第四十七話「その星の名は」④
「お、おう……。久しぶりにユリコくんのノリツッコミ食らったけど、相変わらずの衝撃だね……。そ、そうだね……確かに娘と言うよりも弟子? 僕は彼女とは直接話をしてないから、心の弟子ってとこかな?」
「はいはーいっ! アスカちゃんはだね……正真正銘、このわたしの娘であり、わたしが育てたのです! まぁ、陛下ですから、特別に心の師匠……みたいに思っとけばいいんじゃないんですかね」
そんな風に笑顔で言い放つユリコだったが。
別に、アスカはユリコの影響を強く受けて、戦闘訓練などを直接施された程度で、遺伝子的には同一人物であり、一般的な親子関係とは少し違うと言えたのだが。
本人は、そう思っているので、ゼロ皇帝も余計なツッコミはしないことにしたようだった。
「やれやれ、君には敵わないなぁ。まぁ、そう言う事なら、アスカくんに任せておけば、惑星の統一統治くらいなら、独力でやってのけるだろうね。何よりも、計り知れない力を持つ神樹様の娘として、向こうにも認められてるってのは大きいね。この調子だと、本気で自力で銀河系に舞い戻ってくるくらい、本当にやってのけそうだなぁ……」
「でも、さすがにそれをやられたら、こちらの立場がないですよね……」
「ああ、そのとおりだよ。だが、そうなると……これまで、現地の人達では生命の樹の本当の力は引き出せていなかった。そうとも言えるのかもしれないな」
「たしかにそうかも。なるほど……神樹様もアスカちゃんが来るまでは、大したことも出来なかったけど、アスカちゃんが神樹様に無茶振りしまくって、あっちも全力で応えてるうちに、どんどんとんでもない事になった……そう言う事なら、あのデタラメっぷりも納得いくよ。なんと言うか……ハンパなかった!」
「アスカ様……あの方は生粋の銀河帝国皇帝ですからね……。大方、無茶を承知で銀河帝国基準での無茶なお願いをして、それがどんどん実現されて……そんな調子だったのかも知れませんね」
「だねぇ……。まさか、こっちのアストラルネットに平然と繋げてきて、ナイトボーダーを超えるような超兵器まで作っちゃうとか……。わたしだって、驚きだったよ」
「察するに、生命の樹はこれまではその管理者が消極的……或いは知識不足で、本来の力を発揮できていなかったんじゃないかな。そして、アスカくんと言う銀河帝国……先進文明の知識を持つアドミニストレータを受け入れた事で、急速に本来の能力を取り戻しつつあるんだろう。……実際、銀河の間を亜光速航法で数万年かけて駆け抜けたって時点で、軽く人類の理解を超えてるんだけどさ。その上で我々の文明をも吸収して、さらなる進化を遂げつつあると言うことか……。こんなのが宇宙進出前の地球に落ちてきてたら、ひとたまりもなかっただろうね……」
「そうですね……。アスカ様より帝国の技術や兵器の知識を吸収し……その上で独自に進化を始めた……そう言うことなのでしょうね。そんなのを敵に回す……まさに悪夢でしょう」
「確かに、神樹様を敵に回すとかゾッとしないねぇ。実際、圧倒的に不利な状況だったのに、軽くひっくり返して、ラースシンドロームも簡単に治療できるようになってたからね……。アスカちゃんも底が見えないってボヤいてたよ」
「……まったく、聞けば聞くほどとんでもないね。ヴィルゼットくんはどう思う? 君らのとこの生命の樹も似たようなものだったのかい?」
「……我がヴィルアースの生命の樹はそこまでのものでは無かったかと。いかんせん、我々ヴィルフラウ自体、科学技術の研究などにはそこまで熱心ではなかったですからね。生命の樹が大型の隕石を撃墜したとか、山一つを消し飛ばしたと言う伝承は残っていましたが。何かにつけてスローライフな種族なので、自分達も生命の樹の子株と共に宇宙へ飛び出そうとか……そんな発想すらありませんでした……。ですので、どう見ても、我々の生命の樹よりも先を行っているとしか思えないですね……」
一応、生命の樹が遥か遠くの宇宙の彼方からやって来たらしいと言うことと、自分達がせっせと育てていた生命の樹の子株はいずれ宇宙へと旅立つ……そんな話は聞いていたらしいのだが。
ヴィルゼットの先代族長も自分達がその旅に同行することはありえないと思っていたようだったのだ。
「そこは、多分アスカくん……アドミニストレータの存在がキモなんだろうね。アスカくんは文字通り銀河帝国の全てを網羅していただろうからね。要は、無茶振りや無茶提案の連続で、そのオーダーに神樹様も全力で答えた結果……元々持っていた超技術が次々と再現されていってる。そう言う事じゃないかな?」
「確かに……そう言う事なら納得できますね。……ですが、何故アスカ様だったのでしょうね……?」
「だよね? どういう経緯でハルカ提督と戦って討ち死にしたはずのアスカくんが、そんな16万光年も彼方の惑星でヴィルデフラウとして転生とかそんな事になっちゃったんだかね……。そこら辺、ユリコくん聞いてない?」
「……一番の謎ってやっぱりそこだよね? 正直、神樹様もアスカちゃんもよく解ってないみたいだったよ。神樹様の話だと、向こうのアストラル空間に迷い込んできたのを拾い上げて、自分の眷属にしたとか、魂の輝きが素晴らしかったから目をつけたとかなんとか言ってたけど……。わたしも何言ってんのか、よく解んなかったんだよ。そんな訳でアストラルネットを銀河人類にもたらしたアストラルネットの第一人者たる陛下による解釈をお願いします!」
「なるほどっ! そうか……魂の輝きが素晴らしかったのかっ! ……って、そんな事言われても、僕もちょっと解らないよ? ごめん、こっちこそ何言ってんのか解んないよ。魂の輝きってなに? そもそも君、ちゃんと神樹様の話聞いてたの?」
「聞いてたけど、なんか神樹様って受け答えがいちいちトンチンカンでさぁ……。頭いいんだか、悪いんだかよく解んなかったんだよ……。でもそっかぁ……陛下が解らないんじゃ、もう誰も解らないと思いまーす!」
「そう言われると、こっちも何も言えないよ。でも、僕だってこの世の理の全てを知ってる訳じゃないからね。その様子だと、向こうも結構無理してユリコくん達とコミュニケーションを取ろうとして、結果的に何言ってんのかよく解んなくなってるのかもね。年季入ったAIなんかも、知能が高度化しすぎてるから、そんな傾向あるみたいだしね……。エリダヌスあたりがいい例だよ」
「ああ、確かに……あの訳分かんなさは、エリダヌス卿に通じるものがあったかも……。と言うか、解釈とか考察はわたしの仕事じゃないもーん! どーせ、あほの子ですから!」
「解った、解った……君にその手の頭脳労働を期待するほど、僕らもバカじゃないから。でもまぁ、アスカくんはアストラルネットに接続した事が一切なかったから、僕らのようにアストラル体転写は行ってないはずで、それでどうやって転移再現なんて真似が出来たんだかね」
「……そうなんですか? わたしはてっきり、アスカ様も過去にアストラルネットにバックアップでも取ってたんだとばっかり思ってましたよ」
「なにぶん、今の時代……僕らを呼び出す守護者召喚プログラム自体が禁忌扱いになってたみたいだからね。アストラルネットも同様だったみたいなんだ……。もっとも、僕らもアストラルネットを完全には使いこなせていないのも事実だから、単純に神樹様は僕らの上を行っている。そんなところかもしれないね」
なお、ここでゼロ皇帝が言うアストラルネットとは、元々ゼロ皇帝の持っていた異能のひとつがその大本になっている。
それは、何の機材も使わずに、外部とのネットワークリンクすらも介さずに、自らの演算力だけで、独自の仮想空間を作り出した上で、外部接続することでその空間へ自らの意識のみならず、他人の意識を転写し取り込むことを可能とする……そんな破格の異能力だった。
もっとも、ゼロ皇帝自身も強化人間の研究開発者達も、当初はそれが強化人間特有の高速演算能力によるセルフVRのようなものと考えており、そのフィードバックを受け、同様の機能を限定的ながらも実装されたユリコ達も、同じような事を出来るようになっていて、相互連絡や情報共有手段として、お互い気楽に使っていたのだ……。
そして、とある出来事をきっかけに、そうやってお互いの演算力だけで構成したセルフVR空間に意識を転送すると、その時点で現実世界の肉体の状態に依存しない状態となる……つまり、意識転送中に肉体の死を迎えたとしても、意識体のみでその存在を維持することが可能……そんな驚愕すべく事実が判明したのだ。
そして、意識体をその仮想空間に転送した上で、現実世界に人体を模しただけの空っぽの人形……有機仮装ボディを用意し、意識転送した結果、それを自分の体同様に扱えるようになると、彼らは理解するに至ったのだ。
……それは同時に、彼らが一様に現実世界の肉体に依存しない、事実上の不死不滅の存在になったと言うことを意味していた。
かくして、彼らは再現体と限りなく酷似した仕組みを自力で編み出し、同列の存在……帝国の守護者となったのだ。
そして、何よりもそのアストラル空間は、自分達で構築した空間のみならず、無限と言えるほどの広さを持つ、未知の世界が果てしなく広がっている事も判明した。
要するに、ゼロ皇帝の持つ異能は、仮想現実空間を自前で構築する能力ではなく、アストラル空間と呼称するようになったある種の異世界へアクセスする……そんな異能だったのだ。
もっとも、そのアストラル空間が一体何なのかについては、当事者たるゼロ皇帝もユリコ達も未だに測りかねており、その答えは誰にも出せないでいた。
「……私も試しにアストラルネットワークへアクセスしましたが。確かにあれはもう一つの現実世界のようなものでしたね……。皆様が構築し、その本拠地としている過去の惑星エスクロンの再現世界については、私も自らの足であちこち巡って、実地調査させていただきましたが。恐ろしく精密で、細部に至るまで細かく作り込んであった上に、どうも宇宙空間どころか更にその先までもあるようでした……。もっとも、その仕組みについては、正直私も理解を超えており、明確な回答は致しかねますね」
「君がそう言うんじゃ、今のところはお手上げかなぁ……。実は僕らも似たようなもんなんだよ。推定ながら、僕らは超巨大仮想空間の一角を間借りしてる……そんな所だと思うんだけど。神樹様は、割りと平然とこちらの領域に割り込みを掛けてきたからねぇ……。恐らく、向こうはこちらの遥か先を行ってて、あの世界についての理解も、こちらの比じゃないんだろうね。むしろ、教えを請いたいくらいだよ」
「そうですね……。我々もあの空間の得体のしれなさは承知の上でしたからね。私も我々の領域……仮想エスクロンには相応の防壁システムを構築していたんですが……。神樹様の意識体にはそんなもの初めから無かったようにあっさり侵入されてしまいましたからね。正直、格が違いますよ……」
まぁ、実際の所、アキが接触したのは、神樹の意識体の枝葉程度ではあったのだが。
その桁違いの情報質量の前に、アキの構築していたファイアウォールや電子ゲートも容易く突破されてしまっていたのだ。
文字通り、格が違う……そのことをアキは誰よりもよく理解していた。
「いずれにせよ、神樹様の能力は我々の想像も理解も及ばない……そんなレベルのようだね。そう言えば、ヴィルアースって、元々どんな惑星だったんだい? かなり植生の旺盛な惑星だったみたいだけど、生命の樹の喪失で急速に荒廃したって話だけど。……一体、何が起こったんだい?」
「……私は、生命の樹が失われた後に、先代族長のクローン体として生み出されたので、以前の事はあまり詳しくはないのですが。状況的に恒星活動の活発化……もしくは、恒星重力の増大により、惑星軌道がより恒星側に引き込まれた事で、ハビタブルゾーンを超えてしまったのだと考えられます。事実、現在のヴィルアースは、恒星ハビタブルゾーン圏内よりも内側を周回していますからね。帝国の援助で建造した惑星の傘のおかげで、大分マシにはなってますが、未だに赤道付近の気温は平均で50度を超えており、さすがに炭素系生物の生存には適さない環境ですね」
「我々銀河帝国の主星……エスクロンも似たような状況だからねぇ。恒星エスクロンは昔から荒ぶりがちだったんだけど、この300年間の間でいよいよもって、高止まり……。それ以前に人口のエスクロン一極集中が問題になってたんだけど。いい機会とばかりに、潔くスパッと放棄の上で人口を分散させて、今は一時滞在のみが許可される観光惑星となっている……か。まぁ、伝統や情緒に拘って、無駄な事業にリソースを注ぐよりは、賢明な判断だよね」
「わたし達としては複雑だけどねー。実際、わたしらの代でも人口分散化の計画だけは何度も建てられてたけど。結局全部企画倒れに終わっちゃったからね……。でもまぁ、昔からエスクロンの環境のヤバさって、定評あったからね……。昨日大雪、今日スーパー夏日とか、そんなんザラだったし……。そうなると、ヴィルアースも結構ハードな環境だったのかな?」
「そうですね。かつては我がヴィルアースは、元々海洋が少なかったので、温暖化の影響は尚更激しかったのですよ。生命の樹も……あれは一度地上に根付くと動かすことが出来なくなるようで、長期にわたって、水不足と高温にさらされ続けた結果、枯れ果ててしまったそうですからね」
「でもさぁ、一万光年を通常航法で駆け抜けるって割には、水不足と高温で枯れたって……。あれって、そんなヤワなものなの? そうなると、あれかな……地上に根付くと脆弱化してしまう……そう言うことなのかなぁ?」
「どうでしょうかね? 案外、惑星自体が生存環境として不適合となったり、環境制御が出来なくなった時点で、播種失敗とみなして自壊するとか、そう言う仕組みだったのかもしれないですね。確かに、惑星アスカの神樹様の話を聞く限りでは、そんな簡単に死滅するようなものではなさそうですからね」
「さすがに、恒星活動を御するとなると、僕らでも無理があるからねぇ……。そこらへんの事情は一緒なんだろうね。だからこそ、恒星環境の悪化で播種事業が失敗とみなしたら、その時点で潔く諦めて自壊する……。確かに、合理的な考え方ではあるね」
「いずれにせよ、帝国がヴィルアースを発見した時点では、もはやほとんど荒れ地と砂漠しかありませんでしたからね。もっとも、僅か数百年足らずの間に急速に荒廃した様子から、おそらく、それがヴィルアースの本来の姿で、生命の樹の惑星改造の結果、緑の惑星になっていた……そんな風に考えられています」
もっとも、そのヴィルアースにしても、現状まだまだ復興の途上にあり、今のところ惑星の半分ほどまで緑が回復してはいるのだが。
かつてのような緑一色の惑星には程遠いのが現実だった……。
もっとも、ヴィルデフラウ達は、当面の危機は乗り越えたし、生命の樹が失われている以上、播種事業を続けられる訳でもないので、気長に惑星環境を調整維持しながら、次の生命の樹の到来でも待とうなどと、なんとも呑気な事を言っていた。
しかしながら、生命の樹の残骸から定期的に救難信号のような信号を宇宙へ向けて発信しているとのことで、新たな播種船がどこからともなく呼び寄せられてくる可能性は残されていたし、地中深くに張り巡らされた根の部分はまだ生きている可能性も高く、蘇生もあり得ない話ではなかった。
いずれにせよ、気が長すぎる話なので、ヴィルゼットもラースシンドローム対策としては当てにならないと判断しており、何よりも惑星ヴィルアースまでは、片道10年単位もの時間がかかるのだ。
ヴィルデフラウ族は時間の感覚が人類とはかけ離れているので、往復20年かかろうが、どうと言う事のない時間だと考えており、その辺りはヴィルゼットも同様なのだが。
ラースシンドロームの事を考えると、そんな悠長にしていられる状況ではとてもなかった。




