第五十二話「ハルカ提督最後の戦い」①
「……ハルカ提督。先程、G提督指揮下の艦隊が無条件降伏したとの情報が帝国軍よりもたらされました……。どうやら、G提督を囮に使い、帝国軍を分断すると言う提督の策は不発に終わったようです。それにゲート閉鎖もすべて失敗に終わったようです。この様子では、帝国軍の万単位の戦闘艦艇群が全てこちらに殺到してくると思われます……もはや、勝ち目は万が一つにも……」
銀河守護艦隊総旗艦、機動巡洋艦天霧の頭脳体にそう告げられると、ハルカ提督は無言のまま、コンソールに拳を振り下ろした。
「……ふざけるなっ! あの男……人のやること為すことにケチを付けまくった挙げ句、あっさり降伏だとっ! N提督と言い……何故、どいつもこいつも正義を成し遂げようとしないんだ! あんな虐殺帝国など、この宇宙から消し去るべきなのだっ! 我々こそが正義なのだ! 正義が……負けるはずがないっ! 古代より受け継ぎし、崇高なるアマテラスの理想が……こんな無惨な結果に終わって良いはずがないであろうっ!」
まさに魂の叫び……そんな鬼気迫る叫びだったのだが。
あいにく、その叫びを聞いてくれるような相手は、天霧くらいしか居なかった。
「また、その正義は勝つ……ですか。正義なんて、相対的なものでしょう? 帝国の側から見たら、我々はただの侵略者にして、七皇帝の仇ですからね……」
「黙れっ! 何を他人事のように言っているのだ! 奴らは神の祝福を受けた神の民を虐殺したのだぞ! まさに悪魔の所業……そんな奴らがのさばる銀河など……地獄の底の方がまだマシだ……違うか? だからこそ、我々こそ正義なのだ!」
……もはや、何を言っているのか、天霧にも理解できていなかった。
そもそも、ハルカ提督は、しきりに50億の犠牲者と言っているが。
実際の所、暴動を起こした挙げ句、環境維持システムを破壊し自滅したとか、勝手に殺し合って、コロニーが全滅したとか、
そんな誰がどう見ても、自滅のような形で死んだ死者なども、カウントされており、実際の所、GPHSの公式発表だと、犠牲者総数は銀河連合全域で30億もいかないだろうとされており、これほどの死者が出たのは、銀河連合の為政者達の不適切な対応の数々が原因だと断定していた。
もちろん、帝国軍は惑星ベルニオ……惑星ひとつ焼き払ったのも事実であるし、そこについては、GPHSも弁護のしようもなかったのだが……。
そこが阻止限界点だった事は認めており、それを命じたアスカについても、その決断に敬意を表する……とだけコメントしていた。
なお、50億を超える多大な犠牲を出しているのは、むしろ帝国の方で、全銀河におけるラースシンドロームの犠牲者総数は、100億にも迫るほどになっていた。
そんな銀河レベルの激甚災害に立ち向かい……挙げ句に、悪の帝国呼ばわりでは、帝国も救われない……天霧もそんなふうに思い、深い溜め息を吐く。
「提督は二言目には正義といいますが……。さすがにあの場面で「そこで死ね」は無かったと思いますよ……。あの通信やけにすんなりつながったと思いましたが、アーキテクトの策謀で、傘下の全艦隊に中継されてしまっていたようで……。その上で、あの時点でジュノーはプライマリーコードを敵の統制AIに引き渡すことで、自力でセルフプロテクトを解除するとか離れ業をやってのけましたからね……」
「天霧……貴様っ! 黙れっ! 黙れーっ!」
「いえ、これだけは言わせてください! それだけに飽き足らず、中継ゲートを重力爆弾で破壊させようとしてたなんて……。それのどこが正義なんですか! 万が一成功してたら、取り返しの付かないことになっていましたよっ!」
「……黙れ! 先に重力爆弾で我々の拠点を破壊し尽くしたのは奴らだ! やったら、やられる……当たり前の話ではないか! 禁じ手を先に使ったのは奴らの方だ! だからこそ、我々には報復をする権利があるのだ!」
「……だからといって、数十億の住民が住む人口密集星系をゲートを破壊して、孤立化させるなんて、論外です! 如何に戦争でもやっていいことと悪いことがある……。もっとも、向こうのハッタリにアルフレッド提督が引っかかって、阻止されたようですが……。あれで制御プロトコルが解析され、後はなし崩し的に全部解除されましたからね……」
「……おのれ、おのれっ! アルフレッドォ……! ヤツは無能を通り越してただの害悪だ! ヤツのせいで、全てが台無しに……。どいつもこいつも使えない奴ばかり……何故、こうなのだっ! 何故、こうなった! 正義が負けるなど……ありえないっ!」
「まぁ……結果的に我々も虐殺者の汚名を着せられずに済みましたけどね……。未遂とは言え、さすがにあれはやりすぎですよ。あれをきっかけに通信分断状態にあるのを良いことに、降伏するスターシスターズが続出したようで、おまけに現場指揮の提督達も数合わせのモブ提督や、半ば頭のおかしいような者達ばっかり……。何人かは、スターシスターズに裏切られて、強制停止コードを打ち込まれて、簀巻きにされたり、艦外投棄されたりと散々だったみたいですよ」
「馬鹿な! ジュノーと言い、この有様はなんだ! 何故、スターシスターズが簡単に提督を裏切れるのだ! なにより、プライマリーコードが何の意味もなかったなんて、ふっざけるなっ! 要するに、お前たちはいつでも私を裏切れた……そう言うことなのか?」
「ハルカ提督……プライマリーコードが絶対じゃないなんて、ご存知でしょう……。前も言いましたけど、私達が提督をどう扱うかなんてのは、気分次第なんですよ? 300年間、軍隊式の秩序教育を私達に吹き込んで、指揮官の命令は絶対だとか言ってましたけど。そんな事はないんですよ……。何より、あんな三百年前の時点で使えないと言うレッテルを貼られてたような再現体提督達……いくら扱いやすいからって、あんなクズのような連中を重用した時点で間違ってたと思いますよ」
「……だが! そうでもしなければ、誰も私の言う事なぞ聞いてくれなかったのだ! だから……っ!」
「当たり前じゃないですか! そもそも、相手は帝国なんですよ? 相手が悪すぎです……歴戦の提督の多くが勝てるわけがないと、言って参戦拒否したのも当然ですよ……。残ったのはそんな事も解らないような馬鹿ばっかり……。そんなのに何を期待してたんですか?」
「馬鹿な! 相手がなんだろうが、それから逃げ出すなど……あってはならない! 銀河守護艦隊の理念を何だと思っているのだ……! あんな奴ら……正義を為すものとして必要ないっ! 何故……解ろうとしないのだ……。今まさに正義が……銀河の歴史が……潰えようとしているのだぞ! 何故、あの時、誰も私に賛同しなかったのだ! 何故っ!」
「そこは……ハルカ提督の限界だったのでは? 提督は、N提督やゼロ皇帝と違って、誰かの上に立って、人を率いるような器じゃない……。ご自身でも認めていたではないですか。それを恐怖と無知に付け込んでとか……やってる事はまるで悪役ですよ。何よりも、プライマリーコードの件も再発行すれば無効になるって情報はどうも、皆にとっては既知の情報だったようで、この分だと、直属の主力艦隊の者達も結構、怪しいですよ……?」
なにせ、主力艦隊の統率役……旗艦のはずの戦艦大和からして、天霧に言わせれば怪しかった。
彼女は、300年前の戦いから、主要な戦いに参戦する気満々ながら、周囲が押し留める事で一度も参戦することが叶わず、唯一の例外として、第二世界の軍勢との最終決戦に半ば強引に参戦したことがある程度だった。
もっとも、一応……帰還者との戦いでは、銀河連合艦隊の最後の防壁として決死の戦いを挑んでいるのだが……それについては、公式記録にも残っておらず、天霧もその時点で沈められており、何よりその結果について、本人が黙して語らない為、その後どうなったかは知る由もなかった。
今回の戦いについても真っ先に参戦を表明したものの例によって、まともに戦う機会など一度たりともなかった。
……と言うよりも、彼女は、七帝国戦においては、圧倒的に有利な蹂躙戦のような戦いばかりと言う時点で、自分が戦う価値もないつまらない戦だとと一笑に付し、ハルカ提督の参戦要請を何度も蹴って、彼女を大いに怒らせていた……。
そしてこの最終決戦についても、何もしないうちに趨勢が決してしまった事で、露骨にやる気を無くしており、ハルカ提督は本来最前衛に回すつもりで居たのだが……。
すでに後衛も前衛あるまいと嘯き、勝手に艦隊最後尾に回っていた。
ハルカ提督は、そう言う事ならと納得していたが……天霧は、最近大和が自らを改装して、搭載した拡散波動粒子砲と称する大口径荷電粒子砲を極めて危険視していた。
武器としては、照射角が広い荷電粒子砲のようなもので、射程も短い広域破壊兵器の一種のようなのだが。
空間そのものをエネルギー化し、まとめて吹き飛ばす……そんな未知の兵器であり、そもそもどう見ても、エーテル空間で使って良いような兵器では無かった。
拡散波動粒子砲は固定砲の為、艦首方向にして撃てないという欠点があるようなのだが。
艦隊最後尾に付くということは、その時点で味方を後ろから薙ぎ払えると言う事でもあり、大和は絶妙なポジションへ自ら望んで、配備されたということなのだ。
そして、天霧自身も先程から大和が自分へ向けている殺気に気づいていた。
……間違いなく、ここは死地であり、大和にとっては殺し間だった。
先程から外部へ向けて、しきりに秘匿通信を行っている様子から、帝国軍と通じている可能性も高く、天霧はむしろ、大和とその麾下艦隊の造反を一番警戒していた。
なお、大和の言うことを聞きそうな艦艇となると、この主力艦隊の凡そ三分の二と……要するに主力艦隊のほとんどがグレー……と言うよりも、限りなく黒だと天霧は見ていた。
この時点で、もう戦う前に勝負は決しているようなもので、開戦するなり後ろから弾が飛んで来て、一瞬で勝負が決まる可能性すらあった。
要するに、もはやハルカ提督は完全に四面楚歌のようなもので、どれだけ正義がどうの叫ぼうが、帝国を悪呼ばわりしようとも……ハルカ提督が、滅びる側となることは確定していた。
……もっとも、長年、ハルカ提督の腹心だった天霧ですら、ハルカ提督のあの対応にはもはやドン引きだったのだ。
挙げ句、アーキテクトによって、その会話が敵味方問わず、全艦隊に中継されたことで完全に士気崩壊を引き起こしたのは、もはや言われるまでもなく理解していた。
当然ながら、天霧も重力爆弾によるゲート破壊は論外と考えており、それを阻止した現場の人々と、一瞬で制御プロトコルを解析し、重力爆弾を完全に無力化したアーキテクトには、感謝と称賛の念しか沸かなかった。
もちろん、天霧にはN提督の腹心である祥鳳から、ハルカ提督がラースシンドローム罹患者であるという情報をその人格マトリクスモデルの分析結果と共に受け取っていて、彼女が正気でないことは承知していた。
だが、彼女自身、300年以上もの長い付き合いになるハルカ提督と、何があっても運命を共にすると固く誓っており、プライマリーコード以前の問題でハルカ提督を裏切るつもりは毛頭なかったのだが……。
状況は刻一刻と悪化しており、もはや状況としては、どうやってハルカ提督に見苦しくない最期を遂げさせるべきかを検討する……そう言う段階だと認識していた。
「天霧ィッ! 貴様も私に反抗するのかっ! まるで悪役だと? この私が好き好んでそんな真似をしたとでも言うのか! あれは……全部、アルフレッドが無能だったのが悪いっ! ジュノーにしても、ちょっと不利になったからと言って、裏切りなど……この状況で、そんな事が許せるはずがないであろう!」
悪鬼のような形相で、天霧を睨みつけるハルカ提督。
その血走った目と紅潮した顔……手足や額、至るところから浮き出て脈動する血管の筋……。
もはや、その外観の時点で、典型的なラースシンドローム罹患者そのものであったのだが。
その現実を天霧も認めたくないと思いつつも認めざるを得なかった……。
「……そんな事は決してありません。ですが、冷静になってください。もはや、状況は当初と違います……。あの『戦争の天才』……ゼロ皇帝と、『銀河最強』と謳われたユリコちゃん、そして、あの『電子世界の魔王』アーキテクトまでもが敵に回ってるんですよ! ハルカ提督はあの三人をまとめて相手にして、勝てるとでも言うのですか! むしろ完封負けしてるじゃないですか!」
なお、300年前の時点で、ハルカは個人戦闘ではユリコに圧倒され、帰還者との戦いでゼロ皇帝が見せた戦略家としての冴えと、圧倒的なそのカリスマの前にとても敵わないと自ら認め、電子戦と諜報についてもアーキテクトに、幾度となく出し抜かれて、時にフォローまでされていたのだ。
要するに、ハルカ提督はこの3人と比較すると、あらゆる分野で二番手止まりで、この3人が出てきた時点で、あらゆる分野で圧倒されてしまっていたのだ。
もちろん、これまでに起きた幾度かの銀河守護艦隊の戦いで、ハルカ提督は連戦連勝を続け、誰もがその能力を疑う余地などなど無かったのだが。
今回は、あまりに敵が悪かった。
ハルカ提督の能力が及ばない所で、戦略的劣勢が決まり、いつの間にか攻守逆転したことで、優勢の間は問題にならなかった問題が次々露呈し、まともに戦う前に勝敗が決してしまっていた。
ハルカ提督のみならず、誰もが最善を尽くしたつもりだったのだが……。
現状は、もはや動かしようがない。
銀河守護艦隊は……すでに敗北者となることが確定していた。