第三十五話「名将ドゥーク・ヴィルカイン」③
「だが……それで良いのか? 確かに、私もその案を考えていたのだが、どう考えてもそちらの戦力が足りんと思うし、最悪全滅を覚悟する……そんな厳しい戦いは避けられぬであろう。せめてアークあたりを援軍として送るべきだと思うのだが……」
……このまま、オーカスを放置する。
それはすなわち、ドゥーク殿と守備隊、そしてオーカスを見捨てることに他ならないのだ。
だからこそ、私は手始めにオーカスの攻城軍を撃破する事を最優先とすべきと考えていたのだが……。
「そうですね……。確かに、我々にとっては現状は決して良いとはいえないですが。どのみち夜が近いので、もう向こうも本気では攻めて来ないでしょう。本戦は明日の明朝……恐らく、増援の到着を待ってから、万全の体制を整えた上で、一気呵成に攻め込んでくるつもりなのでしょう。つまり、オーカスは少なくとも今夜一晩、いえ……数日は確実に持たせて見せますので、今は、心置きなく見捨ててもらって結構……そう言うことですよ」
……なんと言うか、目が覚めるような思いだった。
確かに、言われてみればそのとおりだった。
むしろ、何故私はそこに思い当たらなかったのだろう。
「……なんと、そこまで読んでいたのか! 籠城戦を戦いながら、全体をも見て、その後の戦の展開までも見通すなど、用兵家としては、もはや神がかりの領域であるぞ?」
……前線指揮官と言うのは、視野狭窄になりがちで、現場のことしか見えておらず、自分のいる最前線を中心に考えがちで、戦場全体を見て戦略を考えるような余裕などない……それが普通なのだ。
ましてや、残り三体ものロックゴーレムと、更に数倍する数の軍勢相手に防衛戦を繰り広げている最中に、私からの情報提供があったとは言え、そこまで見据えるとなると、もはや尋常ではない。
ましてや、これは城壁が崩され陥落も時間の問題である拠点の防衛指揮官の視点ではない。
ドゥーク殿は……完全に戦略という視点で戦況を見ているということに他ならなかった。
「いえいえ、アスカ様の状況分析と適切な情報提供があればこそですよ。いいですか? 今の状況で最善手と言えるのは、我々オーカス籠城軍に徹底して苦労を押し付けて、フリーハンドとなったアスカ様達の隊を攻勢に回すことです。だからこそ、敵の増援が分断状態になっている今が攻め時ですし、何よりも相手はこちらにロックゴーレムに匹敵する戦力があるとは気づいておらず、増援についてもその進軍状況を読まれているなど、夢にも思っていないはずです。ここはこちらに半端な援軍を寄越すよりも、アスカ様の動かせる全戦力を敵の増援の先頭に叩き込むことで、敵の機先を制し、それを粉砕していただく。如何でしょう? 俺が考えうる限り、これが最善かと思うのですが……」
……さすがであるな。
敵の心理と行動を読み切った上で、戦場のイニシアチブを得て、敵の増援を各個撃破する……か。
確かに、敵も休みも無く夜戦を挑むほど、切羽詰まっていないようであるし、増援を得て兵を十分に休ませてから、明るくなってから本戦を挑む……。
この世界の常識から考えるとそれが妥当な対応であろうし、増援の来援がわかっているのなら、無理攻めをせずに増援を待ってから本戦を挑むと言うのもむしろ、当然の対応だった。
何よりも、敵はこちらの戦力を把握しておらず、その動向を把握されていると思っていない……やはり、これが現時点における最大のアドバンテージであろうな。
そして、敵がこちらの情報を得ていない状態で、迂回奇襲をかけ、敵の増援を先手を打って殲滅する。
なるほど、これでこそ……最大限の戦果が見込めると言えるだろう。
増援のロックゴーレムについても、何も全滅に拘る必要もない。
一撃当てて、足止めをする。
恐らくその程度で十分であろうし、その上で、敵の本命であり、最強戦力たる地竜を最優先で仕留める。
まさに、これぞ最適解っ! いやはや、期待以上……お見事であるな!
「良いっ! 実に良いな! そうなるとこちらもロックゴーレムも拘泥せずに、1、2体を倒した時点で次の目標に向かう……それでよさそうだな」
「さすがのご慧眼です。そうですね……奇襲で半数……四体撃破となれば、その時点で我が方の勝利は確定と思っていいでしょう。もっとも、そこまで上手くは行かないでしょうから、足止めと二体撃破を目標にしてください。地竜もなかなかに頑強な魔獣ですが、ロックゴーレム級が六体もいるなら、なんとでもなるでしょうし、後続の歩兵も騎兵もこの際、無視してかまわないでしょう。彼らはアスカ様の戦のスピード感と言うものを全く理解出来ていないでしょうからね」
……まぁ、確かにこの世界の者達は、時間の感覚がずいぶんとスローリーだと思う。
なにせ、都市間の移動や連絡に一週間かけても平然としているのだからな。
もっとも、その辺りはエーテル空間の移動事情も似たようなもので、エーテル空間船舶を使った船旅だと、銀河の端から端まで3日から一週間ほどかかるのが普通だったからな。
特に我が帝国はエーテル空間の最外周部がその領域だった関係で、銀河の反対側の領域に直接人や物を送るとなると、最低でも3日、4日はかかってしまう為、反対側の領域については、軍備も政治も現地委任とするケースも多かったのだ。
実際の所、我が帝国が七帝国に分かれていたのは、帝国があまりに巨大化し銀河一強体制となりつつあった事への銀河連合諸国の懸念以外にも、ワントップ体制では、その辺りの物理的な距離感の問題が頻出していたと言う事情もあったのだ……。
もっとも、かつての国土分断や孤立星系域の多発などを教訓に、どこもその気になれば、中央との連絡が途絶えても、各星系である程度自給自足出来る体制が構築できてしまっていたというのも大きかった。
それでも、七帝国がバラバラにならずに、有機的に役割分担と相互支援が出来ていたのは、基本的に皇帝と言うワントップ体制は共通していて、その皇帝達がお互い無条件の信頼関係を構築できていたからだった。
七皇帝とは、7人の皇帝がバラバラに考え、お互い勝手に動くのではなく、7人の皇帝一人一人が等しく「皇帝」として機能する。
いわば相互バックアップシステムのようなモノだったのだ。
まぁ、その辺りもあって、私は専制政治による帝国制こそが、宇宙時代の人類社会統治機構としては最適解なのだと断ずるのだがな。
民主主義や合議制では、あの規模の巨大国家の運営などとても無理だ。
全員の意見を聞いて多数決などやっていたら、何もかもが手遅れになってしまうのだから。
そもそも、民主主義についても、例え無能な人物でも、多数に支持されたと言うだけで、権力を握れてしまう時点で、それはもう欠陥政治システムと断言して良い。
そして、この国の政治システム……王政専制政治も世襲制の時点でやはり欠陥品だ。
バカが世継ぎになってしまっても、それを誰も止められない時点で、もはやどうしょうもない。
まぁ、我が銀河帝国もある意味、王政に近いものがあるのだが……。
我々皇帝は銀河帝国という巨大システムによって生み出された統治システムの頭脳のようなものなのだ。
銀河帝国の皇帝とは、生まれながらにして皇帝であり、皇帝として生き、皇帝として死ぬ。
それを当然の事として、為すべき事を為すようになっているのだ。
その上で、すべての責任と業を背負い、その時がくれば自らの死すらも厭わない。
事実、私もそうしたし、他の七皇帝達も同様だった。
純然たる国家運営システムの最終判断装置……それが我が帝国の皇帝なのだ。
いずれにせよ、大国の運営に必須と言えるものは、即断即決を可能とする絶対なる独裁権限を持つ指導者とそれをフォローする統治支援システムの存在。
そして、強力な軍勢と国土内の高速移動と連絡手段。
これらなくして、大国の運営は成り立たない。
おそらく、政治形態の欠陥と、交通網の発展の停滞が、この世界において巨大覇権国家が出てこない理由の一つなのだろう。
だが、今の私ならば、全て用意することが出来る。
ここはもう、四の五の言わずに問答無用で、この大陸に覇権国家を建国してしまうのがてっとり早いだろう。
なにせ、惑星文明とは、惑星統一国家を建国してようやっと文明として、一人前と言えるのだ。
地上世界で、複数国家での覇権争いやら、細々とした民族紛争やらを延々とやっているような文明なんぞ、星間文明に一夜にして滅ぼされても文句は言えないのだ。
まぁ、この惑星が本来歩むはずだった歴史を大いに歪めてしまうだろうが、こんな迷走を続け、様々な者達がエゴをむき出しにして、相争うようでは到底進歩は望めないし、私の見立てでは、このままだとこの王国は散り散りになって、時間の問題で滅ぶだろう。
そんな事になるくらいなら、未来が見えずにさまよい歩く人々を導びき、繁栄の道を歩ませると言うのも、私に与えられた皇帝と言う役割を考えると、妥当な役割と言えるだろうな。
「確かになぁ……。アスカの嬢ちゃんの決断力はすげぇからな……毎度毎度、迷いってもんが全く無くって、割りと問答無用で決断しちまうからな。その上で我先に動くだけの行動力もあるし、俺達の知らない知識をもって、神樹様と言う超強力な味方までいる。はっきり言って、ボンクラ貴族共なんぞ目じゃねぇ……国の指導者としては、ある意味理想的なのかもしれんな」
「そうですね。この国の国王は年老いてもはや判断も出来なくなっていますからね。何よりも頑迷なる貴族至上主義はもはや害悪でしか無い……。挙げ句に貴族達の間では炎神教のような邪教までもが蔓延っていますからね。アスカ様こそ、救世の神の御使い……そう思っているのは、俺だけではないでしょうね」
「私は、前からそう言ってますよ。確かにやること為すこと、超早い! でもなんで、そんなに万事が万事、慌ただしいんですかね?」
「……そうだな。私は常に拙速を尊ぶのだ。決断も行動も早いに越したことはない……そうは思わんか? 議論している時間や迷っている時間には、何の意味もないのだ」
「そうですね……。特に戦においては、スピードが最も大事といえますからね。アスカ様は何一つ間違っておりませんよ」
「ふふっ、ドゥーク殿も解っているではないか。よいか? 戦の展開は、早ければ早いほど、主導権を得られ、より優位に立てる……そう言うものなのだ。だからこそ、例え不利な戦局でも、敵の予想を超えるスピードで対応することで、容易に覆せるのだ」
「なるほどですねー。実際、アスカ様が先手を打って、すかさず動いたことでなんか勝てそうな感じになってますからね」
「勝てそうではない……勝つのだ! もっとも……私としたことが、律儀に近い順で順番に敵を殲滅して行こうと考えていたのだがな。そうなると……ここはドゥーク殿の戦略プランを採用するとしよう。増援部隊を次々と各個撃破し、孤立した攻城軍を取って返して最後に仕留める……なるほど、悪くない手だな。幸い後方のシュバリエでもすでに地上軍の編成が済んで、オーカスへの増援を送り込む手筈になっているようだ……これならば、なんとでもなりそうであろう?」
「ええ、俺のところにも、先程その旨、第一報が届いておりますよ。おかげで、皆の士気も持ち直したようです。相変わらずの見事な采配……ありがとうございます!」
まぁ……籠城戦で一番困るのは、自分達が味方に見捨てられてしまったと皆が思いこんでしまうことだからな。
援軍の当てのない籠城戦など、絶望以外の何モノでもないのだ。
だが援軍が来るとなると、籠城している側の士気も俄然跳ね上がる。
……もっとも増援部隊の方は、どうも留守番部隊を統率しているエイル殿達が手配したようで、私自身は得に何もしていないのだがなぁ……。
まぁ、これもいつものことだ。
我が配下達は、こんな風に私の要望を先回りして、実際に命を下す頃には準備万端……そんな事も度々あったし、場合によっては、命令を下す前にすでに動いていると言うこともあった。
もっとも、皆……この程度の事をこなせないのでは、皇帝陛下の補佐官は務まらないと笑っていたし、私としても命令する前に話が進んでいても、特に困ることも無かったので、同じく笑って済ませた。
ここで、命じてもいないのに、勝手働きをするなと怒るようでは、部下も萎縮してしまうし、そのような短慮では指導者として器が知れるというものであるからな。
当然ながら、私からしてみれば、的外れな勝手働きが無かったとは、言いきれないのだが。
帝国の内外の問題は、人命を損なうような問題でもない限り、皇帝が頭を下げれば解決する事がほとんどだったのだ。
それに、我が配下達もそこまで私の意思を読み違えるような無能はおらず、判断に迷ったら皆、迷わず進言や相談をしてくれたので、部下の勝手働きで困ったことになったような記憶はない。
何よりも、私はそんな勝手働きを褒め称えることはあっても、決して貶したり処罰することは無かった……まぁ、失敗した者へは慰めと反省を促すくらいはやるのだがな。
……思えば、あの者たちにも随分と助けられたものだ。
銀河帝国皇帝とは孤独なようでいて、数多もの皇帝を支える者達がいたのだ。
それこそ、己の命を捨ててまで……な。




