表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

208/312

第四十九話「銀河守護艦隊の落日」③

 ――帝国歴327年9月16日 銀河標準時刻00:15――

 ――旧第五帝国中継港オルトバ 沖合300km――

 ――指揮統制艦「ストームブリンガー」司令室にて――


「戦闘開始から、たった一時間でこの有様か……凄まじい被害だな」


 帝国軍宇宙艦隊集成第6グループ司令官マクス・フェーベル中将は、次々と報告されていく被害報告を前に、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


 戦闘開始早々、先制奇襲攻撃で敵の防空戦力を殲滅し、ジュノー艦隊も機雷原へ誘い込んだことで、駆逐艦二隻を沈め、航空優勢と電子戦優勢と言う圧倒的に有利な条件にも関わらず、帝国軍艦隊は並々ならぬ損害を受けていた。


 中継港に上陸した陸戦隊は、元第三帝国惑星降下陸戦隊と言う帝国軍でも屈指の精鋭部隊が投入されており、銀河連合軍の陸戦隊はまともな防衛戦闘も行えておらず、もはや一方的な蹂躙戦と言えるような展開となっているのだが。


 下流側に追い込んでいるA艦隊の抵抗が予想以上の物となっており、帝国艦隊は尋常ならざる損害を被っていた。


 矢面に立っている新型ナイトボーダー隊も、第1波はすでに半数を失い後退中。

 第2波もすでに2割が撃墜され、予備兵力のはずだった第4波を繰り出すことを急遽決定し、先程発艦したばかりで、予備機を急遽再編成し、第5波が現在発艦準備中だった。

 

 艦隊戦力にしても、半包囲陣形で十分距離を取っているのにすでに20隻は沈められており、こちらも予備兵力との入れ替え中だった。


 上流側を専有し、制空権下で孤立している艦隊を圧倒的多数で相手取っているのにも関わらず、凄まじい損害が出ており、さすがにフェーベル中将も怯まずには居られなかったのだが……。


『……フェーベル中将。お言葉ですが、現状我が方の損害は許容範囲内です。何か問題がありましたでしょうか? 損害と言っても、無人機が大半で、増援艦隊についても別グループにて、対応することで封殺されており、ここで予備兵力を使い潰しても、なんら問題ないかと思います』


 フェーベル中将の独り言に統合指揮AIシーゼットからの返答が返ってくる。

 その言葉も至って余裕で、要するに想定内……そんな一言で片付けており、フェーベル中将も呆気にとられる。

 

「そ、そうは言うが……シーゼット卿……。我が方の機動兵器群もすでに三桁もの損害が出ているのだぞ? これで相手はたった三隻……。私は、第六帝国の将官としてあの戦いを生き残った身なのだが、やはり奴らを相手にするのは、厳しかったのではないかと思うぞ……。あまりに戦力差があり過ぎる。その上奴らは最後の最後まで抵抗を続けるのが常だ……一体どれほどの犠牲が出るのだ? さすがに、怖気づきもするだろう……」


『確かに、驚愕に値する戦闘力ですね。一撃でバイタルパート射抜く、高精度射撃能力……。ナイトボーダーをシールド越しに撃破する収束レーザー、いかなる攻撃も寄せ付けない……次元断層シールド。なかなかに優秀なハードウェアを備えており、この差を覆すのはなかなかに厳しい』


「そ、そうなのだ! このままでは勝ち目がない! ここで負けたら、もはや取り返しが付かないではないか!」


「まぁまぁ、落ち着いてください。確かに、アレが百隻、二百隻と数が揃っていれば、脅威だったでしょう。ですが、所詮はわずか三隻の小勢なのです。実際、その戦闘力は右肩下がりに減退中です。こちらも無理せずに熱損傷を蓄積させると言う戦い方をしておりますし、ジュノーの戦闘パターン分析も完了しており、前線各位にてアップデート対応中、案の定、兵装稼働率も低下しておりますので、もはや時間の問題で、刀折れ矢尽きるときがやってきます。私に言わせれば、大人げない程の過剰戦力ですよ……』


「……か、過剰戦力? 我が方が……か?」


『ええ、現状からすると、ジュノーが弾を撃ち尽くして、全弾命中したとしても、生き残るのは我が方です。これで負ける方法を探せと言う方が無茶かと思いますよ』


 フェーベル中将の目前に、ジュノーの搭載弾薬数と、理論上の最大エネルギー総量が表示され、被弾率100%と言う現実的にはありえない想定での戦闘シュミレーションがタイムラプスで表示される。


 結果としては、どんなに頑張っても、ジュノーは集成第6グループ艦隊の半分も撃破できずに、全てを撃ち尽くして、沈むという最期を遂げていた。


 シーゼットが過剰戦力というのも無理もない結果だった。


『以上が、戦闘シュミレーション結果となります。なお、ジュノーのパラメーター設定は戦闘開始時点で補給物資充足率120%。射撃命中率100%で設定していますので、実際よりもかなり有利な設定になっていますが。所詮、個艦での孤軍奮戦なので、こんなものです。むしろ、これは哀れな話だと思いますね。ああ、シュミレーションの前提条件をもう少し厳しくしてみましょうか?』


「いや、結構だ。要するに、我軍は負けようがないのだから、弱気なことを言うな……。そう言いたいのだな?」


『は、ご理解いただきありがとうございます。では、僭越ながらフェーベル中将へ進言なのですが、作戦最終段階にて敵艦へ降伏勧告を行ってもよろしいでしょうか?』


「そりゃ構わんが……奴らが降伏なぞするのかね? スターシスターズはプライマリーコード……上位命令により、本人の意志に関係なく、降伏やむなしの状況になったら、強制的に自爆させられるらしいからな。再現体提督連中も不死の存在ながら、あまりに無様に負けると、今後登用されなくなるとかで、降伏するくらいなら名誉ある死を選ぶ……そう言う奴らだと聞いているぞ?」


 実際、帝国も無為に敗れさった訳ではなく、航行不能となり、見捨てられた艦艇を鹵獲すべく、熱核兵器の使用を匂わせた上で、降伏勧告を行ったりもしていたのだが。


 実のところ、ハルカ提督が最も恐れていたのは、艦艇の鹵獲によるスターシスターズの造反と、その先進兵器技術の漏洩だったのだ。


 帝国ほどの技術力があれば、実物というお手本があるなら、容易に模倣してくる。

 それは、隔世の技術格差があったヴィルデフラウ文明の先進重力制御システムをあっさり模倣し、実用化した事からも明らかで、そのことをハルカ提督も良く理解していたのだ。

 

 だからこそ、ハルカ提督はそれら鹵獲されそうになった艦艇に対しては、スターシスターズ達のプライマリーコードを使った遠隔自爆命令を与える。


 そんな非道の策で対応することで、徹底して情報漏洩を抑え込んでいたのだ。

 だからこそ、フェーベル中将も降伏勧告などという無駄なことをするくらいなら、一気に殲滅するつもりだったのだが……そこに至るまでの損害を予想し、暗澹たる気分になっていたのだ。


『いえ、現状ジュノーは電子的孤立状態にあり、プライマリーコードによる自爆コマンドを受け付けない状態にあり、先方もそれを理解し、時間稼ぎに徹しているように見えます。要するに現場の提督が降伏を受け入れれば、即座に降伏する……。再現体提督についてもこのアルフレッド提督と言う人物は、典型的な小人物のようで、捨て駒以外の何物でもないようですので、付け入る隙は十分にあります』


「なるほど、そう言うことか……。だとすれば、降伏に応じる可能性もあるということか。ならば、やって見る価値はありそうだな……。構わん、多少の手心を加えつつ、機を見て降伏信号を送ってみてくれ、決して悪いようにはしないと付け加えてな」


『はい、前例が出てしまえば、向こうも不利な戦況は承知でしょうから、一気に歯止めが効かなくなるでしょう。これは、戦略的にもかなり大きいと思います。スターシスターズも事実上、不滅の存在ながら、死を恐れる傾向があるようなので、本音では降伏を渇望していると見ています。アルフレッド提督についても、今後は帝国軍の食客として末永く面倒を見ると甘言を呈すれば良いのですよ。どうでしょう? 先進技術の塊であるスターシスターズ艦の鹵獲。これは、フェーベル中将の手柄として頂いて結構ですぞ? これは中将殿の大いなる加点となるかと』


「くっくっく……。シーゼット卿は、我々人間の心理すらも深く理解しているということか。まさか、手柄を得るチャンスなどと言われるとは、思っていなかったよ」


『ふむ、ご不快でしたら謝罪いたします……。中将殿にとっても、メリットしか無い提案だと思ったのですが……私としたところが、まだまだ人の心について、学習が足りなかったようで……』


「いや、気にしないでくれ。シーゼット卿の言うことももっともだ。良いだろう、君の好きにするが良い……。なんと言うか、さすが歴戦の古豪であるな。やることが実にエゲツない! ああ、これは誉めていると思ってくれ」


『ありがとうございます。戦争はよりエゲツない方が勝つ……これもまた真実ですから。もはや、以降は詰将棋……。ええ、我が帝国に勝利をお約束いたします!』


 ……実際、戦闘は典型的な掃討戦の様相を呈していた。


 銀河連合軍の中継港守備隊は、歴戦の精鋭第三帝国惑星降下戦隊の手で、手際よく殲滅され、すでにゲートの向こうと連絡を取り合いながら、早速ゲート解放の準備が進められていた。


 なお、ゲート向こうで待機中の艦艇総数は2000隻と、結構な数でこれらが増援としてなだれ込んでくるとなると、敵にとってはもはや絶望的な戦力差となる。


 確かに、シーゼットが損害が許容範囲と言ったのも納得だった。


 もっとも、銀河守護艦隊の増援については、巡洋戦艦比叡率いる遊撃艦隊がこちらへ急行しているとの情報が入ってきていた。


 もっともそれは、同じく歴戦の戦術統括AIオーキッド率いる第八と第九の二つの作戦グループが縦深陣を敷いた上で迎撃戦闘中だった。


 銀河守護艦隊もこの手の遊撃艦隊を二個艦隊ほど編成し、帝国領内を巡回させており、どこかの中継港で奪還の動きがあり次第、最寄りの遊撃艦隊を急行させて、奪回を阻止する構えではあったのだが。


 些か、想定が甘いとしか言いようがなかった。

 そんな帝国がご丁寧に1つづつ順番に中継港を奪還するなど、そんな訳がなかったのだ。


 やるなら、まとめて同時に一撃必殺で挑む。

 ちまちまと小勢同士の小競り合いを続けるくらいなら、一戦で全て決める。

 

 かつての七帝国の戦いは、時間稼ぎということもあって、どこが攻められるか解らないと言う状況下で、戦力集中も行えず、せいぜい10倍程度の戦力で挑むのがやっとだったのだが……。


 今回は、時間稼ぎも必要なく、戦力を小出しにする理由もなく、帝国軍は圧倒的な兵力を用意した上での同時多発侵攻を行うこととしたのだ。


 それ故、ハルカ提督のこの機動防御戦略は、もはや単なる各個撃破の目標にしかなっていなかった。


 なお、帝国軍がこのオルトバ中継港の奪回に投入した兵力は、戦闘艦艇500隻。

 新型ナイトボーダー500機、その支援機も50機。


 その他、航空戦力ともなると総計2000機にも及んでいた。

 そして、この規模の大兵力による作戦グループが、都合20グループも編成されていた。


 その内訳としては、6グループを予備兵力とした上で主力艦隊の包囲と「サルバトーレⅢ」の防衛に回し、残りの14作戦グループにより、6箇所の六帝国の主星系中継港と4箇所の大規模軍港の奪回にそれぞれ1グループづつを投入し、二個遊撃艦隊については、精鋭による4個作戦グループで当たり、主力艦隊以外の確実な殲滅を目指す……と言うのが「オペレーション・ヘブンズ・フォール」のフェイズ2の作戦概要であった。


 なお、帝国軍は被害想定を1000から2000隻と見積もっており、その損害を許容できる兵力として、一万隻以上もの戦力を用意していた。

 

 要するに、一騎当千の格上の相手と認識した上で、帝国軍は徹底した削り殺し戦術に徹する事にしたのだ。

 

 相応の損害も許容した上での消耗戦に持ち込み、消耗させきった所で、銀河守護艦隊の各艦を沈める算段で、もはや絶対に負けようがない戦力を用意した上で挑んでおり、その損害についても多いか少ないか程度にしか問題にしていなかった。


 それ故に、シーゼットも敵であるはずのジュノーに心から同情し、フェーベル中将へ降伏の段取りを進言するような余裕があり、フェーベル中将もそれを理解した上で許可を出していた。


 当然ながら、銀河守護艦隊の前線各艦もそんな兵力差で勝ち目があるなどとは思っておらず、以前帝国軍に対して、圧倒的な数的劣勢をひっくり返した大規模電子制圧攻撃の実施を待ち望んでいたのだが。


 その頼みの綱の電子攻撃も一向に実行される気配もなかった。


 現在、必死の防戦を行っているジュノーも単艦ながらも、相応の電子戦装備を搭載しており、この電子攻撃をなんとかすべく、対応しようとしているようで「ストームブリンガー」にも頻繁に電子攻撃がなされているようだったが。


 この時代の電子戦闘で物を言うのは、統率されたハードウェアパワーの物量と、ソフトウェア運用の蓄積が物を言うのだ。


 最前線の一艦艇が如何に頑張った所で「ストームブリンガー」にも早々と後方からの電子支援が入り、「ストームブリンガー」自体の持つ統率艦故の強大なマシンパワーや前線のシャドウウィスパーも有効に活用し、カウンターアタックを仕掛けることで、たちまちジュノーのリソースを飽和させ、演算力の力技で、その電子攻勢ももはや全く寄せ付けていなかった。


「……どうやら、ジュノーの電子攻撃を凌ぎきったようだな。今のは少し危うかったのではないか? さすが、銀河守護艦隊でもかなり上位の電子戦を得手とする艦だけはあるな……」


『はい、当艦電子防壁のうち第三層までが突破されましたが、アーキテクト卿のカウンターアタックと、帝国臨時集成電子戦隊のリソース支援が入り、押し返せました。この調子ならなんとでもなりますので、ご安心ください』


 ジュノーとしては、起死回生の反撃だったのだが。

 当事者たちにとっては、危なげなく封殺しており、さしたる意味もなかった……。


 ちなみに、帝国臨時集成電子戦隊とは、民間人の電子セキュリティ業務担当や、在野のクラッカーやホワイトハッカーと言った者達へ帝国のために戦わないかと募集をかけた結果、帝国全土から集まった人々だったのだが……これがまた思った以上の人数となってしまっていたのだ。


 彼らは各々自宅や職場から、この一大決戦へ参戦し、相応の戦力となっていた。

 なお、彼らは戦争というよりもある種のお祭りとして、この戦いに参戦しており、なんとも無責任な立場と言えたのだが……。


 このような形以外でも、銀河連合系企業の株や銀河連合の惑星の土地や資源衛星などを一斉に売却するなどで、それらの暴落を引き起こし、また銀河連合にとっては貴重な外貨準備金の流出を招くなど、迂遠な手口で経済的な打撃を与える民間人も存在していたし、もっと直接的な……帝国軍への義援金は膨大な額になっていたし、各地の徴兵事務局は、押し寄せた志願者達や予備役などでごった返していた。


 この戦争は以前のラースシンドロームとの戦いと違い、銀河守護艦隊は敵としては非常に解りやすい敵であり、国民の士気と言う戦争を続けるに際して、極めて重大……かつ、国家戦略すら左右する要素が、初めから振り切れているようなものなのだ。


 なにぶん、この戦いは各帝国の首都星系を封鎖し、居座っている侵略者達を殲滅すると言う構図の戦いだった。


 当初は確かに自分達が侵略者となって、銀河連合の領域を荒らし回る……そんな構図となり、国民達も皇帝達のやることだから、理由があると思っていたのだが。


 やがて、十億単位の犠牲者が出ているといった情報までがこぼれ出て来るようになると、さすがにお祭り思考の国民達もドン引きとなり、そんな漠然とした政府への不信感と、目に見えない脅威からくる社会不安により、各地で社会システム運営に支障を来たすほどとなり、大きな問題となったのだ。


 ラースシンドロームと比べると、ハルカ提督達銀河守護艦隊は、大変わかりやすい敵であり、やってることも侵略者以外の何物でも無かった。


 ハルカ提督達にとっては、封鎖しておかないと確実に自分達が殺されるので、何をどう言われても絶対に譲れなかったのだが……。


 皇帝を皆殺しにし、首都星系の封鎖まですると言うのは些かやり過ぎであったのは、明らかだった……。


 そこまでやるからには、殺されても文句は言わせない。


 それが帝国臣民や、帝国軍の本音であり、決して超えてはならないラインをハルカ提督は踏み越えてしまったのだ。


 かくして、帝国軍の戦いは、誰がどう見ても正義の戦いだとして喧伝され、ハルカ提督達は悪の侵略者と謗られ、怨嗟の声に塗れながら、確実に敗北しつつあった。


 銀河守護艦隊……数百年に渡り、銀河連合の守護者として君臨し続け、幾度となく銀河を救った銀河系最高の武力集団だったのだが……その歴史に幕が下りようとしていた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載始めました!! アスカ様の前日譚! 「銀河帝国皇帝アスカ様 零 -ZERO- 〜たまたま拾った名無しの地味子を皇帝に推したら、大化けした件について〜」 https://ncode.syosetu.com/n1802iq/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ