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第五十一話「戦場の幕間」⑤

 高速戦艦「比叡」を旗艦とするH提督率いるH艦隊との戦いについては、帝国軍と銀河守護艦隊との戦いでも間違いなく激戦と言えた。


 戦術指揮AIが歴戦の古豪であり、粘り強い指揮統制と防衛戦の名手と定評があるオーキッド卿でなかったら、軽く戦線崩壊していた程の損害を受けていたのだから、およそ尋常ではなかった。


 なにせ、オーキッド卿も念には念を入れて、20層にも及ぶ縦深防御陣を敷いていたのに関わらず、18層まで突破されると言う有様だった。


 だが、それでも全体から見たらさしたる痛痒ですらなかった。


 なお、この時点で直接、銀河守護艦隊と交戦した帝国軍艦艇はおよそ7000隻。

 一連の戦いで失われた艦艇数は、2割にも届いておらず、ゼロ皇帝が許容範囲内と評したのももっともな話だった。


「いやはや……。戦力をケチらなくてよかったよ。とんだ化け物退治って感じだったねぇ……。これが有人艦艇だったら……なんて考えるとゾッとするよ」


「そうですね……。有人制御だと小型艦でも一隻辺り百人は乗らないとまともに運用なんて出来ませんからね……。それが1000隻も沈んだとなるとその時点で10万人の死者……となります。さすがにそこまでの損害だと許容範囲なんて言っていられないですね」


 過去の事例だと、エーテル空間戦闘での有人艦艇撃沈時の生還率は一桁前半程度と言う数値……それが現実だった。

 

 エーテル空間の過酷さがうかがえる数値でエーテル空間での戦いに、生身の人間などお呼びでないと言われる所以だった。


 それ故に帝国軍は無人戦闘艦に頼る傾向が強かったのだが、結果的に電子浸透攻撃に弱いという弱点も抱えることになっており、その対策として、今回の作戦には、有人部隊も数多く参戦していたのだが……。


「実際、すでにこちらの戦死者総数も四桁超え……。そう甘くはないとは思っていたけど、なかなかにキツイな……。と言うか、損害の割にやけに戦死者数が多い……ここまで戦死者が出るって、予想は出てなかったよね?」


 事前の損害予想では、帝国軍人の有人部隊の損害は、無人兵器との比率からの概算で、全戦線をあわせても100名は超えない……そんな風に予想されていたのだが。

 

 今の時点での人的損害は、その10倍以上の数値で、それも今後増えていくのは確実と予想されていた。


「……有人部隊の士気が高すぎたがゆえの弊害と言ったところですね……。本来、有人兵器群は最後方配備としていたのですが、敢えて前に出て行ってしまって、撃破される事例が多発しているようでして……。それに恐らくこの様子では、プライマリーコード命令が乱発され、有人兵器が狙い打たれた可能性もありますね……」


 その言葉を聞くと、ゼロ皇帝も大きくため息を吐く。


「そうか……これは皆にとっては復讐戦でもある……前に出るなと言っても止まらない。そう言うことか……ならば、改めて皇帝命令ってことで、有人部隊はなるべく後方に……もしくは、無人兵器群で出来る限り、フォローをするように正式に通達をしておいてくれ。それにしても、有人兵器狙いを意図的にやってるとなると……。やはり、その昔、N提督が懸念してた通りになってるって事か……。死を軽く見るものは自分の死どころか、他人の死すらも軽く思うようになる……か。僕らも反面教師にしないとだね……」


「どうも、ハルカ提督が降伏や撤退の許可を片っ端から却下したみたいで、前線の再現体提督たちもヤケを起こしたようで、結果的にこんな事になったようですね……。そもそも再現体提督もスターシスターズも負けの経験がほとんど無かったせいで、劣勢と解っていても戦い続けるしかなかったようで、無差別攻撃を仕掛けてきた例も多く出ていたようです……。我が帝国軍の戦闘規範では互角の兵力でも、迷わず後退ってなっているのを考えると、凡そ正気とは思えない対応ではあるんですが……」


 互角の兵力で戦って仮に勝ったとしても、損害は相応に出る。


 それが戦場の現実であり、一時の敗北を受け入れ損害を最小限に抑えた上で後退しつつ、遅滞防御を繰り返す事で、相手にも消耗を強いて、その上で味方との合流を繰り返し、最低でも倍以上の兵力を確保した上で反撃を開始し蹂躙する。

 

 帝国軍のドクトリン自体がそうなっており、帝国の戦いは歴史を顧みても、毎度毎度、そんな調子で、緒戦は面白いように負けて、ズルズルと後退していくのだが。


 侵攻者側は、追撃戦で消耗した末に、合流に合流を重ねた数的優位の帝国軍の反撃にあい、その結果、前線部隊が壊滅すると、あとは蹂躙戦となって、一気踏み潰される。


 ……それが常となっていた。

 要するに、帝国軍にとっては戦場で負けたり、撤退するのは、もはや日常茶飯事で、負け慣れした軍隊とも言えるのだ。

 

 それ故に、兵器の類も逃げ足の速さや身軽さを重視する傾向が強く、エーテル空間戦闘でも、およそ8割の艦艇が小型高機動、高火力型の駆逐艦タイプの無人艦艇で、残り二割が空母やナイトボーダー統制艦と言った機動兵器母艦と言う極めて偏った編成となっていた。


 もちろん、帝国軍も拠点防衛用の重防御型の艦艇や兵器も幾度となく試作、実戦投入されてはいたのだが。


 その手の兵器は、帝国軍の常……後退防御ではむしろ足手まといとなり、追撃蹂躙戦のような状況では当然のように、防御力などよりも、火力と足の速さが求められる。


 要するに帝国軍の戦いは、一目散に逃げるか、怒涛の蹂躙戦のどちらかになる傾向が強く、それら鈍重な兵器は前線の兵士達からも不人気で、それ故に決して主力となることはなく、地上歩兵部隊すらも、身軽な軽装歩兵が主力となるような有様だった。


 もっとも、相手にする側にしてみれば、戦いを挑むなり、早々と逃げ出し、追っても追っても逃げていき、チクチクと削られ消耗を強いられ、やっと追いついたと思ったら、どこにそんな数が居たのかという程の数で、包囲殲滅され、そこから先は蹂躙戦。

 

 これまで、帝国の敵となった側は毎回、そんな調子で敗北してきていた。

 今回の銀河守護艦隊も似たようなパターンで、敗色濃厚となっており、帝国軍にとってはいつものパターンとも言えたのだ。


「……そんな玉砕を命じた所で戦況は覆らないだろうに……。けど、負けた経験がない……か。僕ら帝国も「帰還者」との戦いじゃ、最初は派手に負け込んでたし、僕らが休眠中の間の帝国の歴史記録でも、油断して常備戦力を控えめにした所で、先制奇襲でド派手にやられたり、時に内乱が起きたり、なんとも苦労ばかりしてたみたいなんだよね……。まったく、負け知らずなんて、実に羨ましい限りだよ」


「あの戦いは本気でキツかったですからね。当時の銀河連合も銀河連合艦隊も、最初は傍観してるだけだったし……。でも、こうなると勝ち戦ばかりってのも考えものですよね……。逆を言えば、追い込まれた経験がないから、負けていることに気付かない……そんな感じもしますからね。まぁ、負け込んでも諦めずに最後に勝つ……それがうちのやり方って事で、良いんじゃないですかね」


 なお、「帰還者」との戦いでも当時の帝国軍もやはり、最初は数千隻規模の艦隊を投入していたのだが。

 

 帰還者のドラゴン型大型生物群の数は尋常ではなく、それですら足りなくなり、意図せず最前線となってしまったエスクロン星系中継港陥落、帝国領の縦断突破による国土連絡線の崩壊と、散々な負けっぷりを経験していたのだ。


 それらもあって、戦後はエスクロン星系への一極集中を緩和すべく、政治、経済の拠点を複数に分割化し、国家としての冗長性を高め、それはやがて七帝国体制へと繋がっていたのだが、帝国の過剰なまでの数的優位ドクトリンはそうやって生まれたのだった。


「あの頃は、今から考えるといい時代だったかもしれないねぇ……敵が解りやすかった分、銀河をひとまとめにする事も簡単だった。あの時の戦いも国土分断と引き換えに、上手く敵の主攻を銀河連合の中央流域に押し付けることが出来たから、銀河連合軍の助力も得られたし、こちらの負担も大分軽減したからね。戦場での敗北は必ずしも戦争の敗北には繋がらない……僕はそう思うよ」


「まぁ、そんなものですよね。あの戦いは銀河人類の総力戦に持ち込めたのが勝因でしたからね。やれば出来るじゃんって皆、思ってましたからね」


 実際の所、対岸の火事と言う事で、帝国が帰還者に蹂躙されていくのを見て、当時の時点で落ち目だった銀河連合諸国の指導者達は、他人の不幸は蜜の味の如く、ほくそ笑んでいたのだが。


 エーテルロードの外縁部、銀河辺境の防壁たる帝国が半ば意図的に兵を退いて、国土の分断突破を許した結果、銀河連合諸国にドラゴン文明の軍勢がなだれ込み、蹂躙された。


 対岸の火事が燃え移って、帝国も厄介払いが出来たとばかりに戦力の再編成を始め、エスクロンの本土防衛戦についても、エスクロンにユリコがいた事で、イザとなれば、何とかなりそうだということで、帰還者との戦いからほぼ手を引いてしまった結果……。


 銀河連合諸国はその貧弱な軍備のまま、ドラゴン文明と戦う羽目になり、最中央流域……セントラルストリームまでもが脅かされるに至って、ようやっとそれまで冷や飯喰らいだった銀河連合軍に多大なる予算や資源を投入し、本格的な反撃を命じた。


 それ以前の時点で、ハルカ提督に代表される銀河連合辺境艦隊は、この戦いに参戦していたのだが、ここに来てようやっと本格的に全戦力を投入することが認められて、勇んで銀河中央域の防衛戦に挑んだのだが。


 些か手遅れ感は否めず、帰還者達の勢いを止められず、各地で敗退し、後退に後退を重ね……いよいよ、セントラルストリームの攻防戦となり、必死の持久戦に努めていたのだが。


 再編成により軍勢を倍増させ、エスクロン星系の本土決戦に勝利した帝国軍は、帰還者の侵攻ルートを封鎖した上で、分断された連絡線の回復にも成功し、その後背を脅かす事となった。

 

 ドラゴン文明は、退路と連絡線を絶たれたことで、慌てて取って返そうとして、兵力分散の愚を犯し、一列になって、帝国軍に左右から断続的に襲撃さて、その膨大な兵力も各所で分断され、敵中孤立化した事で、呆気なく壊乱し、その殲滅に成功したのだった。


 今回のラースシンドロームも形式は似たようなものだったのだが、敵の存在が解りにくかった上に、帝国の対応も些か性急かつ、乱暴に過ぎたのは認めざるをえないところだったのだが。


 ……あとからなら、なんとでも言える。

 それもまた歴史の常であり、アスカ達は間違いなく、最善を尽くした。


 それもまた事実なのだ。


「けど、ハルカくんもこんな状況で、我々を敵に回して、よくやってる方だと思うよ。スターシスターズの自爆命令も情報漏洩の阻止という点では意味があったと言えるからね。我が国の技術者は時代が変っても相変わらず大したものだからねぇ……。彼女もそこはよく理解していたんだろうね」


「もっとも、実際はあまり意味がなかったみたいですけどね……。特にジュノーのケースでは……彼女は、明らかに戦場で自らを進化させ、自らを律する……セルフプロテクトをも破ってますからね。どうも、戦闘中にプライマリーコードを自分で新規発行して上書きした上で、シーゼット卿にこっそり移譲してたようでして……普通に提督を裏切ってますからね。彼女……人間の命令を無視した上に、自分の都合で人間を裏切るとか、この時点でAIの絶対原則すら無視してますよ」


「彼女達は時に、人間以上に人間らしい振る舞いを見せるからね。やれやれ、人を動かすには命令や権限ではなく、信義を持って動かすべし。そんなの僕だって解ってるのに……。ハルカくんには残念だと言う言葉しか掛ける言葉が見つからないよ」


「確かに、それってゼロ陛下の信念でしたからね。だからこそ、皆、喜んで貴方に仕えているんですけどね……」


「ありがとう。まぁ、その考えが間違ってなかったって、思い知らされるような話ではあるよ。まぁ、これは今後も皇帝を志す者の信義って事で後世にも改めて伝えてもらうとしようか」


「そうですね。アスカ様もそこはちゃんと守っていたようですからね。陛下の思いは確実に後世に伝わっていくことでしょうね」


「うん、そうだね……。ああ、そうだ……戦況についてだが、どうだい? ハルカ提督のことだから、何処からともなく増援を引き出したりもするかもしれない。銀河守護艦隊の凍結艦隊は、あちこちにストックされてるみたいで、その全ては我々も把握しきれてないからね……そこら辺は腐っても巧妙なんだよなぁ……。それに何体か帝国に潜伏してるスターシスターズ達の動向はどうなってるかな? ここでハルカ提督と呼応してテロとか仕掛けられると、面倒なことになるからねぇ……」


「そこは心配なさそうですよ。帝国へ潜り込んでるようなのは、駆逐艦が中心でそれぞれに民間人のマスターを確保して、武装輸送艦として活動していたり、中には身分証やIDを偽装して、普通に市井で仕事しながら、市民生活をしているような個体もいますからね。彼女達の長期間観察結果でも、ほっといて良いだろうと判断されているようです」


「……なるほどね。そう言う事なら、放っといていいか……。しっかし、あのスターシスターズが船すら捨てて、地上世界で市民生活送ってるとか、さすがに驚いたよ。彼女達も独自に進化してるってことなのかな」


「そうですね。引退した戦闘AI等でも、わざわざ有機素体を作って、一般人に紛れて市民生活を送ってみたりするケースもあるようですからね」


「ただまぁ、プライマリコードを使われたら、危険な事には変わりないからね。一応、警戒位はすべきなのかな」


「どうでしょうね……。プライマリコードは、永続的な強制命令権ではありませんから、とっくに破棄しているか、民間人マスターがいるなら、譲渡している可能性が高いかと。まぁ、下手に突くとやぶ蛇になりかねないので、敢えて触らないと言うのが賢明かと」


「まぁ、そうだね。なにぶん、そのハルカ提督自体が我が軍の包囲下にあって、電子的孤立状態となった事で、身動きが取れなくなっているようだしね。そう言う事なら、ほっといていいか」


「はい。どのみち、もはや趨勢は決まっているかと思われます。まぁ、全体を見ると、思ったより脆かった……そう思いますよ……。想定ではフェイズ2終了段階での想定被害総数は陛下の言うように二千隻か三千隻くらいは、吹き飛ばされると覚悟してたんですが……。二千隻にも満たない程度の損害とはまた……やはり、ずいぶんと弱体化していたようで……。これはアスカ様の功績って所でしょうね」


 要するに、これはそう言う話でゼロ皇帝は、七帝国艦隊と銀河守護艦隊の戦いの実績から、必要戦力を計算し、千隻、二千隻の戦闘艦を用意してもまるで足りないだろうと予想し、アスカの用意した秘匿工廠で生産されていた艦艇をごっそり接収し、総計1万隻超という膨大な数の戦力を用意していたのだが。


 当然ながら、これはそんな一月足らずで用意されたようなものではなかった。

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新連載始めました!! アスカ様の前日譚! 「銀河帝国皇帝アスカ様 零 -ZERO- 〜たまたま拾った名無しの地味子を皇帝に推したら、大化けした件について〜」 https://ncode.syosetu.com/n1802iq/
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