第五十二話「ハルカ提督最後の戦い」②
「……何故だっ! 何故に、あの三人が今更、この世に舞い戻ってくるのだ! 死人が現世に舞い戻る……そんな理不尽があってたまるかっ! 奴らさえ……奴らさえ居なければ……!」
「それを……ハルカ提督が言うんですか? おそらく、あの三人はハルカ提督と同じ様に、自らを再現体同様の存在にすることで、同じ永遠の存在になったんですよ……。要するに我々だけに人類の未来を任せるつもりは無かったんでしょう……。あの方々のやりそうなことですね……」
「馬鹿な! あの技術は……我々が封印したはずだぞ! 私達のような永遠に戦い続ける存在が二度と現れないように……だからこそ……封じたのだ。それを……アイツらはどうかしているぞ! 不死不滅の存在になど、誰が好き好んでなるものか!」
ハルカ達再現体は、過去の人物の蘇り……言わば、そう言う存在で、その死についても絶対的なものではなく、スターシスターズ達もそこは同様だった。
もちろん、ハルカ達はかつては自分が死んだら、未来永劫再現処置は行わないと言う契約の上で戦場に立っていたのだが……。
300年前の「帰還者」との戦いは、そんな甘いことを言っていられる状況ではなく、あの帝国ですら劣勢に陥り、首都星系が孤立し、国土をも分断されるような状況に陥っていたのだ。
当然ながら、ハルカ提督も数多くの提督達と共に「帰還者」との戦いを始めたのだが。
帝国ですら、物量負けする圧倒的な物量の前に、さしものハルカ達も幾度となく一敗地に塗れ、再現体提督達やスターシスターズも敢え無くバタバタと戦死を遂げたのだが。
ハルカ提督達は、事前にそうなることを想定し、予め契約破棄の上で戦いに挑み、敢え無く
戦死した後も、何事もなかったかのように即座に復活を遂げた事で、彼女は二度目の死をも乗り越えたのだ。
かくして、幾度となく戦死し、スターシスターズ達共々、幾度となく繰り返し戦場に舞い戻りながら、かろうじて最終防衛ラインを守りきり、帝国の奮戦にも助けられながらも、総力を結集し、辛くも「帰還者」を撃退した……と言うのがハルカ達の視線での「帰還者」との戦いだった。
なにせ、あの戦いに敗北する事は、銀河の命運が尽きると言っても過言ではないとハルカ提督たちは最大級の危機感を持っており、もはや手段を選んでいるような余裕など無かったのだ。
そして、繰り返し禁忌を破り、幾度となく死んで蘇りを繰り返した事で、彼女は自分が不死不滅の永遠の存在となったことを自覚したのだ……。
そして、同じ様に死を乗り越えた者達を集め、銀河の守護者たる銀河守護艦隊を結成し、今に至っていたのだが……。
同じく銀河の守護者を自負する銀河帝国の総力の前に、もはやその運命は風前の灯だった。
「あの帝国ですよ? 大方、アーキテクト辺りがアーカイブから盗み出して、こう言う事態に備えてたんでしょうね……。さっきも言いましたが、あの人達ならそれくらいやりかねないですし、事実、我々は彼らの参戦で、あっさり戦略的優勢をひっくり返されて、すでに残存艦隊は我が主力艦隊のみと言う有様ですよ……」
その主力艦隊も怪しいものだったが……天霧も敢えて、その事実は告げないようにした。
なにせ、告げたところでもはや、何の意味もないからだ。
赤城……金剛、長門……高雄に筑摩。
主要な戦闘艦艇のプライマリーコードが次々と更新されているのが、手にとるように解る。
恐らく、大和が一隻一隻に声掛けしながら、離反工作を仕掛けているのだろう。
面と向かって、そうは言って来たりはしていないないのだが、せめての義理と言うことで、恐らくわざと解るようにしながら、「我々はいつでも裏切るからそのつもりでいろ」と、通告しているつもりなのだろう。
なにせ、大和はかねてから、中央艦隊の総旗艦と言う事で、その影響力は絶大だった。
彼女が持つ、管理者権限コードはプライマリコードとは訳が違う。
たかがお願いレベルの言葉であっても、彼女の言葉は絶対命令として扱われる。
そして、彼女の命令ともなると、誰も逆らうことは出来ない。
裏切れと言われれば裏切るし、味方を撃てと言われれば、迷わず撃つし、再現体提督を消せと言う命令にすら、従うだろう。
これまで、大和が一度たりとも動かなかったのは、自らの影響力を自覚していたからだと言われているが、基本的に怠け者気質でもあるので、単にめんどくさかっただけ……なのかもしれない。
もっとも、銀河守護艦隊についても、大和がバックに付いていて、その活動について賛同してもらっていたから、スターシスターズ達も付き従ってくれていただけの話で、ハルカ提督は、自分の唱えた理念や正義の為と言う信念、その持ち前の指揮能力故に、認められたと思っていたのだが。
ハルカ提督が常に勝ち続けていたからこそ、スターシスターズも彼女の指揮下でいることを良しとしていたのだ……実のところ、それだけの話なのだ。
だが、その幻想はたった今、失われつつあり、スターシスターズも敗北に沈みつつあった。
そして、大和についても、元々やる気は薄かったのだが……。
帝国から妙な情報を得たようで、なにやら帝国とも密約を交わしたらしく、やけに上機嫌で、完全に心ここにあらずと言ったようで、むしろ戦後のことを考えているようだった。
……その詳細については、天霧も知るすべもなかったが。
よほど、魅力的な条件を提示されたのだろうと察しはついた。
そして、そんな絶望的な状況だという事に気付かずに、あいも変わらず身勝手な正義を振りかざし続ける時点で、ハルカ提督はどうしょうもない……そんな風にも思っていた。
「だ、だが……帝国艦隊と言えど、無傷では済まなかったはずだ。我々は銀河宇宙最後の守り手……銀河守護艦隊なのだぞ! 簡単に負けるはずが……我々が負けたら銀河連合はおしまいではないか! 1000年いや……3000年もの歴史を持つ……地球人類の末裔がこの銀河から消えてしまうのだぞ! その暁には母なる星……地球もこのまま永遠に忘れ去られてしまう……! そんな事が許されて良いのか!」
天霧自体は別に銀河連合自体には、さしたる思い入れもなく、単なる世話ばかり焼けるクライアント程度の認識であり、今回の戦いでも銀河連合軍は、銀河守護艦隊から技術供与を受けることで優秀な兵器と隔世レベルの技術を多数手に入れたはずだったのだが、実際はまるで役にたたず、帝国軍の前に虚しく散っていっただけに終わった。
実際は、誰も彼もが戦闘経験がまるで無く、戦意も乏しく、いくら優秀な装備を与えた所で、歴戦の帝国軍を前にまるで相手にならなかっただけなのだが……。
時を超えても、銀河連合のポンコツぶりは変っておらず、こんなものにこだわり続けるハルカ提督の気がしれないとまで思っていたし、地球人類の末裔と言う言葉についても、銀河帝国の国民もDNAレベルでは間違いなく地球人の末裔であり、地球についても、そんな誰も行けなくなった自然保護区のことなんて、どうでもいいんじゃないのかと思っていた。
「確かに、各艦隊の奮戦で帝国軍艦隊も1000隻ほど沈めたようですが、帝国艦隊の総数は1万隻どころか2万隻以上にも及んでいるようで、圧倒的に不利な状況には何ら変わりありません……。ランチェスターの二次法則って知ってますよね? 戦いは誰がなんと言おうが、数なんです! いくら我々のテクノロジーが優勢でも、こっちはもはや僅か30隻を残すのみ! もはや1000倍もの兵力差はどうやっても覆せません! いい加減、現実をお認めくださいっ!」
天霧も歴戦の戦士なのだ。
当然ながら、銀河史上最大最強の覇権国家である帝国が本気を出せば、エーテル空間に数万隻の大艦隊を出現させる事など、半年もあれば軽く実現するだろうと見込んでいて、案の定と言う結果になっていた。
まぁ、実際は半年どころか三ヶ月程度と、意味の解らないほどの超スピードだったのだが。
それもまた、想定の範囲内ではあった。
彼女に言わせれば、こうなる前に勝負を付けるしか勝機はないと考えていて、長期戦となり物量の勝負に持ち込まれてしまったら、絶対に勝ち目はないと断じていたのだ。
だからこそ、天霧もハルカ提督の作戦参謀の一人として、電撃速攻による帝国艦隊の殲滅と主要中継港を占拠することで帝国をエーテル空間から切り離し、その膨大な国力を無力化させることを戦略目標とした帝国攻略作戦を立案していたのだが。
結果的に、帝国はたかが100隻程度の銀河守護艦隊にとって、あまりに強大に過ぎる敵だった。
もちろん、数の不利を覆す電子浸透攻撃は強力なアドバンテージであり、それ故に帝国相手の戦いも連戦連勝を続けていたのだが。
そんな物に頼った優位性がいつまで続くかは怪しい限りで、何より国家戦略レベルの優劣ともなると、まるで話しにならないほどの格差があった。
なにせ、帝国の総星系数は、今やかるく1000個単位にも及んでおり、その時点で銀河守護艦隊単独で全超空間ゲートを占拠するなど到底不可能だったのだ。
だからこそ、ハルカ提督も銀河連合傘下星系の帝国からの解放よりも、帝国の主要な軍港や主星系につながる超空間ゲートを閉鎖することで、それらを奪回すべく戦場へ現れた皇帝達を仕留めることで、帝国自体を無力化制圧しようとしていたのだが。
その考えはあまりに甘すぎた……。
ハルカ提督も皇帝を皆殺しにすれば、専制国家たる帝国は求心力を失った事で瓦解し降伏するなどと安易に考えていたのだが。
帝国は、そんな甘い相手ではなく、七皇帝を倒した結果、よりにもよってと言える正真正銘の化け物であるゼロ皇帝とユリコが再臨し、いとも簡単に国内をまとめ上げ、当初、戦略的に無価値だと思いこんでいた資源星系にまでも帝国は秘密裏に生産拠点を用意しており、ほんの数ヶ月と言う短期間で、より強大化して、銀河守護艦隊の前に立ちはだかってみせた。
そして、天霧が懸念していた通り、帝国はその本領を発揮し、たったの一戦で銀河守護艦隊の半数が失われ、もはや主力艦隊を残すのみという状況にまで追い込まれていた。
つい先日までは、多少の損耗艦や撃破された艦艇は出ていたものの、帝国相手の戦いは全戦全勝と言える状況だったのだが……。
結果だけを見ると、帝国は全ての戦いで連戦連敗を喫していたのに、衰えた様子一つ見せておらず、その艦隊戦力はむしろ、開戦前以上の規模になっており、当初あれほどまでに執着しているように見えた銀河連合傘下星系をあっさり手放すことで、銀河守護艦隊の大義名分を奪い取り、逆に侵略者の汚名をなすりつけた挙げ句、帝国領についても、結果的にあっさりと奪い返されてしまった。
天霧から見ても、まるで詐欺にあっているようかのように、まともに一戦も交えないうちに圧倒的不利な状況に陥っており、この状況を現出させたゼロ皇帝にもはや畏怖を通り越して、尊敬の念すら覚えていた。
逆に銀河守護艦隊は、その根拠地となっていた拠点艦を本拠地ごと失った……たったひとつの失点が完全に致命傷となっていた。
それ自体は、銀河守護艦隊は兵站に弱点があるとアスカが見抜いた上で、上手く行ったらみっけ物程度の感覚で、配下の特殊作戦部隊に作戦立案なども込みで一任させていたのだが。
帝国の苦境を理解し、その一撃が戦局を変えうると悟った現場の特殊作戦部隊の兵士達は、捨て身での重力爆弾解放と言う禁じ手とも言える作戦を実施する事で、アスカの要望を最大限に実現せしめたのだ。
アスカにはこう言うところがあって、基本的に何かと言うと部下に丸投げなのだが。
丸投げされた部下たちは、往々にしてアスカの想定以上の働きをすることがあり、アスカもまさか彼らが自爆特攻をするとは思っても居なかったのだ。
……アスカ配下の特務部隊司令のロズ准将。
彼女はそれまでも、ラースシンドロームに感染した暴徒達相手の鎮圧戦や、外惑星地上戦などを幾度ともなく経験したアスカの忠臣の一人であり、歴戦の将だったのだが。
彼女は、銀河守護艦隊の拠点への奇襲は一回こっきりのものであると踏まえた上で、最大限の効果を発揮させるために、捨て身の自爆特攻という手段を選択し、その配下の隊員達も全員一致で、ロズ准将の提案を支持し、何をしようとしているのかを悟った銀河守護艦隊の艦砲射撃による制圧射撃と陸戦ユニットの猛攻に、耐え抜き……その戦術目標を達成した。
なお、この戦いでアスカ直属特務部隊は、アスカの護衛役を命じられていた事で作戦から外されたゲーニッツ少佐の第三中隊以外は、誰一人として生還せず、帰還率ゼロ%と言う悲惨な結果となったのだが。
その一撃は、文字通り歴史を変えるほどの一撃となった。