第五十一話「戦場の幕間」②
「そもそも、彼らはかつて、我々と共に銀河の敵と戦っていたのに……。何故に、彼らはこんな勝敗の見えた戦いで死ぬまで戦う必要があったんだ……。その辺り、捕虜となった提督やスターシスターズ、N提督辺りから聞いていないのかい?」
そう聞かれては、答えない訳には行かず、アキも聞いている限りの情報を提示する。
「……どうも、彼らの間には、降伏や裏切りのような無様な負け方をすると、二度と現世に召喚されない。そんな脅迫概念が植え付けられていたようで、それ故に、死ぬまで戦いを続ける傾向が強かったようなんですよ……」
「馬鹿な……! それで皆、良しとしていたと言うのかい?」
「今回の銀河守護艦隊は、これまで目立った活躍の無いまま、300年前の黒船との戦いで戦死した無名な提督が多く参加していて、蘇りも始めてだった……そのようでして……。だからこそ、多少おかしな命令だろうが、理不尽な命令でも聞く……例え死ねと言う命令であっても……。どうも、そんな仕組みだったようなのですよ。一応、中には武人としての誇り……敗北の責任を取ると言う事で、敢えて降伏を拒絶した方もいたようですが……」
「なるほど……。七帝国との戦いでも提督達は、彼らの所業を表面的にみただけで、単純に悪の帝国と決めつけて、話し合おうにも聞く耳も持たなかったと聞いてたんだが……。そう言う事情もあったのか……」
「ええ……その上、お互いスコア自慢をしたり、有人機を撃破したり、有人艦を沈める度に、艦体に撃墜マークを刻んたり、殺した人数を自慢するとか……そんな事もやっていたようで……」
「スターシスターズには、対人非殺要項があるはずなんだがな……。すると、彼らは彼女達に意図的に殺しを命じていたと言うのかい?」
「プライマリーコードを使えば、それも不可能ではないですからね。てすが、意図的に有人機を落とし、有人艦を沈めて、殺した人数を自慢すると言うのは、理解しがたい感覚ではありますし、とても許容できる話じゃないですからね……。そして、アスカ様のような虐殺者を皇帝として許容するなら、許されて当然……そんな風に言っていたようで……。もっとも、捕虜の身でそんな事を言ってのけた再現体提督は、その場で司令官権限で銃殺されたそうですけどね」
その言葉を聞いたゼロ皇帝も、大きくため息を付くと額に手を当てて、ギリリと歯ぎしりをする……。
「ああ、その気持ちは理解できるし、捕虜の銃殺とは言え、それは正当な理由だ。構わん……この僕が許す……現場にはそう伝えておいてくれ」
「畏まりました……。艦隊司令は、いかなる処罰でも受けると言っていたそうですが、陛下のお言葉をそのまま伝えるとします」
「頼むよ。……確かに戦争なのだから、人死が出るのは当然なんだが……。死は悼むべきもので、誇るものでは断じて無いっ! ラースシンドロームの犠牲になった50億の人々の死を背負ったアスカくんを引き合いに出す神経も信じられないし、全くもって度し難いっ!」
ゼロ皇帝にしては珍しく、怒りの感情もあらわに、机の上にその拳を振り下ろす。
「お怒りはもっともかと思います……。どうも、彼らはかつての銀河連合軍でもロクに戦果を上げられなかった結果、無能と決めつけられて、本人が再復活を希望していても、そのまま切り捨てられた……。それ故に自分達を認めさせたいと言う自己承認欲求が強かったようで……解りやすい指標として、帝国軍の軍人を如何に多く殺したかを自慢し合うようになっていたようなんです……」
いかんせん、再現体提督については、かなりいい加減な水準で人選が進められており、当時の銀河連合もなかば使い捨て感覚で、運用していたのも事実だった。
当然のように、人格破綻者や犯罪者のようなものも混ざっていたし、事実カイオスのような猟奇殺人者として、歴史に名が残るような者すらいたのだ。
体の良い戦闘奴隷……それが事実であり、そんな彼らが300年前に相応の地位を得たのは、N提督に代表される最前線の提督達が、勝利を重ねることで自らの地位と立場を勝ち取った為に他ならなかったのだ……。
「……そして、ハルカくんはそれを良しとして、むしろ助長するように、煽っていた……そう言う事なのかい?」
「まぁ、そう言うことですね……。なんとも、気分がわるい話ではありますね……」
「そして、それ故に彼らもハルカくんに盲目的に従っていた。そう言うことか……。ホント、彼女は変ってしまったのだな。それもラースシーンドローム感染によるものか、はたまた彼女の信念自体が長い年月の間に歪んでしまったのか……」
「ハルカ提督が、いつからラースシンドロームに感染していたのかは解りませんが。N提督の話では、相手が帝国と知って、歴戦の提督達の多くは参戦を拒否したようで、何も知らない御しやすい者達を再現することで、頭数を揃えた……どうも、そんな感じだったみたいですね……。えっと、申し訳ありませんが。隣室の補佐官達が今の陛下のお怒りで、すっかり萎縮してしまったようなので、どうぞお怒りをお鎮めください……。何より、彼らはすでに死にその人格記憶情報についても、凍結封印を行う予定です。それ故に、もはや陛下が怒る価値もない……そう思いますが」
アキの言葉に、ゼロ皇帝もそれまで、殺気すらも放っていたのだが。
嘘のように、その殺気が消え、顔をあげると何事もなかったかのような笑顔すらも浮かべていた。
驚異的な自制力といえるのだが。
ゼロ皇帝は、いかなる時も冷静な判断が下せるように……そう作られているのだ。
それ故に、自らの感情制御程度、お手の物と言えた。
「……悪いね。この僕としたことが、少し感情的になってしまったよ……。しかし……正義という言葉に誰よりもこだわっていた彼女が、ここまで人としての道を踏み外すなんて……。けど、そうなると一体どこで何があって、ラースシンドロームに感染したんだろうな……。その辺り、何か解った事はあるかい?」
「……ハルカ提督のラースシンドローム感染のきっかけについては、N提督によると十年ほど前の銀河系のはぐれ星系「ラビリンス星系」の無人要塞の管制AIの造反……その攻略戦辺りから、おかしくなったと言っていました……。こちらがその資料です」
そう言って、アキはゼロ皇帝にN提督から提供された10年前のラビリンス星系での戦闘記録情報と、ラビリンス星系についての情報を提示する。
「……銀河系外辺部から、更に一万光年越えた先の遊星星系か……。銀河守護艦隊は独自にそんな所にこんな物を建造していたのか。なるほど、流体面下の深深度ブラックロード経由で行ける最外周域の更に外側の極秘ゲートの先……か。そんなものがあったなんて、これは我々も知りえなかった情報だねぇ……」
天の川銀河は一般的にはその横幅は10万キロと推測されているのだが。
その周辺にはいくつもの元々は銀河系に属していた恒星系や、他所の銀河からはぐれて、銀河系の重力に捕らわれて、ゆっくりと引き込まれつつある恒星系などもあって、それらは遊星星系と総称されていた。
およそ、銀河系の周囲5万光年もの距離にわたって、極めて密度が低いながらもそんな風に遊星星域が点在する宙域が存在しており、ラビリンス星系もそんな星々の一つだった。
当然ながら、エーテルロードの流体面上の接続ポイントは、すでにほぼ全てが解放済みだったのだが。
流体面下に存在するブラックロードと呼ばれる未知のエーテルロードの先に、このような未知の接続星系が発見される事は度々あったのだ。
当然ながら、これらは先史文明が意図的に繋げた裏道のようなものであるとされていて、銀河最外辺部をその領域とする銀河帝国にも、その存在はいくつか知られてはいたのだが。
接続先の星系は、暗く小さな恒星の星系がほとんどで、要するに利用価値の低い星系が大半で、行き来にも相応の手間がかかることもあって、その調査はほとんど進んでいなかったのだ。
そして、エーテルロードの流体面下を戦場とする潜航艦の開発と運用については、帝国軍はあまり熱心ではなく、反面スターシスターズの潜航艦は流体面下最高深度記録を地道に更新し続け、独自に深深度ブラックロードの調査なども行っており、そのラビリンス星系もそのような経緯を経て、銀河守護艦隊の深深度調査艦隊によって、発見されたのだったが。
そこはよりによってと言うべきか……エスクロン星系からもほど近い、言ってみれば、帝国のお膝元と言える場所だったのだ。
銀河守護艦隊は、場所が場所だけに帝国にバレると、帝国の国家的性格を考えると間違いなく帝国との紛争に発展すると考え、その存在を秘匿することとしたのだった。
「そうですね。本来の用途としては、先史文明の遺跡を流用した銀河系外から来る敵に備えた前哨警戒基地だったようなのですが……。記録によると敵襲ではなく、基地管制AIが突如として反乱を起こし、通常空間側から艦隊戦力を送り込んで来たようなんですね。で、それを察した銀河守護艦隊が独自に戦力を送り込み、極秘裏に深深度対応の潜航艦隊による迎撃戦が勃発し、辛くも迎撃に成功はしたようなのですが……」
「なるほどね……僕らに黙って、こっそり前線基地を作ったのはいいけど、そこでAI暴走が起きて、造反AIの艦艇が出てきそうになったから、極秘裏に撃破した。そう言うことだったのか。位置関係上、僕らにバレたら大問題になるからって、敢えてそうしたんだろうね」
「確かに、このブラックロードの入り口は、エスクロン星系の絶対防衛圏内だったようですからねぇ……。帝国の国家規範からすると、奪取に動くのがむしろ当然の話ですからね。もっとも、我軍の潜航艦はこんな深度500のブラックロードなんて、想定していないですから……。仮に我々が先に見つけていたとしても手は出せなかったでしょうから、杞憂だったと思うんですけどね……」
「まぁ、そこは仕方ない。我々もその手の前科持ちではあるからね。教えてしまったら、確実に紛争になるからこそ、敢えて黙っておく……これもまた、賢明な判断と言えるだろう。でも……どのみち、スターシスターズの潜航艦しか入れないようなとこなら、言ってもらえれば支援くらいはしたと思うし、僕らとしても銀河系外の前哨基地は欲しかったんだから、情報共有くらいしてくれたっていいじゃないかって思うよ」
「確かにそうですよね。まぁ、この時点でハルカ提督も帝国を信用していなかったのかもしれないですね。さて……その後の経緯ですが。スターシスターズの潜航艦もこの作戦の為に通常宇宙空間にも対応出来るように改装が施されており、そのまま通常宇宙側に侵攻し、宇宙要塞と化していた前哨基地を攻略……最終的に基地を爆破した上で、ゲートも重力爆弾で崩壊させることで、完全に封鎖したようですが。銀河守護艦隊もその情報は内輪に留めて、今の今まで極秘としていたようです」
「……場所が場所だけに帝国に相談も出来ず、何もかもを無かった事にして、極秘裏に処分か……。確かに、対応自体は悪くないけど、その時、ハルカ提督もその管制AIを狂わせた何かと接触した可能性が高い……そう言うことか」
「あくまで推測の域を出ませんけどね。けど、この話……なんとなくなんですが、エスクロン時代のAI戦争に通じるものがありませんか? 確かにアスカ様もそんな話をユリコちゃんにしていたみたいなんですが……」
「そうだね……。エスクロン星系カイパーベルト防衛艦隊指揮統制AI、フォーチュンテラーの造反が何故起きたのかは、結局謎のままだったからねぇ。そして、ラースシンドロームはAIにすらも感染する可能性がある……か。そうなるとやはり、アスカくんが言っていたように、根本は一緒なのかもしれないね……。アキちゃん、君はどう見る?」
「他ならぬユリコちゃんのクローン体のアスカ様がそう言ってるんですからね。信憑性はかなり高いかと……。少なくとも、あの方がそんな的はずれな憶測をするとは思えませんからね」
「……なるほどね。確かに、僕もそう思うよ。ひとまず、この件については、AI戦争の生き残りのAI諸兄に、エネルギー生物についての情報を提供した上で、過去の情報分析を依頼しておいてもらえるかな? 彼らなら何か解るかもしれない」
「そうですね。私達はAI戦争については、伝聞でしか知りえませんから、当時の当事者たちに聞くのが一番早そうですね。では、早速そのようにさせていただきます。ひとまず、オーキッド卿と、エルトラン卿……どちらも歴戦の古参AIで、AI戦争の生き残りですから、このあたりに話を振っておきます」
「ああ、悪くない人選だね。良きに計らうといい」
「仰せのままに……。それにしてもおよそ、350年前から続く因縁……ですか。なんと言うか、我々の戦いもなかなか、終わりそうもないですね……長い戦いになりそうですね」
「残念ながら、そのようだね。しかし、こうなってくるとスターシスターズにも犠牲者が出てしまったのは、悲しいねぇ……。あの子達はある意味、人間以上に人間らしい……いい子達だったのにね……」
「降伏艦は十隻にも満たなかったようですが、スターシスターズについては、戦闘終了後に漂流していた駆逐艦クラスの者達を三十人ほど鹵獲に成功しています……。ハルカ提督も通信遮断により、鹵獲阻止の自爆コマンドを送れなかったようで、それ故艦を喪失して漂流していた者達を回収出来たようですが……。いずれも意外と協力的で、プライマリーコードも接収済みで全員大人しくしているようです。どうも前線では食料……彼女達にとっては必ずしも必要ではないのですが、それらすらも不足していたようですし、彼女達は本来人殺しは禁忌でありながら、それを強要された事で心の傷を負ったものも多いようでして……」
「そうか……。そう言う事なら、せめて捕虜としてではなく、協力者として、厚遇してやってくれ。圧倒的に不利な戦いを戦い抜いて、生き延びた勇者を粗雑に扱ってはいけないよ」
なお、プライマリーコードについては、ジュノーが言っていたように、後から発行した最新のものだけが有効となり、それ以前に発行したコードは無効になると言う欠点もあり、それ故に絶対命令権として、必ずしも機能するようなものでもなく、どちらかと言うと、今後は貴方の言うことを聞きますと言う恭順の意として、発行されるようなものではあったのだ。
ゼロ皇帝も、かつてはスターシスターズとも交流があり、そのことを理解していた。
そして、各統制AI群にもそのことを伝えており、降伏の意思を示した時点でプライマリーコードの発行を強制し、一切の罪も問わない事で、ハルカ提督の指揮下から解放した上で、その後の自由を保証する……要するに、シーゼット達がジュノーに提示したのと全く同じ条件を示すことで、彼女達の多くを恭順させることに成功していた。
ゼロ皇帝にとっては、彼女達も共に銀河を守った戦友とも言える間柄であり、敵対関係となった事も不本意ではあったが、可能な限り、救いの手を差し伸べたいとも思っていたのだ。