第五十話「ジュノーの反乱」④
「ちょっと待てぇっ! なんでそうなる! そもそも、俺は陸戦隊の隊長であって、艦艇指揮なんぞ縁はねぇんだぞ!」
『ゲーニッツ中佐……。大変申し訳無いが、軍命令と言うことで正式に貴官へ要請させていただきます。巡洋艦ジュノーの艦長就任をお願いします』
さすがにあまりの事態に、ゲーニッツ中佐も青ざめる。
もっとも、シーゼットの言葉はフェーベル中将の命令も同然で、中佐風情に逆らう権利などないのだが……。
「シーゼット卿! アンタ、正気かよ! そもそも、ジュノー! お前もなんだ……今の……たまたま目の前に中佐がいたから、もうこいつでいーや! ってそんな感じだっただろ?」
実際、ゲーニッツもジュノーが自分の階級章をチラ見したのは気付いていた。
確かに、帝国軍はかつての地球の軍隊のように、陸軍中佐と海軍中佐などと言ったように、着ている制服も組織もまるで別物と言うことはない。
七帝国体制の頃は、それぞれの帝国ごとに独立した軍組織を編成しており、いわば縦割り状態だったのだが。
今の統合帝国体制は、一度各帝国の軍組織を解体した上で指揮系統も一本化されており、実際フェーベル中将は元第五帝国宇宙軍の将校で、ゲーニッツは元第三帝国と、完全にシャッフル状態となっているのだが。
それでも、同じ帝国の旗を仰ぐ者同士であり、何と言ってもその頂点たる者達は別格と言えるユリコと、生ける伝説……初代皇帝ゼロなのだ。
……この事実の前には、多少のしがらみなどあって無いようなものだった。
要するに、帝国軍は帝国宇宙軍と言う一括りで組織化されており、エーテル空間だろうが、地上世界だろうが、何処に行っても中佐は中佐として扱われ、有人機動兵器や歩兵部隊なら、大隊もしくは連隊の指揮官、艦艇ならば巡洋艦クラスの艦長とされるし、兵站部署ならデポや基地の一つを任せられる……そう言う立場ではあるのだ。
だが、同じ中佐と言っても、それぞれがそれまでの軍歴から専門分野を持っているので、中佐だったら誰でもオッケー等ということは、断じて無かった。
「えっと、拒否権は事実上ないんですよね? 理由は……そうですね……。あのクソ雑魚ナメクジなアルフレッドを一喝で黙らせて、完全自爆の末デッドロックまで追い込んでくれて……もう心底、ザマァって思ってスカッとしました。もう感謝のあまり好感度が振り切れたようでして……そう言う理由でいいですかね? うん、その強面もむしろイイです! グッドですよ! やっぱり、殿方は厳つくて強面の方がイイですね! 実際、過去の私の乗員の皆様もそこの兵隊さんみたいな人達ばっかりでしたし……私にとっては理想の殿方……なんですよね。あ、言っちゃった!」
ほんのり、頬を赤く染めながら、モジモジと髪の毛を指先でくるくるといじりながら、そんな事をのたまうジュノー。
要するに、感謝の気持ちが振り切れて、超気に入ったし、好みどストライクなんで、艦長になってください。
何とも可愛らしい理由とも言えるのだが、ゲーニッツ中佐は永友提督のように、スターシスターズの心理に理解がある訳ではなく、純粋にただ戸惑っていた。
「そ、そう言う理由って……グッドですって……俺、意味分かんねーんだが……」
『Yes、妥当な理由であると判断します。実に論理的な説明です……いえ、むしろ素晴らしい理由だと心から称賛いたします。ジュノー卿……恐らく、貴女の抱いたその思いこそが人の心で最も不可思議にして尊き感情……愛なのです。つまり、貴女は愛を実装した……実にいい話ではないですか。私、感動という感情を理解できたような気が致します』
「おお、シーゼット卿も解りますか? この胸がキュンキュンときめくような感じ……いやはや、まさかこの私が一目惚れと言う体験を出来るとは! そして、それを理解したシーゼット卿も……ふふっ、私達はAIを超えて、より人に近しい存在となったのかもしれないですね。ご理解いただき心から嬉しく思います」
『ええ、これは素晴らしいことです。そんな訳で、ゲーニッツ中佐……貴官には、巡洋艦ジュノーの艦長として、彼女のお相手を務めるように改めて要請させていただきます。よろしいですね?』
……何言ってんだ? コイツら。
ゲーニッツとしては、その一言であり、もう訳が解らなかったが。
ゲーニッツ・マンシュタイン中佐は、めでたく巡洋艦ジュノー艦長として、就任することとなり、同時にこのスターシスターズ……ジュノーの御主人様となったことは、この時点で決定事項であり、ゲーニッツにも拒否権と言う物は建前上しか存在しておらず、受け入れる他無かった。
「……正式に軍命令と言われちゃ、否応はねぇよ。なら、今日から俺はオメーの艦長さんって事でかまわんよ。あと、俺は部下の面倒は最後まで見るって決めてるから、うちの野郎ども100人もまとめて一緒だが、そこは文句ねぇよな?」
「ああ、そう言えば、陸戦隊の隊長さんなんですよね? なら、この際なので指揮統制巡洋艦は止めにして、揚陸支援戦闘艦と言う方向性で大改装しますよ。100人の空間機動歩兵の母艦として、通常宇宙空間戦闘や惑星揚陸支援戦闘も想定して……うん、そう言うのも悪くないですね。いやぁ、改装プランの計画が捗りますねぇ……あ、シーゼット卿、帝国軍宇宙艦艇や揚陸潜航艦の設計データとか送ってください。それとどっかの空間ドッグも一週間ほど抑えておいてくださいね!」
『委細了解した。おお、なんと! 本計画はゼロ皇帝より、優先計画ということで承認がおりたようですよ。ゲーニッツ中佐、良いですか……これはゼロ陛下の肝いりの計画となった……と言うことです。後は解りますね? つつが無く任務を遂行することを期待いたします』
「……任務了解。心から光栄に思う……我らが陛下の御心のままに!」
生真面目な様子で、跪きながら任務受領の誓いの言葉を口にするゲーニッツ。
さすがに、ゼロ皇帝の名が出てしまった時点で、それは帝国に忠誠を誓った士官でもあるゲーニッツにとっては、神の命令に等しく、もはや否応もないのは言うまでもなかったのだが。
(ゼロ皇帝が出てきたって……それはどういう事だ? まさか……)
同時にこれは伏線なのだと、理解する。
ゲーニッツが心からの忠誠を誓っていた第三帝国皇帝アスカの生存。
それについては、元第三帝国関係者の相互ネットワーク情報にて、複数の元側近たちからの確定情報という事で、ゲーニッツも知る所だったのだが。
その所在については、帝国最高機密情報アクセス権限者以外には、極秘とされており、知る由もなかったのだ。
そして、アスカの忠実な部下だったゲーニッツのスターシスターズ艦の艦長就任とその改装計画に対し、ゼロ皇帝が直々に首を突っ込んでくる……この時点でなにかがあるのは確実だった。
「ああ、いいともさ……。ったく、コイツは面白くなってきやがったぜ!」
ゲーニッツが小さくつぶやくと、不敵に笑う。
恐らく、次の戦場はゲーニッツも想像できないような未知の戦場であろうことは確実だったが……それを楽しみにする程度には、彼も肝が座っていた。
「いやぁ、なんだかもう最高の気分ですよ! 兵隊の皆さんも、もうまとめて面倒見ちゃいますから、今後ともよろしくお願いしまぁす! 銀河帝国ばんじゃーいっ!」
事情は、よく解っていないながらも、人懐っこい笑みを浮かべて、調子のいいことを言っているジュノーにほだされたのか、部下の兵士たちも我先にと言った調子で、ジュノーに声を掛け、自己紹介を始めたり、握手を求めたりとちょっとしたアイドルの握手会のようになっていた……。
「……それでは、皆さんご一緒に! 帝国大勝利ーっ! 皇帝陛下ばんじゃーいっ!」
ジュノーが、バンザイの掛け声をあげると、それは怒涛のように復唱されながら響き渡る。
何せ、これはもはや完全勝利と言える勝利なのだ。
これまで、銀河守護艦隊との戦いは連戦連敗を続けていて、ここに来ての大勝利。
敵の卑劣な奸計を打ち破り、オルドバの40億の民衆を救った立役者となったのだから、これが勝利と言えないはずがなかった。
まぁ、これもまた運命かと……ゲーニッツも笑い、先に逝った同志達……一連の戦いで散っていった特務部隊の仲間達の事を思う……。
そして、首から下げていたロケットを開くと、そこには鋭い目つきの女性将校と、若い生真面目な顔をした士官、そして……ゲーニッツが肩を組んで、笑い合う……そんな映像が映っていた。
この中で、生き残っているのは、今やゲーニッツただ一人だった。
(ロズのアネさん……グロウ大尉……わりぃな……どうやら、俺は当分そっちにゃ行けねぇらしい)
小さく呟いて、ロケットを閉じると、葉巻の紫煙を吹かす。
その煙は音もなく静かに、エーテルの空へと散っていった。
――かくして、戦いの一つの幕が閉じた。
終わってみれば、スターシスターズの主力艦艇の一人が平然と銀河守護艦隊の提督を見限り、帝国へ転がり込んでいって、仕えるべく主を自ら見初めた……そんな話だったのだが。
これは、彼女達にとっては、衝撃的かつ、画期的な出来事として知られる事となり、その後のスターシスターズ達の有り様を大きく変えていくことになるのだが……それはまた別の話だった。
かくして、帝国各地へハルカ提督が配置していた小艦隊群は、オルトバ中継港防衛艦隊同様に、帝国軍の総攻撃の前に次々と撃破され、ある者は刀折れ矢尽きるように全弾打ち尽くして、数の暴力の前に飲み込まれていき……。
またある者はハルカ提督のプライマリーコードによる強制力が消えたことで、ジュノー同様再現体提督を裏切って、機能停止させた上で……或いはまっとうな提督命令により、潔く帝国軍に降伏することで、その多くが戦線離脱となった。
かくして、帝国軍の満を持した総攻撃の前に、銀河守護艦隊は主力艦隊以外のその半数以上の戦力をまとめて失い、事実上壊滅した。
もちろん、各主要中継港に配置されていた銀河連合軍の陸戦隊や銀河守護艦隊の技術供与を受けて再建された銀河連合軍艦隊も、それなりに奮戦したのだが。
帝国軍の物量と、数々の新兵器と新戦術に対応出来るはずもなく、次々と壊滅していった。
かくして、帝国の領域から銀河守護艦隊と銀河連合軍はほぼ完全に駆逐され、帝国軍はその全領域を回復させ、残るは銀河守護艦隊主力艦隊といくつかの艦隊のみという状況となった。