プロローグ「とある銀河帝国皇帝の最期」②
『……こちら統合戦術AIターレット、現時点を持ちまして、80%台まで機能復旧いたしました。敵の総攻撃、及び電子攻勢につきましては、山場を超えたようです。アスカ陛下、申し訳ない……こちらもメインフレームを侵食されないようにするのが手一杯で、何の手助けも出来ませんでした』
度重なる電子攻撃にさらされ、先程まで沈黙していた戦術AIがようやっと復旧したようだった。
艦隊の要にして、現状無人艦隊群を統率するTier2相当の高度な帝国有数の古参AIにもかかわらず、この有様だった。
「おお、ターレット卿無事だったのか。てっきり、電子侵食されてシャットダウンしたのかと思っていたぞ。むしろ、よくぞアレを凌いだな……ご苦労だった。さすがであるぞ」
我が帝国のAI達の古来からの風習の一つに、Tier2以上の高度AI達は、固有名称を名乗りお互いに「卿」と言う敬称を付けて呼びあうというのがある。
由来は、良く解っていないようなのだが、名前と敬称を付けて呼びかけると、向こうも好意的な反応を寄越してくれるので、人間もなんとなく合わせていた。
『お褒めに預かり、恐縮です。ジャミングパターンも分析完了、レーダーもまもなく復旧します。現在、被害状況の集計中……速報ですが、現時点で全艦隊の8割以上の戦力が失われた可能性が高いです。また先程の総攻撃で当旗艦周辺以外の艦艇との相互リンクが完全に遮断……と言うよりも、我々は電子的に孤立状況にあるようです』
AIは嘘もつかないし、希望的観測を述べたりしない。
ひとまず、敵の総攻撃の第一波を凌いだと言ったところだが、もはや我が配下の艦隊は20隻も残っていなかった。
もちろん、各所で生き残っている艦艇や機動兵器類は、多数存在するはずだが、孤立化し戦列から外れてしまったり、航行不能となっている艦については、戦力としてはカウントされない。
まぁ、当たり前の話ではあった……。
すでに、上空では近衛艦隊直掩の防空戦闘機が仕事を始めており、歩兵のようにエーテル流体面を走り回る人型機動兵器……ナイトボーダー近衛大隊までもが目視圏内で交戦中だった。
ターレット卿に、リンク復旧と詳細な現状報告を命じるべきかと考える。
いや、むしろこう言うときは、戦場の経験が深いベテラン士官でもある副官にでも、聞いてみる方が早そうだった。
多分、その方がお互い、気分転換にもなるだろう。
「……副官、状況報告を頼む。我が近衛と麾下艦隊の残存戦力は如何ほどか? ターレット卿の概算では全艦隊で8割以上の損害との事だが、副官の個人的見解で構わんぞ」
強力なジャミングと霧のような特殊スモークによる視界の悪化。
銀河守護艦隊の霧級と呼ばれる特殊艦艇が出張ってくるといつもこうなるらしい。
そんな有様で戦争など出来るはずもなく、霧と共に現れる悪魔……彼女達と戦い生き残った兵士達はそんな事を言っていた。
我が帝国との最後の戦で……あの女狐提督御本人の直率とは、なんともらしい話だった。
おかげで各艦との連携も状況把握もままならない状況だが、私自身は大凡の戦況が見えている。
『超級索敵』……私自身の持つ固有特殊能力で、要するに超広域索敵能力と言ったところだ。
敵意を持って私を観測する者と私の位置関係を問答無用で即時把握する……そんな尋常ならざる能力だ。
もっとも本来は、あくまで敵意や身の危険に対して反応する個人向けの能力の進化発展系のようなものなので、相手がそもそもこちらに敵意を抱いていないような場合だと、全く意味がなくなる。
もっとも、この分だと敵は、私の能力も計算に入れているのだろう。
向こうには、その程度の情報収集能力がある。
事実、これまで情報戦は負けっぱなしで、敵は最短距離でこちらのウィークポイントを巧みに突いて、我軍を確実に戦線崩壊に導いていた。
何よりも、現状、我が旗艦には一切の攻撃が向けられていないようで、ほとんど無傷であり、周囲の護衛艦艇についても同様のようだった。
要するに、初めから私を相手にするつもりがないのだ。
だが、それこそがもっとも有効な対抗戦術でもあるのだ。
なるほど、良く解っている。
まぁ、向こうはこっちの手の内をよく知っているのだろう。
私個人は、まともに相手をした覚えもないのだが、過去の記録では、守護艦隊の指揮官殿は、私のオリジナルとも幾度となく手合わせしていたとの記録が残っていた。
まぁ、私のオリジナルと互角以上に渡り合った時点で、相当な化け物だと断言できるのだがな。
事実上の永遠の存在らしいが……噂通り、全くもって嫌になるほどソツがない有能な指揮官だった。
とは言え、断片的な情報から戦況については、大凡の見当は付いている。
まぁ、これは答え合わせといったところだな。
各部署との連絡を取っていたと思わしき副長がカツンと踵を鳴らすと、姿勢を正す。
「報告いたします! 我が近衛艦隊の残存戦力は、当艦戦術母艦アルファグランテ3と護衛駆逐艦6隻、及び近衛のナイトボーダー一個大隊と直掩防空戦闘機が6機と言ったところのようです」
「……なるほど、ここから見渡した限りでは、確かにその程度のようなのだが。残りは一体何処へ行ったのだ?」
「……状況不明です……申し訳ない。陛下、現状を鑑みての意見具申よろしいでしょうか?」
「よいだろう。副長の意見も聞いてみたかったからな。この際、遠慮などせずとも良いぞ」
「はっ! では、ここはひとまず、一度残存戦力を集めて本流域より、反転離脱を計り、壊滅した第6艦隊と第3艦隊の残存戦力をかき集めつつ、第2艦隊の生き残りと合流。戦力の集中を図り、まずは後背に存在するであろう敵別動艦隊を殲滅し、中継港を奪回。然るべき後に我らが第三帝国首都星系へ撤退し、本星系にての宇宙艦隊決戦に持ち込みましょう。銀河守護艦隊はエーテル空間戦に特化している上に、アルヴェール主星系防衛宇宙艦隊は一個宇宙軍一万隻もの大艦隊が温存されています。通常宇宙での戦いに持ち込めば、例え銀河守護艦隊が相手と言えど、十分に勝ち目はあるかと」
まぁ、ソツのない妥当な案と言えた。
多分に希望的観測が入っているようだが、残存戦力との合流を果たせれば、一個艦隊10隻程度が相手ならば、勝利の可能性もあった。
もっとも、こちらの艦隊の残存戦力と言っても、すでに壊滅的な損害を被っていると私は判断していた。
なにぶん、各艦艇の乗員は、開戦時点で総員撤退済みで、各艦は無人艦状態なのだ。
有人艦であれば、向こうも手加減してくれることで、こちらにとって有利に働いていたのだが。
そのアドバンテージを捨てた以上、向こうに手加減をするような理由はなかった。
その上、旗艦のTier2クラスの古参AIですら電子侵食攻撃で、危うく食われかけたと言う現実。
無人艦となった各艦の操艦AI群は、どれもすでに敵の制圧下にあり、全艦撃破、或いは無力化されていると私は判断していた。
つまるところ、これが奴らの本気……そう言うことなのだが。
まぁ、奴らを本気にさせただけでも、十分誇るべき話ではあるか。
……この際、なんの慰めにもなっていないのだが。
「……悪くない案だが、ここで逃げたところでどうやっても勝ち目なぞあるまいて……。それに仮に反転強行突破が成功し中継港を奪回して、本星系に引き籠もったところで、いくら宇宙艦隊の数が揃っていても、中継港が陥落してしまっては、籠城してもなんの意味もあるまい。奴らも中継港を落とせば、その時点で我々を戦略的に無力化出来ると解っているのだ。だからこそ、通常宇宙までわざわざ追いかけてこないであろうし、我々もエーテル空間に出れなくなった時点で、ジリ貧で結局、負け確であろうな」
まぁ、この時代の戦争とは、そんなものなのだ。
せめて、エーテル空間が空っぽで無重力の宇宙空間と変わりないような空間であれば、まだ良かったのだが……たらればを言っていればキリがなかった。
「確かに……これまでの六帝国戦でも、銀河守護艦隊は中継港の占拠に留めていて、宇宙側への侵攻は一切行っていないようですが……。しかしっ! まだ我々の負けと決まった訳ではっ!」
「もうよい……認めねばなるまい。この戦は、我らの負けだ。何より、時間も十分に稼いだし、やれるだけの事はやったのだ。もはや、我らが御役目も十分果たしたと言えよう。やり残した仕事もなくはないが、せいぜい、奴らに押し付けてしまうとしよう。銀河の守護者として、何より勝者として、その程度の責任は取ってもらわねばならんからな」
「……」
副官は何も答えなかった。
……この期に及んで、彼はまだ勝ちの目があると信じているのかもしれない。
気持ちは解る。
だが、状況は端的に言って、やはり絶望的だった。
ここエーテル空間は、言ってみれば全銀河の最上位レイヤー層に位置する階層だった。
半径凡そ10万キロ、上下幅は流体面を境に、それぞれ約1km程度とごく薄い平面と言って良い亜空間回廊だ。
メインストリームと呼ばれる数十もの円環が年輪のように重なり合い、それらの幅は、10-100kmとかなりバラツキがあり、基本的に手狭な空間で、エーテル流体と呼ばれる液体金属のようなもので下半分が満たされており、それ自体が重力を発生していると考えられていた。
その上で、エーテル流体は一定方向への流れを持ち、言わば巨大河川のような構造をしていた。
そしてそれらは人体の毛細血管のようなサブストリームと呼ばれる無数にある支流で結ばれており、極めて複雑な構造をしていたが。
この空間を経由することで、銀河の各星系へ実際の物理的な距離をほとんど無視して、行き交うことが出来るようになっていた。
もっとも、こんな超空間を作り出すような技術は、現代科学を持ってしても遠く及ばず、要するに古代文明の遺産……借り物のようなものだった。
とは言えども、もはやこの空間は、銀河人類の要と言って良い空間だった。
であるからには、この空間を制する者こそ、銀河を制すると言っても過言ではなかった。
だからこそ、このエーテル空間での戦いに破れた以上、帝国にどれだけ国力と戦力が残されていようが、その敗北は確定的なのだ。
そして、このエーテル空間の覇者とは……この銀河守護艦隊に他ならなかった。
この一連の戦争における転換点は、どのタイミングだったのだろう?
戦争と言うものは、負ける側の当事者的視点では、得てしてなんだか良く解らないうちに不利になっていて、いつのまにか負けていたとなるケースが多いのだが。
今回の戦争の場合はどうだっただろう?
いや……もはや、この戦いはもう負け戦が確定だった。
何処で、負けが決まったのかについては、もはや考えるだけ不毛な思考実験ではあるのだが。
……そうだな。
銀河守護艦隊が参戦した時点で、もはやこの戦争は帝国の負けが決まっていた。
……そう言うことだった。
まぁ、この展開も半ば予想は出来ていたのだ。
そこまで解っていて、何故こんな無茶な戦争を起こしたのか?
……と後世の歴史家辺りからは、思われるかもしれないが。
我が帝国は、そう言う国なのだから仕方がない。
それが歴史家への答えとなる。
人類種と言う種は平和で惰弱な日々が続くとそれだけで急激に種としての活力を失い、やがて外敵に備えることを忘れ、戦う術自体を失ってしまうのだ。
そして、いざ外敵の襲来となってから慌てふためいて、為すすべすら失ってしまう。
これは銀河連合が300年ほど前に迎えた銀河人類史上始めての地球外生命体からの侵略戦争の顛末で、要するに駄目な見本として、今日の我々へと伝えられ、我々の果たすべき役目とはなんなのかを改めて認識させてくれる逸話だった。
さて、当時の銀河連合は最上位レイヤー層たるエーテル空間を絶対なる中立地帯とし、一切の戦力を持ち込ませないと言う制約を作り、これで銀河の恒久的平和が約束されたなどと嘯いていたそうだが。
そのエーテル空間が直接、未知の外敵から侵攻を受けるというのは全くの想定外で、エーテル空間戦闘兵器も全く揃っていない中の悲惨な迎撃戦を行う羽目になったらしい。
なんとも、馬鹿げた話だった。
これまで、戦争といえば要するに内輪もめ……同じ地球人同士としか、戦ったことがなく。
地球人同士が争いようがなくなる仕組みを構築したことで、この世から戦争が根絶されたと思いこんでいたのだ。
実際、この仕組みはよくできており、エーテル空間の特性……つまり、重力があり、液体の形質を持つエーテル流体で半分満たされていて、流れすらある特異な環境を利用し、国家間を物理的に隔離することに成功していたのだ。
なにせ、こんな環境に、宇宙航行艦を無理やり持ち込んでも、まともに運用が出来るわけもなく、そもそも当事のエーテル空間ゲートはいいところ半径50m程度しかなかったらしいのだ。
なお、一般的かどうかは知らんが、我軍の宇宙戦艦は軽く1kmくらいのサイズが有り、真面目に宇宙空間での戦闘を想定し、冗長性を確保するとなるとそれくらいになってしまうのだ。
その為、直接通常宇宙空間から、エーテル空間内に戦力を持ち込むのは全くもって、現実的ではなく、要するに、戦争をしようにもやりようがなくなっていたのだ。
だがしかし……あくまで、根絶されたのは地球人同士の内輪もめだけで、本当に備えるべき真の敵……外敵への備えというものがその意識から完全に欠落していたのは、明らかに問題であった。
そこで、一念発起して銀河連合の総力を結集して、死物狂いの総力戦でも始めたようなら、当時の銀河連合もなかなかの気概と褒めてやりたいところだったが。
実際は、そうはならなかった。