第四十九話「銀河守護艦隊の落日」⑤
「なんだと! そんな大物が、なんでこんなチンケな中継港の奪回に出てきてるんだ! いや待てよ……敵の旗艦も並の艦艇じゃねぇみたいだし、そんな百年もののネームドAIを投入しているとなると、この艦隊こそ帝国の主力艦隊……そう言うことか! だが、いずれ増援が来るし、そんな即席の乗っ取り対策だって、ハルカ提督なら打ち破ってくれる! ああ、俺達は……負けないっ! 正義は勝つんだ!」
オルドバは、帝国でも有数の戦略拠点であり、チンケでもなんでもないはずで、帝国の陣容が尋常ではないと言うのは、今更言うまでもなかった。
そもそも、増援が来るなら、とっくに来ているはずで、アルフレッドはここに主力が押し寄せていて、いずれ増援が駆けつけてくると思いたいのだろうが。
ジュノーは、この艦隊はむしろ二線級の艦隊で、帝国の主力艦隊はむしろハルカ提督率いる主力艦隊とにらみ合いを続けている「サルバトーレⅢ」の直掩艦隊であり、それ以外……となると、単なる分艦隊程度の戦力だと分析していた。
恐らく、この数百隻の艦隊どころか、本命はこの10倍くらいの戦力で、各地を巡回して、片っ端から潰して回っているのだろうと結論付けていた。
実際は、そんなジュノーの想像を遥かに超える数万隻もの大戦力の一斉同時投入と言う桁違いの戦力展開を帝国は実施していたのだが。
実のところ、その程度の戦力……帝国の通常宇宙空間戦力では、一個艦隊と言う単位で扱われる数であり、ゼロ皇帝達はどうと言うことのない戦力だと認識していた。
(まぁ、夢を見るのは自由だけど、今、夢を語ってどうにかなるの?)
などと思いつつもジュノーも冷静に現状報告を続ける。
「いずれにせよ現状、我が方が頼みとしていた電子戦能力は封殺されています。砲撃が当たらないのは、こちらの防空戦闘パターンと諸元性能が解析されているのもあるでしょうが、何より、あれは新型機です! 機動性能が従来機と比較になりませんし、戦いながらシステムアップデートが行われているようで、時間と共に巧妙化していっているようです」
今のジュノーの対空防御レーザーシステムは、ALスモークを炊いたことで、もはや牽制くらいの威力しか出なくなっており、ジュノーもさっきから省電力の為、照準パルスレーザーくらいしか撃っていなかった。
正直な所、やるだけ無駄なのだが、照準レーザーでロックオンの時点で向こうはアラートが鳴るので、回避行動に移ることで牽制には十分だった。
一応、これは帝国軍へのメッセージでもあり、手加減するからそっちも少しは手加減してくれと言う意味でもあり、実際、少しは手加減してもらっているようで、バイタルパートや艦橋狙いと言った殺意溢れる攻撃は減少しつつあった。
「まさか! これまでチョロチョロと飽きずにちょっかい出してきてたのは、俺達の戦闘パターンと電子戦能力を解析するためだったってのかっ! それに新型機だと! そんな情報聞いてねぇぞ! 上にいてバンバン撃ち下ろしてきてるUFOみたいな大型輸送機だって、あんなの聞いてねぇし! ハルカ提督の情報にだって、そんなの無かっただろ! なんで、こんなになるまで無策でいたんだ! あのメギツネ女……普段から偉そうにしてやがったのに、とんだ無能じゃねぇか!」
わずかひと月足らずの間に新概念を導入した新型機を設計した上で大量生産し、万単位もの数の戦闘艦を数ヶ月足らずで増産し戦場へ投入する。
本気を出した銀河帝国はそんなデタラメを容易くやってのけており、それを予想しろという方が無茶な話であった。
実際、ハルカ提督の元に届いていた情報にしても、2週間ほど前に新型ナイトボーダーの概念実証機らしきものが飛行テストをやっていたと言う、通りがかりの輸送業者を装った自らそう自覚していない諜報員の目撃情報くらいで、新型機と言っても従来発展機程度の代物で、脅威にもならないと判断していたのだ。
実のところ、その情報すらもアキが仕込んだいくつものフェイク情報のひとつで、本命の開発はアストラルネット上の時間圧縮VR上にて行い、技術者達はVRポッドに軟禁されながら体感時間で一年近くの時を過ごし、同じくアストラルネットの住民である帝国近衛騎士団の者達がテストパイロットとアグレッサーを兼任することで、秘密裏に開発され、高度に洗練化されていたのだ。
超高空型戦闘支援輸送機「シャドウウィスパー」とセットで運用することを前提とした新型ナイトボーダー「シャドウボーダー」はこのようにして開発され、今回の作戦には数十万機と言う途方もない数が惜しみなく投入されていた。
もちろん、銀河守護艦隊の主力戦闘機……例えば「烈風Rev58」や「コルセアType79」なども同様の重力制御システム機であり、極めて高性能機だったのだが。
それ自体は旧型の従来航空機の発想からは抜け出ておらず、高性能ALコートや重装甲で防御力は秀逸で、機動性能も高く優秀な戦闘機だったのだが。
そもそも、帝国軍機動兵器群の膨大な数を相手にするとなると、数も質も圧倒的に不足しており、何よりもハルカ提督も空母系艦艇による航空消耗戦に移行してしまっては、機動兵器偏重の帝国軍相手に、絶対に勝ち目がなくなると承知していたので、今回の編成では、敢えて機動力と火力重視の小型砲雷撃戦系の艦艇を主力に使っており、空母系にしてもオールファイター編成と極端に偏らせることで、帝国軍の機動兵器にも十分対応できていたのだ。
当然ながら、このオルトバ流域の配備戦力も非スターシスターズ艦ながら、防空空母が配備されていて、小型のゼロ戦型制空機も40機ほど配備されていたのだが。
それら防空戦闘機は、アルフレッド提督のたかが20機程度の偵察機相手の全機出撃命令が原因で、空母諸共、空母の格納庫に収まったままエーテルの藻屑となっており、もはや何もかもが裏目に出ていた……。
「……推測ですが。旧型機と比較すると、軽く数世代は飛び越えた高性能新型機だとしか……。こんな短期間にどうやって……? 重力機関の制御アルゴリズムに関しては、明らかに我々を超えて、もはや百年レベルの進歩を遂げているようにしか……帝国に何が起こったの? これはいくらなんでも常軌を逸している……」
以前、ジュノー達が戦った七帝国艦隊と比較した場合、銀河守護艦隊は軽く数百年レベルの技術格差があり、それ故に帝国軍艦艇は全く相手になっておらず、その多くが無人制御艦だったこともあり、電子攻撃であっさり無力され、戦域によっては、十倍以上の兵力差が発生していたことすらあったのだが、それを全く物ともせず、いとも簡単に返り討ちに出来ていたのだが……。
今、相手にしている帝国軍は、技術格差を大きく詰めてきている上に、銀河守護艦隊の先進技術に対しても相応の対策も施され、兵器についても完全に一新されたことで、質でも迫りつつあり、その量にしても以前の段階でも物量で圧倒されるほどだったのが更にその上を行っていた。
何よりも、頼みの綱だった電子戦についても、念入りに対策が施された上で、むしろ圧倒されており、電子支援も相互通信網も何もかもが奪われた中での戦いを強いられていた。
まるで、100年後の帝国軍が過去の同胞の敵討ちのためにタイムワープしてきたとすら錯覚するほどには、帝国軍は質、量いずれにおいても格段の進歩を遂げており、もはや同じ国家の軍勢とはとても思えないほどだった。
否、これが本気を出した銀河帝国の真骨頂なのだ。
人類銀河史上最大最強の覇権国家。
その総力を挙げ、入念な準備をととのえた上での逆襲の前には、いかに銀河守護艦隊と言えど、もはや太刀打ち出来るものではなかったのだ……。
もちろん、ハルカ提督や他の再現体提督達も帝国相手に長期戦を挑んだら、その桁違いの国力に裏打ちされた物量に押し潰されて負けると、始めから承知していており、その為に主要中継港の封鎖を行い、その頭と言える皇帝を全員打ち倒すことで、帝国の瓦解を狙っていて、その目標については、達成していたのだが。
……帝国は、その程度で瓦解するようなヤワな国ではなかったのだ。
「くそっ! なんて奴らだ! 全艦……防空フォーメーションを組め! 輪形陣で対応しろ! 火力集中でとにかく、このうざったいナイトボーダー共を蹴散らせ! 救援はまだか! 状況はハルカ提督に転送してるんだろ! こんなの俺たちだけじゃ支えきれんぞ!」
必死にジュノーへの指示を出すアルフレッド提督だったが、ジュノーは即座にその言葉を否定する。
「無理です! すでに2隻を失っている上に、駆逐艦とのデータリンクも途絶中なんです! 支援要請どころか、組織的な交戦すら、今は不可能です! 敵機、感あり! 更に直上からナイトボーダーが来ますっ! これより発光モールス信号にて指示、各艦周遊機動で個艦での目視対空戦闘へ移行! A提督は直ちに脱出の準備を! このままでは、あまり長くは持ちません!」
……脱出とは上手く言ったものだった。
実のところ、指揮官たるアルフレッド提督が艦橋から居なくなってしまえば、自動的に指揮権放棄と言うことになり、ジュノーも独断で動けるようになるのだ。
そうなったら、当然のように即時降伏。
脱出したアルフレッド提督がどうなろうが、もはやジュノーも知ったことではない。
脱出カプセルもすでに起動状態にあり、アルフレッド提督を詰め込み次第、脱出用シューターで撃ち出すだけ。
もっとも、恐らく流体面下には潜航艦も待機しており、そんな正体不明の射出物ともあれば、機雷か何かと思って、即座に爆破処分するか……或いは鹵獲するだろうから、少なくとも彼が舞い戻ってくるような可能性はない。
(……まさに完全犯罪! 自分が殺れないなら、誰か殺ってもらえばいいんじゃない!)
あとは、どうやってこのバカを脱出カプセルに押し込むか……出来れば、無理矢理は避けたいのだが、ゴネるようなら、それもやぶさかでない。
指揮官の生命を最優先にする……そう言う事なら、論理規定にも引っかからない。
いい加減、フラストレーションが限界になりつつあったジュノーも、そんなドス黒い妄想に浸り、一人ほくそ笑んでいた。
「馬鹿な! この俺に逃げろと言うのか! 俺はまだ、何の手柄も上げられてないし、こんな状況で逃げられるわけがない! 捕虜になんてなったら、俺の経歴に取り返しのつかない傷が付く……そうなったら、俺は……無能者の烙印を押されて、二度とこの世に召喚されないかもしれない……。そうなったら俺は死んだも同然……そ、それだけは……」
なお、ハルカ提督自身はこのアルフレッド提督程度では、本格的な交戦となったら、支えきれるとは思っておらず、その為に銀河守護艦隊でも有力な戦力でもある防空巡洋艦ジュノーを与え、近隣に歴戦の将官でもあるH提督率いる遊撃艦隊を配置していたのだが。
案の定、無能をさらけ出しており、この時点で降伏しようが、逃げようがその評価は覆りようもなかったのだが……。
ジュノーもいい加減、悪質なクレーマーでも相手しているような気分になりつつも、この日何度目かになるのか、解らないため息を付きながら、心底面倒くさそうにお相手する。
「……もはや、状況は最悪なんですが? いいですかぁ……もう、提督がいくら頑張っても、もう今すぐ死ぬか、後で死ぬかの違いしかないんですよ……。だったら、ここは降伏して、敵の情けにすがる……それが一番じゃないですか! あ、でもでもっ! ここはスパッと脱出するってのもお薦めですよ! 殿はこの私にお任せくださぁい!」
なお、ジュノー的には降伏がベストで、次点が脱出。
いっそ、うっかり艦橋に直撃弾と言うのも悪くはない……。
自分なら、服がぼろぼろになる程度で済むだろうが、アルフレッド提督はバラバラだろう……提督がバラバラになった時点で白旗、多少痛い思いはするが、そこまで悪いものではない。
もっとも、敵もそれは避けているようで、ジュノーも時々わざと隙を見せているのだが、何故か艦橋へは撃ってこないのだ。
要するに、向こうも出来れば、さっさと降伏して欲しいのだ。
モニター上や周囲の様相からは、双方猛烈な火力の応酬に見えるのだが、雨のように降り注ぐ砲弾は、尽く至近弾止まりで、レーザーも遠くから撃ってくる程度で、ほとんど被害も出ていない。
そう……この戦場で真面目に戦争をやっている気になっているのは、アルフレッド提督だけで、ジュノーと帝国軍の間の交戦は、もはや見せかけだけの茶番以外の何物でもなかった。
そして、この茶番劇で、ジュノーに与えられた役目は、アルフレッド提督を精神的に追い込み降伏させる役を期待されている……そう言うことだった。
だが、もしもその期待にそぐわなかったら……。
粉々に打ち砕かれて、エーテルの海に散華する。
或いは、核兵器の膨大な熱量で一瞬で焼き尽くされる……。
いずれにせよ、そんな最後は御免被りたかった。
「ふっざっけんなぁああああ! なんだそのロクでもない選択肢はっ! なんで、てめぇにそんな事を決める権利があるんだよ! いいか? 世の中には絶対なんて事はありえねぇんだよ! あるはずだ……勝ち筋が……それさえ見つかれば!」
「そんなものありませんよ。敵は本気でこちらを殺しにかかってます。提督……解ってますか? どうやら、帝国は我々を本気で消すつもりのようですね……敵増援艦隊が到着したようです。モニター出します」
「……な、何が出てきたって? 増援って……まさか、まだ来るってのか……! 冗談だろ!」
「敵増援艦隊の艦影を確認……ライブラリ照合……帝国軍重砲撃艦ダイソン級5隻、及び他多数……データ該当なし詳細不明。数……およそ200隻。どうやら、新型艦のようです……恐らく、これが本命かと……。うわぁ……よりによって、ダイソン来ちゃったかぁ……。あれの熱核融合砲弾は本気でヤバいですからね……」
ダイソン級重砲撃艦……。
宇宙戦艦用の2400mm口径レールガンを無理やり搭載した300m級の砲撃用大型艦艇で、機動力も防御力も皆無に近いと言う攻撃力極フリの帝国独自開発のエーテル空間戦闘艦であり、スターシスターズも見かけたら、最優先で乗っ取るか火力集中で沈めろとまで言っている帝国軍艦艇でも最大の脅威と目されている艦艇だった。
なにせ、その最大火力……2400mm砲弾は、本来km級宇宙戦艦を沈めるための重核融合誘導弾を射出出来るようになっており、むしろその事に特化した艦艇と言っても過言ではないほどだった。
なにせ、スターシスターズの戦艦クラスでも、これの直撃を二、三発も受ければ、消し飛ぶし、駆逐艦クラスなら、至近弾ですら蒸発する。
今のジュノーなら、やっぱり至近弾一発で蒸発する。
元々は、七帝国最大の武力を有していた戦闘国家第一帝国が開発した艦艇で、たった一隻の試作艦で銀河守護艦隊の一個艦隊を壊滅に追いやった事で、悪名高いと言う枕詞が付くような艦艇だった。
なお、新型艦については、新型と言うよりも例のレーザー通信式の戦時急増艦をブラッシュアップした上で大型化したいわゆる後期型なのだが。
例によって、その再設計は技術者達を時間圧縮VRで軟禁した上で、入念に再設計を行った艦艇であり、新型の更なる新型と言っても良かった。
この時点で、帝国軍の兵器体系も相当に複雑化しているのだが、ゼロ皇帝は、この一戦だけで全て終わらせるつもりであり、この際一切気にしないことにしたのだ。
それ故に各戦線では、こんな調子で様々な新型兵器や対スターシスターズ用決戦兵器が投入されており、それも銀河守護艦隊の混乱を助長させることにつながっていた。
更に艦隊最後尾には、先程電子浸透攻撃を一蹴した敵艦隊旗艦「ストームブリンガー」までもがおり、どうやら敵艦隊はその全兵力を投入し、一気にケリを付けるつもりのようだった。