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第五十三話「提督の決断」①

「へぇ……どうやら、わたしの挑戦にハルカ提督は応えてくれるみたいね。意外よね……てっきり、全軍突撃でわっさと突っ込んでくるかと思ったのに」


 軽空母祥鳳の甲板上で、軽い調子でユリコはひとり呟いた。


「そうですね……。ご安心を……如何に敵が強大とても、このわたしは常に不退転! いやはや、これまで天霧さんにのらりくらいと躱され続けてましたが、さすがにここまで追い詰めれば、もう後はなし……ユリコさん! いよいよ、最終決戦ですよ!」


 ……しばらく見ない間に、以前にも増して血の気が増えた。

 ユリコも血気にはやる初霜の言葉を聞きながら、そんな風に思った。


 なお、誰も呼んでいないのに、そのポジションは祥鳳前方300mほどで、普通に発艦のじゃまになる位置だった。


「いやいや、初霜ちゃん……キミには、旗艦祥鳳の護衛って大事なお仕事があるんだから、良いから下がっててよ……。そもそも、一騎打ちなんだから、余計な手出しも無用だって言われなかった?」


「……て、手出し無用なんですかっ! こ、ここは力を合わせて、ハルカ提督を討ち取るべく……! と言うか、そうなるとわたし、一戦も交えずにってなるんですが! 聞いてませんよ!」


「えっと……。別にそれはそれで良くない? いずれにせよ、もう趨勢は決まってる……。この戦いは、いわばケジメ……こう言えば解る?」


「ううっ、ケジメ……ケジメ。け、けど、危なくなったら介入しますからね! 絶対ですよ! と言うか、ハルカ提督は人類の敵なんですから! もう、一秒たりとも生かしておく必要なんて無いんですから! あれは……駄目です! もう身も蓋もなくサクッと殺っちゃいましょう!」


「どうどう……初霜っ! キミは、ちょっと頭を冷やせっ! さっきも言っただろ? この戦いにおける我々の役目は終わったんだ……。脇役は脇役らしく、さっさと引っ込んでるべきだよ」


 初霜のモニターを突き飛ばすように、N提督の映ったモニターがユリコの正面に出てきた。

 小画面に追いやられた初霜ががーんと言った調子で、項垂れるとそのままブラックアウトする。


 ……実際の所、今の今まで、一人で突っ込んでいって、ハルカ提督を始末しようとしていた初霜をN提督や祥鳳が必死に抑えていたのが実情で、彼女も相当フラストレーションが溜まっていたのだが……。


 この戦いのフィナーレは、あくまで帝国が幕引き役を担うべきであり、それに相応しいものが誰かと問われたら、それはユリコ以外の誰がいる……帝国関係者は皆、そう答えていた……。

 

 N提督も、それについては大いに納得しており、だからこそ……自分達の役目はすでに終わったと思っており、脇役に甘んじるつもりで居たのだ。


 そして、彼女……ユリコはここに来た。


 全てを……終わらせるために。


「ユリコくん、すまないな。どうやら、我々の身内の不始末を君に押し付けてしまうことになりそうだ。やはり……ハルカくんは、もう無理なのかな?」


 バイザーで目元を隠した中年男性……N提督が寂しそうにつぶやく。


「……ヴィルさんの見立てでは、ラース因子の精神汚染が進みすぎていて、通常の手段での分離は無理だろうとのことです。あまり、言いたくはないですが……普通に殺した上で、精神汚染前のバックアップまで戻した上での再現リビルデッドを行うしか、救いようがない……アキちゃんもそう言ってました」


「そうか……。なんと言うか、ウイルス感染したパソコンをフォーマットして復旧させるようなものなのかな?」


 ナガトモ提督の微妙な例えに、ユリコはイマイチ理解が追いついていないようで、首を傾げるのだが、情報支援でもあったのか、ポンと手を打つ。


「パソコン……ああ、21世紀初頭に使われてた初歩的な情報端末機器の事ですねっ! うっわー! めちゃレトロだし、おっきいっ! パソコンって、これですよね!」


 そう言って、ユリコはデータベースから掘り出してきた古代の情報端末……パソコンの画像をN提督に見せる。


 これから決戦だと言うのに呑気な話だったが。

 これがユリコの平常運転だった。


 出撃の直前まで、こんな風に呑気な会話を交わし、まるでコンビニにでも行くような感覚で、誰がどう見ても死地と言える戦場に赴き、多大なる戦果を挙げて、シレッと生還する……それが彼女の当たり前だった。


 ……それ故に、彼女は伝説なのだ。


 なお、ユリコが見ている画像に写っているのは、CRTモニターと二つのタワー型端末が並んだような端末で、それには「X68000」と言うロゴが記載されていた。


「なにこれ? ペケロッパーなんて、私でも懐かしのパソコンなんだけど……。ええっ! この時代に実物の記録データが残ってたんだ! ……むしろ、そっちに興味湧くね!」


 当然のように、その画像に食いつくN提督。

 なお、このパソコン……ペケロッパーこと、X68000のデータが31世紀の銀河帝国のデータベースに残っていた理由についてだが……。


 それは割と簡単な理由で、帝立古代文化博物館に実機レプリカが展示されているからなのだ。

 

 なお、ペケロッパーは当時のパソコンの主流でもなんでもなく、むしろ知る人ぞ知る……そんなマニアックなパソコンだったのだが。


 そこはそれ……この時代によくある古代地球文化の誤解でもあった。


 21世紀の空白の半世紀より少し前の時代……日本で言うところの昭和から平成初期の時代に、深い興味を持った皇帝が居て、古代データベースから発掘されたサービスマニュアルの電子データを参考に、その実機を再現した事があり、その関係でこのペケロッパーについては、割りと詳細なデータが残っていたのだ。


 なお、CRTモニターからCPUまで、全てワンオフの再現品でバカバカしくなるようなコストがかかっているのだが、そこはそれ……失われし古代文化への情熱と皇帝陛下のやることだから致し方なしだった。


 なお、その皇帝が半ば趣味で作らせた骨董パソコンは、その後同様に再現された20世紀末や21世紀初頭に作られた古代文化遺産のレプリカと言う事で、第三帝国の帝城に保管される事となったのだったが……。


 アスカの代で、後生大事に宝物庫にしまっておくよりも、国民に古代地球の文化遺産を見てもらおうと、わざわざ展示用の博物館を作らせ、先代皇帝の道楽趣味のコレクションの数々が並べられることになった。


 このペケロッパーについては、そんな歴史的背景を持つ展示品で、実は意外と人気の展示品でもあった。


「んっと……帝立古代地球文化博物館所蔵品? ……わたしの頃にはこんなの無かったけど、帝国うちって、こんな事業までやってたんだ……。なんかもう、何に使うのかさっぱり解んないものばっかりですねー! でも、見てるだけでワクワクしてくるねっ!」


 例を挙げると、ブラウン管テレビやら、ゲーム機、スーパーカブに初代トヨタカローラやGMキャデラック……そんなものまでが再現されていた。

 

 もちろん、それらは1000年近くもの時を経たことで、とっくに廃れた技術で作られたものばかりで、その機能を完全に再現できずに外観だけ真似た物や、用途を勘違いされたものも多かったのだが。


 それらのレトロな味のある外観は、妙な人気があって、最新の技術で見た目だけを再現し、一般販売されているものもあった。

 

 なお、実のところ、その所蔵品は日本製品に偏っているのだが。

 懐古趣味の皇帝が発掘し、参考にしたデータベース自体が古代地球の日本文化遺産を集積したもので、そこら辺の区別は、当事者の皇帝もよく解っていなかったので、和洋折衷どころではなく、色々とごちゃまぜになっていた。


「ほうほう……。こんなものやあんなものまで……。いや、これは私と同時代の再現体達は泣いて懐かしむとかそんなだよ。これは是非、行ってみたいものだね。いやはや、帝国はこんな古代地球の文化遺産を扱った博物館とかも作ってたんだねぇ……。あ、これなんか、私も毎日のように配達で乗ってたよ! いやぁ、懐かしいなっ!」


 そう言って、N提督が嬉しそうに原付バイクの代名詞スーパーカブの写真を指し示す。


「そうなんですかー! 何とも味があるデザインですね……。原動機付自転車? えっと自転車……じゃなくて、ガソリンエンジン付きの自転車? か、化石燃料で動いてたの……これ。何とも贅沢な……」


 ユリコも、高校生時代を過ごした惑星クオンでは、自転車はエネルギーを使わない人力のみで動くエコロジーな乗り物として、普通に使われていたので、実物にも乗ったこともあった。


 もっとも、強化人間だった彼女が全力で自転車を漕いだ結果、二人乗りにも関わらず、時速100km近くでカッ飛んで、治安維持局のパトロイドに速度違反と二人乗りの合せ技でとっ捕まったと言う黒歴史な思い出もセットなのだったが。

 

 ……なお、ユリコが化石燃料を贅沢だと言っているのは、アスカと同様、化石燃料が宇宙では極めてレアな文字通りの化石であり、そんなものを動力源として燃やしてしまうと言う時点で、彼女の理解の範疇を超えていたからだった。


 なお、ガソリンともなると、この時代でも分子合成法で合成出来なくもないのだが、それを燃料にするともなると、明らかに非効率的で、凡そリッター一万クレジットとかそれくらいのコストがかかるのだ。

 

 この時代で一般的な個人用電動コミューターの運用コストについては、電気代や各種税金、保険、車両自体の費用をひっくるめた上で、1km辺りの費用を算出すると、凡そ10クレジット程度で済むことを考えると、贅沢過ぎる乗り物だと言えた。

 

 そして、天然物のガソリンともなると、そんなものはほとんど見つかっていないのが実情で、発掘されようものなら、むしろ博物館に展示するようなものであり、燃料用に使って燃やすなど、ありえないと言ってよかった。


 ユリコが呆れるのも無理ないのだが……。

 そこら辺は、20世紀を生きた人々とユリコ達銀河時代の人々の意識の差異と言うべきだった。


「この時代だと、こんなのもう絶対にないと思ってたけど。スーパーカブを再現して博物館に展示するとか、なんと言うか文化ってものを解ってるんだねぇ……さすが帝国だよ!」


「うん? そこは……どうなんだろ? そのスーパーカブってのがすごい贅沢な乗り物って事は解るんだけどね」


「ああ、そうかっ! 確かにこの時代ガソリンエンジンなんて、誰も使ってないからね。確かに、ガソリンって化石燃料とも言って、本来は化石だからね。宇宙では激レア……なるほど、そのドン引きって態度もそう言うことか。でもまぁ、そこは価値観の相違かな……。けど、そんな昔の文化を再現して大事にしてくれているってのは、当時を知るものとしては嬉しいね」


「うん、喜んでもらえて嬉しいね。機会があったら、ぜひ遊びに来てよ! どうも、これ……第三帝国……アスカちゃんの先代皇帝が作らせた骨董品をアスカちゃんが博物館に並べさせたものみたいなんですよね。あの子、植物園や動物園みたいな文化施設や古代文化研究に予算結構投入してたみたいなんですよ。いやはや、むしろ解ってるなぁ……さすが、我が娘っ!」


 なお、植物園は一応まっとうな地球由来植物の植物園で、かつて地球調査団が持ち帰った本物の地球原産種のクローンなどがメインで、ラフレシアに代表される結構なレア植物なども展示されていた。


 もっとも、そっちはあくまで表の顔であり、その裏の顔……ヴィルゼットによる魔界植物園の方が本命で、魔界植物園運営の余剰リソースでもののついで程度の感覚で運営していたのだが。

 

 本命のカモフラージュも兼ねていたので、その広さは50km四方ととんでもない広さがあり、国家による直接運営の植物園等と言う代物は、他に例もなく結構な繁盛ぶりを見せていたのだ。


 もっとも、ここはアスカの名が出てきたことで、N提督は唐突に目線を下に向けると、制帽を目深に被って軽く咳払いをする。


「……第三帝国皇帝クスノキ・アスカ陛下……か。近年稀に見るほどの名君と評されていたみたいだけど、彼女の数々の実績を見ると納得出来るね。古代文化や自然科学とか、多方面に広い理解を持っていて、帝国の天然食材の大幅増産を実現……か、実に大したものだよ」


 N提督も宇宙時代の食料事情はよく解っていて、かつては合成食材を使った食の革命と称した啓蒙活動をしていただけに、帝国の天然食料自給率を8割近くまで急増させたその実績の大きさとその労苦が手に取るように理解できていたのだ。


 帝国はどちらかと言うと、軍事偏重の傾向が強く、どこも軍需産業従事者と福利厚生関係者が人口のかなりの量を占めていたのだが。

 

 アスカ率いる第三帝国は、食料生産関係者や各分野の研究者、情報産業関係者のような他の帝国では軽んじられる業務従事者が、福利厚生や軍事関係者よりも多く在籍しており、産業構造からして他の帝国と違っていたのだ。


 銀河系外辺部から少し奥まった帰還者との戦いでも思いっきり蚊帳の外だった領域で、帝国にしてはまぁまぁ使える惑星も多く、他の帝国のように、ハザード演習が乱発されることもなく、住民達もどこかのんびりとしている……帝国の中でも、もっとも平和で文化的と言われたのが第三帝国だった。


 その穏やかな風潮や、最年少皇帝のアスカ人気もあって、アスカ就任以来、帝国内からも続々と移住者が殺到するようになっており、旧第三帝国は今や銀河最大人口密集地となっていたのだ。


「そうですね……。帝国の民からもその死を惜しむ声が大きくて……。わたし達もそう思いますよ……何より、この戦いの勝利はあの子に譲ってもらったようなものなんですよ」


 実際の所、ユリコもゼロ皇帝も銀河守護艦隊への逆襲プランは、アスカが用意していたプランをなぞっただけで、オピニオン・リーダーとしての役割程度しか果たしていないと自覚していた。


 もっとも、銀河守護艦隊自体が七帝国戦を終えた時点で、もはや攻勢限界に達していたのも事実であり、結局、銀河守護艦隊は負けるべくして負けた……そう言う話ではあったのだが。

 

 ユリコ達は、そうは思っていなかった。


「アスカ陛下……彼女は、我々銀河守護艦隊のウィークポイントを巧みに見切って、一撃で消し飛ばしてしまったからね。あれで我々の負けは決まったと言っても過言じゃなかった。そして、私はあの最後の決戦で、直接彼女と直接交渉したいと考えて、その後方を抑えていたんだが……むしろ、退路を断って追い詰めてしまった事で、彼女の運命を決定づけてしまったようなものだったんだ。帝国史上最年少の皇帝にして、数々の偉業を残した名君……。その上、君にとっては娘のようなものだったと聞いて、心底申し訳ないことをしてしまったと思ったし……今も後悔もしているよ。本当に……本当にっ! 済まないことを……した……」


 ……実を言うと、これもN提督の造反の理由の一つにもなっていたのだ。

 アスカ最後の戦いで、第三帝国のアルヴェール中継港封鎖については、ナガトモ提督の艦隊がその役割を担っていた……。

 

 もっとも、それはアスカ達を追い込んだ上で降伏勧告を行い、帝国との停戦交渉へ導くという話だったから、N提督もハルカ提督に協力し、その退路を断つ役割を担っていて、その上で彼女の身柄を保護した上で、あまりに横暴が過ぎるハルカ提督との間に立った上で、双方妥協出来るようにしたいと考えていて、N提督も率先して協力していたのだが。

 

 結果的に、それはアスカに窮鼠猫を噛み、玉砕すると言う選択肢に導いてしまったようなものだったのだ……。

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新連載始めました!! アスカ様の前日譚! 「銀河帝国皇帝アスカ様 零 -ZERO- 〜たまたま拾った名無しの地味子を皇帝に推したら、大化けした件について〜」 https://ncode.syosetu.com/n1802iq/
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