」が射出される。


 なお、護衛機は無し。

 と言うよりも、「白鳳Ⅲ」がカタパルトから射出されるなり、とんでもない勢いで急上昇していってしまったので、祥鳳の艦載機群があっさり振り切られてしまったのだ。


「ユリコちゃん! うちの子達が置いてけぼりになってるーっ! 敵艦隊上空単機駆けとか、心臓に悪いから、せめてうちの子達を護衛なり弾除けにーっ!」


「大丈夫……あっちの艦載機群も一斉に退いていってるし、向こうも単機……。よしよし、ハルカ提督もやる気って訳だね……上等っ! ごめんね、祥鳳さん……ここは一騎討ちって事で! 一切の手出し無用でっ! さっきから、そこで殺気むき出しにしてる初霜ちゃんにもそう伝えといて! そんな事やってると、うっかり反射的に撃っちゃうよ!」


「……ううっ、さすが……これに気づくのですか……」


 初霜からの入電。


 彼女は、N艦隊の最後尾に配置されていたのだが。

 その主砲は、すでにハルカ提督を密かに捉えており、隙さえあれば撃つ気満々でいたのだが。


 ユリコの言葉で、その砲口を降ろす気になったようで、その殺気も急激に霧散していた。


「初霜! 提督からも手出し無用って言質もらったから、改めて言うよ! いいから、大人しくしてなさい! 悪いけど、武装もフルロックしたから……! 疾風にも要らないことしたら、ブチ込んででも止めろって命令してるから、そのつもりでいなさい!」


 割り込んできた祥鳳の声に、モニターに写っていた初霜が頬をリスのように膨れさせながら、モニターから消え、モニター自体もフェイドアウトする。


 一瞬ながら、床に膝を抱えて丸くなっている様子が見えたので、完全にフテ腐れてしまったらしい。


 もっとも、ユリコとしても、要らない手出しは無用と考えていたので、祥鳳の強硬排除の姿勢はむしろ歓迎だった。


 なお、初霜は非殺コードもプライマリーコードも一切なく、恐らくは大和の持つ旗艦コードすらも受け付けない……唯一にして、極めて危険なスターシスターズでもあった。


 もっとも、昔からN提督の命令にだけは忠実ではあったので、N提督が御する形で、これまで大人しくさせていたのだが……。

 たまに、こんな風に暴発しそうになることもあるのだが。

 彼女は要するに、普通の人間と一緒……そう言うふうにも考えられる。


「やれやれ、ハルカ提督も……一体どれだけ敵を作っちゃったんだかね。でもまぁ……これはハルカ提督に落とし前を付けてもらう……そう言う戦いだからね。だからこそ、帝国の代表としてわたしが帝国の仇ハルカ提督を討つ……そうでないと、皆納得しないでしょ」


 要するに、これは代表戦なのだ。

 銀河守護艦隊……スターシスターズと再現体提督達と、それに対する銀河帝国との戦い。

 その幕引きを担うのは、大和や初霜、永友提督ではいけないのだ。


 銀河帝国を代表するユリコ……彼女が銀河守護艦隊の代表ハルカ提督を討伐してこそ、スジが通る。

 

「はいはい……ご尤も、そこら辺は解ってるって……。だからこそ、今の今までにらみ合いで済ませてたし、私も身内相手に戦うのも気が進まなかったからねぇ……。しっかし、その「白鳳Ⅲ」も軽く化け物ね……。こっちの機体も重力制御機なのに、機動力でも加速力でも軽く負けてるとか……どういう事?」


「まぁ、これデッドコピー機なんだけど……。ベースになった「白鳳Ⅱ」はもっと化け物だったからねぇ……」


 ヴィルデフラウテクノロジー機「白鳳Ⅱ」……その出来損ないのデッドコピー機。

 この辺りは帝国の技術者達が半ば自嘲気味に「白鳳Ⅲ」を評した言葉ではあったのだが。

 

 10m級の機体に宇宙戦艦クラスのジェネレーターを搭載するような化け物機が相手では、最新技術を惜しみなく投入し、精密重力制御技術を応用したとは言え「白鳳Ⅲ」でも遠く及ばなかったのだ。


 それでも既存の帝国軍の機動兵器を大きく上回るスペックを実現し、300年前のオリジナル「白鳳」と比較しても、別格レベルの性能は実現していたのだが。

 

 スペックデータ上は「白鳳Ⅱ」にまるで及ばない……それが今の帝国の科学技術力でも限界だったのだ。

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新連載始めました!! アスカ様の前日譚! 「銀河帝国皇帝アスカ様 零 -ZERO- 〜たまたま拾った名無しの地味子を皇帝に推したら、大化けした件について〜」 https://ncode.syosetu.com/n1802iq/
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