第五十一話「戦場の幕間」⑦
「その点、七帝国の皇帝達はそこは上手くやってましたからね。ハルカ提督の戦略目標を銀河連合諸国の奪還から、皇帝の打倒と主星系の閉鎖での無力化へ切り替えさせた……戦力的に劣勢化でそれをやるって辺りが凄いですよ」
「だからこそ、ハルカ提督もその成功体験に引きずられたってことか……。けど、今の帝国ってこれでもかって位に冗長化してるから、そんなことで倒れる程ヤワじゃないって、ちょっと考えれば、気づきそうなんだけどな」
「恐らくは、夢を見させられたのかと。なにせ、緒戦の第一帝国皇帝アガートラム8世陛下なんて、自分を囮にして、自分が倒されると軍勢も瓦解して為す術なく中継港が陥落したように見せかけてましたからね。これが七帝国戦の経緯ですが……」
アキがそう言いながら、ゼロ皇帝の目前に七帝国がどのように敗退していったかの戦況推移図が表示されていった。
「確かに、他の皇帝達の艦隊も、ハルカ提督に挑まれるように動いてるようにしか見えないし、戦力にしてもどうみても勝ち目がないような戦力で挑んでるね。これは時間稼ぎを行いつつ、ハルカ提督の戦略目標を見誤らせる明確な意図を感じさせるね……」
「実際、ハルカ提督も当初の戦略目標を全て達成していたのに、帝国を降伏に追い込むのには、結局失敗しましたからねぇ……。これはもう完全に計算づくだったとしか思えないですよ……」
「なんと言うか、自分達の犠牲すらも計算に入れて……か。この時点でもうハルカ提督とは役者が違うな。けど、ハルカ提督の降伏へ追い込むって戦略は、そこそこいい線いってたみたいだけどね。なんか、場の勢いで帝国議会を凍結させちゃったけど、あれで、ハルカ提督の企んでた無条件降伏の受け入れ工作は台無しになって、その時点で奸計ではなく、実力で降伏に追いやらなければならなくなってしまった。まぁ、ターニングポイントとしては、ここだったんだろうね」
「確かに皇帝が全員死亡したことで、帝国議会に実権が渡り、多くの議員が恭順工作を受けていた事で、無条件降伏の受け入れが採択される直前だったようですからね。民主主義国家なら、その時点で勝負が付いてましたよ。ですが、陛下の鶴の一声の前には議会なんて軽く消し飛んじゃいましたからね」
「なんだか、悪いことしちゃったかなぁ……。まぁ、だからこそ、彼女は執拗に僕を狙ってきたのかもしれないね。さすがに狙い通り……とは言わないけどね」
「いやはや、そう言う何気ない選択肢が後から見たら、それ以上無いって程のベストな選択肢だった。そう言うのって、昔から良くありましたからね……。エスクロン防衛戦だって、撤退中の旗艦を反転させて、敵中突破してゲートに突っ込ませるとか……。さすがにあの時、皆あり得ないーっ! って言ってたんですからねっ!」
「はははっ、あの時は君まで巻き込んじゃって、ゴメンね! まぁ……いいじゃない。結果オーライさ!」
当然の話ながら、幕僚としてゼロ皇帝と共に旗艦に乗っていたアキは巻き込まれ、決死の覚悟で殿戦を挑もうとしていた近衛騎士団の面々は、まさかの旗艦反転逆走に、もうてんやわんやで後追いをする羽目になったのだが……。
「まぁ、そうだったんですけどね……。でも、普通はあんなことしませんよ……。一体何故、あの時……陛下は、あんな無茶をしたんですか? 陛下だって、撤退やむなしってことで、私達の提案に渋々ではありましたが、ちゃんと同意してくれたじゃないですか……」
「……あれも、それなりの葛藤の末だったんだけどね。エスクロンにユリコくんがいたって事は解ってたけど、あのまま僕がエスクロンを見捨てて逃げてたら、ユリコくんに二度と顔向けできない……そう思ったら、気が付いたら反転命令とかやってたんだよね……」
「……確かに、あの頃のユリコちゃんは、生きる気力すらも失いかけてましたからね……。あの時、たまたま色々刺激が加わって、陛下の体当たり説得が上手く行って、復帰してもらえたようなものでしたからね……。確かに、陛下がエスクロンに残ると言う選択をしなかったら、ユリコちゃんも復活してたかどうか、解らなかったし、そうなってたら、あの戦いに勝てたどうかは……微妙ですよね」
「うん……そうだね。まぁ、あの時は……ふふっ、僕も若かったなぁ……はっはっは!」
そう言って、頭をかきながら、遠い目をするゼロ皇帝。
ちなみに、ユリコが徴兵事務所に現れた際のゴタゴタの後、ユリコはすっかりヘソを曲げて、自分の家に帰って、再び引き籠もってしまったのだが。
そうやって、怒ったり、照れたりと言う感情を露わにすることは、その時のユリコとしては大いなる進歩で、ゼロ皇帝も「こうなったら、本気で口説き落とす!」等と誰が聞いても爆弾発言としか思えない発言をすると……。
三顧の礼の如く連日、単身ユリコの家へ通い詰めて、ゆっくりとユリコの心を解きほぐしていって、再び自らの隣へ……戦場へ舞い戻る決意をさせたのだ。
ゼロ皇帝もユリコの説得の際には、供の一人も護衛すら付けず、一人で出向いていっており、その時、二人の間にどのような会話がなされて、何があったかについては、誰も知る由はなかったのだが……。
その時二人の間に何があったかについては、憶測が憶測を呼び、当時の時点でも、ゼロ皇帝がユリコへプロポーズをした……等と言う噂も流れていた。
事実、以降のユリコは完全にファーストレディ扱いになってしまっており、それらの事実故に、後世ではユリコ=皇后説と言う話にもなっていたのだ。
おまけに、ゼロ皇帝の後継者……二代目銀河帝国皇帝は、二人が意見を出し合って設計したデザインチャイルドで……もはや、この時点で二人の子供のようなものであり、誰がどうも見てもそう言う事としか思えなかったのだ。
もっとも、ユリコは、今の時代でも生涯独身だったと公言しているし、ゼロ皇帝についても、そう言った話については、現役時代も今現在も一切触れることもなかった。
二人の関係と言う物は、当事者たる二人ですら、よく解っていない……まさに神のみぞ知る……そんな関係ではあるのだ。
「まぁ、良いですけどね。私達もあの頃のユリコちゃんについては、半ば諦めてましたからね……。何をどう説得したのかとか、あれをどうやって復活させたのかって、色々興味はありますけどそんな野暮な事は、敢えて聞きませんから、ご安心を……」
「まぁ、そうしてくれると助かるかなぁ……。もっとも、戦略的に考えても、あの時、あの状況でエスクロンを見捨てた上で、援軍と合流して無理攻めしても、犠牲が増すばかりだっただろうし……。あの状況で、僕が援軍を陣頭指揮してもあんまり意味がなかっただろうから、僕の使い道としてはアレが最適解だったと思うな……。でも、確かにちょっと無茶が過ぎたね……はははっ!」
エスクロン中継港攻防戦の最終局面。
……もはや、エスクロン中継港の陥落待ったなしと言う状況となり、艦隊の陣頭指揮を執っていたゼロ皇帝も当然のように、残存艦隊と共に撤退するはずだったのだが。
ゼロ皇帝は撤退直前に皇帝命令の発動で、旗艦へ反転を命ずると僅かな護衛艦と共に、帰還者の包囲を強行突破すると、そのまま開きっぱなしになっていたエスクロンの中継ゲートへ突っ込んで、強引に通常空間へと飛び込んでいったのだ。
その上で、エスクロン防衛艦隊を率いて、自ら先頭に立ち、通常宇宙のエスクロン本土決戦の陣頭指揮を取ってみせたのだ。
このゼロ皇帝の英雄的な行動は、当然のようにエスクロン本土防衛宇宙艦隊や、国民達の士気向上に繋がり、おまけに軍神ユリコの復活にまで漕ぎ着けたことで劇的とも言える本土決戦の逆転勝利にもつながっていた。
もしもその時、ゼロ皇帝が艦隊と共に撤退していたら、見捨てられる形となった本土防衛艦隊も逃げ場のない国民達も絶望し、士気崩壊を起こしていた可能性が高く、いかにエスクロン本星にユリコがいたとは言え、この場合エスクロンも完全失陥し、帝国もその国家中枢と100億もの国民を失うことで、再起不能の損失を受けていただろうとも言われていた……。
そんな破滅的な局面を打破する事に繋がった敵中大逆走……ゼロ皇帝の伝説のひとつとして、後世に語り継がれたのも当然と言えば当然の話だった。
「まぁ、ユリコちゃんと言い陛下と言い……ある意味引きが強いですからねぇ……。さすがとしか言いようがないですが。今回も、結構ギリギリの状況ではありましたね」
「ははっ、なんと言うか……僕らっていつもこんなだよねぇ……。入念に準備を重ねて、万全って思ってても、なんだかんだでギリギリ、いっぱいいっぱい。まぁ、この戦いは楽勝って感じだけど、ここに至るまでの経緯を考えると、楽勝とはとても言えないな」
「そうですね……。ハルカ提督の秘策……中継港ゲートの重力爆弾閉鎖ももっと早くにやられてたら、どうにもなりませんでしたからね……。けど、何故彼女はこんな陥落待ったなしになるまで、ゲート破壊をしなかったんでしょうね」
「そうだねぇ……。たぶん、彼女としては、つい先日までは勝っていた……そう思ってたんだろうね。勝ってるのに、わざわざ非人道的な手段を使う必要もない……誰だって、そんなものだろう? だからこそ、僕も彼女が小細工を使う余裕も与えずに、一撃で勝負を決める……その心積もりだったのさ」
「……なるほど。再三、補佐官や前線の艦隊司令から、反抗計画の進言があっても、却下してたのはこう言うことだったんですね……」
「そう言うことさ。戦争なんてのは、一戦で決めるに限る……そうは思わないかい? ダラダラと長々と続けたって何の意味もない。一撃で敵の手足をへし折って、最後に頭を潰す。戦争なんてのはシンプルにやるに限るよ」
「……まぁ、十箇所以上に及ぶ戦線の同時進行遠隔支援は大変だったんですけどね……。私の配下の電子戦技官たちも、ダウン者が続出だったみたいで……」
「うん、君達には苦労をかけたね。けど、アスカくん達七皇帝は、敢えて敗北を受け入れることで、我々にバトンを託してくれた……僕はそう思ってるからね。これで負けたら、申し訳が立たない。だからまぁ、ここは最後まで手を緩めること無く、ハルカ提督と銀河守護艦隊には、綺麗さっぱりご退場願おうじゃないか……。そして、それを散っていった者達への手向けとしようじゃないか」
「そうですね。あの方々は帝国存亡の危機に際して立派に役目を果たして、散っていきましたからね……。私も帝国の開祖の一人として、七皇帝の皆様を誇りに思います」
「僕もそう思うよ……。しっかし、ハルカくんも今の銀河帝国を崩壊させて、どうするつもりだったんだろうね……? その辺りの展望がどうにも見えてこないんだよね……。N提督からはなにか聞いてる?」
「ええ、似たようなことは永友提督も、なんどもハルカ提督へ問いかけていたそうです。でも、まともな答えが返ってくることは一度もなかったとか。神の怒りがどうのとか、地球を蔑ろにして云々とか……築き上げてきた銀河連合の歴史に対する冒涜とか……今の歴史は間違ってる。そんな事を繰り返してたそうです。銀河連合諸国が如何にどうしょうもないかなんて、解りきってたと思うんですけどね……」
「なるほどねぇ……。僕が思うに……ハルカ提督は、帝国を無条件降伏に追い込んだ上で、銀河連合が存続する為に絶対優位の安全保障体制を成立させる。その上で、銀河人類をラースシンドロームの苗床にする。恐らく、これがハルカ提督の真の戦略目標だったんじゃないかなって思うよ」
「ラースシンドロームは死に至り、文明そのものを破壊する明白な脅威……。こんなのを放置していたら、銀河人類の人口なんて、一気に十分の一くらいになるんじゃないですかね。それって……軽く文明崩壊って言いません?」
「その通りだよ。けど、死に至る病はいつかは弱毒化するからね。銀河人類の人口も激減しただろうけど、絶滅だけはしなかっただろう……。なにせ、地球人類種ってのはその程度にはしぶといからね。それもまた、歴史が証明している。そうなると案外、この帝国優位となった銀河世界のリセットとか、そんな事を考えていたのかもしれないね」
「……リセットって……もはや、意味不明ですよ! 自分が思ったような未来にならなかったからって、リセットしてやり直すって、なんですかっ! そのゲーム脳そのものみたいな発想は!」
「まぁ、実際はどうなのかは、本人のみぞ知るってところだけど……ハルカ提督は、何の罪もない帝国の民に対して、事実上の虐殺と変わりないゲート破壊工作まで仕掛けてきたのは事実だからね。ハルカ提督にとって、帝国臣民は、銀河人類と認めるに値しない……。そう言う前提で考えると、彼女の行動にも一貫性ってものが見えてくるんだよ」
「すみません……。実を言うと私……ハルカ提督に少しばかり同情してたんですが……。そんな考えの持ち主だっただなんて……。わ、私達をなんだとっ!」
「まぁまぁ、落ち着こう。君がそんな風に怒るなんて珍しいけど。実際は、些か詰めが甘かったのも事実だし、彼女も非情には徹しきれなかったんだろうね……。新型の重力爆弾にしてもあれほどまでに手が込んだ……完成度の高い代物だったのに、外部から停止コードを送られただけで、きっちり止まるようになってたんだからね……。そこに僕は、彼女に残った良心ってものを感じたんだよ」
「……す、すみません。はぁ……私もまだまだですね……。ユリコちゃんみたいに、スイッチオンみたいに冷静にとか、なれないですね」
「ん……。君まであの子みたいに行き当たりばったりで、感情と思い付きで突っ走るようだったら、僕のメンタルが持たないよ。まぁ、あの子もハチャメチャに見えて、心の中に常に覚めた部分を持ち続けてるからね……。あの子の強さはまさにそれなのさ」
「やれやれ、さすが銀河一の理解者にして、保護者だけはありますね。さて、それではいよいよ、ユリコちゃん……いえ、ユーリィ卿からの至急電です。「白鳳Ⅲ」が空母祥鳳に着艦したとのこと。これより、N提督艦隊と共に、ハルカ提督との最終決戦に挑むとのことです。うん、いいタイミングですね……」
「……いよいよ、この時が来たかっ! ああっ、もうっ! いつもながら、この瞬間はハラハラして落ち着かないったらありゃしないねぇ……。今回も無事に帰ってきてくれると良いんだけど……。悪いけど、いつも通り皇帝最上級命令コード付随の上で「必ず生きて帰ってくるように」と打電を頼むよ!」
そう言いながら、司令席から立ち上がり、落ち着かなさげに辺りをウロウロと右往左往するゼロ皇帝。
もっとも、彼はユリコの出陣ともなると、毎度毎度こんな調子なのだ。
そして、時に目を覆い、泣きそうな顔をしながらも、ユリコの戦いぶりからいっときも目を外すこと無く、時として顔面蒼白になりながらもじっと見守り……そして、その勝利の暁には我が事のように歓喜するのだ。
そして、戻ってきたユリコを全身全霊で抱きしめる……これもまた毎回の行事のようなもので、こんなことをやっていては、夫婦だと思われるのも当然であるし、実際の所、その事を頑なに否定しているのは、当のユリコだけであり、ゼロ皇帝は別に否定も肯定もしない……そんな姿勢を最後まで崩さなかったのだ。
アキ達、皇帝直属の側近達にとっては、こんなゼロ皇帝の様子も見慣れた光景であり、そして、同時にユリコはどんなに厳しい局面であろうが、ゼロ皇帝の「必ず戻ってこい」と言う命令を違えた事は一度たりともなく……要するに、誰も心配なんてしていなかった。