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第五十話「ジュノーの反乱」①

「……コード・フェンリル! そうか! 俺にはまだその手があった! ジュノー! 命令だ……直ちにオープンチャンネルで敵の司令部へつなげ! 交渉の時間だとな! クックック! 目にもの見せてくれようぞ!」


 ……もはや、交渉材料など何一つ無いと言うのに、一体何を交渉するのか解らないが。

 案外、降伏後の自分の処遇への注文でも付けるつもりなのだろうと、ジュノーも高を括っていた。


 何よりも、交渉と言い出したのであれば、その最初の段階と言える停戦は必須となる。

 ジュノーも正式な命令に従い、帝国軍へ一時停戦を申し出る停戦信号を送信する。


 先方より、停戦の快諾及び双方攻撃中止の申し出あり。

 それと同時に、攻撃が一斉に止み、敵機がゾロゾロと引き上げていき、敵艦隊も一斉に反転していった。

 

 案の定、話の分かりそうな相手と言う事で、ジュノーもほっと胸をなでおろすと共に、敵将へ好意すらも抱いていた。


 もっとも、帝国軍もあくまで攻撃を一時中断しただけで、攻撃可能距離にいる全機体の照準はロックオン状態のままで、あらゆる方向からの照準レーザーがジュノーに突き刺さっており、はっきり言って生きた心地がしなかったのだが、向こうも必死なのだ。

 

 まさに薄氷の停戦……。

 祈るように待ち続けるジュノーの元へ敵司令部からの返信が入る。


「こちら、帝国軍宇宙艦隊集成第6グループ司令……マクス・フェーベル中将である」


 白髪のいかつい顔をした黒い軍服を着た将校がモニターに映ると同時に、堂に入った敬礼を決めると、一旦言葉を切る。


「貴官は、銀河守護艦隊オルドバ駐留艦隊司令……アルフレッド・東条少佐にて相違ないか? ……いや、失礼……中佐だったか……」


 敵だろうが、味方だろうが、軍人の階級とは絶対的なものであり、中将ともなれば、中佐も少佐も大差ないのだが。


 それを敢えて告げ、初手でお互いの階級をはっきりさせることで、一瞬でこの場の上下関係をこれ以上無いほどに解りやすく理解させる……さすがに場数が違った。


「あ、ああ……そうだ。お、俺はアルフレッド……中佐……だ。ああ、そ、相違ない……と、とにかく、ここからは交渉の時間と言うことだ!」


 さすがに、倍以上年上の……上位階級者が相手となるとアルフレッドも緊張しているのか、噛みまくりで、目線も泳ぎまくりだった。


「ふむ、交渉と言ったな? ……だが、それは軍人としてなのか? それとも民間人として……なのか? まずは、そこを確認しておこう……何せ、貴官は公の場にて答礼も返さなかった。その時点で、軍人としての常識を疑うような話なのでな」


 はっきり言って、軍人として格が違った……。

 20代の世間知らずの若造と、50代の歴戦の将軍では、もはや比較対象にもならないのは、言うまでもないのだが、潜ってきた修羅場の数が違うのだ。

 

 無意識なのか、アルフレッド提督が引きつった顔で一歩下がるのを見て、ジュノーも眉をひそめると共に、これでは交渉にもならない……と痛感する。


 なお、ジュノーはアルフレッドの背後で、当たり前のように答礼しており、それ故にフェーベル中将も敬礼を降ろせていた。


 なにぶん、この双方敬礼を交わし合うと言う軍人特有の古来からの挨拶は、先に敬礼を送った側は相手が答礼を終えるまで、先に手を下げてはならないと言うのが、伝統なのだ。


 それ故に答礼をしないと言う時点で、軍人としては、もはやありえない対応だった。


 一応、そこはジュノーがフォローしたと言えなくも無いのだが。 

 その時点で、軍人扱いされなくても、文句は言えない……そう言われたようなものであり、この時点で対等な交渉も何もなかった。


 もっとも、むしろ、こうなってくると、降伏の説得も期待できそうだという事で、ジュノーも内心では、「もうボロクソにやっちゃってください! お願いします!」と言った調子のいい声援を送ると共に、帝国の艦隊統率AI宛にプライマリーコードを送信し「イザとなったら、提督の制圧命令も承るので、是非に!」等と恥も外聞もなく、メッセージを送信していた。


 ……紛う方なき裏切り行為であり、この時点で事実上の降伏と同義だったのだが。

 ジュノーの中では、まだ裏切ってないからセーフ……本気でそう思っているのだから、この娘……なかなかにタチが悪かった。


「……フェ、フェーベル……中将だと? い、いや……よもや、そこまでの上位階級者が出てきて、この俺と互角の戦いを演じていたとは思ってなかったでな……いや、さ、さすがだと褒めてやろう! だが、まぁいい……いいか? 戦いの勝敗は階級などでは決まらぬのだ! たかが中佐と、この俺を舐め……」


 なにやら上から目線の口上を述べようとしていたアルフレッドだったが、唐突にモニターから吹っ飛ぶように消え、一瞬でジュノーと入れ替わった。


 明らかに無礼、かつ要らないことを口走りかけたアルフレッドを、彼女は尻で突き飛ばして、モニターから追いやる……そんな真似を平然とやっておきながら、何事も無かったかのように、スカートの裾を広げながら、にこやかに一礼をするカーテシーをさらりと行って、この場を取り繕っていた。


「はいっ! この度は、こちらの停戦の提案を受け入れていただき、フェーベル中将閣下には本当に感謝しております……。アルフレッド中佐は、敵だろうが、味方だろうが上位階級者へは、問答無用で敬意を払う……そんな軍人としての常識も知らないのです。まぁ、所詮21世紀の若造ですから、致し方ないですね」


 ジュノー自身は、一応最低限の礼儀は果たしているので、アルフレッドの非礼はなんとか取り繕えていたのだが……。


 もっとも、だからと言ってお尻でドーンはないのだが、その一撃は例えるなら、アクセルフルスロットルの車に轢かれたようなもので、アルフレッドも軽く10mは吹っ飛んでいた。


 なお、本人は軽く突き飛ばした程度の認識なので、これでも殺傷事項には当たらない。


 なんとも、いい加減な話ではあるのだが……スターシスターズは、誰しもこんな調子ではあるのだ。


 良くも悪くもアナログ思考……シーゼット達AIでも、彼女達の思考は理解できないと言っているほどで、かつて彼女達を作り出した銀河連合の軍人達が、自分達の手には負えないと、早々と投げ出して、20世紀に生きた人間たちを再現体として再現し、丸投げにしたのもこの辺りに原因があった。


 フェーベル中将も何が起きたかは、理解はしていたのだが。

 ここは、見なかったふりをすべきだと考え、実際その事には触れないことにした。


「なに、こちらは気にしておらんよ。それよりも、レディ・ジュノー。君が我々に見せた圧倒的多数にも怯まない勇猛さと、尋常ならざる奮戦……まさに、敬意を払うに値すると称賛しようではないか。ああ、見事な戦いぶりだった……君の健闘を心から讃えようではないか!」


 ……これこそがジュノーにとっての勝利の瞬間だった。

 

 これは、敵に相応の被害を与え、最後までやりあっても損だと思わせる事が出来た証左に他ならなかった。


 秒速で白旗を掲げるのと、相手に実力を認めさせた上で白旗を掲げるのとでは、訳が違うのだ。


 銀河守護艦隊はもうおしまい……その程度の事はジュノーにも理解は出来ていて、そうなると現実的な問題……今後の再就職先の心配をすべきだった。


 なにせ、ジュノーは戦闘艦艇なのだ。

 

 銀河守護艦隊はこのまま消滅するのは間違いないのだが、だからと言って引退する気もサラサラなく、どこかに自分を売り込まないと、路頭に迷う羽目になる。


 戦後のことを考えると、ここはもう帝国へ身売り一択だった。

 

 そして、ジュノーは帝国軍の前線最高指揮官を交渉の場に引きずり出し、名指しで敬意を表明されるという栄誉を勝ち取ったのだ。


(よっしゃああああっ! 後はできるだけ高く買い取ってもらうだけ……何なら、ディスカウントだってオッケー! 帝国ばんざーい! 皇帝陛下、ばんざーいっ!)


 思わず、ドヤ顔をキメそうになり、なるべく無表情になるように努めているのだが。

 傍から見ると、あまりにわかり易すぎるドヤ顔っぷりで、フェーベル中将もその解りやすい態度に思わず苦笑すると共に、自重しろといわんばかりに咳払いをする。


 なお、アルフレッド提督はまるっきり蚊帳の外だった。


 なにせ、名指しされ称賛されたのはジュノーだけで、アルフレッドの名は一言も出なかったし、フェーベル中将もその目線は自分を尻で突き飛ばしたジュノーに向けており、この時点でお前なんぞ眼中にない……そう雄弁に告げていた。


「どけ、ジュノーッ! フェーベル中将! 貴様もいいから、俺の話を聞けっ! まずは率直に言おうじゃないか……。直ちに攻撃を中断せよ! さもなくば……」


 尻で突き飛ばされ、壁に叩きつけられたことで、ボロボロになりながらも、執念でカメラフレームに戻ってきたアルフレッドの言葉に、ジュノーもフェーベル中将も揃って首を傾げる。


 なにせ、すでに双方とっくに攻撃は中断しているのだ。


「ふむ……すまない。レディ・ジュノー……すでにこちらは攻撃を中断しており、そちらも攻撃は停止している。我々の間にはすでに停戦が実現していると思っていたのだが、誰か攻撃を続けているものがいるのだろうか? だとすれば、直ちに処罰せねばならぬな」


 実際は、この場にいる殆どの無人機はシーゼットの統制下にあり、彼女が攻撃中止コマンドを送った以上、攻撃は即時中断されていた。


 それ故に、攻撃を続行していたとしても、それは有人部隊なのだが。

 すでに、フェーベル中将の命令という形で、有人部隊へも命令は行き届いており、軍規に厳しい帝国軍では、誰もが上官からの命令には忠実だった。


「えっと、攻撃は一切確認されてないです。アルフレッド提督……私はこれは降伏後の我々の処遇についての話し合いだと思っていたのですが。この期に及んで、これ以上……何を要求するおつもりなのでしょうか?」


 オープンチャンネル……要するに、衆人環視の中で、まるで相手にされなかった挙げ句、的はずれな要求で赤っ恥を晒す。


 そして、いつの間にかすでに降伏したことになっていた事で、アルフレッド提督も怒りと恥辱で、真っ赤になって、もはや言葉が続かないようだった。


 それを見て、ジュノーも思わず笑いを堪えるのに必死で、表情は無表情そのものだったのだが、その肩がプルプルと震えており、まるで隠せていなかった。


「ジュノォオオオオ! 何がおかしい! フェーベル中将! 貴様も何故俺の名を呼ばない! なぜ、俺の言葉を聞かない! どいつもこいつも……この俺をっ! 舐めるなぁあああ!」


「……ああ、すまないな。では、聞こうか。貴官はこの戦場でどのような役割を果たしたのだ? 100倍にも及ぶ兵力差に怯むことなく、我々を驚愕させるほどの奮戦を見せたのは紛れもなくレディ・ジュノーだ。彼女は立派に最後まで戦い抜き、我々の攻勢を凌ぎきった……敵ながら見事っ! だが、貴官は何をした? 何ができた? もし、己の価値を他者へ知らしめたいのであれば、言葉ではなく行動と結果で示すべきだ……。我々はすでに譲歩している……攻撃を停止しろという貴官の要求は実現させた。次は貴官が行動で示す番だ……それが道理であろう! 返答やいかにっ!」


 唐突な雷鳴のような怒鳴り声。 

 アルフレッド提督も完全に飲まれそうになっていたのだが。


 それでも、まだしぶとく立ちすくんでいた。


「う、うるせぇ! だが……甘いな! 俺には切り札があるんだよ! コード・フェンリルの起動コマンドはすでに入力し終わっている……。いいか? オルトバのゲートには極秘裏にコード・フェンリル……重力爆弾が仕掛けられているのだ。そして、それはもう俺の意思ひとつでいつでも起爆できる……! これがどういう意味か……理解できぬほど、貴様も阿呆ではなかろう? 残念だったな……最後に必ず正義は勝つ! ……そう言うものだろう? いいか! 俺の要求は唯一つ……貴様らの全面降伏だ! 無人艦隊と無人兵器の制御キーを寄越せ! そして、この俺が貴様らの兵器を率いて、貴様ら帝国を討ち滅ぼす……その足がかりとさせてもらう!」


 ……アルフレッドがそう告げると、辺りは静まり返る。

 

 ジュノーも内心では「何言ってんだ! このアホンダラーッ!」……と絶叫していたのだが、その割にはフェーベル中将も何とも居たたまれないような表情をしていた。


「……すまないな。アルフレッド中佐……貴官がなにか企てていたのは気付いていたが。よもやそのような下劣な小細工だったとはな……。いいか? それはテロと言うのだ。誇りある軍人のするような行いでは決してない……。君には心底、失望したよ。ゲーニッツ中佐……すまんが、後を頼む。このような下劣なテロリストなぞ、生かすにも値しない……君たちの流儀で処分してかまわん!」


 フェーベル中将が吐き捨てるようにそう告げると、モニターの相手がラフに軍服を着崩して、全身傷だらけで、軍服の所々に返り血を浴びた隻眼の凶相そのものと言った不良軍人のような人物に切り替わった。


「……おうっ! 了解だぜっ! 俺様は、第三帝国惑星降下戦闘団第3中隊隊長! ……ゲーニッツ中佐だぁああっ! 小僧……アルフレッドとか言ったな? ……てめぇもなかなかフカしてくれたな! ああっ?」


 唐突な選手交代……モニター越しにでも伝わってくる殺気と、凶悪な顔がモニターいっぱいに広がる……そして、カメラが引き気味になると、その背後に居並ぶ、いずれも劣らぬ凶相の屈強な兵士達の姿が映り、彼らの殺意の籠もった視線に、思わずアルフレッドも圧倒される。


「……な、何だ貴様らは! お、俺はフェーベル中将と交渉していたのだ! 貴様らなんぞ、呼んでない! ジュノーもういいっ! か、回線を切れ! 交渉は決裂だ!」


「あ、すみません。実を言うと通信システムが乗っ取られました。もはや、私の意思では切れないのです……。あ・し・か・ら・ずっ! テヘッ!」


 なお、嘘だった。

 実際は、シーゼットから通信回線を維持するように要請があり、それに忠実だっただけの話なのだが。

 乗っ取られたことにしておいた方が、アルフレッドも諦めが付くだろうと判断していた。


「てめぇええええええっ! 何シレッと言ってんだ! このクソが! 黙れ! 黙れーっ!」


 完全にブチ切れたようで、アルフレッドがジュノーの襟首に掴みかかると、拳を振り上げる。


「……てめぇが黙れやッ! このクソガキがぁ……殺すぞ? ワリぃがこっちも相当トサカに来てんだ……。ギャースカ喚くな……さっきから耳障りだ……このクソ雑魚がッ! 逆ギレした挙げ句に女子供に殴りかかるたぁ、そんなモン言語道断だ! このクソダラァ!」


 ゲーニッツ中佐のドスの利いた怒鳴り声が響き渡ると、アルフレッドもジュノーの顔にその拳を振り下ろそうとしていたのだが、金縛りにあったように固まる。


 ジュノーもすかさず、その手を振り払うとそそくさと服を直しながら、面白く無さそうな顔で腰に腕を当てて、無言で睨みつける……。


 アルフレッドも気まずそうに目線を泳がせながら、拳を降ろすと、押し黙ったまま一歩下がって頬を伝った冷や汗を拭った。

 

 その様子を見て、ゲーニッツも破顔する。


「……素直で実によろしい! ああ、すまんが……そんなクソ雑魚野郎のてめぇに、更なる残念な知らせだ。こいつは何だと思う? テロリストの坊やくん……ご自慢の重力爆弾ってのはこれのこったよな?」


 ゲーニッツが、無造作にラグビーボールサイズの黒い物体を見せつけると、アルフレッドの表情が驚愕に歪む。


「……ま、まさか、それは! じゅ、重力爆弾? す、すでに先に見つけて解体していたとでも言うのか? そんな……ハッタリだ! 現に起動信号は正常に……」


 そう……実のところ、それはまさにハッタリだったのだが。

 迂闊にもアルフレッドは、その場で、重力爆弾の死活信号の送信確認を行うという愚を犯していた。


 モニターの向こうのゲーニッツ中佐がしてやったりと言った調子で、ゲラゲラと笑い出した。

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新連載始めました!! アスカ様の前日譚! 「銀河帝国皇帝アスカ様 零 -ZERO- 〜たまたま拾った名無しの地味子を皇帝に推したら、大化けした件について〜」 https://ncode.syosetu.com/n1802iq/
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