第二十七話「装甲騎士団、壊滅ッ!」①
かくして、明朝。
オークス装甲騎士団は、神樹帝国との境界線。
国境ラインの直前に装甲騎士を並べて、布陣していた。
もっとも、ドゥークが懸念した通り、道幅目いっぱいを使っても5人しか並べず、余裕を持って3列縦隊にした上で、十人以上が長蛇の列を成す変則的な陣形での布陣となっていた。
こんな状況で戦闘ともなれば、後ろの列の方は何も出来ないし、先頭が足止めを食らった上で側面を突かれるとそれだけでも、壊滅する。
昨夜の狂騒はどこへやらで、装甲騎士達の何人かは冷静になっていて、自らの置かれた危険な状況と、不気味な静けさにむしろ恐怖を覚えていた。
こう言う状況では、無理に装甲騎士団を前に出すのではなく、森の中を従兵による索敵を実施し、安全を確認しつつ少しづつ前へ出る。
装甲騎士を使うのは、平原に出てからで、安全が確認されるまで動かずにいる。
それが当初のドゥークの立てたプランで、実際それは装甲騎士の運用としては、ソツがなく、装甲騎士を過信しないと言うドゥークのやり方は懸命な判断ではあった。
もっとも、従兵の頭数不足でその案は無理があるという事になっていたし、なにより現装甲騎士団長のバフォッドは、前々から装甲騎士を軽視するドゥークにやり方には反発を覚えていた。
実際、ドゥークは装甲騎士よりも軽騎兵や槍兵、弓兵と言った兵ばかりを多用し、むしろ守りの戦いを得意としていて、ここ数年、盗賊団や魔物の群れとの戦いでは、装甲騎士は全く出番がなく、その点も装甲騎士達は大いに不満に思っており、所詮は元従兵の平民上がりと馬鹿にしていたのだが。
命令無視や、独断専行の結果、幾人もの装甲騎士がつまらない戦いで戦死し、かつては100人以上いたオーカス装甲騎士団も、もはや50人を切る有様で、増員すらも行われずにいた。
この度の戦いは装甲騎士の復権を賭けた戦いだと皆、息巻いていたのだが。
ドゥークの下した決断は、まともに戦わずして総撤退。
だからこそ、バフォッドは反発したし、いい機会とばかりにホドロイ子爵に同調して、ドゥークを失脚させ、ついに我が世の春が来たと思っていたのだが。
朝になって、ドゥークの顔を見に行ったところ、当の本人は平然としていて、支援隊もその独断でほとんど引き上げさせていて、バフォッドを激怒させたのだが。
物資と歩兵の兵力不足が懸念されたので、本国に一度戻し歩兵も増員の上で再度、戻させると言っていて、その手のことに疎いバフォッドもいいように言いくるめられてしまった。
おまけに、従兵隊は何故かドゥークが指揮していたのだが、バフォッドも横紙破りで団長の地位を取り戻した手前、正式に命令は出来ず、さりとて信頼関係を前提としたお願いも出来ずに、放置せざるを得なかった。
その辺りはホドロイ子爵も同様で、改めて撤退命令を取り消すなら団長に戻すと言ったのだが、ドゥークは、未練もないので結構との回答を寄越し、その代わりに支援隊と従士隊の指揮権を正式に預けるように言ってきた。
ドゥークは、補給計画から戦力配備まで参謀も無しで、一人で計画し実行に移させる程に、秀逸な将で、その代わりを務めるなど、バフォッドにもホドロイにもとても出来なかったのだ。
バフォッドの示した方針は、装甲騎士の縦列進撃で、進めるところまで進んで、敵と遭遇しても強行突破の上で、一気に平原まで進む方針だった。
要するに、ほぼ無策。
おまけに、従兵不足で鎧の装着や騎乗に関しては、通常の倍以上の時間を浪費し、準備が出来たのは、すっかり日が昇ってからで、気温もやけに高く、装甲騎士の鎧の中はもはや蒸し風呂同然となっていた。
そして、進軍する先は敵がどこから襲いかかってくるかわからない未知の領域。
先日までの鎧を付けずに、軽快に走り抜けれていたことを考えると、もはや地獄の進軍と言えた。
かくして、盛大に時間をかけて、ようやっと陣形をまとめ、国境ラインまでやってきたのだが。
街道上に敵の姿はなく、国境ラインの死体の山も片付けられたようで何も残っておらず、その時点で悪辣な罠が待ち受けていると言われているようなものだった。
そして、ドゥーク率いる従兵隊は、3mもある長槍を持ったロングパイク兵と大盾を持った盾兵からなる対装甲騎士の装備と陣形で、鎧も最低限の革鎧程度で、装甲騎士と対照的だった。
後詰めの部隊なのに、装甲騎士を想定したとしか思えないような装備に、バフォッドも訝しんだのだが、敵にも装甲騎士がいる事と、撤退戦を想定した装備と言われては、言い返すことも出来なかった。
そして、ドゥークは、この長蛇の列を組んだフル装備の装甲騎士を見て、鼻で笑い飛ばすと、従兵隊も装甲騎士の邪魔にならないように、距離を取って進軍すると通達してきていた。
どのみち、装甲騎士の突撃に従兵など邪魔にしかならないし、その役目はあくまで装甲騎士の補助程度にしか考えられておらず、妥当な扱いではあったのだが。
バフォッドもドゥークの不敵な態度に、心持ち嫌なものを感じたのだが、かと言って、今更引き返せるはずもなく、自らが先陣を切ることで、指揮に専念することにしたのだった。
やがて……装甲騎士達は国境ラインを越えるのだが、何も起こらなかった。
「……ふははははっ! なんだ、何も起こらないではないか! おまけに、敵は姿形もないっ! 皆の者! 見るが良い……敵は我ら装甲騎士の雄々しき姿の前に恐れをなしたのだ! どこぞの誰かさんは、線を越えたら死ぬなどと言っていたが、この俺を見ろ! なんともないではないか! ハーッハッハ!」
「ふははははっ! そうであるな! バフォッド卿の武勇と我が貴族の威光が、敵兵を戦わずして退けたのだ! さぁ、皆の者……前へ進むのだ……! 恐れるものなど、どこにもないぞ!」
それ見たことかと、バフォッドが聞こえるようにドゥークを嘲笑い、ホドロイも何の根拠もなく敵が逃げたと決めて付けているようだった。
だが、200mほど離れた場所で、森の中からゆっくりと昨夜の枯れ草を纏ったような異形の戦士が続々と出てきていた。
いずれも、剣や斧を持っており、彼らの言う所の神樹帝国抜刀騎士のようだった。
そして、その中で一際目立つ蒼い重剣を持ったものが大声で告げる。
「ったく、散々警告したのに、てめぇら結局、国境線を越えちまったのか。随分な団体のようだが。越えた以上は、誰も生かして帰さねぇって言ったよな……わりぃが、俺らも有言実行……テメェらは今から、皆殺しにする。覚悟するんだな!」
「ふん、なんだそれは? たったそれだけの兵で我ら50騎を止めると? 片腹痛いわっ」
実際、ソルヴァ達は昨日よりも人数は増えていたが、それでも10人程度でやけに小柄の兵も混ざっていたが、いずれにせよ脅威とも思えない人数だった。
「一夜明けて、少しは兵を集めたのか思ったが、結局、少しばかり数が増えただけではないか。言っておくが、一人二人がやられても、装甲騎士は敵を粉砕しない限り、決して止まらんぞ? 総員一斉突撃準備っ! 奴らを蹂躙するのだっ!」
ホドロイの命令に、さすがにバフォッドも唖然とする。
……ここは3騎づつ並べて、小出しにするしかない局面であり、一斉突撃など仕掛けたら、先頭が潰されただけで、後続と玉突きを起こしそれだけで壊滅してしまうし、今の状況でそれはリスクばかり多くて、何の意味もなかった。
バフォッドもそれが解らないほど、愚かではなく、さすがに抗議する。
「お、お待ち下さい! ここは、まだ一斉突撃を仕掛けられる状況ではないです! まずは様子見で少数の兵のみを突撃させて……」
バフォッドも、たまらずそう告げるのだが、ホドロイは烈火のように怒りだす。
「黙れっ! 黙れっ! 貴様もドゥーク同様、臆病風に吹かれたのか? 貴様もアヤツを笑っていたのだろう? 勇気を見せると言っていたのはどうした? なぁに、先頭が倒れようが構わず突き進み、全てを粉砕する。それが装甲騎士というものではないか! この私に勇気を示すが良い……これは命令であるぞ?」
……あまりに愚かな命令だった。
その様子を後ろから見ていたドゥークもさすがにちょっと待てと思って、止めようとするのだが。
傍らのアルジャンヌが肩に手を乗せて、首を横に振る。
こうなってしまえば、想定以上の犠牲者が出るとドゥークも思ったのだが。
騎士団の無力化という目的自体は達成できる。
出来るのだが……あまりに多くの犠牲が出るのは確実だった。
やはり、貴族の直率など碌な事にならないと痛感する。
アークの言うように、ホドロイを暗殺する。
それが一番良かったのだが、アスカによると、殺したら殺したで一帯が火の海になった挙げ句に炎の精霊が顕現化するそうなので、それも出来なかった。
「ドゥーク様、ここは……もう好きにさせましょう。子爵達が愚かだっただけの話です……」
「だが、ここで一斉突撃だぞ? もはや、血迷っているとしか思えん。これでは全滅しても文句は言えん……」
「それも運命だった。そう考えましょう……大丈夫です。多分、全員は付き合わないと思いますからね……」
二人の懸念を他所に、無謀なる突撃の準備が始まる。
「か、畏まりました! 総員! 子爵殿直々の命令である! 全軍突撃準備っ!」
バフォッドも結局、子爵の命には逆らえなかったようで、一斉突撃を開始すべく、後続に指示を出した。
子爵もまた、装甲騎士の突撃神話の信奉者であり、突撃が全てを解決するとでも思いこんでいるようだったが、共に先頭を切るほどの度胸はなかったようで、道の端に寄ると突撃を見守る構えのようだった。
「そういや、子爵さんよ……昨日のドゥーク殿はどうしたんだ? 一応、野郎が団長で軍勢は引き上げさせるって言ってたんだが、その約束はどうなってんだ?」
「ヤツなら、解任した。あのような臆病者は必要ない! 約束なぞ、知った事か! どうせ、貴様は我が装甲騎士に踏み潰されて死ぬのだ! 全軍突撃ィッ! あの男を蹂躙してやるのだっ!」
「……そうかい。だが、初手で全軍突撃って、お前ら揃いも揃って、ばっかじゃねーの?」
そう言って、余裕といった態度で、不敵な笑みを浮かべるソルヴァ。
なにせ、これから突撃すると言っているのに、道の真ん中で仁王立ちしたまま、頭部装甲も展開せずに、素顔を見せているくらいなのだ。
ホドロイもその態度に嫌な予感を感じて、バフォッドを顧みて、止めるべきか悩む。
「全軍! 突撃せよ! すべてを蹂躙するのだ! 勝利を……掴み取るのだーっ!」
だが、その一瞬の躊躇の間に、バフォッドはすでに下されていた命令に忠実に、突撃命令を実行した。
それが理不尽かつ、危険だと思ってはいても、その命令を聞かないわけには行かなかったし、彼は過去、ゴブリンの大軍に突撃を仕掛けて、ただ一人生き残ったのだ。
装甲騎士の突撃を止められるものなど、この世にはない!
彼はそう信じていたのだ。
「やれやれ、これでも二重三重に罠と伏兵を仕掛けてたのに、これじゃここで決まっちまうじゃねぇか。イース……やれ! だだし、電流は流すなよ? 皆殺しは主義じゃねぇしな……先頭を足止めしたら、俺達はずらかるから、急げよ」
「了解……じゃあ、手加減ってことでこんなもんでいいですかね?」
イースが面倒くさそうにそう告げると、ソルヴァ達の10mほど前に街道の端から端へ、棘の生えた黒い蔦のような植物が一斉に生えてきて、道を塞ぐ。
それらは一瞬で生い茂り、お互い複雑に絡まり合いながら、前後にも5mほどの幅に広がる。
「な、何ぃっ! だが、そんな物で装甲騎士を止められると思うなぁっ!」
装甲騎士達からは、まだ50mほどの距離があったのだが、バフォッドは強行突破することにしたようで、スピードを緩めること無く突っ込んできて、後続も同じ様にノンストップで続く。
そして、バフォッドは先頭の騎士達とともに、渾身の力で剣を振り下ろし、黒い植物を粉砕しようとしたのだが。
てっきりヤブのようなもので、簡単に切り裂けると思っていたのに、妙に軽い手応えと共に、剣は蔓を断ち切れずに、むしろ剣に絡みついてしまう。
おまけに、蔓には棘のようなものが生えていて、馬の脚に絡みつき、完全にその動きを止めてしまう。
……気がついたらバフォッドは振り落とされて、宙を舞っていた。
そして、迫り来る地面……それが装甲騎士団長バフォッドが見たこの世で最後の光景だった。




