第四十二話「更なる力を求めて」③
もちろん、ソルヴァ殿の不意打ちで頭部に良いのを貰った関係で、その主兵装のブラスターの着弾精度は酷いものになっているのだが。
狙いを付けるのはすでに諦めたようで、とにかくひたすら撃ちまくって、森を焼き払うと言う戦術に切り替えたようで、それ故に馬鹿にならない損害が出ているようだった。
幸いまだ死者は出ておらず、リンカと私も天然の塹壕のような地形に収まっているので、その身体はまだ無事なようだった。
なお、リンカはいつの間にか私のとなりに抱きつくようにしていた。
特に指示は出していなかったのだが、ユリコ殿がお母様にリンカ招聘の依頼をかけていたようなので、その緊急招集に応えたのだろう。
私の隣りが安全地帯だと思ったのか。
或いは、身を挺して私を守るつもりだったのか……これ以上無いといった感じで密着しているようだった。
もっとも、リンカの抜けた穴はやはり大きいようで、例の巨大な火の玉も散発的に飛んできているようで、これもまた損害の原因になっているようだった。
なにせ、半径百mほどの範囲が、一瞬で爆炎に包まれるのだ。
投射までそれなりに時間がかかるようだったが、案の定その火力はなかなかの威力だったようだ。
あちこちで火の手が上がり、大規模な森林火災が発生している。
本気で森を焼き払うつもり……そうとしか思えなかったが、その戦術が正解だということは私にも解る。
現場では、次々と発生する負傷者の続出と、森の延焼で安全な狙撃ポイントも次々と失われているようで、指揮を任せてしまったエイル殿も、後退を命じざるをえないようなのだが。
あまり下がると、私とリンカが敵前に取り残されてしまうため、ある程度からは下がれず、なんとか前に出ようとしているようだった。
……これは私の失敗だった。
安全な場所だと思っていたのだが、敵の火力が想定以上だった。
この様子だと、もはや残された時間はあと数分しか無いだろう。
もちろん、これは犠牲無く、私の身の安全が保たれている時間と言う意味だ。
今は、敵の火力集中がいい加減だからこそ、かろうじて犠牲も出さずに耐え忍んでいられるが。
ソルヴァ殿がイフリートに与えたダメージも修復が進んでいて、その戦闘力もまもなく完全に回復するようだった。
更にお母様の報告だと、北の火山からもイフリートの放つ以上の大きな火球が次々と打ち上げられているようで、時間の問題でこの付近に落着する……そんな状況のようだった。
もはや、一刻の猶予もないようだった。
(お母様……急いで戻してくれ! ユリコ殿もそう言う事なら、お付き合いいただけると思ってよいのかな? 間違いなく激戦となるぞ)
(それは当然! そう言う事なら、むしろ、わたしに任せて!)
(……お母様、では、機体へのユリコ殿の意識転送もお願いするぞ。やり方は任せてよいのだろうか? 私も詳しくは知らんぞ)
(そこは任せておけばいい……了解したぞ! 娘……それにユリコお母さんも頼んだぞ! と言うか、どうやら炎神が直接こちらへ攻撃を開始したようなのだ……なんとかしてくれーっ! わたしはここから動けないのだーっ! もう燃やされて火だるまになるのは懲り懲りなのだー!)
どうやら、お母様も攻撃対象。
炎神の本気……一万の兵に気を取られていたが、向こうには戦略核のような攻撃手段もあったのだ。
その上で、イフリートへ火力支援を注ぎ込み、もののついでに宿敵神樹を破壊する。
いや、案外これはイフリートへの補給も兼ねているのかもしれない。
そうでもなければ、イフリートを巻き込む位置への核攻撃などあり得ない。
向こうも相応に追い込まれた結果、いよいよ最終手段と言える手段に出てきた。
そう言う事なのだろう……敵も必死なのだ。
だが、こちらも座して負けるわけにはいかんからな。
使えるものは何でも使う……帝国よりの助っ人……ユリコ殿と言う強力極まりない味方。
半ば反則級の助っ人だが、一向に構わん!
……そして。
一瞬の酩酊感の後、感覚がもどってくるので、目を開ける。
リンカも目を覚ましたようで、隣で呑気に欠伸をしていたりするのだが。
即座に飛び起きて、地面の割れ目から這い出して、周辺の安全確認を始める。
さすが、よく訓練されているな。
傍らには、リンカのリクエストなのか、ピンク色で銃身長が20m程もある長砲身重レーザーキャノンのようなものを抱えたナイトボーダーと、先程見たばかりの白銀のナイトボーダーが草木をかぶった状態で、駐機姿勢のまま待機していた。
白銀のナイトボーダーの砲は、割りと短めでカービン突撃砲と呼ばれる短砲身レールガン砲だった……それを両手に二丁拳銃のように装備しているし、肩のハードポイントには同じものが更に2つ装備されていた。
どちらも見覚えがある。
スレイプニル3式LB7と、ガンドレイクmkーⅣだったかな?
前者は、長距離狙撃用高出力X線レーザーキャノンで、後者は中距離戦用のレールガン砲で、本来は両手で構えるもので近接戦闘向けの装備なのだが。
二丁拳銃のように両手に構えている様子から、取り回しと手数を重視したのだろう。
確かに反動を意に介さない程のパワーと機体剛性があれば、レールキャノンの片手撃ちも不可能ではない。
そして、このガンドレイクは銃身が引き伸ばせるようになっていて、長距離狙撃も可能になっており、その汎用性の高さと、物理兵器ゆえの堅実性と火力から、目視範囲内戦闘が想定されるような戦闘では、第一選択とも言われていた。
どちらも帝国宇宙軍のナイトボーダー用装備品をそのままコピーしたものだと思われるのだが……中身は間違いなく別物……その性能はもはや想像もつかない。
現実時間では、10分程度しか経って居ないはずだが。
その10分足らずの間で、未知の超兵器があっさり完成してるって、どれだけなのだ?
地面から根のような物が生えていてつながっている様子から、どうも植物が生えてくるのと同じようなプロセスで、この二機は現地生産されたようった。
装甲素材は……恐らく植物由来なのは間違いないのだが。
……パッと見は金属のようにしか見えない。
金属とカーボン素材のハイブリット素材のようなのだが……実のところの見たこともない素材だった。
ここはお母様の領域でもなんでも無く、要するに敵地なのだが……。
もっとも、森がある時点で、そこはすでにお母様の領域……どうも、そう言うことのようだった。
と言うか、すでに巨神兵も似たような方法で無造作に建造していたのだから、今更驚くようなことではない。
……無いのだが。
この調子では、明日までに100機作れとか無茶振りしても、軽く実現してくれそうだった。
……本気で、生産力ヤバいぞ?
こんなデタラメな文明……間違っても敵には回してはいかんな……。
(アスカちゃん、結構ヤバいよ! 直ちにこの場の全員に撤退命令……いや、もうその場に塹壕ほって、地面に潜るっ! 多分、それが一番早いし、生き残れる確率が高い! あと、アスカちゃんもとりあえず、わたしに乗っといて! はっきり言って、周囲の被害とか巻き添えとか気にしてられる状況じゃないから! リンカは……もう乗り込んでるのね! 感心、感心!)
本当に機体に乗り移れたようで、ユリコ殿の声が機体の方から聞こえてきた。
塹壕掘って埋まれとな?
恐らく、広域爆撃とかそのレベルの脅威が迫っているのは間違いなかった。
実際、イフリートの火球弾攻撃は大口径榴弾砲なみの威力があるようだが……。
例の超長距離火球攻撃はそれ以上の脅威のようだった……お母様の話だと、推定核融合弾級……。
確かに、そう言う状況では、昔ながらの塹壕への立てこもりが有効……私も地上戦に付いては、理解があるからな。
なにせ、深く掘った塹壕にこもった歩兵というのは、宇宙戦艦並みの防御力があると言われているほどなのだ……。
絨毯爆撃やら衛星軌道砲撃だろうが、塹壕にこもっていれば、万全とはも言えないが、結構耐えられるのだ。
もっとも、それは全滅はしないと言うだけで、相応の被害が出るのは当然の話しではあるのだがな……。
もっとも、その対応が今取れる中でも、恐らく最善の対応だった。
「了解した……。ソルヴァ殿、マーシェ隊長! 今戻ったところだ……現状は把握している。かなり押されているようだな!」
「お、戻ってきやがったか! ハラハラさせやがって! おせぇぞ!」
「アスカ様! ご無事ですか! 実はアスカ様が隠れた辺りに、着弾がありまして……。なんとか、救出に向かおうとしていたのですが……! ご無事で何よりです……直ちに部下をやります……その場にて待機を!」
確かに、周囲の植物が派手に吹き飛んでいるし、火の手も上がっているようだった。
もっとも、お母様がシールドを張ってくれた上に、土の中に潜っていたようなものだったから、無事に済んだようだった。
炎上により周囲の酸素濃度も下がっているようなのだが……。
まぁ、ヴィルデフラウは酸欠で死ぬようなヤワな生物ではないし、強化されたリンカも恐らく水中や真空中でも簡単には死なぬだろう。
「いや、私のことなど構わんでいい! 直ちに全軍戦闘を中断し後退を開始せよ! イフリートのみならず、炎神による直接広範囲大規模攻撃がこの森へ放たれたのだ! ここは……危険だっ!」
「……まさか……炎神アグナスの「堕ちる火焔」かっ! 炎神め……そこまでするのか! もはや、見境なしではないかっ! おのれ……邪神が! 何が神だ……大地を……人を……何だと思っているのだ!」
エイル殿の静かな怒りを感じる。
ああ、その気持ち良く解るぞ……。
炎神は……むしろ滅ぼすべき存在だ。
この世界にそんな邪神など、必要ない……原初の炎だと? 世界に熱をもたらす存在?
バカを言え……こんなもの、制御不能の大規模破壊兵器のようなものではないか。
くだらないっ! 実にくだらんっ!
だが、しかし……我々という脅威に対し、そこまでせざるを得なかった。
そう言う見方もあるのも事実ではあるのだがな。
「……エイル殿、恐らくこちらもその程度には、向こうを追い詰めつつあるのだ。だが、脅威としてはかなりの物なのは、私も理解している。可能な限り、阻止迎撃に務めるが、全て迎撃できる保証はないし、今から逃げても退避も間に合わない可能性が高い。総員、散開の上でその場に穴を掘って地面に潜れっ! これより、ここは人外の決戦の地となる! 各員自らと戦友達の生存こそを最優先とし、なんとしても、この場を生き延びるのだ……これは命令である!」
至近距離に立て続けにブラスターが着弾っ!
明らかに着弾精度が向上中だし、この様子だと私の所在もバレているな。
なにせ、お母様が遠隔ガードすると言う事は、そこに大事な何かがあると言っているようなものなのだ。
敵も当然、そこに何かがあると考え、距離を詰めながら、連続砲撃を加える事で制圧しようとしているようだった。




