第五十一話「戦場の幕間」①
――帝国歴327年9月17日 銀河標準時刻05:50――
――辺境銀河第三帝国首都星系アールヴェル中継港周辺――
――帝国宇宙軍電子支援拠点艦「サルバトーレⅢ」 作戦司令室にて――
「……ゼロ閣下、お休みのところ失礼します。作戦フェイズ2……帝国各中継港からの銀河連合艦隊及び銀河連合軍の陸戦隊の殲滅に成功し、現在各地でゲート再起動中。また、分散配置されていた銀河守護艦隊の小規模艦隊群も粗方撃破に成功した模様です。撃破及び降伏した艦艇総数はおよそ50隻……対するこちらの被害総計は1200隻あまり、機動兵器類も5000機ほど失われたようです」
「サルバトーレⅢ」の中央司令室の司令官席に優雅に腰掛けながら、ゼロ皇帝はアキからの戦況報告を静かに聞いていた……。
並べられたその数字は衝撃的な数値であり、数値だけなら大敗を悟るような数字だったのだが。
ゼロ皇帝は、動揺一つ見せずに、無言で頷くことでアキに報告の続きを促した。
「しかしながら、現時点の損害は許容範囲内であり、解放された各中継港からの増援艦隊と合流を果たしたことで、こちらの戦力は予備兵力込みで二万隻を超え、作戦開始前よりむしろ大幅に増えています。よって、作戦続行に支障なし。これより、取り逃がした残存艦艇の掃討、及び銀河守護艦隊主力艦隊の包囲陣形成……フェイズ3へ移行します。さすがにお疲れだとは思いますが……ちゃんと話、聞いてます?」
ユリコの帰還とゼロ皇帝の作戦開始宣言から、すでにおよそ12時間近くが経過していた。
ゼロ皇帝も一時休眠措置……要するに居眠りをしていたのだが。
アキの報告に飛び起きたところだった。
なお、司令室と言っても、さして広くもなく、実質無人で、別室に数人の通信連絡官が配置されている程度で、司令室という割にはささやかに過ぎる陣容だった。
もっとも「サルバトーレⅢ」所属のAIとなると、人間以上の膨大な数が居て、アキの指揮のもとに、各方面と今も膨大なデータをやり取りしていた。
「ああ、ちゃんと聞いてるよ……。いかんせん、やることがなさすぎて、一時休眠モードに移行してたんだけど、状況はちゃんと把握してる……ホントだよ? しっかし、50隻撃破して、1200隻とはまた、ずいぶんな損害だけど、それくらいは確かに想定していたし、その程度の損害はまだまだ許容範囲だよね?」
ゼロ皇帝は軽く言っているのだが。
……都合、1200隻もの大損害である。
これはアスカが帝国軍の残存艦艇をかき集めて、ようやっと6個艦隊150隻の艦隊を編成していた事や、七帝国の全エーテル空間戦闘艦艇総数が開戦時点で2000隻あまりだったことを考えると、尋常ならざる損害だったのだが。
それでも、今回の事前計画から見れば、その数値はともかく、損害比率的にはさしたる損害でもなく、戦力的には各帝国軍が反抗の為に用意していた艦隊が合流した事でむしろ倍増していた。
「そうですね……。キルレシオは艦艇だと1:24と言った所で、機動兵器については1:100と言ったところですが、機動兵器群は被害担当と割り切ってますので、これも想定の範囲内ではあります。ですが、1:24の数値は改めて見ても、衝撃的な数値ですね……。数が違いすぎて、単純な力押しになりがちだった事や、あの新型量産艦は基本的に、密集陣形でないと使いものにならないので、広域破壊兵器の使用でまとめて吹き飛ばされる事例が多発したもありますが……。まぁ、最悪1:50も覚悟していたので、思ったよりは少ない損害でしたね」
銀河守護艦隊の艦艇類も、軽巡、軽空母クラス辺りまでは有事に際しての即応戦力と言う位置づけもあって、継戦力や航続距離、機動力などを重視しているため、そこまで凶悪な兵器を持つことは少ないのだが。
艦隊指揮統制艦や決戦兵器に位置する重巡や戦艦クラス、空母タイプの大型艦は、搭載ジェネレーターも大型の熱核融合炉となっている関係で、強力な兵装を搭載しているケースも多く、一撃で数百mの危害半径を持つような広域破壊兵器を持っている艦艇もあり、近距離レーザー通信による指揮統制に頼ることで、密集しがちな帝国軍無人艦は、一撃でまとめてやられるケースが多発していたのだ。
もっとも、当然ながら、それらは乱発できるものではなく、相応に消耗するため、前線では敢えて密集させることで広範囲攻撃を誘発させて、それら艦艇の消耗を強いらせると言った策も平然と用いられており、結果的にそれら決戦兵器と言われるほどに強力な大型艦艇も次々と撃破されていた。
こう言った敢えて味方を犠牲にする戦術は、有人艦隊や人間の指揮官だとなかなか実行出来ないものだが、AI統制による無人艦隊は、そう言った非情の策も平然と実行する。
指揮統制AI達に言わせれば、結果的に損害が減るなら、少しくらいまとめて犠牲を出しても問題ないという理屈で、そこは人間には真似できない話ではあった。
「僕は、これまでの事例から2000隻くらい軽く消し飛ぶと思ってたから、むしろ少なかったと思うよ。恐らく、事前の弱体化戦略や電子攻撃の完封が効いたんだろうね……。あそこまでやって、それでも平常運転だったら、軽く絶望してるところだったよ。となると、我が方の作戦は順調って事のようだね」
「そうですね。一部艦艇を取り逃がしていますが、こちらも完全包囲はせずに手薄な逃げ道を用意した上で対応していますので、それも想定の範囲内なので問題ないと判断しております」
「敢えて、手薄なところを用意して、敵の動きをコントロールするのは、包囲戦の鉄則だからね。想定内という事なら、実に結構な話だ……。それにしても、各中継港にせいぜい5隻程度の戦力しか駐留できないような有様なら、さっさと放棄してしまえばよかったのにねぇ……」
「そうですね……。我々からして見れば、別に各帝国の本星系中継港なんて、後からでもどうとでもなるし、どこも軽く一年、二年は籠城できるだけの備蓄もあったでしょうから、別に急いで奪回する必要もなかったのですからね」
「なのに、絶対死守なんて言って、変に頑張るから、こっちも本気で排除しないといけなくなった。人口密集地でもある各国の首都星系を奪回し、侵略者を撃退するって大義名分も得られて、ぶっちゃけメリットしかなかったんだけど……。こんなの戦力分散の愚以外の何物でもないだろうに……馬鹿げた話だよ」
「確かに、結局こっちの戦力と生産力の封鎖って事なら、何の意味もなかったですからね……。明らかに手が足りてない……。こう言う時は、ある程度割り切って、戦線を縮小し戦力を集中すべきだったんですが……。まぁ、一騎当千、少数精鋭なんて聞こえは良いけど、戦略的イニシアチブを失い守勢に回った防衛戦こそ、むしろ頭数の勝負となりますから、こう言う局面では実に脆いものです……。この状況で守りに入って、勝ち目があると思う方が愚かじゃないですか……」
実際の所、攻勢に回る……戦争のイニシアチブを取ると言うことは、戦争において圧倒的な優位を持つのだ。
攻める側はどこでも好きな場所を、好きなタイミングで攻められるのだが。
守る側は、タイミングも場所も選べない。
決めるのは攻め込む相手側なのだから、それは当然の話なのだ。
その上で、優位性を確保するとすれば、寄せ手側の何倍もの圧倒的な大兵力で、どこをいつ攻められても、対処できるようにする……それしか、方法がない。
戦争のイニシアチブとはそう言うもので、先に殴りかかった側が圧倒的に有利なのだ。
それ故に、これまでは銀河帝国も防御側に周り、銀河守護艦隊に良いようにやられていたのだが。
すでに、戦争のイニシアチブは帝国のものだった。
守る側から攻める側……最前線の当事者たちにも良く解らないうちに、それを入れ替えさせるに至った……ゼロ皇帝の戦略的手腕の賜と言えるのだが。
……まさに、本領発揮とも言えた。
「まぁ……ハルカくんが愚かと言うより、他に選択肢がなかったんだよ。彼女にとっては、各首都星系の中継港の解放は、そのまんま帝国軍の増強……本領発揮となる。そうなったら、もう勝ち筋なんてない。だったら、帝国の増援を封鎖している間に、この僕を仕留める。それが唯一の勝ち筋って事で、ちょっと夢見ちゃったんだろうな……」
「……そんな夢を見るように、仕向けたのは他ならぬ陛下ですよ? 「我が帝国を打倒したいなら、この俺を見事、仕留めてみるが良いぞ、小娘が! ワハハーッ!」なんてやっちゃって……今のハルカ提督なら、他は眼中なしってなるに決まってますよ! ホント、そう言う悪どい事をやらせたら、天下一品ですよね?」
「……そんな事言ったっけ? 僕……。それにワハハーッ! なんて笑わないと思ったけど……。君らがなんかやったんじゃないのー?」
実際、ゼロ皇帝のハルカ提督への通達は、もう少し穏便な内容だったのだが。
ラースシンドローム感染者は、むしろ、挑発して冷静さを失わせた方が与しやすくなると言う事は、容易に想像できた事だったので、ゼロのやんわりとしたメッセージをアキ達がそんな風に解り易い悪役らしいセリフに改変したのだ。
もちろん、アキはそのことを覚えており、藪蛇だったと気づいたのだが。
冷静な判断に基づき、棚に上げてスルーすることにした。
「何のことでしょうか? それはさておき、向こうも、あの様子では半ば干上がりかけていたようですし……。結局、N艦隊とにらみ合いを続けたまま、貴重な時間を浪費し尽くしてしまっただけに終わった。私だったら、こんな状況になった時点でもうお手上げですって言って、投了しますね!」
「……大国を相手にするということが、どう言う事か、よく解っていなかったんだろうな……。単純に大ボスを倒せば、ゲームクリア……そんな風に思っていたのかもしれないな。実際、彼女の戦略はそんな感じだったろ? だから、今も僕を標的にし、帝国を倒そうと必死になって考えてるんだろうね。僕もアスカくん達を見習って、同じ戦略で彼女に当たることで勝つことで、弔い合戦としたいと思ったんだけど……。彼女にはこの戦略は実によく効いたようだね」
「そうですね……。七皇帝の方々も自分達を囮にした上で、時間稼ぎに徹していたようですし……。もっとも、七皇帝を失った帝国は危うく分裂瓦解一歩手前だったようですからね……。我々帝国に対しては、有効な戦略だったのは認めますね」
「いずれにせよ、些か想定が甘すぎたんだよ。七帝国との戦いが変に上手く行ったから、その成功体験に引きずられた……。大方、そんな所だろう。歴史を紐解くとそんな事例だっていくらでもあるんだ……。戦争ってのは、一度や二度成功して勝ったからって、次も上手くいくとは限らないし、戦場で勝ち続けていれば、戦争に勝てるほど、単純じゃないんだよ」
「……戦闘ではなく、戦争……それも長期戦ともなると、生産力や開発力、人的資源の厚み、国家としての総合力が物を言いますからね。この分だと、艦艇キルレシオが1:50くらいでも、十分勝負にはなったと思いますね。結局、個々の強さ程度では戦闘には勝てても戦争には勝てない。そう言うことですね」
要するに、一隻沈める間に50隻の艦艇が沈む。
そんなものは、もはや勝負になっていないと言うべきなのだが。
帝国に言わせれば、50隻の犠牲で一隻沈められるなら、100隻を相手にしても、5000隻の損害で勝てると言うだけの話で、今の帝国艦隊にとっては、それですら許容範囲内だった。
それが物量戦というもので、帝国はそれに関しては、古来から他国の追従を全く許していなかった。
なにせ、アスカの言っていた様に、帝国軍は、倍の兵力でも心許ないとか平然と言ってのけるくらいなのだ……とにかく、数で勝負が帝国軍のドクトリンであり、質で勝負のスターシスターズの対局とも言えた。
「けど、再現体提督達もスターシスターズ達も思ったよりもずいぶん頑張ったみたいだね……。再現体提督もそれぞれの艦隊に配属されてて、全部で12人も居て、たった3人しか生き残らなかったとか、なにやってんだかね……。何故、そこまでしたんだ? 何故、ここまで戦い抜く必要があった……。こんなの……ただの犬死にじゃないか……」
目前に表示された戦死確定の再現体提督のリストの中に見知った名を見つけたのか、ゼロ皇帝もその拳を強く握りしめると吐き捨てるようにそう毒づいた。
アキにもそのやりきれない気持ちが伝わってくるようだったが、敢えて何も言わないことにしたようだった。