第三話「ヴィルゼット・ノルン」①
私はそのヴィルゼットの直属上司と言うことで、個人的にも深い縁と交流があり、彼女の知識のいくつかも継承していた。
要するに、私は魔法の存在とその概要をすでに知っているのだ。
もっとも、元の私では『Elemental Activation Device』……簡単に言うと、魔法の準備段階の作業をすべて高速自動代行してくれるデバイスであり、もっぱら『EAD』と呼ばれていたのだが。
その補助を借りてどうにかエレメンタル・アーツを行使出来ていた。
この『EAD』は、要するに魔法なんてファンタジーと思っている何も知らないど素人でも、魔力測定の上で初期設定認証を行うだけで魔法使いになれるチートアイテムなのだがな。
なお、ヴィルゼットは『EAD』の補助など借りずに独力で魔法を行使していた。
それ故に『魔法使い』と呼ばれていたのだ。
そして、その行使方法についても、私自身彼女と親しかった事で、いくらかレクチャーを受けていたし、数々の実演を見ていた。
であるからこそ、このヴィルデフラウの身体なら、魔法も問題なく行使できると言うのは確信できる!
「よしっ! 最初にやることは決まったぞ!」
……まずは魔法を実践で行使する。
こんな全裸で何もなしの状況では、魔法が使えるかどうかで、この先、生き残れるかどうかに関わってくるのだ。
最優先で検証し、己の力とすると言うのが、異世界におけるこの私の最初の行動とすべきだった。
『成長促進』
ヴィルデフラウの扱う魔法の基礎の基礎。
植物の成長を促し、巨大化させたり、瞬時に成熟させる魔法だ。
一見、地味なようだが、とんでもない。
私は、この魔法が如何にチートなのかよく知っている。
ここは、ひとつ……近年、私の代で我が帝国で起きた食料革命について、語ってみるかな。
まず、宇宙環境では、工業的手法による大量生産合成食物が主たる人類の食料源になっていた。
それらは極めて廉価で大量生産されるようになり、栄養価などにも優れ、消化効率などもよく、単純に生存のためのエネルギー源として考えるなら、理想的なものだったのだが。
生産性や保存性、省スペース化にコストパフォーマンスなどをひたすら追求していった結果、ペラペラな紙のような見た目のライスペーパーやらベジタブルシート、カラッカラの茶色っぽいブロック状の物体にお湯を掛けることでブヨブヨした肉と称するなにかになるドライミートブロックなどなど……。
そして、見た目も貧相でお世辞にも美味いとは言えないような代物ばかりとなってしまって、通称「ディストピア飯」……そんな異名を取るようになってしまっていた。
なにせ、それら合成食材を生産するのも、料理として調理するのも、基本的に人間ではなくAI達任せだったのだからなぁ……。
……AI達の思考と言うものは、基本的に合理性が最優先。
AI達の作った料理について、AI自身に聞くと、嗅覚、味覚センサーの数値やら、各種栄養素やカロリーバランスなど、色々な数字を並べて長々と説明してくれて最終的に、人類の生存に際し、実に理想的な食事だと判断しますと締めくくるのだが。
そもそも、AIと言うのは、非実存存在であり、我々のように肉体と言うハードウェアに依存しない存在なのだ。
……つまり、飯も食わないAIに食事の意義を解れという方がムチャな話だったのだが、何故か昔の人々は、そのムチャなチャレンジを実行させ、AI達も至って真面目に与えられた課題に取り組むことにした。
その結果は……そりゃ「ディストピア飯」にだってなるわなぁ……。
なんせ、自分達が食うわけではないのだからな。
……何故、よりにもよって料理の味や美味さを全く理解できないであろうAIに、食料問題と言う人類の永遠のテーマを丸投げしたのか?
そのスタートラインと言うべき時代の詳細な記録については、現代では断片的にしか残ってないので、何とも言えないのだが。
二十二世紀初頭の人類……銀河連合の母体とも言える地球連合は、木星大気中でエーテル空間ゲートを発見するなり、まるでなにかに急かされるようにドタバタで銀河進出を迎える事となったのだ。
本来、こんな計画、慎重な調査を幾度も重ねて、必要物資の集積や、エーテル空間用の大型輸送船の開発やらで、準備だけで軽く半世紀はかかりそうなものなのだが。
当時の地球連合は、これを僅か五年で成し遂げた。
実際……何もかも準備不足の状態にも関わらず、やっつけで作ったとしか思えないお粗末な移民船をエーテル空間の各星系に送り込み、何隻ものエーテル空間移民船が事故で沈み、多くの人々が犠牲になり、半ば棄民同然に植民者を各地に展開させると言うありえないような行動に出ていたようなのだ。
その上、地球全土規模で大きな戦乱があったのか、地球の地上も荒れ果てており、各植民星系への輸送網もろくに出来ていなかった事で、あっという間に各地で食料不足が発生してしまったのだ。
断片的な記録を見るだけでも、ひたすら行き当たりばったりで、計画性すら怪しいような有様で、このままでは備蓄を使い果たして各地で飢餓地獄が発生して、大変な事になると割と手遅れな段階で気付いたようなのだ。
人類は絶望した……かに見えたのだが。
当時の人類の保護者的な存在だった超AIの開祖……アマテラスと言う名の超AIが「人類の皆様、お困りのようなので、ここは私達にお任せをー!」としゃしゃり出てきて、実際人類側もほとほと困り果てていたので「では、是非お願いする! 後は任せた!」とそのアマテラスに丸投げにしてしまったようなのだ。
どうにも、銀河連合と言うものは、何かにつけて無能かつ他力本願のところがあったのだが。
始まりからして、こんな調子では、ああなったのも無理はないだろう。
かくして、AI達は「人類を飢えさせてはいけない!」と言う使命感の元に、数々の合成食品を開発し、それらの尋常ならざる規模の大量生産体制を確立し、その調理法に最適化させたハードウェアと調理専門AIを完成させ……グダグダな輸送網やオンボロなエーテル空間輸送船についても、AI管理によって全て見直しが進められた事で、見事、人類の飢餓地獄突入を回避させたのだが。
それらは、年月と共に洗練され、最適化が進み、やがて「ディストピア飯」と化した。
古典SF小説などでは、管理社会が行き着くところまで行くと、人類の生存に欠かせない食料の生産についてもコスパと効率が最優先となり、薬や栄養剤のような味気ないカプセル錠剤やブロック型の固形物などになると予見されていたのだが。
……本当にそんな風になってしまったのだ。
全くもって笑えない話なのだが、その流れはそのまま1000年近くも続き、やがて銀河の常識となってしまった。
それが三十一世紀の銀河の民の食料事情だった……。
そんな訳で、民衆も可能ならば、それら合成食材ではなく、従来型の天然食材を食することを希望していたのだが……。
我が帝国の所有星系は、水素燃料や鉱物資源を多く産出するガスジャイアントを主体とする資源惑星系の星系や、恒星自体に問題があって、居住はとても出来ないようなハズレ星系ばかりを多数所有していて、農業に向いた熟成された自然環境を持つ地球型惑星をほとんど持たなかった。
その結果、我が国は慢性的な天然食材不足となっていて、その食料事情についてはなんともお寒い有様となっていたのだ。
要するに、需要に対して、供給がまったく追いついていない状況と言えるのだが。
600億もの民を食べさせるとなると、効率重視でもないと、こちとらやってられんのだ。
飢えずに済むだけありがたいと思ってくれぃっ!
という訳で、需要抑制の為に、天然食材については贅沢品であり、なるべく控えるようにと帝国政府通達を発布し、付加税を盛って市場価格を上げたら上げたで、今度は帝国政府がお墨付きを与えたようなものとなってしまい……。
政府お墨付きの贅沢品を食べられる事は、帝国上級国民としてのステイタス……とでも言うべき妙な風潮が出来上がってしまい、ますます付加価値が上がり、結局、需要はまったく減らないと言う本末転倒の結果になってしまった。
その程度には天然食材というものには多大なる潜在需要があったのだ。
まぁ、気持ちは解らないでもないのだが……。
しかしながら、国家にとっての古来からの至上命題のひとつに、国民の胃袋を満足させるというものがある。
銀河時代になろうが、この辺りの事情は全く変わっておらず、合成食材の普及で、さすがに大昔のようにちょっと天候が荒ぶっただけで、餓死者がバタバタ出るような事はなくなっていたが。
毎日、毎日「ディストピア飯」三昧とか、そんな生活やってられないぞというのが、国民達の紛れもない本音であり、そのことは帝国内に燻る不満のタネとして、日に日に増大していったのだ。
確かに、食い物の恨みは恐ろしいとは聞くが、まさか帝国社会を揺るがすほどの大問題となるとは、誰も予想していなかった。
かくして、天然食材を国産化し増産することが求められたのだが、事はそう簡単な話ではなかった。