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第五十三話「提督の決断」②

 アスカの死を知ったナガトモ提督は、この戦いにもはや微塵にも正義を見出すことが出来ないと、ハルカ提督へ進言すると同時に、その糾弾に眉一つ動かさなかったハルカ提督を完全に見限り、傘下のスターシスターズと共謀し、密かに銀河守護艦隊への造反の準備を人知れず始めていたのだ。

 

 具体的には、第三帝国の中継港については、他の銀河守護艦隊や銀河連合軍の陸戦部隊を尽く追い払った上で、周辺流域の封鎖もみせかけだけで徹底せず、帝国の各地との連絡潜航艦なども敢えて見逃すことで帝国封鎖網の穴を作り出すことで、有名無実化させていたのだ。


 当然ながら、N提督は中継港に隠蔽されていた「サルバトーレⅢ」の存在やその役割についても、配下のスターシスターズによる独自潜入調査の結果報告により、その正体に気付いていたし、物資や資金の不自然な動きから、帝国の無人資源星系に極秘の生産拠点があると言う事実にも気付いていたのだ。


 いずれにせよ、気付く方がおかしいくらいの些細なもので、資源星系の算出資源の質と生産量の実体値が書類上の数値より明らかに低いことや、特定の星系でしか産出されないレアメタルをそれら資源星系へ密かに運び込んでいた事……など。

 それらは本当に些細なものばかりで、いずれも巧妙に偽装工作を施され、帝国の官僚ですら、気付かなかったようなことをN提督は勘付いていて、N提督が怪しいとリストアップしていた資源星系リストは、アスカが作らせた秘密工廠のある資源星系をほとんど網羅しており、N提督は帝国の秘匿生産拠点の所在をほぼ特定していたのだ。

 

 もしも、ナガトモ提督がその気になっていたら、建造中の「サルバトーレⅢ」を完成前に破壊することも出来ていただろうし、秘匿生産拠点についても、隠蔽のために防衛戦力についてもエーテル空間側には一切配置されていなかったので、それらに殴り込みをかけてひとつひとつ破壊し、秘密工廠群を殲滅することも可能だったのだ。


 だがN提督は敢えて、それらについては、見て見ぬふりをすることで、極秘生産拠点と帝国軍の反攻の要となり得る対電子戦闘拠点艦と言う……本来ならば、是が非にでも阻止すべきだった事柄すらも、意図的に見逃し、その事実を完全に隠蔽したのだった。


 そして、この事実を知ったがゆえに、ナガトモ提督は銀河守護艦隊の必敗を確信し、その上でハルカ提督の最後の説得に赴き、いい加減に目を覚ませと言う怒号と共に彼女を殴りつけ、それでも変わりない様子に完全に失望し、彼女のもとを去ったのだった。


 そして、帝国の新たなる旗印として、ゼロ皇帝とユリコの存在が本格的にハルカ提督に露呈すると、その時点まで中立の立場だったのだが……。

 ハルカ提督への抑止力として、敢えてその目前に立ちはだかることで、ハルカ提督を思考停止状態に追い込み、同時にその主力艦隊も今の今まで足止めしきったのだった。


「まぁ、そこはお気になさらず。戦争というのは、得てしてそんなものじゃないですか。我々はそんな事……気にしてないですって……!」


 N提督としては、やっと言うべき相手に言えた贖罪の言葉であったのだが。

 

 アスカの現状を知っているユリコとしては、別に気にしなくて良いと言うのは、紛れもなく本音だったし、N提督がこの戦争の終結に向けて、裏に表に全力で動いていた事はよく知っており、むしろ深く感謝もしていたのだった。


「……そんな事……だって? 君は……昔から、どこか酷く達観してるね……。けど、失ったものはあまりに大きかったんじゃないのかね? 私も……アスカ陛下については、色々と調べてみたんだが……。失うにはあまりに惜しい方だったと痛感しているよ」


 100年、200年先のことをも見据えているとまで言われた卓越した戦略眼と政治力。

 アスカは当代の皇帝達の中でも、最高の皇帝とまで言われていたのだ。

 

 帝国の国民人気も極めて高く、ゼロ皇帝の再来とまで言われていた彼女を失ったのは、帝国のみならず、銀河人類の大きな損失だったとまで、N提督は評価していたのだ。


「まぁ……わたしの娘ですから! ふふっ、そう言ってもらえると、なんか誇らしいね!」


「違うっ! そうじゃないだろっ! ユリコくん! いいかい? 私は……私のせいでアスカ陛下は……何よりも、私にはもっと早くハルカ提督を止めることだって……! それに、何よりも……だっ! ユリコくん……君にとっては、彼女は自分の娘同然だったのだろう? それを……それを……私は……ッ! だから、君には私を非難し糾弾すべきなんだっ!」


「ナガトモ提督さん……もういいの。あの子の事は別に気にしなくて良いんだって……」


「気にしなくて良いって……そんな! そうやって君は、まるで他人事みたいに言うけど……」


「だからぁ……。もう埒が明かないから、提督にはこっそり教えちゃうけど、あの子はわたし達と同様、再現体として蘇ってるんだよ……こう言えば解る?」


「……な、なんだと? 私達同様……再現体だと? そんな事が……いや、確かにその実例たる君とこうやって話しているのだからね……。すると、アスカ陛下は……生きていると?」


「そう言う事! そして、あの子は16万光年の彼方で今も人類の敵と相対して戦いながら、遠く離れた銀河系のわたし達を手助けしようとすらしてる! だからこそ、あの子の為にも、こっちの問題はさっさとケリをつけないといけないのよ」


「そ、それは……どう言う事なんだい? 16万光年の彼方だって? それはもう銀河系の外側じゃないか! そんな所で戦ってるって一体何事なんだいっ!」


「……詳しくは、この戦いが終わったら……かなぁ。まぁ、N提督はアスカちゃんを追い詰めた事で、ずいぶんと気に病んでるみたいだけど。そう言うことだから、そこは別に気にしなくてもいいの……解った?」


 ユリコの言葉。

 当事者の言葉としては、あまりに軽い言葉だったのだが。


 それ故に、逆に説得力に満ちていた。


「……そ、そうか……解ったよ……はははっ。もっとも正直、理解が全然追いついていないのだけどね。まぁ、いずれにせよ……戦いが終わったあとで……か。解った! こうなったら、根掘り葉掘り、徹底的に話してもらうからねっ! 悪いけど、秘密とかそう言うのは無しだから、そのつもりでいてくれよっ!」


「元よりそのつもりですよーだ! それよりも……今はハルカ提督の事だよね……。悲しいけど、今回の彼女はどうやっても救いようはない……そこは覚悟して欲しいし、わたしも彼女を許すつもりは無いから……だから、最初に謝っとくね……ごめんって」


「……そうか。ハルカくんはもう手遅れ……なんだな。先程、天霧君からハルカ提督の最新のバイタルデータを受け取ったが、すでにその全身にラース因子と呼ぶべき結晶体が回っていて、その精神まで侵食されているのは明らかだそうだ……。ラースシンドロームの末期症状……同化現象とでも呼ぶべき状態らしいね……。もはや、手の施しようがない状態なのだろうな……」


「……アスカちゃんからは、同化が進みきってても治せる可能性はあるって話を聞いてるんだけど……。精神までもが同化する……エインヘリャル化して完全に回復出来た例は、残念ながらあっちでもないみたいだしね……。やっぱり一度死なせるしか無いと思うし……それでも大丈夫って保証はないのよね……」


「……彼女をあんな風にしたラースシンドローム……。その犠牲者総数は50億どころか100億にも届かんばかり……か。そんなもの……正真正銘、人類を滅ぼしかねない敵じゃないかっ! そうか……我々は始めから戦う相手を間違えていたのだな……。実際、アスカ陛下達からも、ラースシンドロームについては、何度も説明を受けていたのに……。結局私は、風向きを変えることも出来なかった」


「そこは、立ち位置の問題だからしょうがないんじゃないかなぁ? ホント……昔、せっかくゼロ陛下がスカウトしたのに、あっさり蹴っちゃうんだもんなぁ……。あの時は、陛下も随分とがっかりしてたよ」


 ……300年前の第二世界の艦隊との決戦が終わった直後。

 当時、まだ帝国はエスクロン社国と名乗っていたのだが。

 

 その時点でエスクロン最高権力者……CEOに就任していたゼロ皇帝は、その戦いを通じて苦労人同士すっかり意気投合してしまったN提督と、個人的に会談を行い、銀河の未来の展望について、酒を酌み交わしながら存分に語り合い、ゼロは当時極秘だった銀河帝国への看板付替え構想すらも打ち明けて、揃って大いに盛り上がったのだった。


 そして、銀河帝国建国の際は、帝国元帥の称号と共に宇宙艦隊司令長官として、N提督を出迎えると言う破格の待遇を提示した上でのオファーをかけていたのだ。


 もっとも、N提督自身は、当時の時点で銀河辺境艦隊のまとめ役……事実上のリーダーと言って良い立場であり、魅力的な条件だということを認めながらも、その提案を酒の席の冗談ということで、笑って袖にしたのだった。


「はははっ、あの時は大変失礼した。確かに、あの時ゼロ陛下の手を取っていたら、随分違う未来になっていたかもしれないね。けど……あの時はそうするのが自然だったし、あそこで私がゼロ陛下のところに馳せ参じてしまったら、残された皆は途方に暮れるしかなかっただろうからね……。何よりも、人は誰しも自らの信義は裏切れない……まぁ、そう言うことだよ」


「……そっか。でも、陛下もあの時の返事は、300年間ずっと保留扱いにしてるから、気が変わったらいつでも訪ねてきて欲しいって言ってたよ。あ、一応これ……陛下からの正式な伝言だから……確かに伝えたよ!」


「やれやれ……あの方も全然変わってないんだな。ああ、解っているよ。私は君達に大きな負債が出来てしまったと言うことだからね……。再オファーについては、前向きに検討させてもらうし、どのみち……銀河守護艦隊もこれで終わりだ。なにせ、あの大和が動いてしまったのだからね……。彼女が動いたからには、我々再現体提督ではスターシスターズを取りまとめることも出来ない」


「……よく解んないけど、それって、そんなに凄いことなの?」


「そうだな……。スターシスターズの上位存在。それが彼女……戦艦大和なのだ。これまで彼女は、その王たる役割を半ば放棄し、積極的に動くこともなかったのだが……。ここに来て、動いた……。ゼロ陛下から、何か聞いてないのかい?」


「うんにゃ……わたしは、特に聞いてないなぁ……。どうせ、わたしはアホの子だから、難しい事情は解らんのです」


「解らんのです……か。君のそう言うところは昔と全然変わりないんだね……。まぁ、いずれにせよ、私もめでたくフリーの身だ……。けど、この戦いが終わったからと言って、ラースシンドロームが根絶されていない以上、エンディングには程遠い……。なによりも、今も凍結されながら、治療を待つ人々が大勢いる……。ならば、尚更……この戦いはここで終わりにしないといけないね。ハルカ提督については、君は気にしなくていい。彼女にもしばらく休みが必要だろう」


「そうだね……。銀河の守護者とかちょっと気張りすぎだよね。まぁ、主観的にはどんな感じになるかは、当事者でないと解らないだろうけど、次にハルカ提督に会う時は、その……ラビリンス攻略戦だっけ? それ以降の記憶を失った状態になってるんじゃないかな。そう言うことなら、ある意味気楽なんじゃないかなぁ」


「……ああ、始まりがどこかと問われたら、あれが始まりだったのは確実だ……恐らく、彼女は最初のラースシンドロームの感染源……だったのだろう。だが、再現後に自分の仕出かしたことを知り、罪悪感に押しつぶされてしまったりはしないだろうか? 今の彼女は明らかに人類の敵と言うべき存在となっているからね……」


 ラースシンドロームの最初の感染者については、帝国とGPHSの調査でも現時点では、はっきりしていない。

 

 もっとも、10年前の時点ではラースシンドロームの感染者は確認されておらず、そう言う意味でなら、最初の感染者はハルカ提督の可能性が高いと言えた。


 もっとも、ラースシンドロームの最初の感染者は、銀河最外周辺部の有人惑星から銀河の内側へ向かって、感染を広げていっており、人間を介して感染を広げていったとは考えにくい状況ではあったのだ。

 

 エーテル空間ではなく、通常宇宙空間……それも一万光年の距離を一年程度とすさまじい速度で移動していた形跡が確認されており、ラースシンドロームの原因因子……ラース因子が何らかの超光速移動手段を確保しているのは明らかだった。


「……死者の罪はその死と共に精算される。そんなの常識でしょ? それに多分、ハルカ提督を倒した所で戦いは終わらない……これは帰還者達との戦いの第二幕の可能性が高いと思うよ」


「……そうだね。君達が提示したデータからも、それは明らかだったからね。ラースシンドローム自体が異質な星間異文明の侵略行為であり、帰還者の別の可能性か……。ああ、この仮説には大いに頷けるよ。つまり、我々は帰還者の手先となってしまっていたようなものなのか……。焼きが回ったとはこのことだな……」


 そう言って、俯くと大きく深いため息を吐くN提督。

 その様子は、なんというべきか……人生に疲れ果てた老人のような哀愁すら漂っていた。

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新連載始めました!! アスカ様の前日譚! 「銀河帝国皇帝アスカ様 零 -ZERO- 〜たまたま拾った名無しの地味子を皇帝に推したら、大化けした件について〜」 https://ncode.syosetu.com/n1802iq/
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