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第六話「そして、奇跡は舞い降りる」①

 その時、森の奥地にて、正義として散るか、命惜しさに逃げ帰るかの決断の時を迎えていた冒険者たちだったが。


 そんな彼らの前に……世界の壁を超えて、ひとつの奇跡が舞い降りようとしていた。


「わ、解りました。森の女王様……あ、はいっ! どうぞ、そのように……いえいえ、そう言うことであれば、むしろどうか、この矮小なる我が身をご自由にお使いください! ハイッ!」


 いったいどんなやり取りがなされたのかは良く解らないが。

 それだけ言うとファリナの身体が脱力し、その身体に絡まっていた蔦がはらりと解けた。

 

 そして、ぼんやりとエメラルド色に光る粒子のようなものに包まれると、背筋を伸ばして姿勢を正すなり、猛烈なプレッシャーを放ち始める。

 

 仲間たちもファリナの雰囲気が露骨に変わったことを悟って、一様に無言になる。


「……了解した。ならば、我はこれより、汝の身体を借りて、紛う方なき悪に対して、正義の名において鏖殺おうさつを執行するとしようっ!」


 その言葉とともに、ファリナが勢いよく手を振り上げると、タイミングを合わせたようにすでに拘束されていた盗賊達が一斉に宙に持ち上げられる。


 なにやらモゴモゴと騒ぎ立てようとしてるようだったが、全員の口に猿轡のように蔦が巻き付いていてなにも話せないようだった。


 そして、ファリナがパチンと指を鳴らすと、それが合図だったように、一番前に並べられた10人ほどの者たちが一斉に首を強引に背中側に向けられ、頸部の骨を折られて行った。


 当然ながら、一瞬で全員が即死である。

 

 頑健な体格の大男が真後ろまで首を向けさせられると血を吐き、呆気なく動かなくなり、杖持ちの魔法師もその強力な魔法を行使することもかなわず、同じように首をねじられ、死んでいった。

 

 目の前で次々と死んでいく仲間達を目にし、必死に足掻く者達や猿轡越しに叫び声を上げる者達もいたが、そのような者達も運命は変わらなかった。


 パキポキと言う軽く小さな音が何度も聞こえ、断末魔のうめき声の合唱が聞こえていたのだが。

 唐突に、辺り一帯が静かになった。


 その様子を首だけを動かすことで、ソルヴァ達も目にしていたが、下手を打つと自分達も一瞬でああなる。

 恐らくファリナに憑依した存在はそう言う存在なのだと、誰もが嫌が応にも理解していた。


「さて、かくして悪は滅んだと言う訳だ……実に他愛もない。それに、思った以上に感慨も湧かぬものだな……悪しき者とは言え、仮にも人の命を奪ったというのに……。まぁ、こんなものか……」


 どうやら、それがこの惨劇を作り出した感想らしかった。

 どことなく、自嘲するようなニュアンスが込められていると、ソルヴァは思ったが。


 どう声をかけていいのか解らず、思わず押し黙る。


「……」


「ふむ、このファリナという者、私が何者かを説明するまでもなく、私以上に私と言う存在を理解し、その上で我が意識を自らに憑依させるとは……。それに彼女は、なかなかの使い手のようだな。まぁ、色々と説明する手間が省けたようで、実にありがたい限りであるな」


 ファリナの声で、重々しい口調で話す何か。

 

 ソルヴァもB級冒険者として自他ともに認めるほどのベテランの実力者だったが、さすがにこのような得体の知れない相手との遭遇は初めての経験だった。


 何よりも、20人以上居た盗賊団を一人残らず一瞬で無力化し、容赦なく皆殺しにしたと言う事実。

 さすがのソルヴァもこれだけの人数を皆殺しにしろと言われたら、躊躇くらいは覚えるし、そもそもそんな人数の相手などとても不可能だった。

 

 100人規模の討伐隊……この盗賊団を討伐するのにソルヴァが必要だと計算した戦力なのだが。

 この数字は大げさでもなんでもなかったのだが、この存在はその討伐隊以上の戦力を持つ……そう実感していた。


 ……もはや、常識では測れない……明らかに異質な存在だと嫌が応にも思い知らされる。


「……な、なるほどな。確かにお前はファリナじゃねぇな。口調も気配も何もかも違う。まずは聞かせてもらう……アンタはいったい何者だ?」


 ソルヴァもようやっと口を開くことが出来たのだが、同時にこの存在はとてもつもない大物だとも、認識していた。


 なんと言うか、貫禄が違う。

 そして、圧倒的な存在感。


 どこぞの皇帝陛下か大将軍か何か。

 或いは、いっそ魔王だと言われても、即座に納得できる……その程度には大物だった。

 

 元近衛兵で、王宮にも出入りしていたソルヴァにはその事が自然と理解できた。


 もし、身体が自由に動かせていたら、問答無用で跪く。

 その程度には、格の違いを実感していた。


「……すまぬな。私の本体はもっと森の奥にいるのだ。この者、なにやら私の眷属のようなものらしくてな……言葉も彼女が無意識に翻訳してくれているようなので、私にも君たちの言葉は理解できるし、私の言葉も君たちにちゃんと通じているようだが、どうかな? 言葉とは対話において不可欠故に、通じているなら何よりなのだが……」


「あ、ああ……ちゃんと通じてるさ。ただ、出来ることなら、この蔦を解いて欲しい。さっきも言ったが、俺達は正義の味方のつもりなんだ……別に逃げやしねぇし、抵抗するつもりも無いぜ」


「おお、それはすまんかった! うむ、お前たちも楽にして良いぞ……。すまぬな……私もまだ遠く離れた所にある植物を動かすのには、慣れていないのだ。下手に動かれると巻き込んでしまうかもしれんし、奴らに向かって、飛び込んでいかれて無駄死にされてもかえって困ると思ってな。すまぬとは思ったが、先に拘束させていただいたのだ」


 その言葉とともに、ソルヴァ達を縛り付けていた蔦が解け、皆も解放される。


 逆さ吊りにされていたイースについても、乱暴にいきなり地面に落とすのではなく、他の蔦がゆるゆると伸びてきて、優しくその背中を支えながら、お姫様抱っこでもされているような姿勢で下ろして貰えていた。


 なんとも、気が利く相手のようだった。


「……あはは。まさか木の枝にお姫様抱っこされるなんて……。ありがとうございます……精霊様」


 イースも苦笑しているが、少しは気を使われたのが解ったのか、満更でもない様子だった。

 そもそも、彼女の信仰の対象は、この森の巨大樹「神樹」様なのだ。


 そうなると、彼女にとっては、神の使いとの対話と言うことになるので、逆さ吊りにされた挙げ句、下着丸出しにされていた事など、些細な問題のようだった。


「……まぁ、言われんでも、あのタイミングで手出しするつもりはなかったんだがな……。まぁ、いいさ。なにより、命あっての物種って言うしな。死んじまったら、正義も何もねぇからな……」


 縛めから逃れようと、無駄なあがきをした名残で、すっかり赤くなった手首をさすりながら、ソルヴァも呟く。


「……まずは自分の命を大事にする。それは悪くない心がけであるぞ。生き残れなければ、その後も何もない。死んでしまっては、何も守れないのだからな。戦士と言う職責にある者こそ、まず自分の命を大事にするべきだ。まぁ、あの状況で敢えて、何も考えずに突っ込んでいかなかったのは、戦というものを良く解っている証だと思うぞ」


「……やれやれ、そう言ってもらえると嬉しい。だが一応言っとくが、少なくとも俺はあの時、正義の味方として、賊共とやり合う覚悟は出来てたぜ? そこは是非、評価してほしいもんだな」


「ああ、解っている。なによりも、この世界に正義と言う信念を持つものがいると知れたのは、実に素晴らしきことだ。貴殿らはまさに気高き戦士と言うべきだ。我も武人の端くれだと自認しているのでな……戦士の矜持については理解があるのだ。であるならば、それは尊重すべきである。結構、結構! お前たち、実に気に入ったぞ!」


 予想外に友好的な様子に、ソルヴァも思わず肩の力が抜ける。


 しかしながら、即座にその場でひざまずき、頭を垂れる。

 この存在には、その程度の敬意を払うべきだと、本能的に理解したから。


 何より、絶対に勝ち目なぞない……そのことも同時に理解できる。


 しかしながら、ファリナの言葉では精霊かなにかのように思えたのだが、武人の端くれやら、武人の矜持について理解していると言うのはどう言う意味なのだろう?


 それに、精霊というのは、もっと……こう、超越したふわふわとした存在なのではないかと思うのだが。

 

 こんな風に魔王の如く威厳と老王のような貫禄を兼ね揃えていると言うのは、なんだかそのイメージと合わない……そんな益体もない事考えてみたりもする。

 

「そう畏まらんでも良いぞ。今の私はただ人であるからな。頭を上げるといい……それにしても、実に胴に入った所作であったな。お主、かなり立派な鎧を着込んでいるようだが、いわゆる騎士かなにかか? まぁ、騎士などと言うものの実物は見たこともないから、なんとも言えんのだがな」


 なんと言うか、まさに国王陛下か皇帝陛下のような物言いだった。

 もっとも、お前のようなただ人がいるかと、ソルヴァも内心では文句タラタラでもあったのだが。


「一応、元近衛兵だから、騎士の端くれと言えなくもないな。では、お言葉通り、楽にさせて頂こうか……」


 そう言って、顔をあげ立ち上がるのだが。

 気心の知れた仲間でもあるファリナの姿にも関わらず、半ば反射的に萎縮してしまって、言葉が出て来ない。


 その昔、国王陛下に直接拝謁した時以上の緊張を強いられている。

 ポカーンと突っ立ったまま見ているだけのイースの鈍感さが羨ましくもなる。


 けれども、つばを飲み込むと至って冷静に、かつ笑顔を作ることには成功した。


「と、とにかく、俺たちが正義の味方だって事は解ってくれたってことかな? なにせ、俺達は盗賊にさらわれた人質を救出して、あの盗賊共を退治にしに来たんだからな! どちらに正義があるかなんて、そんなの誰の目にも明らかだっただろう?」


 実際は、人質を見捨てて、撤退するつもりでいたのだが。

 そのことはあえて告げない。

 それが、どんなに妥当な判断だったとしてもだ。

 

 ここでそれだけは言ってはならない。

 その程度の分別はソルヴァにもあった。


 ここは、兵力差に怯まず、正義に殉じようとした勇者を演じるつもりでいないとならなかった。


「そうだな、今のは確かに実に解りやすい状況だった……。諸君らに何も言われなくとも、正義の所在はひと目見ただけで解ったぞ。だが、貴殿の言った通り、あの者達はきっちり全員皆殺しにしたのだが、問題なかったかのう。一応、一人くらいは生かしておいた方が良いと考え、気絶させるに留めるつもりで手加減したのだが、うっかり殺してしまった……すまんな。ああ、もちろん人質はちゃんと区別したので、全員無事であるぞ」


 ……言われるまでもなく、盗賊団が皆殺しの憂き目にあったのは、しっかり目に焼き付けていた。


 そして、人質の女性たちは何が起きたのかすら解らず、全員そろって茫然自失状態になっていたが、確かに無事なようであった。

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