閑話休題1「ユリコとアスカ様の異世界海浜リゾートなう」⑧
いずれせよ……宇宙に出るだけの能力のない文明が宇宙の外敵について考えると言っても、その時点でまるで無意味なことなのだ。
なにせ、惑星戦力だけでは、どう足掻いても宇宙戦力相手には勝ち目がない。
それどころか、抵抗することも対抗することすら出来ない。
惑星文明と星間文明の戦いとはそう言うもので、初めから土俵が違うので、勝負にすらなら無いのだ。
それ故に、地上文明の視点で宇宙の敵の脅威について考えるのは、まさに「杞憂」といえる。
これは、中国古代の杞の人が天が崩れ落ちてきはしないかと心配したという故事にちなんで作られた故事成語なのだが。
要するに、心配するだけ無駄な事を心配してもしょうがない……そう言う意味でもあるのだ。
惑星文明にとって、その視点では、存在するかどうかも定かではない星間文明の襲来に怯えるというのは、まさに杞憂であり、彼らのように気にもとめないというのが正しい対応なのだ。
もっとも、アスカの立場からすると、過去に銀河帝国と接触し、割りと問答無用で傘下に下るしか無かったいくつもの惑星文明の事例を考えると、今のこの惑星のラース文明に取り囲まれている状況は全くもって落ち着かないというのは事実だった。
だが、そんな自分の憂慮を他の者達に伝えるつもりは毛頭なく、段階を追って話を進めるべきだと弁えていた。
「目下の圧政者だったバーソロミューが消えて、邪教の炎神教団もバタバタと逃げ出しているのだからな。別に奴らを悪と罵るつもりはないが、人々も重しが取れて、清々した……そんなところであろう。だからこそ、重しを取った我々を皆が開放者として歓迎してくれているのだ。どうだ? これは正しき戦いと言えるだろう?」
「そうだねぇ……。戦争をやるのは一向に構わない……でも、それは常に正しい戦いでないと駄目……これは絶対に守ってもらわないと駄目だからね。これは……帝国でもわたし達の時代から言われてたことだからね。実を言うとわたしも一度は帝国の正義を疑うようになっちゃってね……。それに色々あって、疲れちゃって、何もかもを放り投げて引きこもり生活としちゃったりしてたんだよね……。まぁ、なんと言うか若かったねー! あん時は……」
ユリコの言う帝国の正義への疑念。
これは、アスカも詳細は知り得ない帝国の黒歴史のようなものなのだが。
ユリコは銀河帝国の建国後そう間もないうちに起きた小さな戦いで、とある再現体提督の一人と一騎打ちを行い……勝利者となったのだが。
その戦いを終えて、そう経たないうちに彼女は唐突に引退を宣言し、惑星エスクロンの片田舎の小島に居を移し、まるで燃え尽きてしまったかのように、引き籠もってしまったのだ。
その戦い自体は、帝国領にはみ出すように存在していた銀河連合の出城のような星系の攻防と言えるもので、ゼロ皇帝はその星系の接収を予め決定した上で、銀河連合の盟主国であったシリウス連合の方から宣戦布告を行うように誘導し、結果的にシリウスはその戦いでの敗戦をきっかけに総崩れとなり、空中分解を起こしたことで、その戦略目標自体は達成したのだが……。
その代償として、ゼロ皇帝が最も頼りにし、信頼していた側近……ユリコを失うと言う痛恨の痛手を受けてしまったのだ。
それからゼロ皇帝は些か性急で、驕りを隠せなかった自分達の姿勢や、何かと言うとユリコに依存しがちな所などを色々と反省したようで、ユリコの復帰後は、彼女には一切の義務も責任も与えず、その上で何をするにもまずはユリコの意見を伺い、その意に沿うのを第一とし、要するに常にユリコの顔色を伺うようになってしまったのだ……。
そして、帝国は常に正義の側であるべし、我々が悪とされるような恥ずべき戦いは決して行うべからず……そんな言葉を残したほどには、正義と言う言葉にこだわるようになった……。
アスカ達にも、そんな風に伝わっており、それは概ね事実だった。
そして、アスカもラースシンドローム対策で、手段や外聞を選ばず、独善と言える姿勢で対抗したことで、侵略者や虐殺者の汚名を着せられた事で帝国軍内部でも反乱や造反が起き、手におえないことになった事で、その言葉の意味について、痛感していたのだ。
だからこそ、アスカもこの惑星の統一に向けては、自分達の武力が現地勢力を圧倒している事を理解しながらも、調子に乗らず、あくまで筋道を通して、正しき戦いの末に、惑星統一を成し遂げようとしているのだ。
そして、その企みは今のところ順調と言えた。
「そうだな……。正しくない戦いを繰り返しているようでは、例え武力で全てを併合しても、ロクな事にはならん。次の段階は、制海権の確立の上での南方の大貴族たちの統べる穀倉地帯を解放する……そして、いずれは古き考えで凝り固まった王国の全てを大義名分を得た上で解放し、新たなるステージへ人々を導く……だな。まぁ、武力で我々に対抗できる存在はもういなさそうだが、そうなるとここから先は政治力と、戦略の勝負だな……むしろ、私の得意分野だ」
「そっか、そっか。確かにアスカちゃんは、戦いはそんな得意でもないみたいだけど。内政と戦略に関しては、わたしより全然上みたいだからね……。おかーさんとしては、鼻が高いよ。確かに宇宙の炎神もウロウロしてるだけで何もしてこないし……。こっからはアスカちゃんだけでもなんとかなるかな?」
「もとよりそのつもりだったが……。そろそろ、帰還命令でも出たのか?」
「鋭いねぇ……実はついさっきゼロ陛下直々の命令が来てね。そろそろ、あっちの状況が動くから、なるはやで帰ってこいって……。もう少し、こっちにいたかったんだけど、さすがにそうは言ってられないか」
「そうか……。私ももう少しユリコ殿と一緒に過ごしたかったが。お互い、そうも言っていられない立場であるからな。して、出立はいつになる? ここは盛大に送り出すとしよう……別に今生の別れでもないのだからな」
実際の所、アストラルネットを使えば、帝国とは地続きのようなものであり、その気にあれば、アスカも向こうに有機素体でも用意してもらえば、里帰りも不可能ではなかったのだ。
だが、アスカ自身はそれを潔しとせず、それをやるとすれば、この星系からラース文明を駆逐してから……そんな風に決め込んでいた。
ユリコもそんなアスカの考えに理解を示し、何かあればいつでも馳せ参じることが出来るように……このヴィルデフラウの身体の慣らしも兼ねての滞在ではあったのだ。
もっとも、それはあくまで建前で、異世界惑星を全力で堪能したいと言うのが本音ではあったのだが……。
「いやいや、そんな盛大な送り出しっても、なんだか、しんみりしちゃいそうだし、遠慮しとくよ。……ホントは、今夜にでも……そんな風に考えてたんだけどね。でも、ちょっと、そうもいかないかな……。リンカ一等兵! 直ちに出頭せよっ!」
唐突にユリコがビーチチェアから起き上がると、空を見上げながら、大声でリンカの名を呼ぶと、少し離れた屋台で、串焼肉を頬張っていたはずのリンカが、すっ飛んで来るように目の前まで駆け込んできて、シュタッと跪く。
「リンカ! 只今、出頭しました! 教官殿っ! その様子からすると……やはりアレが見えたのですね」
リンカも意外と落ち着いた様子で空を見上げると、立ち上がると休めの姿勢を取る。
二人の予知能力者が同時に何かに気づき、警戒態勢を取る……この時点でアスカもただならぬ事態が起きているのだと悟る。
「まぁね……。アスカちゃん、神樹様に衛星軌道の広域スキャンと、直ちに「白鳳Ⅱ」と「ピンク・スナイパー」をここまで移送するように伝えて! この感じ……来るよっ! リンカ一等兵には今後……コレくらいの事は、やってのけてもらわねば困るからな。わたしがいるうちに、この感覚をモノにしておきなさい……。でも、思ったより早く来た様子から、どうやらわたしの命令より少し早く敵に気付いたようね……感心、感心!」
「……ええ、ソルヴァさん達がなんか、首筋がヒリつくとか言ってましてね。私も何かが起きると思ったので、すでにこちらへ向かっていたんですよ。ソルヴァさんも、すでに郊外に待機させていた巨神兵の元へ向かっています。今回もその……例の宇宙の敵との戦闘……になるのでしょうか?」
「……ユリコ殿、お母様……神樹様から警告だ! 当たりだぞ……推定ながら、イフリートが16機……どうやら、すでに大気圏降下軌道に入っていたようだ……。奴ら熱反応を極度に落とした状態で、惑星の反対側から接近して、惑星周回降下軌道で神樹の元へ落着する軌道を取っているようだ。まったく、不意打ちとはやってくれるな!」
「……なにそれ? 連中、エネルギー体じゃあっさり撃ち落とされるからって、イフリートの宇宙仕様を完成させて、それをまとめて降下させようって事? 確かに、あれって無駄に大きいけど、大気圏の圧縮熱くらいなら余裕みたいだしねー。でも、正気? あんな重たそうなので……大気圏降下とか、帰りはどうすんのよ……って、そこは考えてないのか」
「大気圏再突入」と言う言葉があるように、惑星から宇宙に出る限り、宇宙に行って、必ず帰ってくると言うのが基本とされていたのだが。
この時代の惑星大気圏への突入は、地上に降りて、宇宙に戻るのが基本的な考えとなっている……要するに、21世紀の頃と違って、生存圏の主体が完全に宇宙主体となっており、地上へ降下して終わりではなく、再び宇宙へ戻って当然と考えられているのだ。
だからこそ、惑星大気圏への突入は「再突入」とは言わないし、大気圏の離脱も「宇宙圏帰還」と言う表現が使われている。
もはや、宇宙は行くところではなく、戻るべき場所なのだ……この意識の変化こそ、銀河人類がとっくに惑星重力の軛から解き放たれていることを示していた。
それ故に、ユリコがイフリートの宇宙への帰還方法を疑問に思うのは当然の話ではあったのだが、用途が惑星地上制圧という事で、使い捨て前提の兵器ならば、宇宙へ戻ることは度外視でかまわないのだ。
要するに、片道切符の特攻戦術。
ラース文明もなかなかに思い切った真似をして来たといえた。
「うむ、この状況だけ見ると、あのイフリートが16体もと言う時点で、なかなか厳しい展開と言えるが……ユリコ殿は、そうは思っていないようだな」
「まぁねぇ……。これがいきなり神樹ちゃんの目の前に湧いてきた……とかだったら、慌てたかも知んないけど……。大気圏降下戦術で、呑気に惑星周回降下軌道なんて取ってるんだもん……。大方、最短の直角滑降軌道だと重たすぎて圧縮熱で燃え尽きちゃうんだろうね。要するに、エネルギー転化装甲っても限度がある……そう言うことでしょ? なんか、速度も全然出てなくってトロ臭いし……対軌道戦闘の実戦訓練にはちょうどいいんじゃないかなぁ?」
思いっきり、舐めプ宣言なのだが。
イフリートの取っている大気圏周回降下軌道とは、民間用の地上往還船などが使うような惑星衛星軌道を何度も周回し、浅い突入角を取って、徐々に減速することで、圧縮熱を最小限にする……古くはロシア系の往還機が使っていた大気圏突入方法なのだが。
帝国軍の惑星降下戦闘では、そんな方法は使わない。
耐熱蒸散シールドを何重にも重ね、プラズマシールドを備えたボードシールドを盾に、ほとんど直滑降に近い急角度で超高速で一気に大気圏を突破する……そうでもしないと、光学兵器を持つような技術レベルがあるような軍勢相手だと、盛大な対空砲火の前に地上に着く前に、あっさり撃ち落とされるのが関の山なのだ。
なお、そんな乱暴な惑星降下ともなると、機体内部温度は軽く100度を超えるし、地上スレスレでの減速Gも30Gだの40Gだの途方もないGがかかるのだが。
そう言う生身の人間の限界を越えた環境での戦闘を想定しているのが強化人間であり、有人型ナイトボーダーが強化人間専用になっている理由のひとつなのだ。
「なるほどな……。要はさしたる脅威ではないと。確かに速度もかなり落としているようで、この調子だと落着まで一時間ほど余裕がありそうだ。今から、迎撃部隊を編成しても余裕で間に合いそうだな」
……なお、現状アスカが持つ機動兵器と言える戦力は、地上戦用の巨神兵が10体ほど。
そして、リンカ専用機の「ピンク・スナイパー」と名付けられた桃色の長砲身γ線レーザー装備のナイトボーダー準拠機と、元々ユリコの身体だった「白鳳Ⅱ」のみだった。
なお、リンカ機が桃色なのは……当人のリクエストで、リンカもこう見えて割りと女の子女の子しているところがあり、好きな色がピンクだから……だった。
「……えっと、ユリコ教官殿! そうなると武装は……? ガンマレーザーではイフリートに効果がないのではないですか?」
「確かにそうだな……。お母様の放つ大出力レーザーでも、アレは平然と耐えきると言う話だからな。だが、レールガンでも地上からでは簡単には当たらんと思うぞ」
「さっきも言ったけど……何事にも限度ってもんがある……そう思わない? 数千度を耐えられても一万度は? どんな高熱でも耐えられるってのなら、あんな惑星周回降下軌道なんて、まどろっこしいやり方せず、直滑降でズドンって落とせば良いのにそうしない。そう言う事なら、攻略法なんて割と簡単なんじゃないのかな」
そう言って、笑うユリコ。
「なるほど……そう言う事か。お母様の話だと宇宙からイフリートを降下させる等と言う戦術は前例がないそうだ。だが、それはつまり奴らもぶっつけ本番だということか。まったく、よほど耐熱性能に自信があるのか、或いは想定が甘いのか」
「……どっちもなんじゃないかなぁ……。まぁ、やるなら徹底的に……ぐぅの音も出ないように、まとめてぶっ潰しちゃおう! Destroy! Them ALL!」
「相分かった。ここは奴らの耐熱性能でも測ってやるとするかな……奴らがこの惑星の地に足をつけるような事など……させるものかっ!」
そう言って、アスカもニヤリと不敵な笑みを浮かべた。