第三話「ヴィルゼット・ノルン」②
まず天然食材については、銀河中央諸国という熟成された惑星の多くを専有し、手間暇かけたグレードの高い天然食材の産地として、天然食材の定義化を行いブランド化に成功した者達がいたのだ。
その者達はもちろん、金を積めば売ってはくれるのだが、その代償は足元を見られたこともあって、べらぼうに高く、また輸出量にも制限をかけられて、向こうばかりが潤い、こっちはそもそもの量が足りないと大変不平等な状況となってしまったのだ。
ぐぬぬ、食い物の恨みは恐ろしいのだ……この恨み、晴らさでおくべきかっ!
とまぁ、そんな訳で、我が国は銀河中央国家の横暴に、臥薪嘗胆の思いを胸に秘め、天然食材の国産大量生産化に向けて、可能な限りのリソースをつぎ込む事とし、最優先の帝国の至上命題の一つとした上で、我々は数世代に渡って、この問題の解決に全力を尽くすこととしたのだ。
……と言っても、それは実に困難を極めた。
まず、天然食材の定義というのが実に厄介で、まず惑星地上環境で土に植えて、出来る限り機械や化学物質にも頼らない古来農法による産物であることが理想とされた。
つまり、大変面倒くさく、かつ帝国にとっては、大幅なハンディを負わされた上での圧倒的不利な土俵での戦いを余儀なくされたのだ。
この天然食材問題は、実に300年近くに渡って帝国の歴代皇帝達への課題の一つとして、長年の間、相応のリソースを投入し、研究開発を重ね、なんとか天然食材の定義を変えるべく政治的圧力をかけてみたり、味や見た目を重視した究極の合成食材を開発してみたりと、たゆまぬ努力を続けてきたのだが。
……成果としては、目立った成果は出せなかった。
帝国国内ブランドの天然食材についても、代々の皇帝達の努力もあって、それなりに供給自体は出来るようになっていたが、その量となると圧倒的に不足していた。
なにせ、天然食材の定義に従っての従来農法というのは、とにかく生産効率が悪いのだ。
広大な惑星地上を植物を育成するためだけに専有したり、牛や豚に餌として食べさせるためだけに牧草地帯を作り、専有させる。
それも物によっては、一月や二ヶ月どころではなく年単位の期間をかけてようやっと収穫に至るケースも少なくない。
こんなこと真面目にやってられるかと思わざるを得ないのだが。
そうやって、長い時間をかけて育成することも付加価値の一つとされていた。
ぐぬぬ……。
そして、希少さも付加価値となるので、潤沢に提供すればそれでいいという訳ではない。
うがーっ!もう、どないせいとっ!
かくして帝国は相当なリソースを投入し、全力を尽くしたのだが。
もっぱら天然食材輸入国として甘んじざるを得ず、国民の胃袋を満足させるという国家としての至上命題に対しては、半ば妥協せざるをえなかったのが実情だったのだ……。
しかしながら、「ヴィルゼット・ノルン」というオンリーワンの植物の魔王のような存在が銀河に解き放たれた結果、その状況に大きな変化が訪れたのだ。
彼女が持つ力……植物の超高速育成と同等の魔法を『EAD』に登録したEAD使い達の天然食材の生産現場投入実験。
その結果は極めて良好だった。
それは天然食材の定義からも外れることもなく、劇的な生産効率の改善へと繋がったのだ。
収穫まで半年もの期間をかけていた作物が僅か三日で成熟し、収穫可能となる。
もはや、それは奇跡以外のなにものでもなく、実に60倍もの効率化といえた。
それでいて、地球準拠自然環境下での人力作業での育成、収穫という条件も満たしていたし、品種改良や化学物質などにも頼っていない事で、天然食材の定義にも合致していた。
厳密にはチート『魔法』を使ったインチキ天然食材と言えたのだが。
『魔法』の存在は公には知られておらず、帝国の極秘情報であり、銀河一般にとっては架空の技術に過ぎなかった。
無いことになっているものは、この世には存在しない。
存在しない以上、それがインチキだと証明も出来ない。
要は悪魔の証明というものでのう。
そもそも、この天然食材の定義化は、生産者たる中央諸国が自分達が有利になるように勝手に定義したもので、多分に作為的な物があった。
もちろん、育成速度を60倍にした結果、収穫などの手間も相応に増えることとなったのだが、なにせ帝国は人口も多いのでな。
高給と高待遇……土と緑に囲まれて、毎日天然食材を食べられるよ! と言う好条件を餌に、帝国臣民から農作業従事者を盛大にかき集めて、人海戦術でこの課題を乗り切ったのだ。
ちなみに、帝国歴327年時点で、天然食材生産を生業とする国民は、七帝国の全国民の凡そ10%以上にも及んでいる。
単純計算で60億人……。
二十一世紀初頭の地球総人口にも匹敵し、軍事とその関連産業の従事者にも匹敵する数の人々を、天然農産物生産に専従させる……。
多分に馬鹿げた話だとは思うのだが、現場の当事者たちは、水も空気も最上級の地球準拠環境での生活、そして、太陽と酷似したスペクトルの恒星光を全身で浴びて、毎日身体を動かす健康的な生活を送り、皆の憧れ天然食材も食べ放題と言う暮らしにとても満足しており、割と生き生きとしているようなので、あまり問題も起こっていなかった。
まさに、スローなライフ。
確かに、悪くないかもしれないな……それ。
皇帝陛下みたいな仕事を生業にしてると、そう言うのんびりとした生活には、皆少なからず憧れがあったようで、七帝会議の席上でもそんな話題になった事があった。
いっそ、農業惑星に交代で農業従事者に混ざって、お忍びで畑仕事でもやってくるかーなんて話にもなったのだが。
お互いそんな暇があればねーと言うことで、その話は終わってしまったのだがな。
いずれにせよ、天然食材を生産するのに魔法を使ってはならないなんて定義はされておらず、種子や農法や惑星環境なども定義の範囲内で、強いて言えば、産地の問題もあったのだが。
元々帝国国産の天然食材自体は、ある種のおらが国贔屓とでも言うべき国民感情のおかげで、以前よりも普通に受け入れられていたのだ。
それに天然食材は、植物系だけに限らない。
肉や魚といった動物性の天然食材も数多くあり、それらにもまた天然に近い生産工程が求められていた。
要するに、牛や豚の肉ならば、広大な牧草地帯に放し飼いにされ、牧草や天然の植物系素材を原料にした餌で育成されたものこそ、最高級品とされた。
さすがに、天然の魚介類となると、広大な海洋が必須となるのだが。
そんな惑星、数えるほどしかないし、地球の海と同等の組成の海洋など、ある訳がない。
なので、そこは人工海水プールなどでのいわゆる養殖環境でもよしとされていたのだが。
その飼料についても、やっぱり天然素材由来であることが求められていた。
つまり、動物性の天然食材の生産には、それ以上の膨大な量の植物性の天然食材も要求されることとなるのだ。
だからこそ、天然食材は貴重であり、合成食材の十倍から千倍というアホみたいな価格になるのだ。
だが、ヴィルゼット由来の力で、我が帝国は植物系天然食材の極めて短期間、かつ低コストでの莫大な生産力を手に入れたのだ。
天然食材の自給率は、以前は2割にも届かなかったのだが。
植物魔法による増産体制の確立後はこの数字が7割を超えるようになったのだ。
なにせ、時間自体は短縮したが。
人手などは、もうアホみたいな人数を使っていたし、その為だけに帝国にとっては貴重な地球型良環境惑星をいくつも農業専用惑星に転用したりもしたのだ。
いずれにせよ、植物魔法の効果は絶大で、他国から買わずに済むようになった分、その輸入予算が浮き、他への予算配分が可能となり、それならばと、各種税率も下げた結果、帝国中が降って湧いた好景気に大いに湧いた。
そして、国民の懐が潤って、農作業従事者が大幅に増えた事で、相対的に天然食材自体の価値がかつて程には高くなくなり、割と日常的に帝国臣民の食卓で消費されるようになると、かつてのような訳のわからないブランド信仰も薄くなり、輸入量も激減し、中央諸国の発言力も比例するように低下していった。
まさに帝国大勝利の瞬間だった。




