第四十九話「銀河守護艦隊の落日」⑥
「200? ……200隻だとっ! まだそんなに残ってやがったのか! しかも、全部新型でダイソンが5隻とかふざけんな! 今でも手一杯なのに、そんな数相手にできるかっ! 普通にオーバーキルだろ! だいたい、どっから、あんなに湧いてきたんだ! 帝国領の主要中継港は全て封鎖してたんじゃなかったのかよ!」
「……どこかの名も無い資源星系に秘密工廠を確保していた……。大方、そんな所なのでしょう……。そうでもなければ、この短期間にこれほどの戦力を用意できるはずが……」
「帝国の資源星系なんて、それこそ無数にあるじゃねぇか! そんなもん全部マークなんて出来るわけがねぇだろ! なんだそりゃ、詐欺だろ! ちっくしょうっ! 帝国の奴ら! インチキも良いところだろ!」
アルフレッド提督の言い分はもっともだった。
だが、それは要するに銀河守護艦隊と言う小勢の限界というべきものであり、どだい勝ち目など始めから無かったのだ。
ジュノーなりに、勝機があったと考えるのは、七帝国の皇帝を討ち取り、指導者を失った帝国が混乱した直後……あの瞬間ならば、有利な条件での休戦に持ち込むことも出来たかもしれなかった。
実際、最後の皇帝アスカの戦死で帝国は未曾有の混乱を迎え、帝国議会でも皇帝代理を指名されたヴィルゼットを人身御供にした上で、銀河守護艦隊に無条件降伏すると言う論調になっていたのだ。
実のところ、それは諜報に長けたハルカ提督の仕掛けた搦手のひとつで、多くの帝国議会議員を脅迫、買収することで、無条件降伏を受け入れるように裏工作を仕掛けていて、学者畑で人間心理にも疎いヴィルゼットでは為す術もなく、その試みも半ば成功仕掛けていたのだ。
だが、そこへ現れたゼロ皇帝の再臨で、一夜にして帝国の最高権力を握っていたはずの帝国議会は消滅し、議員達もまとめて権限どころか、帝国臣民としての権利すらも停止させられて、ハルカ提督の策謀は一瞬で水泡に帰した。
そして、ゼロ皇帝の再臨により、一丸となった帝国は降伏するどころか、事実上の降伏勧告に等しい、帝国からの無条件撤退を要求してきたのだ。
ハルカ提督にしてみれば、唐突にちゃぶ台返しを食らったようなもので、当然怒り狂っていたのだが……思えば、そこが完全に分水嶺であり、むしろ、あの段階で帝国軍と入れ替わるように、銀河連合の領域に引きこもっていれば、まだマシな状況となっていた可能性が高かったのだ。
もっとも、ハルカ提督も連戦連勝の末に、完全敗北同然の仕切り直しなど、到底受け入れられるはずもなく、それは再現体提督やスターシスターズ達も同様だったのだが。
現実を見ると、もはやこれは戦闘と言えるものではなく、一方的ななぶり殺しに近い状況であり、こんな状況を導いた時点で、ハルカ提督も無能の誹りは免れない……そんな状況だった。
「……前方プラズマ雲の中から来ます! レールガン砲撃機「TypeKM-2748」……総数50機! 一斉砲撃……来ます! 対レールガン防御射撃開始! 正面次元断層シールド展開しますっ! お願い……持って!」
アルフレッド提督が決断を下せないまま、増援艦隊は即座に攻撃を開始した。
なんともいい加減なネーミングの紡錘形の漏斗のような形をした砲撃機が一斉に飛来する。
実を言うと、これははるか昔にエスクロン社国時代に開発された「Kazakami T/RY-HUR型」と言う史上初の人類製エーテル空間戦闘機の流れを組んだ機体だった。
機動性は皆無に近いのだが、信頼性も高く、火力に優れ、何よりも銀河帝国としてもある種の記念碑的な兵器でもあったので、300年間、延々とアップグレードがなされて使われてきたと言う経緯があった。
要するに低コストの枯れきった機体なのだが、現在の運用としては大口径レールガン砲塔に詰め込んで、砲弾代わりに敵艦めがけて大雑把に投げ込み、小口径レールガンを撃ちながら接近し、最終的に敵艦に特攻をかける砲塔付き誘導ミサイルのような運用がなされていた。
一機や二機では大した脅威ではないが、それが50機もまとまってくると十分以上の脅威だった。
防空巡洋艦の名に恥じず、凄まじい量の対空レーザー砲による防御射撃を開始するジュノー。
「TypeKM-2748」も次々と撃墜され、その小口径レールガン砲弾も片っ端から撃ち落とされていき、その正面シールドはレールガン砲弾のみならず、その本体の特攻すらも受け止めており、猛烈な集中砲火を浴びているにも関わらず、ジュノーは健在だった。
「第一波……殲滅しました。ですが、こちらも無傷とは行きませんでした……。上空からの支援攻撃で、第4砲塔及び甲板部に被弾、ダメージコントロール起動します……ですが、破孔により艦内部に損害が及び、完全修復は不可能……」
「馬鹿野郎っ! あんな数だけの旧型の雑魚に何やってんだ! でも、何だ今の数は……軽空母一隻分はいたぞ? いくらなんでもデタラメ過ぎるだろ! おいっ! ジュノー! 弾薬が……エネルギー残量がヤバくなってるぞ! 対空砲稼働率も6割まで低下ってなんだそれっ!」
いちいち言われずともジュノーにとっては周知の事実だったが。
口にせずには居られなかったようで、アルフレッド提督が喚き散らす。
文句を言うくらいなら、さっさと降伏してくれと、ジュノーも内心で毒づく。
「も、申し訳ありません……。連続射撃による銃身加熱で各砲座の稼働率が低下……先程からもナイトボーダーからのレーザー攻撃が集中しており、今の攻防で一気に熱飽和を起こしたようです。艦内温度も危険域に到達……強制冷却システムを起動します。冷却フィン展開っ……!」
……さすがにジュノーも先程までの出来レース戦闘とは、打って変わって、帝国軍も本気を出してきたと気付く……向こうも最終攻勢に出てきたとなると、さっさと終わらせるつもりなのだろう。
さすがにこうなると本気で抵抗しないと、本当にあっさり沈められてしまう。
だが、アルフレッド提督もあからさまに怯えたような顔で、手足もみっともない位に震えだしてきていた。
なにせ、直撃弾多数だったのだ……艦橋自体は、装甲を展開しているし、敵も直撃は避けてくれているが、流れ弾や破片はガンガン艦橋装甲に直撃していて、ヘコミどころか、穴が空いて空が見えている箇所すらあった。
本来は、戦闘時は艦の中枢部のCICにて指揮を執るのが通例だったのだが、アルフレッド提督は薄暗く狭っ苦しいCICで指揮を執るのを嫌って、艦橋にて指揮を執ることを好んでいたのだが……ある意味、命知らずとも言えた。
……もうひと押し! もう少し危機的状況を演出して! いっそ、自爆砲撃でもやって、艦橋から外が見えるくらいの損害でも受けるべきだろうか?
もはや、そんな本末転倒な事をジュノーも考えていた。
「おいおいっ! さっきの旧式ファンネル型がまた来てるぞ! 第二波! 第三波! 次々来てるぞ! 総計100機超だと! そんな悠長に冷却なんてやってる場合か! 速力も落ちてるぞ! 加速しろ! 加速! 全火力で応戦しろ! 特攻機をあんなにブチ込むなんて、少しは自重しやがれっ!」
アルフレッド提督の言葉を無視して、ジュノーがエーテル流体内に放熱フィンを展開すると、艦内各所で発生していたホットスポットも急速に冷却されていくのだが、敵は待ってくれないようで、次々と飛来していた。
そして、冷却フィンの展開でジュノーの動きが鈍ったことで、一時的に後退し、遠巻きにしていたナイトボーダーが再び前進し、そのレーザー狙撃が次々被弾し、数合わせと馬鹿にしていたレールガン砲撃機も取り囲むように周囲に展開し、四方八方からのレールガンが飛来し、次々と直撃弾が発生……。
次の瞬間、モニターがホワイトアウトするほどの一際大きな爆発。
……2400mm砲弾の直撃だった。
核砲弾ではなかったようだが、爆発の衝撃は凄まじく、強制ブレーキを駆けられたように速度が落ち、次元断層シールドも一発で過負荷によりダウン。
更に、そこへ待ってましたとばかりに砲弾がふりそそぎ、シールドジェネレーターに被弾……流石にこれは、ジュノーも慌てふためく。
……こんなものが暴走したら、ここに巨大な次元断層が出来上がってしまう。
むしろ、自発的に強制シャットダウン、パワーラインカットで致命的な事態は回避できたのだが……。
代償に無敵と言えた守りの盾を完全に失ったジュノーのダメージレポートはたちまち真っ赤になっていく……。
損害自体はまだジュノーとアルフレッド提督のいる艦橋やバイタルパートにまでは及んでいないが。
単にギリギリ手加減されているだけの話で、艦内も緊急閉鎖モードとなり、照明も一気に薄暗くなり、各所の隔壁も次々と緊急閉鎖されていった。
そして、一斉に右側の艦橋装甲が吹き飛んだと思ったら、爆風が注ぎ込まれ、猛烈な爆音が遅れて届いた。
ジュノーは、その場に踏みとどまったのだが、アルフレッドは軽く吹き飛ばされて、ゴロゴロと転がっていく。
「そ、損害報告だ! な、何が起きたァッ!」
意味もなく並んでいたコンソールに捕まることで、吹き飛ばされずに済んだようで、即座に損害報告を要求する辺り、悪い対応では無かったのだか。
「右翼方向、200mにて大口径砲弾の起爆を確認。衝撃波が音速を超えていた様子から、直撃していたら、終わってましたね」
なお、今のをもう一発もらったら、間違いなくバラバラになるのだが。
ヤケを起こされても、困るので、大雑把に被害を並べてみることにした。
「右舷側第3、第4電磁推進システム停止……三番と七番冷却フィン損傷……冷却液の漏洩、及びエーテル流体逆流発生につき、即時パージしました。冷却効率40%まで急低下……あちゃー、地味に痛いわぁ。あと、舷側部に中規模破甲発生……エーテル流体流入中……左舷Bブロック閉鎖……ダメージコントロール起動中……。主電装系8割ダウン……予備系へ切り替え中。第三砲塔……装填状態だった砲弾に引火、誘爆延焼中……修復不能と判断。第三砲塔爆破放棄します。次いで、第一、第二砲塔及び第八、第九への弾薬移送ライン途絶……ぶっちゃけ右舷側兵装は、全滅です。主砲稼働率現在、30%まで低下……そして、次元断層シールドについてもジェネレーター停止。復旧の目処立たず……。まだ続けた方がよろしいですか?」
次々発生する被害報告に、もはや絶望的な状況だとさすがのアルフレッド提督も理解したようで、絶句する。
何せ、右舷には大穴が空き、露骨に傾いており、機関部も大破、上から観ると艦体も湾曲しているのが解っただろう。
かろうじて動けてはいるがもはや真っ直ぐには進めず、ヨタヨタと同じ所を回り続けているような有様だった。
なお、これはダイソン砲の至近弾だけでこうなった。
直撃も狙えたタイミングだったはずで、手加減してくれたのは明らかなのだが……。
手加減して、これ。
こんな物を撃ち合う宇宙の戦場、過酷すぎるとジュノーも素直に思う。
もっとも、ダイソン砲の至近弾を食らって、ここまでの損傷を受けながら、まだ戦えるジュノーは明らかに異常だった。
少数で戦うのが日常となっているスターシスターズは誰もが継戦能力を重視する傾向があって、とにかく打たれ強いのだが、その中でジュノーは、トップクラスのしぶとさを誇っていた。
なお、外観はもはや穴だらけになっており、各砲塔もまともなものは一つも残っておらず、喫水線も下がりきって、沈没寸前のように見える有様だった。
だが、それでもまだ継戦能力は維持しており、その底力の凄まじさに寄せ手であるはずの帝国軍も唖然としていた。
だが、単艦で粘った所で、それは精々寿命が伸びる程度の話であり、ジュノーの危機的状況にはなんら寄与するところはなかった。
もちろん、ジュノーの反撃で相当数のナイトボーダーや襲撃機、艦艇類も撃破されており、今回のジュノーの撃破スコアはとっくに三桁を超えており、帝国軍の被害も凄まじいものとなっていたのだが……。
敵影は、減るどころかかえって増えており、もはや空はなにもないところを探すほうが難しくなり、流体面上も居並ぶ敵艦隊で先が見えないほどになっていた。
「も、もう無理だ……撤退だ! 直ちに撤退するんだ! ちっくしょうっ! 電子浸透が効きさえすれば、こんな無人の雑魚共いくらいたって……! それに補給さえ万全だったら……N提督の裏切り者め……早々に俺たちを見捨てやがって……あの善人面のクソ野郎がっ!」
口汚くN提督を罵るアルフレッド提督だったが。
……それは筋違いと言えた。
アスカの実施した銀河守護艦隊の根拠地壊滅は、大方の予想通り、彼らに対し深刻な影響を与えていて、『オペレーション・ガーディアン・フォール』実行の時点で、銀河守護艦隊の補給物資の充足率はすでに全艦隊平均6割を切っていたのだ。
この数字の時点で、これは極めて深刻な状況と言え、艦艇によっては充足率半分以下と言うケースも多く発生していた。
圧倒的多数を有する帝国軍との戦いについては、銀河守護艦隊の兵站担当のN提督は開戦当初から深い懸念を持っており、事ある毎に帝国との和平や休戦を提案していたのは、それ故にだった……。
要するに、帝国と戦い一時的な戦術的勝利を得ることは可能だろうが、いずれ戦略的に押しつぶされて、必敗する。
N提督は、そう予想しており、ある程度の戦術的勝利を収めた段階で、無条件で停戦するべきだと考え、事ある毎にそう進言しては、ハルカ提督の不興を買い、他の提督達からも臆病者の無能者と言われ、その発言は疎まれ軽んじられるようになり、本来、銀河守護艦隊の副将たるポジションだったのが、その発言力は封殺され、単なる遊撃艦隊の一提督にまで貶められていたのだ。
実際、かつてN提督艦隊も第二世界の軍勢相手に五倍もの数的劣勢下で戦ったと言う事例があったのだが。
その際において、N艦隊は補給物資の充足率120%……弾薬や重水素ペレットを限界以上に各艦に押し込み、機動力を犠牲にしてまで、外部蓄電セルを増設し、空母系艦艇に至ってはその艦載機を減らしてまで補給物資を満載させた上で戦いに挑んでいたのだが。
それでも最前線各艦では弾薬不足が続出し、簡易ブースターを付けてカタパルト射出した浮遊コンテナをスターシスターズが直接拾い上げて手作業で補給……そこまでやってかろうじて乗り切ったと言う苦い経験があったのだ。
圧倒的多数に対し少数で勝つというのはそう言うもので、膨大な弾薬と引き換えとなるのはむしろ必然であり、同数の兵力との戦いと比較すると5倍の兵力差の時点で、軽く10倍近くの補給物資が消費されていた。
それがその戦いで得たN提督の戦訓であり、戦場の現実だった。
N提督はそんな実戦での経験と言う裏付けを元に、この時代の戦争における必要物資の試算をしており、帝国との戦いが始まった時点で、その要求物資の途方もなさに、気が遠くなりかけたのだが。
それでも懸命に努力して、緒戦は想定通りの物資を揃えることで、賄えていたのだが。
一連の七帝国戦でも、銀河守護艦隊は一戦交えただけで、N提督が三会戦は賄えると豪語して用意した補給物資を僅か一戦で使い果たしているような有様で、その結果、銀河守護艦隊の艦容は一戦交える度に、ほとんど損害も受けていないのに一会戦毎に稼働艦艇数が右肩下がりに減っていくという奇妙な事が起きていた。
N提督も物資面から、せめて頭数を減らさないとどうにもならないとハルカ提督に冷徹な数字を並べた上で、進言した結果、そうなったのだが。
そもそも、銀河守護艦隊は軍組織としては、兵站能力が著しく低いと言えたのだ。
何処の国家に属さず、国家の思惑に左右されない独立武装勢力……と言えば聞こえは良いが。
当然ながら、そのバックアップについても、全て自前で賄わなければならない訳で、N提督以外の再現体提督は、その手の兵站業務については、一部の理解者は居たものの、基本的には素人揃いでN提督は資源確保から、補給物資生産まで、全てをほとんど一人で賄わなければならず、その負担は大変なものとなっていたのだ。
幸い、銀河守護艦隊結成の時点で懇意にしていたゼロ皇帝から、さすがにそれでは将来的に無理があるだろうと言う事で、資源星系を丸々一つ譲り受けた事で、根源地自体は確保しており、その弾薬や燃料の生産拠点としても拠点艦「風林火山」と言う三百年も昔に、N提督が当時の星間軍事企業アドモス社から譲り受けて、後生大事に修理を重ね、改装を続けていたkm級の大型拠点艦があったのだが。
実のところ、めぼしい生産拠点はそれだけで、後は時代時代の銀河連合頼みと言うなんともお粗末な体制だったのだ。
その上、各艦も割りと自重せずに独自アップグレードを進め、弾薬や装備の共通化も論外といった有様となり、その兵器体系は誰も理解するものが居ないほど、複雑化していたのだ。
もちろん、兵站職人たるN提督は、この状況は大問題だと断じていたが。
所詮は一武装集団であり、まかり間違っても帝国辺りの超大国を敵に回すなどありえないと思っていたので、そこまで問題にならないだろうと判断していたのだが……。
そのまさかが起きてしまったのだった。