第二話「異世界の大地に立ちて、物想う」④
我々もその辺りは実地検証を行っており、十分に魔素濃度が高い惑星であっても、エレメンタル・アーツの使用可能限度高度は成層圏止まりだと実証済みだった。
件の『魔法使い』による追証実験……魔素濃度の高度別段階的測定実験でも、高度3000mあたりから、高度が上がるごとに段階的に魔素濃度は低下していき、成層圏を超えた辺りから急速に減退し、真空の宇宙空間に出た時点でもはや計測不能……つまりゼロとなった。
要するに、魔法文明は宇宙と大気圏の境目……カーマン・ラインより先の宇宙空間へ出る事が決して出来ないのだ。
もし、その段階で科学文明に目覚めたなら、その先へ進むこともあり得るだろうが……。
魔法文明は、ほぼ確実にその段階で宇宙への進出を諦めてしまって、やがて衰退し、消え去ってしまうようなのだ。
もはや、作為的なものすら感じるほどには、巧妙な罠だった。
私は、この『魔法』については、古代先史文明が銀河各地に残した遺産……エーテル空間などと同様のものではないかと推察していた。
要するに、遠い将来ライバルとなり得る星間文明が無闇に興ることが無いようにと、予め仕組まれたものではないかと感じていたし、帝国の先史文明研究者などにも『魔法』の存在とその詳細について情報開示の上で、学術的な見解を募ったのだが、ほぼ全員がやはり同様の見解にたどり着いたようだった。
その程度には、古代先史文明人と言うべき者達には悪辣なところがあり、それ故に我々も彼らの帰還を常に恐れ、光の速度ですらも百年どころか千年以上はかかる星々の距離ですら、防壁にはなり得ぬと考え、奴らが来るとすれば、通常宇宙からであろうと言う想定で、過剰なほどの通常宇宙空間戦力を充実させていたのだ。
実際に、過去に繁栄していたであろう高度魔法文明の遺跡に残されていたその痕跡から、『魔法』が文明への呪いとして機能したと言う推測が、事実であろうと言うことも判明している。
そのエーテル空間に接続されていない、非接続外惑星と呼ばれる惑星に残されていた高度魔法文明の遺跡は、魔法を応用したロボットのようなものや、我々の地上戦用の兵器技術を上回るほどの高度な自動兵器を開発し、医学なども極めて高度に進んでいて、寿命も数百年に達するほどだったと推定された。
そして、文化的にも高い水準をもっていたようで、芸術や音楽、娯楽のような我々と変わらぬ文化をも持っていた……そんな痕跡も残されていた。
もっとも、文明としては、あくまで地上世界文明止まりのままで、その惑星の衛星にすら、文明が及んだ形跡はなく、およそ数万年にも及んだと推測される長き時をひとつの惑星の上だけで無為に過ごし、やがて種として衰退し、呆気なく絶滅したらしかった。
この時点で……星間文明である我々にとって、もはや『魔法』は無用の長物だと判断せざるを得なかったのだが。
さて、ここで登場するのが、例のヴィルデフラウ族……その中でもとびっきりの変わり者だ。
なお、私はちょうどその辺りで第三帝国皇帝の交代プログラムに従い、皇帝としてのデビューを迎えたばかりだったのだが。
私の最初の仕事は、その変わり者の面倒見ると言う仕事だった。
その変わり者は、ヴィルデフラウ族の中でも極めて高い知能を持った指導者的な個体で、我々とのファーストコンタクトを経てから、最初の数十年ほどは自らの一族を率いて、惑星緑化再生事業に専念していたようだったが。
その惑星緑化再生事業が軌道に乗り一段落し、種族絶滅の危機を乗り越えたと実感すると、惑星緑化再生に際して、散々っぱら見せつけられた人類の持つ高度な科学技術に強い興味を抱いたようで、我々帝国への要求として、帝国最高学府の一つである帝立科学技術学院への自身の留学を強く希望した。
すったもんだの末、その希望は実現され、彼女は帝国でも選りすぐりのエリート達、並み居る秀才や天才児たちを押しのけて、なんと学院主席卒業と言う偉業を成し遂げたのだった。
もちろん、こんな前例などなく、異文明亜人種としての史上初の快挙と言えた。
当然ながら、彼女が外宇宙知的生命体種族の族長などと言う話は、軽く銀河を震撼させるほどの厄ネタで、帝国にとっては決して外部にはもらせない極秘情報であり、そもそもの留学希望などと言う話が出てきた時点でも、相当揉めたらしいのだが。
本人が要望するのでは仕方がないと言うことで、彼女には帝国臣民としての身分が捏造され、その緑色の肌と言う外観についても、3Dホログラフを常に身にまとうことで、完璧に偽装され、堂々と一学生として学業に励み学院卒業に至った。
なにせ、国民の認証登録などを行っているのは、皇帝の手足と言える帝国政府なのだからな。
皇帝がその気になれば、異星人に帝国臣民としてのプロフィールを与えて、市井に紛れ込ませるなど造作もなかったのだ。
そして、さらに彼女は、卒業後山のように舞い込んできたオファー先から、目ざとく帝国先進科学技術開発研究局を選択し、研究者としての道を歩み始めた。
そのうえで、最新の科学技術と彼女達が持つ魔法技術を統合した魔法科学というべきものを自ら創設し、文字通り帝国の魔法科学の第一人者となったのだ。
……彼女の名は「ヴィルゼット・ノルン」
なお、これまで何度か出てきた『魔法使い』殿とは同一人物であり、『エレメンタル・アーツ』と『EAD』を産み出した張本人でもある。




