第五十一話「戦場の幕間」⑥
まず、アスカは帝国軍艦隊と銀河守護艦隊の戦力比は10倍以上と見積もっていて、更にその4倍ということで総計4000隻の艦艇増産を計画し、秘密裏に建造された各秘匿工廠の管理AIに指示を出していたのだが。
アスカの死により、その管理者が居なくなり、歯止めが効かなくなった事で、ノルマ数達成後もAI達は黙々と新たな資源小惑星を引っ張ってきて、それらを削って金属資源やレアメタルをかき集めて、ガスジャイアント惑星から水素燃料を大量に確保しつつ、エーテル空間戦闘艦艇を次々と作り続けていたのだ。
諜報員を無人タンカーに便乗させて、秘匿工廠の様子を見に行かせたところ、10箇所ほどもあった秘匿工廠では、どこも明らかに作りすぎて、置き場がなくなったような有様になっており、平均すると一箇所あたり2000隻以上もの戦闘艦艇がストックされており、帝国軍には万単位のエーテル空間戦闘艦艇と、最新鋭の自動工廠がまとめて転がり込んでくることになったのだ。
もちろん、それら戦闘艦艇は、小型艦ばかりで戦時急増品以外の何物でもなく、その機能は極めて限定されていたのが……。
それまでのスターシスターズ艦のデッドコピーの系譜ではなく、宇宙艦艇ベースの新概念戦闘艦と言うべきものだった。
そして、電子戦対策についても、そもそも外部通信機能を近距離レーザー通信のみに限定することで、外部からのコントロールを受け付けないように設計されており、明らかに銀河守護艦隊への逆襲を意図し、新規設計されたものだったのだ。
これらは、国力や開発リソースなどが後方支援担当と言う事で、温存されていた第三帝国技術開発部が行っており、その上当然ながら、その開発期間についてもいきなり湧いてきた訳ではなく、アスカ就任の間もない頃……10年前から開発されており、アスカ自身が銀河守護艦隊との激突する可能性を想定していたとしか思えないものだった。
そして、その上でゼロ皇帝とアキは、一連の戦闘結果から、銀河守護艦隊と帝国軍艦隊の戦力比を20倍以上と想定し、そう言う事ならとアスカの想定の更に上を行く100倍……1万隻もの戦力を動員することで、数の暴力で銀河守護艦隊を蹂躙することにしたのだ。
エーテル空間において、ここまでの規模の大規模艦隊運用については、スターシスターズも含めて、これまで前例すら無かったのだが。
もともと、銀河帝国軍は通常宇宙空間にて、総計で数十万隻以上にもなる尋常ならざる数の宇宙艦隊を擁しており、エーテル空間戦闘艦艇の補給物資についても、各首都星系や軍港などの生産拠点は抑えられていたものの……宇宙戦艦や民間エーテル空間船の共通規格品を流用できるようになっていた事で、帝国各地の有人星系や関連星間輸送企業など、あちこちからかき集めることで、簡単に揃えてみせた。
そして、補給計画についても、帝国軍の後方作戦参謀や兵站管理AI達は、割りと無造作にこなしてみせて、艦隊運用についても歴戦の宇宙艦隊統率AIに任じることでまったく危なげなかった。
本来ならば、大軍の運用でもっとも困難かつ、難儀するのはこの兵站面の問題なのだが……。
帝国軍はエーテル空間と比較するとスケールが桁違いに広大な各星系宇宙空間にて、エーテル空間戦闘艦よりも遥かに大飯食らいの宇宙戦艦の大軍の運用すらも平然とこなしており、エーテル空間上での一万隻の運用にしても、せいぜい片手間程度の話で、全く問題にしなかったのだ。
N提督が聞けば、羨望するような話だったが。
そこら辺は今に始まったことでもなく、昔からそんな調子だったので、誰もが周知の事ではあったのだ。
そして、その程度の数の戦力なら帝国軍がその気になれば軽く揃えて、容易く運用するというのは、ハルカ提督も想定しており、その為に主要な工廠がある各帝国の本星系の中継港などに相応の戦力を配置し、陸戦隊なども置くことで、厳重に隔離封鎖していたのだが……。
帝国軍は、ハルカ提督の予想の斜め上を行き、それら主要星系の中継港を始めからないものとして考え、ハルカ提督の思惑を軽く超えてきたのだ。
いずれにせよ、ゼロ皇帝もアスカのその先見の明には大いに助けられ、僅か数ヶ月と言う短期間で急速に帝国軍艦隊を立て直し、その戦力も開戦時を遥かに超える水準まで揃える事ができて、それ故にアスカを高く評価していたのだった。
本拠地への破壊工作と言い、この資源星系の秘密工廠と言い、アスカの仕掛けた戦略は、彼女自身が死してなお、確実に銀河守護艦隊を追い詰める一助となっていた。
そして、第二の要因として……。
ハルカ提督は、七帝国戦において、電子戦で、帝国軍の無人艦隊群を手もなく圧倒したことで、慢心しきっており、電子戦優位である以上は、帝国軍が如何に戦力を用意して来ても電子戦と個々の質で圧倒している以上、負けることはないと思いこんでいたのだ。
しかしながら、実際はアキと言う……かつて、自らをも圧倒した強力な伏兵の存在。
そんな存在が立ちはだかるなど、想像だにしていなかったのだ。
何よりも、彼女の存在については、帝国側は最高機密扱いとし、ゼロとユリコのように大体的に喧伝し公式の場に出てくることもなく、味方に対してもその存在は極秘とし、彼女自身も「サルバトーレⅢ」の艦載AIとして振る舞うことで、ゼロ達ごく一部の者達を除いて、完全に自らの存在を秘匿しきっていたのだ。
そして、彼女自身もこれまで敢えて手加減することで、自らの存在を完璧に隠蔽し、ハルカ提督の情報網からも逃れていたのだ。
そして、各地の帝国軍が銀河守護艦隊打倒のために用意していた新兵器群や、ここに来て持ち込まれたヴィルデフラウ由来の技術を模倣した事で一気に数世代の技術進化を果たした新型ナイトボーダーと、新概念輸送機の開発とそれを用いた新戦術。
帝国軍は、幾多もの策を何重にも用意した上で、満を持して銀河守護艦隊に挑んだのだった。
当然ながら、ハルカ提督はそんな膨大な量の帝国艦隊が動き出した時点で、無人艦艇が主力だと見抜き、即座に大規模電子攻撃で対応しようとしたのだが。
そこに、それまでその存在を隠蔽されていたアキがカウンターパートとして対峙し、事前にその手口などが、詳細に分析されていたこともあり、主力艦艇群についてもアスカ達が銀河守護艦隊を想定し設計していた対電子戦想定の戦時増産艦に更新することで、完全に対抗しきったのだ。
これらは、そもそも艦隊指揮統制AIからの指示で群体制御されるような代物で、武装もエーテル空間輸送船の自衛装備の転用で、貧弱な火力しか持たず、単独では大した動きもできず、その搭載AIも極めて単純な作りでレーザージャミングを行われると一気に無力化するという欠点もあったのだが。
ジュノーの例でもそうだったように、レーザージャミングは諸刃の剣で、スターシスターズ艦が対空主兵装としていたレーザー兵器がまるで役立たずになる為、積極的には使ってこないと想定され、実際にそうなり、それらの問題も密集陣形にした上で、相互リンクもリレー形式で運用すると言う事で、さしたる問題になっていなかった。
かくして、ハルカ提督は、以前の成功体験につられて、各艦の近くにいる戦闘艦を必死になって乗っ取ろうと、電波による電子浸透を仕掛けると言う的はずれな行動に、多くのリソースを注ぎ込み、同時多発的にエーテル空間全域にまで広がった戦線に対して、あれやこれやと欲張ろうとした結果、緒戦からほとんど何も出来ずに完封負けを喫したのだった。
もちろん、ハルカ提督もアキの存在を察して、スターシスターズの大型艦を連結したハードウェアパワーで押し切ろうともしていたのだが。
共鳴通信……アストラルネット同様の精神世界経由の通信網すらシャットアウトされたことで、相互連携もままならなくなり、アキもゴリ押し力技を想定した「サルバトーレⅢ」と言う強力なハードウェアを有していた事で、呆気なく逆に押し切られてしまったのだ。
かくして、前線に対しての電子情報支援や相互連携、統制指揮も何も出来ないまま、銀河守護艦隊は、ほぼ無策のまま各個にて圧倒的多数の帝国艦隊と戦わざるを得なくなり、撤退も降伏も出来ないまま、帝国軍の数の暴力の前に無惨に蹂躙されていったのだ。
つまり、帝国の底力と、アスカ達七皇帝の残した数々の戦略的な仕掛け……。
それらを集結した帝国の総力……それがこの帝国軍の戦略的優位を作り出していたのだ。
もちろん、それらの優位性はさほど長くは続かないと、ゼロ皇帝も承知しており、その為に事前に各地で散発的に威力偵察を仕掛け、入念に銀河守護艦隊各艦の戦闘データを集めた上で、一撃で銀河守護艦隊を壊滅させる機会を窺っていたのだ。
最後の一戦で勝利するためだけに、百戦中九十九の敗北を許容する。
そんな、ゼロ皇帝の戦略が、百戦錬磨のハルカ提督を圧倒した。
これはそんな状況だった。
「確かに、アスカくんも、あの状況で秘密工廠の建築とかよくやってくれたよ。しかも、あのハルカ提督に全く気取られなかったとか、その時点で大したものだよ。それに目の付け所も良かった。資源星系なら外部から資源を持ち込まなくても、いくらでもエーテル空間戦闘艦艇や各種兵器を増産できるからね。彼女が残してくれた「我が後に続く者たちへ」と言う文書データの末尾に記載された数字とアルファベットの羅列……。一体何なのかと思ったら、全部無人運用資源採掘中継港のコードナンバーなんだもんな。帝国の人間ですら、あの辺の資源星系がどうなってるのか、誰も解ってなかったみたいだったから、当然ながらハルカ提督も解りようがない……まったく、お見事だったよ」
「おまけに、どこもかしこもスタンドアロン制御で、帝国ネットワークにも繋げてないなんて念の入れ様でしたからね。誰かが直接行って見に行かないと、秘密工廠の存在すらも気付かない。さすがに、週一で重水素タンカーと鉱石運搬船が往復してるだけの無人資源採掘星系のゲート超えたら、工廠が溢れかえってて、宇宙空間に千隻単位でエーテル空間戦闘艦が浮かんでるって報告聞いた時は、変な笑みが浮かびましたよ……」
「まったく、自分達が倒れるのは承知で、後に続く者へ未来の希望を託す……か。アスカくん達がどれ程の覚悟の上で銀河守護艦隊に挑んでいたのか手にとるように解るよ……」
そう言ってゼロ皇帝は瞑目し、敵味方を問わず、この戦いで散っていった者たちの冥福を祈った。
「しかし、ハルカ提督も……躊躇いなく外道な手を使おうとしたり、こうも何もかも後手に回ってるとなると、やはりラースシンドロームの影響があるんですかね……。あの方の戦術指揮や戦略眼はなかなかに見るべきものがあったはずなのですが……なんと言うか見る影もないって感じですね」
「まぁ、少数を薄く広く配置して守りに入る……なんてやってる時点でそもそも駄目だよね。そんなの各個撃破されるに決まってるだろうに……いくらなんでも自分達を過信しすぎだ。防衛戦ってのは、優先順位を付けて、優先順位が低いものは切り捨てる覚悟が必要なんだ。あれやこれや欲張ると結局、何も守れないまま終わってしまう」
かつてゼロ皇帝は、首都星系エスクロンの本土決戦で、救援に向かおうとしていた艦隊を皇帝命令で、全て引き上げさせることで、エーテル空間艦隊戦力を温存することを最優先とした……そんな戦略を躊躇いなく実行した程なのだ。
劣勢下で、後が無い本土決戦の最中に、そんな思い切った戦略を実行した胆力と豪胆さ……。
ゼロ皇帝もまた名将と讃えられるに相応しいと言われる所以だった。




