閑話休題1「ユリコとアスカ様の異世界海浜リゾートなう」⑥
「ユリコ殿は……ウニにずいぶんとこだわりがあるのだな」
「まぁね! 実はウニファームも赤字続きで潰れかけてたんだけど、そうなったら私の大好物……ウニチップスが生産停止になっちゃう! だもんで、陛下におねだりして立て直しコンサル入れて、公的資金もガバッと投入して復活させたんだ」
……公人の私情による一企業への公金投入……。
普通の国なら、その時点で軽く犯罪物だったが、銀河帝国においてユリコのわがままともなると、それは犯罪どころか、もう国が動くもの……要するに、忖度に忖度が重なり、国策と言える程までになってしまうのだ。
かくして、経営の傾いていたウニファームは降って湧いた天の声と、公的資金注入と株価爆上げで奇跡の復活を遂げ、ユリコお気に入り企業として以来、300年間続く老舗企業となったのだった。
確かに主力商品のウニチップスも、300年間のロングセラー商品であり、そのパッケージンにはユリコの顔写真が「わたしの大好物です!」とかフキダシつきでデカデカと飾られており、アスカもよく買いに行かせて、休息時間の伴にしていたのだ。
その理由はシンプルにユリコの愛用品だから。
もっとも、アスカ自身は、なんとも不思議な味だと思っており、美味しいかと聞かれたら、微妙と答える……そんな調子ではあった。
「まぁ……私とて、ウニファームの公式スポンサーだったのだ。こんな生ウニ程度ではおどろか……」
言いながら、アスカも黄色い生ウニの身を一切れつまんで口に運ぶ。
その瞬間……アスカは海の中にいた。
芳醇な磯の香り……濃厚で甘いような、それでいて、ほんのり苦味もある。
複雑な味が口の中に広がり、アスカも完全なトリップ状態になっていた。
(……海の味なんぞ、知らんが。この浮かび上がるイメージは……紛れもなく海っ!)
静かなる海の底……色とりどりの魚と鮮やかな海藻の林。
そんなイメージの中、これが……きっと海の味なのだ! アスカはそう確信していた。
「……ユリコ殿……これはもはや海そのものの味だ! ああ……素晴らしい! 素晴らしいぞ!」
「そ、そうだね! あれ? 陸ウニはキャベツっぽい味してたけど、このウミウニは海藻みたいな味がするね……。と言うか、これめちゃくちゃ美味しくない? トロッとしてて、濃厚で……え、ヤバくない? これ!」
「うむ! だから、美味いと言っているであろう! まさに海を食すと言っても過言ではない! ユリコ殿……恐らく、これが本来のウニの味なのだ! 我々がこれまで食していたのは、ウニのようななにかだったのだっ!」
そもそも、海棲生物を陸棲化する。
その時点で、無理があったであろうし、陸棲化した結果、乾燥に強くなった事で、その身も水分含有量が減っていたのだ。
この辺りは、海の巻き貝と陸棲のカタツムリの違いのようなもので、サザエはご馳走だが、カタツムリは誰も食べない……それと似たようなものだった。
陸ウニの身……要するに卵巣は近いものを上げるとすれば、ししゃもの卵のような感じで、ウニ本来の味や食感からは程遠く、それ故に潰して液状化させることでウニ風味を再現する……それがやっとだったのだ。
対照的に、この惑星のウミウニの身は陸ウニと違って、トロットロで、まるでプリンか何かのようだった。
要するに、まるっきり別物。
なお、特に衝撃を受けていたのは、陸ウニ愛好家のユリコの方だった。
「そ、そうだね! ガーーン! ウニファームの陸ウニ……キャベツ風味のウニのようななにか……。確かに自信満々で永友提督を連れていった時、すごく微妙な顔されて、同じような事言われたよ! 曰く「ユリコくん、これは……ウニじゃないよ」って!」
……永友提督については、アスカも知っていた。
銀河守護艦隊の前身……銀河連合艦隊の辺境艦隊の事実上の司令官だった人物だった。
かつては、20世紀から21世紀前半を過ごした料理人だったと言う経歴の持ち主だったのだが、何をどう間違ったのか再現体提督として、蘇ったらしい。
もっとも、再現体になってからも、銀河世界に当時の食文化を伝導し、色々とおかしな方向へむかっていた当時の食文化に革命を起こしたことで、食の伝導師との異名もとられていたのだ。
公式には、誰もそうは言っていないのだが。
銀河守護艦隊のN提督は、その永友提督その人で、あのアスカ最後の戦いでは、アスカ達第三帝国艦隊の本拠地アールヴェル中継港を占拠し、退路遮断を行った上で、交渉をしたいから単身丸腰で出向かせて欲しいなどと要請してきたのだ。
もっとも、正面では猛攻を続け、アスカ達を半壊に追い込んで、退路を断った上で、そんな怪しげな交渉を仕掛けられたところで、信用できるはずもなく、アスカもその申し出については、すげなく断ってしまったのだ。
もっとも、アスカにしても、今思えば、N提督は明らかにハルカ・アマカゼの思惑の外で動いていたようだし、ユリコと共有した情報では、N提督は完全にハルカ・アマカゼと敵対しているようで、案外、あの時話し合いの席を設けていれば、違う結末もあったのかもしれない。
……そんな風にアスカも思うのだが、あの戦いがあって、今があり、所詮なるようにしかならんのだから、あの時のあれは必然だったのだと割り切ることにした。
帝国の人々はアスカに限らず、こんな風に過去の失敗を認めながらも後悔することだけは決して無かった。
基本的に、前向き……倒れるとしても前のめりで……そんな国民性については、アスカも例外ではなかった。
アスカもユリコを見習って、腰に付けていたナイフを使って、棘を切って、殻を割った海ウニに海塩を振って、ツルッと中身を口にする。
「……これはたまらんなぁ」
すでにもう一つをお代わりしていたユリコもそうですなーと言いたげに、隣でうっとりしている。
「そ、そんなに美味しいのですか? だって、バンゲリクですよ……? 確かに毒はないけど、棘だらけで、魚だって食べないんですよ。むしろ、それ……食べられるところなんてあるんですか?」
「まぁ、ウミウニは殻も棘も食べるものではないのだがな。この黄色い部分は内臓……卵だったかな? ここだけは食べられる上に、見ての通り、一匹で僅かしか採れないのだ。故に我が故郷たる銀河帝国では超高級品扱いされているのだ」
……嘘である。
陸ウニは一応、高級品扱いでユリコの大好物と言う触れ込みではあったのだが。
美味いかどうかと聞かれれば……。
選択の余地があるなら、他のものを食べた方がたぶん、幸せになれる。
そんな評価が妥当だとアスカも思っていた。
それについてはユリコには口が裂けてもいえないと思っており、このウミウニも実のところ、大して期待していなかったのだ。
だが、実際はいい意味でアスカも予想を裏切られていた。
アスカ達の様子を見て、漁民やエルレイン女史も恐る恐るといった様子で、同じようにウニの殻を割って、その中身をひとくち口にする。
「……な、なんですかこれ! 普通に美味しいじゃないですか! これなら、売れますって!」
「だ、だよなぁ……。さ、さすが神樹の精霊様。俺らがゴミ扱いしてるバンゲリクがこんな美味いってことを知ってたなんて……。この棘切って、殻割ったり加工がめんどくさいけど、やるだけの価値はあるだろ!」
「うん、あると思うわ! いやぁ、これ……浜辺に不法投棄されたり、漁港に捨てられてるのを踏みつけて、怪我したり、網に絡んだのを撤去しようとして、網がボロボロになるとか、心底厄介者だったんですが……。新しいルペハマの名物になりえますよ! 素晴らしいっ! さすがアスカ様!」
まぁ、べた褒めである。
対照的にユリコは、ションボリしている。
愛好していたウニファームの陸ウニが微妙過ぎるパチモノだったと思い知ったからだったのだが……。
アスカも掛ける言葉が見つからず、敢えて触れないようにした。
まぁ、こう言うのも優しさと言えるのだ。
……そんな事がありながら。
それから、半日ほどが過ぎた。
すっかり日も暮れかけていたのだが。
アスカもユリコも、あれからエルレイン女史が色々と用意してくれたことで、すっかり海浜リゾート気分を満喫していた。
具体的には、水着を用意してもらい、二人揃って散々っぱら波と戯れて、籐製のビーチチェアでくつろぎまくっていた。
なお、二人の関係としては、ユリコは周囲の者へは、堂々と親子だと言い張っており、実際アスカがまるで逆らわないどころか、時折崇拝に近いような態度で接している様子からもアスカよりも序列が高いということは確実であり、アスカの上位者なのだと認識されていた。
もっとも、いきなり現れて、アスカの保護者を自称されても、見た目はアスカニ号……と言った調子で、まるで説得力がなく一部の者達は胡乱な目で見ていたのだが……。
何よりも戦士としては超一級と言う事が、ソルヴァ達腕自慢の手によって、実証されていた。
唐突に始まったユリコチャレンジ。
リンカとユリコの組み手と言った調子だったのだが。
屈指の猛者と言われたリンカが子供扱いされているのを見て、ソルヴァが俺とやり合ってみるか? 等と無謀な挑戦を仕掛けたことで始まった。
第一ラウンド……ソルヴァ。
触れることも出来ずに、カウンター狙いで待ちに入ったところを、瞬歩からのアッパーでワンパン轟沈。
次、モヒート……踏み込んだところへカウンターでぶっ飛ばされて、砂浜に錐揉みダイブして轟沈。
リンカは、より獣に近くなる獣化の上で、予知能力者である事で、ユリコが相手にも関わらず、そこそこ粘ったのだが。
ハーフ獣人とヴィルデフラウの身体スペック差と、経験値の差で不利は否めず、露骨な誘いに乗った挙げ句に、紙一重回避からの掌底カウンターをもらって、やっぱり轟沈。
アスカ配下の筆頭武闘派三人があっさり負けたことで、もはや誰が挑んでも勝ち目はないと言う事になり、チャンピオン認定されていた。
なお、アスカは身体スペック上では互角のはずで、あらゆる格闘技の美味しいところ取りをした帝国式陸戦格闘術を習得しては居たのだが。
ユリコは、その帝国式陸戦格闘術を開発した帝国近衛騎士団のトップでもあり、無敗を誇ったと言われるマスタークラスどころか、開祖のようなものなのだ。
もう挑むまでもなく、負けると解りきっていたので、さすがユリコ殿であるなー! と煽てまくって逃げた。
アスカは、戦略的撤退は恥ではないと考えているので、これは戦略撤退……そう言うことだった。
そんなバトル展開もありながらも、やがて日も暮れて、浜辺のあちこちで篝火が焚かれ、お祭り騒ぎが果てどもなく続いていた……。