第五十一話「戦場の幕間」③
「畏まりました。皇帝命令と言うことで、各部署へ周知いたします。それに、いいニュースもありますよ。ご存知かもしれませんが、オルトバ星系防衛艦隊旗艦のジュノーが降伏の上で、正式に我軍に参入したという事で、事後報告が来ておりますよ」
実のところ、ジュノーのケースは、一連の戦いにおいて、スターシスターズを自らの意思で恭順させた上で、鹵獲した最初の例でもあったのだ。
「ああ、そのニュースは僕も知ってるよ。なんでも、ジュノーの方がうちの将官を気に入って、名指しで艦長指名しちゃったんだよね。思わず、応援するよってことで僕の名前で改装計画の後押しを各部署にプッシュしちゃったよ。いやはや、まさかスターシスターズのセルフプロテクトを自力で解除させるなんてね。このゲーニッツって中佐は一体何をやったんだい?」
「ええ、アルフレッド提督の企みを奸計で打ち砕き、一喝でその心をへし折ったことで、ジュノーの歓心を買ったようでして……。現場のシーゼット卿からは『本日、私は感動という感情を実装した』……なんてコメントが来てますね。でもまぁ、重力爆弾を使ったゲート破壊未遂とは……ハルカ提督にしては、ずいぶんと悪辣な真似をやってくれましたよ。まぁ、私も危険な状況だと判断して、急遽現場の支援に入りましたが、結構危ないところでした……。ゲーニッツ中佐には勲章と恩給くらいは出したいところですね」
「うん、そこはちゃんと手配しといてね。けど、自分達の根拠地が同じ手で破壊されたから、意趣返しのつもりだったのかねぇ……。でも、無人の資源星系と40億人が住む首都星系じゃ、文字通り被害の桁が違う……未遂で済んだから良かったものの……これ、前代未聞レベルの戦争犯罪だよ。それも自分では手をくださずに、現場のアルフレッド提督を騙して、起爆スイッチを押させるとか、やり口が酷すぎるな……」
なお、重力爆弾については、あの時点ではそれくらいはやってくると想定はされていたのだが、実際は仕掛けられているはずの重力爆弾は探し方も悪かった事で、一つも見つかっておらず、アルフレッドが脅迫に出てきた時点で、どうにも手が出せない状態だったのだが。
ゲーニッツ中佐のハッタリが効いて、アルフレッドがポカをやらかした。
……おかげで、事なきを得たようなものだったのだ。
彼もまたアスカ配下の将官の一人だったと聞いて、またしてもアスカに助けられた……ゼロ皇帝もそんな風に思っていた。
「ええ、一連の戦いでの仕込まれていたハルカ提督の奸計は、どれもこれも悪辣なものばかりでしたよ。現時点で解放済みの首都星系ゲートにも、何箇所か……同様の新型重力爆弾が仕掛けられていたそうですが。プロトコルは共通していたので、いずれも遠隔で無力化の上で解体も成功しており、問題にはなっていません」
もとより、新型重力爆弾の制御プロトコルについても、強力な冗長暗号化を施されており、通常手段ではジャミングも割り込みも困難だったのだが。
死活信号と言う解りやすい制御コードの発信をきっかけに、アキは暗号化プロトコルの解析に成功しており、「電子世界の魔王」の二つ名が伊達ではないと証明していた。
「ゲートを解放されるくらいなら、ゲート自体を破壊して、半永久的に封鎖する……か。さすがにそれは禁じ手中の禁じ手だよ。けど、そこまでして解放させたくなかった……確かに、事情は解らないでもないけど、趨勢が決まったところで、そんな真似をやったところで、何の意味もないだろう……」
「確かに、やって良いことと悪いことがありますからね……。これは、絶対にやってはいけないことだと思いますよ。おかげで、中には良識あるスターシスターズが解除したり、仕掛けた時点で封印を施してたってケースもあったみたいですからね。まぁ……これはちょっとした貸りですね」
「……現場の連中の方が、そこはよく解ってたってことか……。そもそも、あの子達の第一義ってのは、人類の守り手足らん……だからね。そこから外れると彼女達の忠誠心なんてもともと、怪しいものだからね……。ハルカ提督もそこを読み違えてたんだろうな」
「そう言うことですね。まぁ、スターシスターズについては、事前に極力降伏させるように通達していたので、どこも結構手加減してたみたいで、おかげで損害が増えたみたいなんですが……。そこは問題にすべきではないでしょうね」
「……そうだね。それに……僕らはスターシスターズ達に、新たなる戦場も用意出来るからね。地上世界の海上戦……彼女達にとってはまさにうってつけの戦場だろ?」
「惑星アスカのアスカ様の海洋制覇戦略……ですか? 確かに、あの惑星の海洋には、数多くの海洋型巨大生物や未知の戦力の存在が確認されていますからね。私もアスカ様へ増援を送り込む必要性を感じていましたよ」
……後方における惑星アスカの衛星軌道観測結果からは、海洋に潜む未知の巨大生物群や大型の海上戦闘艦らしきものが確認されていたのだ。
その正体については、映像だけでは完全には把握できず、アスカ側でも神樹ですら、それらについては把握できておらず、ゼロ皇帝としては、アスカの覇道を阻むであろう勢力が海洋に存在すると認識しており、アスカの増援として、海洋戦力の拡充が必要と考えていたのだが、その場合の助っ人としてはスターシスターズこそが最適だと判断していたのだ。
いずれにせよ、制宙権も確立できておらず、海洋面積も広い惑星アスカの攻略には、強力な艦艇戦力が必要不可欠で、それらの運用に長けたスターシスターズならば、アストラルネット経由での転送と言う形で、16万光年を飛び越えた上で、アスカへの助っ人となってくれる……ゼロ皇帝もそんな風に考えていた。
だからこそ、この戦いでは極力スターシスターズ達を鹵獲した上で、説得や取引を通じて恭順させる……そう言う方針だったのだ。
もっとも、余計な事を言って前線の者達の足かせを作るのも不本意だと言え、敢えて何も指示を出さないと言う選択を取っていたのだが……。
だからこそ、前線の者達が何も言わずとも、自らの意を汲んでくれていた事に、ゼロ皇帝も酷く満足していた。
「……その通り。まぁ、スターシスターズ達は基本的に戦場と勝利を求める……そんな感じだからね。本格的な未知の惑星の海上戦闘ともなれば、むしろ飛びついてくるんじゃないかな?」
「そうですね……。実を言いますと、ハルカ提督率いる銀河守護艦隊……主力艦隊旗艦……大戦艦大和から、戦後のことに付いて、陛下へ伝えたい事があるとの事でメッセージが届いているのですが……いかが、返信致しましょうか?」
「あの……戦艦大和が? そりゃまたどういう風の吹き回しなんだい? 彼女は古来から銀河連合艦隊の総旗艦という事で別格の扱いだったんじゃないの?」
「……どうも、どこからか我々が大マゼランに到達していると言う情報を入手していたようで……えっと、本人からのメッセージなのですが……。正直、我々では判断し難い内容でしたので、手っ取り早く陛下に見てもらえればと……」
アキが複雑な顔をしながら、大和より送信されたメッセージを再生する。
彼女がこのような曖昧な対応をするのは、珍しいのだが……。
配下の誰もが判断に窮した際は、ゼロ皇帝が決断する。
それこそが、彼の役割であるのだが……。
割と小柄で、巫女のような白無垢姿の幼女じみた見た目の女性が土下座するようにひれ伏す所からその映像は始まっているのを見て、さしものゼロ皇帝も首を傾げた。
なお、他に目を引くのは幾つもの狐のような尻尾が生えて、それぞれがゆらゆらと動いている点と、狐のような耳が生えている事だった。
どうも、九尾狐あたりでもモチーフにしているようなのだが、本来日本では、九尾狐は鳳凰などと並ぶ、瑞獣とされており、イメージとしてはそう悪いものではない。
……玉藻前や妲己に代表される悪女的なイメージは、九尾狐にしてみれば、むしろ風評被害と言える。
そして、彼女……大戦艦大和については、これまで、一度もまともに戦った事もなく、人前に出てくることも無かった……。
無冠の王とも呼ばれるスターシスターズの統率者権限を持つとも言われる存在で、ゼロ皇帝ですらも、一度もその姿を見たことはなかったのだが。
その最初の接触が堂々たる土下座……。
さしものゼロ皇帝も二の句が継げなかった。
『……親愛なる銀河帝国初代皇帝ゼロ・サミングス陛下。我は銀河守護艦隊名誉総旗艦……大戦艦大和である。吾は、この度貴国……銀河帝国が銀河系を離れ、大マゼランのイスカンダルを目指すと言う情報を手に入れた。率直に言わせて欲しい……その旅路に誠に相応しき艦は我……大和なり! 故に、伏して願おう……その人類未踏の旅路の水先案内人として、この我を使って欲しい! ……ゼロ陛下……共に銀河の彼方の希望の星を目指そうではないか!』
「…………」
ゼロ皇帝もひとまず、ツッコミの一つでも入れたかったのだが。
映像メッセージ相手にツッコミを入れても、意味がないと気づき、最後まで黙ってみていることにした。
『ああ、皆まで言うな……。今の我は、ハルカ・アマカゼの指揮下にあり……汝の元に馳せ参じる時点で、彼女のみならず、我らの盟主国たる銀河連合を裏切る事になる……そう言いたいのであろう? ああ、解るとも……。アレもまた、我や汝同様、世界の王たりえる可能性を与えられし、王の一人であるのだからな……』
そう言って、顔を上げた大和はなんとも言えない圧のようなものを映像越しにも関わらず感じさせた。
その様子を見て、ゼロ皇帝も表情を引き締めるのだが……。
『だぁが、我は敢えてここに宣言しよう。我は裏切り者の誹りに甘んじた上で、王たる立場も捨て、汝が忠実なる下僕となろうぞ! ええいっ! もういいっ! 面倒くさいわーっ! ゼロ陛下……頼むっ! 後生であるのだ! 是非とも、我が提案について一考の程を願う……これは我の……大宇宙戦艦大和の名を掛けた……我が存在意義に関わるほどの話なのだ! そ、それでは、色よい返事を期待しているぞ! 偉大なる預言者……ゼロの名を持つ銀河の王よ! これは我の誠意である! とくと見届けるが良い! どぅりゃーっ!』
……そして、もう一度高々と飛び上がって、3回ほど空中で回転すると、綺麗に着地し流れるように深々と土下座をキメる。
そして、そのまま映像はブラック・アウトすると、そのまま終了する。
そのあまりの低姿勢っぷりと、言っていることの訳の解らなさに、さしものゼロ皇帝もポカーンとしていた。
「……い、以上が大戦艦大和からのメッセージです。えっと、ゼロ陛下……大丈夫ですか?」
「あ、いや……すまない。あまりの出来事に思考がフリーズしてしまったよ。と言うか、イスカンダルってどこ?」
……アキに言わせれば、超激レアと言える呆気にとられたゼロの表情だったのだが。
それも無理もない……そんな風にも思う。
事実、アキもこの映像を事前に検閲した際、これは自分の手には余ると即座に判断したほどだったのだから。