第五話「ファースト・コンタクト」②
実のところ、異文明との接触で最初の難関はこの言語コミュニケーションの成立なのだ。
まぁ、それでも我々帝国は数々の異文明と勝手に接触を図り、古代地球のローカル言語などを含めた巨大言語データベースを構築していたので……。
数々の原住民サンプル……要するに、惑星制圧戦の前段階のお話し合いプロジェクトの一環で誘拐してきた原住民の方々のご協力や友好国の好意で、結構な数の異文明の言語サンプルを手に入れていたので、未知の言語にすらも早いうちに対応できる異言語翻訳システムと言うべきものが、すでに構築出来ていたのだが。
今回のケースでは事前の言語サンプルもなく、言語解析AIの支援やデータベースの蓄積情報なども一切もなく、全て自分一人で対応せねばならない。
これはちょっとハードルが高い。
一応、言語解析の手順といったノウハウは持っているのだが。
さすがにそれは、簡単ではないという事は解る。
……こちらの身の安全を保証してもらった上で、時間をかけてお互いに身振り手振りを図りながら、少しずつこちらが言葉を覚えていく……それしか無いと思う。
もっとも、この連中がそんなことに付き合ってくれるだろうか?
なんと言うか、そこはあまり期待出来なさそうだ。
むしろ、力技で制圧した上で力関係をはっきりさせて、奪えるものは奪って、言語解析にも無理やり協力させる方が確実なような気がする。
考えてみれば、現状言葉も通じそうもない以上、殴り合ってお互いの立場をはっきりさせると言う手法は異文明とのファースト・コンタクトでは、一番簡単かつ確実な気がする。
異世界だろうが、異文明だろうが、弱者が強者に従うと言うルールは共通だと思う。
未知のヒューマノイドに対して、出会い頭で殴り合いを想定するとか、こちらも大概蛮族思考ではあるのだが。
欲しい物があるなら、力付くで奪い取るというのは、銀河時代の国家間でも当たり前のようにやりあっている行いで、結局我々も交渉第一と言いながら、続々と地上戦闘兵器やら地上降下兵を下ろして、軍事力で相手を威圧しつつの交渉は当たり前のようにやっていたからな。
戦争を避けるのに、もっとも有効な手段が強大な軍事力と言うのは、なんとも皮肉な話ではあるが。
それこそが、宇宙の真理なのだ。
それに、最優先で何とかすべき事柄もあるからな。
まず、衣、食、住は古来から基本的人権の三大要素と言われている。
この身体は食事は食わなくともなんとかなるから、その時点でこれは後回しでもいいだろう。
そりゃまぁ、美味しいものには興味ありますけどねー。
住居についても多分、この大樹を生活拠点にすれば、雨風くらいならしのげそうだった。
実際、さっきまで寝ていた木のウロ以外にも、私なら立って入れるくらいの大穴がいくつも巨大樹の幹に空いているようなので、そこを寝蔵にすれば、安眠を貪れそうだった。
もっとも、皇帝専用無重力ふわふわベットを寄越せとは言わんが。
せめて、お布団くらい欲しいのだが……贅沢は言わないでおこうか。
だが、衣服がない。
これは由々しき事態だった。
一応、木の葉っぱ服は手に入れたが。
両サイドも下もがら空きだ。
もうスッカスカですよ! スッカスカ!
うっかりしゃがむと、完全アウト……こりゃ、どう見ても文明人(笑)ですよ。
植物の繊維を使って糸を精製して、服を織る……。
うん、確か糸を何本も組み合わせて布を作って、その布を縫い合わせることで服を作る。
確か手作業での衣服の製造プロセスはこんな感じであるよ……な?
……でも、そんなやり方知ってる訳がない。
服飾類なんてものは、皇室御用達の服飾業者が勝手にどうぞ、どうぞと納入してくれるものであり、他は……急ぎの時や、お忍び来訪の際に3Dプリンタで即席衣服を作って着るとかその程度だったな……。
なるほど、要するに全く知らんっ!
銀河帝国の皇帝がそんな植物繊維から作るフルハンドメイドの編み物知識なんて持っているワケがないであろう。
だが……なんにせよ。
このほぼ全裸の時点で、文明人としてはアウトだった。
最低限、まともな衣服くらい着ていないと、文明人として扱ってもらえないと言うのは、恐らく間違いないだろう。
つまり、葉っぱサンドイッチマンの私は文明人とかそれ以前の状態なのだ。
だからこそ、まずは衣服を入手するのだ。
その為ならば、手段なんて選ぶつもりはなかった。
mission1:「お洋服をゲットしよう!」
うん、道楽で楽しんだVRRPGはこんな感じだったぞ?
クエスト受注! さぁ、やってみよう!
だが……その手段はどう見ても、平和的に済むような気がしない。
……無ければ、奪えばいいんじゃない? そこにちょうど良さそうな奴らがおるじゃろ?
どうしても、その悪魔の囁き的な結論に達してしまうのだ。
この団体達なら、恐らく布切れくらい持っているだろうから、強襲をかけて全員無力化し、戦利品として布を強奪する!
刃物も持ってるっぽいから、布を切った張ったくらいなら出来る!
持ってないなら、身ぐるみ剥ぐ! ……これはちょっと違うか。
いずれにせよ、30人程度の人数で原始武器しかもっていないし、都合がいいことに一箇所に固まってるのだからな。
植物を遠隔操作で操って、蔦を網のように組み上げて、文字通り一網打尽にしてしまえば、なんとでもなりそうだった。
ちなみに、植物の遠隔操作は先程の魔物退治で当たり前のようにやっていて、その程度の事はできることが解っている。
そして、まずは衣服かその材料を手に入れる!
何より、この世界の情報もだ!
クククッ……命の代償と言う事なら、蛮族だろうが、喜んでいくらでも情報提供してくれるだろうからな。
そう言う経験なら山ほどあるのだ。
実に妥当な取引と言えた。
……野蛮な行為だと解っているのだが、ならば、他にどうしろと言うのだか。
むしろ、いっその事、ヴィルゼットが言っていたように、植物らしく地面に穴を掘ってその中に埋まって、とりあえず水分とミネラル分補給でもするべきなのだろうか?
誰にも迷惑かけずに、光合成で日がな一日日向ぼっこの植物ライフ。
それも確かに悪くないような気もするのだが……。
だがしかし! ここは、積極的に動いてみるべき局面だ。
日向ぼっこなんていつでもできるし、本能に身を任せていたら、ヴィルデフラウ族同様のぐーたら全裸ライフになるのが関の山だ。
と言うか、ヴィルデフラウの連中、日がな一日ほとんど動かず、動く時もぬぼーと緩慢な動きしかしてなかったのに、実際はえっらい動けるぞ?
今もストレッチついでに、身体を動かしてるのだけど。
昔の体の感覚で動かすとむしろ行き過ぎる。
軽く、踏み込んでからの崩拳のつもりが、踏み込みの時点で、足の裏にブースターでも付いたような勢いですっとんで近くの樹に思いっきり激突するところだった。
ああ、私はこれでも様々な近接格闘術データを護身用にインストールされていたので、古代中国の拳法八極拳なども使えるのだよ。
ちなみに、八極拳の極意は荷重移動のタイミングとインパクトの瞬間に身体を伸ばしきることだ。
発剄という技術でもあるのだが、この小さな体でも大の大人が吹っ飛ぶくらいの威力は出せるはずだった。
そこらの樹に、打ち込みとかやってみたいところだけど。
お仲間同然の森の木々をボコスカ殴るのは、なんとなく気が進まない。
まぁ、ヴィルゼットはハイスペックな身体能力の片鱗を時々見せていたので、今の私もヴィルゼット準拠……とでも考えるべきだった。
うむ! 何となく今ので、近接白兵戦もイケるって感じがしたぞ?
まぁ、異世界と言えば剣と魔法であるからな。
魔法は魔素がエラく濃い感じだから、割と強力そうだし、剣だって侮れんだろう。
もっとも、とりあえず、ぶん殴って言う事聞かせるくらいのことなら、私一人でも軽くできそうだった。
いずれにせよ、日向ぼっこライフとか、そんなのは後回しでも一向にかまわないのだ!
まぁ、ちょっとは惹かれるけど。
何より、私の直感がそうすべきだと告げていた。
私の直感ってのは、結構当たるのだよ? なにせ、元銀河帝国皇帝なのだからな!
……ただ、30人ほどの団体で武装して、森の中で集団生活すると言うのは、いったいどう言う境遇なのだろう?
そこがやはり、どうしても気になる。
まぁ、ぶん殴って言う事聞かすことには変わりないのだが。
その前にもう少しこの連中が何者なのか、考察をしてからでも遅くないだろう。
武装しているとなると軍事組織の一員……軍隊の可能性が高いのだが。
軍隊の活動拠点ということなら、こんな街道からかなり離れたところに拠点を設ける意味が解らない。
街道の通行者の監視や街道の維持管理が目的なら、もっと街道付近に拠点を設けないと不便でしょうがないだろう。
防御拠点……にしては、こんな場所で何を守るつもりなのだかさっぱり解らない。
洞穴もどうも10mも進むと行き止まりになっているようで、なにか貴重な資源を採掘しているような様子もなかった。
異世界の軍事事情など知る由もないが、我軍の地上戦闘における軍事規範に照らし合わせても、こんな場所に拠点を作る戦略的な意義は全く見いだせない。
そもそも、軍隊というものは無意味な行動はしない。
軍隊というものは動くからには、金と相応の物資が浪費される。
それ故に、何らかの意味がない限りは軍隊は決して動かない。
異世界の軍だろうが、そこは同じだと思うのだが……。
それに、五人ほどばかり気配が違う者達がいる……これもちょっと気になっていた。